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第七十三話  少女たちへのプレゼント

「えー、ではこれより二人のミュリーについて、対策の会議と行います」


 翌朝。リゲルが一階の食堂でそう宣言をしていった。

 面子はメアにマルコにテレジア。件の精霊少女、ミュリーたちの姿はない。

 当然だろう、こんな恥ずかしい会議、二人には聞かせるわけにいかない。


「全く同じ姿、全く同じ記憶! しかも同じような恋心まで持っている彼女たちに、僕はどうすればいいのか、何か案があれば言ってほしい」


 比較的落ち着いているように見えるリゲルだが、内心は冷や汗もの。落ち着かない心境のままテーブルの面々を見やる。

 メアたちの反応は様々だった。


〈はーい! もう両手に花で、ずっと愛し続ければいいと思うよ!〉

「そうですね……毎日代わる代わる、別のミュリーさんを愛してあげるというのは?」

「いっそ、別の女の子と付き合えばいいんじゃないかしら。ほら、そうすれば面倒なリゲルさんの取り合いっこなんて、終わりだわ」

「却下だよ、却下。どれも僕の心臓がもたない。というか普通に不誠実だよ!」


 メア達のとんでもない暴論にリゲルが突っ込んだ。


「そもそもだよ? どうしてそんな悪徳領主みたいな事、しなければならないんだ。もっと誠実に、普通でありたいよ!」


 リゲルが大きく嘆息する。けれど他の面々は不満顔である。


〈えー、でもさ、そもそも……〉


 メアが不思議そうにぼやく。


〈『一人目』のミュリーも、『二人目』のミュリーも、どっちも愛すればいいじゃないの? だって、どちらもリゲルさんのこと好きだもの。方法として間違ってはいないと思うけどなぁ〉

「ええー……」


 メアのとんでもない発言にリゲルは天を仰ぐ。


「いやいや問題大アリだよ。どこの世界に『同じ少女』を侍らせて、『ハーレムウェーイ』なんてする阿呆がいるんだ。そんなのは不潔だよ、不埒な読み物に出てくる主人公くらいだ」

〈そうかなぁ……割とリゲルさん、違和感ないと思うけど〉

「ええー……」


 そもそも相談する面子を間違えたかもしれないとリゲルは思った。

 メアは貴族令嬢のため一般常識すれている可能性があるし、マルコとテレジアは元戦士候補だ。普通の環境では育っていない。

 むしろ普通の恋愛感覚を掴む方が難しいかもしれない。


 リゲルは嘆息する。

 二ヶ月前、可憐な精霊少女と契約を交わした。

 ミュリーとは戦いややり取りの後、心を通わせた。

 けれど、つい先日、その少女と全く同じ『姿』、同じ『記憶』の少女にも好かれ、『夜這い』までやってきた。


 ……もちろん、いわゆる男女の関係などという不埒な事態には発展していないが。

 夜中に二人の女の子と寝室といて健全だと言える状況ではないだろう。


〈そもそも、あれだよリゲルさん。結局、あの時のミュリーはどっちだったの? 昨晩、ミュリーがリゲルさんのベッドに来て、一緒に寝たんだよね?〉

「……黙秘する」

「それとその後、『もうひとり』のミュリーが来て、修羅場になったんだよね? どっちと寝ていたのか、それによって対応は違うと思うけど〉

「黙秘する」


 三人は一斉に色めき立った。


〈えええ!? まさか! そういう反応するということは、最初のミュリーの方が『二人目』で、まだ日も浅い仲なのに『夜這い』なんて親密な状況! 許しちゃったの!?〉

「まずいですよリゲルさん! そうしたら『一人目』のミュリーとは『浮気』です『浮気』! リゲルさん逮捕されてしまいます!」

「違うから! 断じて違うよ!」

「まさか……そんな、言えないほど密接な行為を行ったという事だなんて……!? それはちょっともう自首するしかないような……」


 テレジアが恐れおののく。


「違うから! 勝手に変な想像しないで!」

「だって、同じ姿の女の子に好かれて、しかも寝ちゃったのはどちらか明かせないような夜……っ! ああ……背徳的だけどどこか甘美な香りがするのはどうして!? あたし、気になるわ!」

