第七十八話 忍び寄る影
「――世界が狂い始めているな」
エンドリシア王国、大都市ギエルダ。ギルド中央支部、会議室にて。
《一級》騎士のヴォルゴフが呟いた。
「そうですねー。なかなかの惨状です」
ギルド、《一級》『軍師』、参謀長、レベッカが苦笑しつつ応じる。
「すでに犠牲者の数は五百八十七人、関与されたと思しき者も合わせれば、その数倍に膨れ上がるでしょう。――事は一都市、一大陸の問題に収まらないのかもしれません」
円卓の席、それぞれには《一級》のギルド戦士がいた。
『解析官』、《千里眼》の異名のブレイザー・アルメール。
『騎士』第三部隊長、《幻魔》のファルドラー・グレイス。
同じく『騎士』第五部隊長、《嵐帝》のモルバーン・アルデら……十数名の猛者たちが唸り、腕を組んでいる。
「レベッカ参謀長、今回の『新魔石』の件、調査隊の報告は詳細が分からんのか? あんな簡素な報告文だけでは我々とて判断しかねるぞ」
焦燥をにじませたのは『解析官』であり《千里眼》の異名を持つブレイサーだ。
「被害は判った。緊急性も判った。だがこれでは、手の打ちようがない」
「ですけど、これで打ち止めなんですよねー。これでも現状、上げられる報告は精一杯でして。あれ以上のものとなると、しばらく調査が必要となります」
レベッカが肩をすくめつつ語る。
円卓を囲む他の《一級》たちが、背もたれに寄りかかり不満を顕にする。
彼らの不満はもっともだ。
つい先日、この都市ギエルダに新たな報告がもたらされた。
それは『青魔石』による大規模な破壊活動――。
ではなく、全くの未知の『魔石』の発生だ。
詳細不明、名称も効果も判然としない『新たな魔石』による被害。
「この報告書の概要は分かる。都市レイアースにて『不自然な発展』が見受けられた。多くの武具屋や行商人が行った後、帰還しない――だがこれだけでは対処のしようがないぞ」
「そうですねー。今回の『新魔石』による結果は非常に曖昧です」
レベッカは長い桃色の髪をかき上げて語る。
「以前の『青魔石』のように、『暴走』、『破壊』、『殺人』……そういった分かりやすい結果は出ていません。ですが、どれもが『不自然な発展』、『富みすぎる武器屋』、『戻らない行商人』と不可解なものばかり。具体的な被害はありません」
「その『不可解』な部分の詳細を速く寄越せと言うのだ。我ら『解析官』はいかなる問題をも分析してみせるが、情報が少なくては解ける問題も解けん」
レベッカは肩をすくめる。
「そうなんですよねー。しかし調査隊も難儀しているのですよ? 何せ、今度の『魔石』は一見すると平和な結果。しかし調査に赴いた騎士が、『生還率四割を下回る』となると、これは慎重にならざるを得ません」
「それは……確かに」
「不自然ではあるな」
何人かの《一級》たちが頷く。
「帰還した騎士は、いったいどういう状態か」
「報告書にある通りです。『恍惚とした表情を浮かべ、【楽園、ああ、楽園……】と口走る』、と。――重症者はそんなものですが、他の騎士も似たようなものです。『幸福過ぎる顔を浮かべている』『夢遊病者のようである』『かろうじて帰ってこれた』……これに尽きます」
「壊れた信者だな」
不満を隠しもせずぼやく《一級》騎士たち。
珍しく溜息などつき、自慢の桃色のポニーテールを緩やかに触るレベッカ。
これが、今回起きた『新魔石』による被害の難儀さだ。
今回の『新魔石』で出た死傷者はいない。
だが『毒された』と思われる者が多数いる。
どれもが『楽園……ああ、楽園』と、まるで理想郷に溺れてしまったかのように恍惚とした表情で自我が薄いのだ。
『青魔石』の時は、『都市』の破壊という分かりやすい図式が出ていた。
今の『新魔石』はそれとは違い、とても不吉で――不気味でもある。
「一つ良いかの」
《一級》騎士、『幻魔』の異名を持つ老人、ファルドラーが長い髭を撫でながら語る。
「かの『新魔石』は、分析が難しく、情報も未だ断片的なのは判った。――じゃが一つの都市が『異変』に見舞われ、それで何も出来ぬ状況は、看過出来まい? ここは我ら《一級》が赴き、事態を後転させるべきと思うが?」
それに口を挟んだのは『轟竜』の異名を持つ騎士、ヴォルコフだ。
「いや、それはどうであろう。聞けばかの都市アークレタには二十名の《一級》、そしてその数倍いる《二級》のギルド騎士が常駐していた。この都市には劣るが、かなりの戦力だ、在地の彼らですら『全く収束出来なかった』事件を、我らが少数で調査しても戦力の漸次投入になってしまうが?」
「それは……確かにのう」
ファルドラーをはじめヴォルコフに多くの《一級》たちが頷く。
現状、ギルドの中で最も高い戦力となるのは《一級》と呼ばれる超騎士。
彼らは単騎で《迷宮》八十階層、通称『悪魔の領域』と呼ばれる危険な魔窟を踏破出来る。
しかし、そんな『人間兵器』の《一級》ですら対処が叶わなかった事態。
いたずらに戦力を投入しても無益なのは自明の理。
「いやいや、それは少し短絡的ですよヴォルコフさん」
異論を唱えたのは参謀長のレベッカだ。
「強い人間がいるから大丈夫、あるいは強い人間すら敵わなかったから無理だ――と決めつけるのは早計ですよ? 覚えているでしょう? この都市で起きた事変を。あのとき、『青魔石事変』では私たち《一級》が『楽園創造会』の囮にかかり、戦力を分散させられました。それをきっかけに、『青魔石使い』に都市を半壊させられました。『楽園創造会』は人の心理を操り、隙を突くのが上手いです。『強者』を基準に物事を考えるのは危険と思いますけど」
くるくると愛用の杖を回すレベッカに、ヴォルコフら何人かの《一級》が無言となった。
「……一理あるな」
「確かに」
「我々は、一度『奴ら』の思惑に引っかかり、この都市を半壊させられた苦い失敗があります。それは事実ですね」
『騎士』モルバーンが補足するように加える。
「今回の都市アークレタ、及び『新魔石』に関しても、『似たような』陽動を使われ、ギルドが十全に機能しなかったというのは十分に考えられます」
約一ヶ月前、この都市ギエルダで起きた『青魔石事変』。あれは敵戦力という観点だけなら決して厳しい事変ではなかった。
『青魔石使い』の戦力は、探索者ランク『銀』以上、『黄金』未満――つまりギルド《一級》騎士ならば十分対応出来る強さに留まっている。
それが都市半壊にまで追いやられたのは、《一級》が都市外の陽動におびき出されたのが原因だ。
砂嵐で足止めをくらった、別の町や村の騒動を解決していた――その隙に『青魔石使い』が暴走し、都市が半壊した。
「『奴ら』は人の心理を突くのが上手い集団です」
レベッカが重ねて『敵』の概要を説明する。
「困窮した人間、異常に見舞われた人間、不可解な現象……そういったギルド騎士が向かわざるを得ない『状況』を創り出し、『本命』を動かすのが非常に上手い。タイミングも絶妙です。囮と本命、対処法の難しい『実行犯』を中核にし、騒乱を拡大させる――こと騒動を起こす事において『楽園創造会』ほど卓越した組織は存在しないでしょう」
苦虫を噛み潰したような顔で多くの《一級》たちが首を縦に振った。
「重要なのは『強さ』に比重を置かないこと。そして『強者』を基準に物事を考えないことです。今のままでは決して『奴ら』に勝てません。柔軟に、これまでの経験を生かし対処していく他ないでしょう」
「結局は、長期戦か」
騎士ヴォルコフが嘆息と共に呟く。
「敵の本拠地があり、そこへ攻め入れれば解決する――という単純な構造ならば楽なのだがな」
「そんな甘い相手ではないでしょう。『楽園創造会』は八百年前に世界に脅威をもたらし、そして現在においても我々に毒牙を向けている組織です。安々と潰れてはくれません」
レベッカが杖を軽く弄びながら結論する。
皆が押し黙る。
『青魔石事変』の発生後、そして十二箇所もの同時多発事変後も未だ全ては解決していない。
さらには先日の《ジェノサイドワイバーン改》など第三次青魔石事変も未だ記憶に新しい。
それほどの破壊や混乱を起こしておいて、『楽園創造会』の正体や目的も何一つ解明していないのは痛手だ。
腰を据えて対処していく必要がある。
「――ひとしきり、意見は出揃ったようだな」
円卓の一席、ギルドマスター・グランが卓上で手を組み、他の面々を視ながら言う。
「『新魔石』の出現は驚異だ。だが我々はまだこの『新魔石』に関して、確定的な情報を持ち合わせていない。だがこれだけは言える。奴ら――『楽園創造会』は新たな計画に乗り出した。であればその阻止に出なければならない」
苦渋の顔を浮かべる《一級》が続出した。
「結果的に、『楽園創造会』は、『青魔石』を何の目的で、そして何の成果を得たのか、それすら未だ判っていない。判っているのは奴らの『魔石』を野放しに出来ないこと。今度の『新魔石』もそうだ。あれは『青魔石』とは異なる混乱を招く――ゆえに、我らは今度こそ奴らの思惑を暴き、止めねばならん。――レベッカ参謀長」
「はい」
言われてレベッカは、愛用の杖をくるんと振る舞わすと、いくつかの顔の映像を魔術で呼び出した。
大剣を背負う戦士、絢爛な杖を持つ魔術師、壮麗な騎士など、それは様々だ。
「これは『ギルド・トーナメント』に参加する予定の選手たちです」
レベッカは端的に説明していく。
「先程の私の話と矛盾するかもですが、それでも『強者』の確保はしなければなりません。よって、かねての予定通り、『ギルド・トーナメント』は五日後に開催することをここに改めて宣言します」
「やはり……トーナメントは必要か」