「待てテレジア。そもそもメアもマルコもいい加減にしてくれ。テレジア、僕は浮気していないからね? そもそも浮気で逮捕はない、はず。――あとメア、なぜ不倫の映画を観たような感極まったような顔してるの? 君、もしかして修羅場シーンとか好きなの?」

〈煮えきらないなあ……結局、リゲルさんはどっちのミュリーと寝ちゃったの?〉


 リゲルは無言で受け流すだけだ。


〈ねえねえ、それだけでも教えてよー。誰にも言わないから!〉

「何度も言うけど黙秘する。……それに絶対公言するでしょ。……メア、そんな目してるし。断固拒否させてもらうよ」

〈ええー〉


 メアは不満そうだ。


「……これだけ頑なに言わないということは、『二人目』のミュリーさんとは、行くところまで行ってしまったのでは?」


 マルコが恐れ慄くように呟いた。

 テレジアが黄色い声を発する。


「そうよ! それだわ!」

「違うから」

「『一人目』を差し置いて、『二人目』のミュリーととイケナイ行為に走ったリゲルさん! 背徳と甘美の間で揺れる心! だからリゲルさんは慌てているのね!」

「違うよ! 僕はそんな過ちしてないからね? あと誰も寝たのは『二人目』と言っていない。浮気だと言ったわけではないよ?」


 埒が明かない。

 なのでメアが言った。


〈そうだ! じゃあ『護衛』のラズールに聞いてみよう! あの、『一人目』のミュリーの護衛で、『影』に入って、いつも護ってくれている《一級》ギルド騎士! 彼なら全て明らかにしてくれるはずだよ!〉

「待ってメア!」


 その恐ろしい言葉にリゲルの顔がひくついた。


〈ラズール、ちょっと出てきて、ラズール!〉

「待って! 何を言っているんだメア――」


 リゲルが止める間もなく、事態は進んでしまう。

 直後、部屋の片隅の食器棚の『影』から現れたのは、色白で細身の男性だ。


 影のように静謐で、黒髪、黒目の青年。その周囲は常に朧げで、霞がかっている。

 ラズール。ミュリーを護衛するために派遣されたギルドの《一級騎士》。


「――いかなる秘め事も、影より見守る守護者、ラズール参りました。お呼びでございますか、メア様」

〈あのね! じつはリゲルさんが浮気したから、どっちのミュリーとしたのか知りたいの! それで、護衛のあなたならどっちのミュリーと寝たのか、知ってると思って!〉

「なるほど。それはですな――」

「ちょっと待てラズール! 君、どうしてそんな口調になっているの!? はじめて会ったとき、そんな口調じゃなかったよね? ……いや、そもそもしゃべったっけ……? いや、そんなことより問題は……!」


 リゲルは滝のように汗を吹き出させた。


「数カ月ぶり、じゃなった、数日にぶりに出たと思ったら妙な口調で口走るのはやめてくれないか?」


 当のラズールは靄がかった向こうで首をかしげた。


「……はて? 私の任務はミュリー様の護衛。ならば友人であるメア様への報告を行うのは使命です。――忠実にして実直な《一級》ギルド騎士、それが我です」

「嘘つけよ! 君、絶対面白がってやっているだろう? 僕の騒動を出汁だしに、面白がろうって魂胆だよね?」

「さあ? 何のことだかさっぱり判りかねません、我は至って潔白」

「この嘘つき! なにしれっと鉄面皮みたいな顔してるんだ……。いいから、君はおとなしくしてくれ。いいね? ミュリーの影の中に入ったままでいいから」

〈ええー、そんなのだ駄目だよリゲルさん〉


 慌てるリゲルをよそにメアがラズールへと近づいていく。


「こんな面白い話、途中で終わらせるなんで出来ない。――ラズール、リゲルさんはどっちのミュリーと寝たの?〉 


 リゲルが止めた。


「よし判った! ラズール、君には『金貨三〇〇〇枚』の臨時ボーナスをたんまりとあげよう! そし追加として《アダマンタイトメタルダガー》という超レアな武器までプレゼントしよう。それでどうだい?」

「我は昨日、何も見ておりません」

〈ああー!? きたない! リゲルさん、ラズールを買収した!〉


 リゲルは素知らぬ顔で応じる。


「さて、何のことかな? 僕は何にも判らないよ。ねえラズール?」

「然り。我は昨日、何も見ておりませぬ。何も知りませぬ」

〈あああ! ずるい! 本当にラズールを買収した!〉


 露骨に賄賂を送ったリゲルに、メアたちが色めき立った。


〈自慢の資金力を使ってラズールを買収するなんてリゲルさんずるい! ランク黒銀ブラックシルバーの探索者の風上にもおけない所業だよ!〉

「そうかな?」


 マルコやテレジアも口をはさむ。


「まったくですリゲルさん! お金に弱そうなラズールさんに、無理やり高額な報酬で黙らせるなんて……横暴にも程があります」

「あたし、リゲルさんは清純で、真っ直ぐで、正義感ある男性だと思っていたのに……ちょっとずるいわ」

「何を勝手言っているんだ三人とも。いい? 僕は昨日、ミュリーとは不埒な行いはしていない。変な勘ぐりはよしてもらおう」

〈ええー、これからが面白いところなのに……〉

「ねー。つれないわ、リゲルさん、いけずだわ」

「さてもう終わりにしよう解散!」


 リゲルがバンバンと手を叩くと、メアたちがことさら残念そうな顔をする。

 彼らの様子を見ながら、リゲルはやれやれと肩をすくめたのだった。



 

 十数分後。


「――っていう出来事が午前中にあったんだけど……」


 所変わって二階、ミュリーの部屋、夕刻にて。

 夕焼けが綺麗に窓縁より見える部屋の中、リゲルは二人のミュリーに対し語っていた。


「ふふ……大変でしたね、リゲルさん」

「まったくだよ、いい加減にしてほしいよね、ゴシップネタはいい加減こりごりだよ」



 口を押さえて上品に笑うのは、『一人目』のミュリーだ。

 火中の中とは言え恋愛話なので可笑しいのだろう。


「でも、それだけ焦って、色々言ってくれるという事は、それだけリゲルさんが『わたしたち』を大切に思ってくれている――そういうことですよね?」

「まあ、そうだけど……」

「それにわたしたちが本当にどうでも良い人なら、開き直るとか、素知らぬ顔を貫くと思います。それをしないということは、真剣にわたしたちのことを考えてくれたのですよね?」

「……それは、まあ、うん」


 嬉しそうなミュリーたちの笑顔に、リゲルは毒気を抜かれたようになる。

 二人のミュリーが大切な存在というのは言うまでもない事だ。

 『一人目』のミュリーとは数々の驚異を乗り切った。

 『二人目』のミュリーは町の人々の救助に協力してくれた。

 どちらも、心優しく、可憐な少女。


「それは……まあ、その……その通りだけど。まあなんだね……」


 恥ずかしいね、と、リゲルは頬をかく。


 真正面から、何の躊躇いもなくそう聞かれるとそれはそれで恥ずかしい。


 かと言って、そう言われて嬉しくないかと問われると、嬉しくもある。

 激闘を経た。謀略も打ち払った。その果てに掴んだ、今の『ふたり』のミュリーとの平穏な時間。

 掴み取った時間が平穏であればあるほど、リゲルは今、この瞬間が大事だと思う。

 これから先も、彼女らを守っていきたい、共に進みたいという気持ちに変わりはない。


「リゲルさんは、わたしたちのことでたくさん悩んでくれました。……それが嬉しいんです。とても」


 静かに、そして安心するかのように語る『一人目』のミュリー。


 隣で、同じく美しい顔で、安心した表情で、『二人目』のミュリーも頷いていた。

 戦って、戦って、守り通して――それで得た平穏。

 だから自分たちを大切に思ってくれて嬉しいと、ミュリーたちは語る。


 これまで行ってきた戦いは決して楽ではなかったけれど、それで得られたものがある。

 これほど嬉しい事はないとリゲルは思っていた。


「……ごほん。まあ、恥ずかしい話は置いておこう」


 リゲルが空咳でその場を改めると、ミュリーたちは笑った。


「――ミュリー。今日、二人の所に来たのは、ちょっと用があるからだ」


 その一言に。

 『一人目』のミュリーも、『二人目』のミュリーも、姿勢を正して耳を傾けた。


「は、はい」

「僕は、君たちを守ると誓った。だから、改めて今後とも宜しくしたいと思う。――そして、そのための一つの一環、というか何と言うか、ささやかなプレゼントがあるんだ」


 その瞬間、『ふたり』のミュリーたちが嬉しそうに、リゲルの手を握った。


「うわ……、ミュリー?」

「リゲルさん……! ありがとうございます……!」

「本当に 嬉しいです……!」

「ちょっと待って! 息当たってる! 恥ずかしいからっ」


 左右から同じ容姿の少女に迫られ、苦笑しつつリゲルは言う。


「……君たちは、事情は違うけれど、どちらもミュリーだ。それに、僕はともかく、メアたちが区別できないと思ってね。僕からのお礼と、メアたちへの『配慮』もあって、ちょっとしたプレゼントをと思ったんだ」

「リゲルさん……」

 

 感極まったように呟くミュリーたち。

 微笑して、リゲルが渡したのは、小さな紙包みだ。


 『一人目』のミュリー、『二人目』のミュリー、それぞれに手渡していく。


 リゲルから身を離し、ゆっくりと大切そうにその包みをあけたミュリーたちは。


「わあ……っ」


 その綺麗な『プレゼント』に、歓喜の声を響かせた。


「素敵です!」

「天然の真珠のように華やかで、それでいて綺麗……宝物にしますね」

「……ええと、南商業区の、《翠のスイレン》というアクセサリ店で買った物なんだ。君たちにちょうど良いと思って買って……どうかな? 気に入ってくれた?」

『はい、もちろん!』


 少しばかり赤面させて、嬉しそうに答えるミュリーたち。

 二人のミュリーたちは、ゆっくり広げた紙包みを見つめると、大事そうに、その装飾具を手に取った。


 ――それは、左右対称の『髪飾り』だ。

 花の形の、精緻な彫刻が成された美麗な花飾り。


 野に咲く花のように可憐、かつ気高い姫のように煌めく美品。一目見て、心が引き込まれそうな美しい髪飾りだ。

 『一人目』のミュリーには、『白色』の花飾りを。

 『二人目』のミュリーには、『桃色』の花飾りを。

 それぞれ、対象的なフォルムの、装飾品が輝いていた。


「その花のモデルは、南方にわずかな期間だけ咲く『ミュレイシア』っていう花でね。……君たちの名前に似ているから買ったんだ。その『花言葉』も、ぴったりだと思ったから……気に入ってくれたら、その……嬉しい」


 二人のミュリーは、手に取ったその花の髪飾りを、大事そうに胸に抱き締めた。

 そして潤んだ瞳で、感謝と親愛の瞳で、リゲルを見つめながら、


「リゲルさん……っ、嬉しいです……っ」

「わたし……わたし、ずっと大切にします……っ」


 感極まったかのように。少女たちは即座に、少女たちは笑顔でそう返していく。

 そして、またリゲルの手を握りしめた。

 大切そうに、嬉しそうに。

 もう離さない――そう、言うかのように。


 

 ――そのミュレイシアと呼ばれる花、それに託された花言葉。

 それは、『信頼』。


 あるいは『可憐』、『太陽』、『希望』。

 加えて――最も広く知られている花言葉としては――。


 

 ――『ずっとあなたと一緒にいたい』


 

 そんな、真っ直ぐな意味で知られた、美しい花の、髪飾り。



お読み頂き、ありがとうございます。

今回のエピソードをもって、アナザーミュリー編、通称『桃のミュリー』との出会いの騒動は一段落となります。

これから『一人目』のミュリーは白い髪飾りを貰ったので『白のミュリー』、

そして『二人目』のミュリーは桃色の髪飾りを貰ったので『桃のミュリー』と表記していきます。


これからの彼女たちの活躍をご期待ください。


そして、第三部はまだまだ中盤、これからより一層盛り上がっていく事となります。

新たなキャラ、新たな戦いそしてリゲルの新能力など、見所が多数あるので楽しんで頂ければ光栄です。

 

次回の更新は2週間後、8月15日の20時を予定しております。

次のエピソードも読んで頂ければ嬉しいです。

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