何人かの《一級》が嘆息混じりに呟く。
「都市の再興の記念には必須、か……」
「多くの強者が集まってくれれば良いがな」
「はい。『ギルド・トーナメント』は、表向きには『青魔石事変』の復興のお祭り。裏では『強者の選別』と『勧誘』を行います。皆さんにはそれに加えて、『楽園創造会』の《刺客》と思われる者を発見する任務も兼任して頂きます」
ほぼ全ての《一級》が、嫌そうな顔をして表情を引きつらせる。
「それも予想していたことだが、やはりか……」
「……他都市や村から集まる傭兵、探索者、戦士……彼らを見定めて『尖兵』かを判別しろというのは、無茶もいいところだな」
「ですが、やらねばどうにもなりません。――この都市で、『最初の』『青魔石事変』が起きました。である以上、おそらく『ここ』が次なる騒乱に巻き込まれる可能性もあるでしょう。――もっと言えば、都市のどこかに、『幹部』がいてもおかしくありません」
「それは……さすが」
《一級》たちの多くが困惑顔を、あるいは苦笑を浮かべた。
「そんな事があるわけがなかろう。いればとっくに我らが始末している」
「ですが『青魔石事変』は感知出来なかったでしょう?」
「……」
「同じことです。獅子身中の虫ではないでしょうが、意外と身近に厄介事はあるものですよ? 私は『この都市』に、『楽園創造会』の幹部がいる可能性は高いと思います」
「……それは」
「まあ、今日まで全く尻尾を掴ませなかった奴らです。おそらく『偽装』や『隠蔽』……それらの魔術を最大級に扱う術を持っているのでしょう」
一人の《一級》が尋ねた。
「仮に、幹部がいたとしても炙り出しはほぼ不可能……だと?」
「私はそう分析します」
『分析官』のブレイサーが嘆息しつつぼやいた。
「攻めも守りも相手が上か」
「ですねー。ですから我々としては、少しでも使える『強者』を選定すること、そして『楽園創造会』の『刺客』と思しき者を看破する事が大切です。そのために『ギルド・トーナメント』を開催します」
「これが吉と出るか、凶と出るかは誰にもわからない」
ギルドマスター・グランが話を締めくくるように語る。
「だが行動せねば、『奴ら』の思惑にいいように翻弄されるだけだ。前回、我々は奴らにいいように弄ばれ、善良な市民を苦しませた。その過ちを犯してはならない」
ギルドマスター・グランは円卓に力強く拳を打ち付ける。
「足掻くのだ。我が同胞たちよ。いつか、奴らの手足を削ぐために。思惑を、阻害するために。――戦え、我らがギルドの戦士よ。――奮戦せよ! 我らギルドの精鋭たちよ! ――我らの目的は何だ? 路傍の虫となる事か?」
「「否! 我らは人類を守る剣であり、盾なり!」」
「然り! であるならば臆することはない。健闘せよ! さすれば『楽園創造会』の喉元に剣を突き立て、息の根を止める事も出来るだろう」
ギルドマスター・グランは高く声を張り上げ宣言する。
「その来る決戦の日まで、耐え忍べ! そして戦え! 諸君らにはより一層の奮起を期待する!」
瞑目する者、嘆息する者など、《一級》の反応は様々だ。
だが彼らの中の決意は同じ。
その願いは変わらない。
『楽園創造会』を、討ち滅ぼすため。
今度こそ市民の安寧を守るため。
それこそがギルドに課せられた使命であり、八百年前より続く因縁の組織との決着に繋がるのだから。
ギルドの精鋭、《一級》らは、円卓の席を立ち上がる。
「言われるまでもありません」
「我らの剣は必ず『楽園創造会』に届かせてみせる」
「ま、気楽にいきましょうや、肩肘に力入れすぎても負けるだけ」
「生還しましょう! そして勝ちましょう! 私たちの未来、それが市民の安全に繋がるのです!」
各々が気合、気概、矜持を持って応じる。
―― 一つの戦いは終わった。
だがそれは新たな脅威、『新魔石』との戦いを意味する。
戦乱は続く。
一度は負けかけたが、二度目はない。
ギルドは、『楽園創造会』が、『青魔石』に続く第二、第三の魔石を生み出すならば対抗する。そして打倒してみせる。
その意気込みと共に、誇りと気概を胸に、彼らは宣誓する。
――かくして、ギルド・トーナメントは開催を間近に控える事になった。
表向きは、『青魔石』の復興の祭典の一つとして。
裏では、強者の『選別』と、敵組織の『刺客』の判別を目的として。
光の中で、あるいは闇の中で彼らは活動する。
いつか平和を手にするために。そして安寧を掴むために。
ギルド騎士たちは、《一級》をはじめとする彼らは、その日、世界に平穏をもたらすため、密かな決意を胸に秘めた。
そしてそれは、『青魔石事変』を解決した《英雄》、リゲルのもとへも通達される事になる。
お読み頂き、ありがとうございます。
次回の更新は2週間後、10月の24日の予定です。





