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第六十九話  優しい精霊

「――すぐにその町に向かおう。方向はどっちになる?」


 ギルドから新たな『青魔石』の出現を知ったリゲルは、メアと共にすぐさまギルドへと向かった。


〈方角は炭鉱町ビエンナっていう町みたい。それで、現れた『青魔石使い』は一人、凄い勢いで町を破壊しているって……〉


 メアがあらかじめ聞き込みをし、今度は北西の町に現れた事を聞かさせてくれた。

 周囲ではギルドの職員が慌ただしい様子で、どこかへ《遠話》魔術を使っている様子が見える。


「町を破壊……? それは……どれほどの恨みが……? それに、たった一人でそんな事が……?」


 いくら『青魔石』とは言え、単体で町一つを破壊するなど尋常な事態ではない。

 この都市ギエルダでも半壊には相当な時間を費やしたのだ。メアの口ぶりからすると、もう半壊の一歩手前程度に思える。


〈それが……現れた『青魔石使い』は、《ジェノサイドワイバーン》って言う魔物の力で……ギルドの騎士も探索者たちも手が出ないって……〉

「――ジェノサイドワイバーン!? 迷宮の八十階層以降に現れる危険種だ! その力を得た人間が、町を!?」


 リゲルも探索者の一人として、名前だけは聞き及んでいる。

 《ジェノサイドワイバーン》――別名、虐殺の飛竜。


 一般に『飛竜』と言われる竜種は、その飛翔速度は尋常ではない。

 強靭な翼や極熱の火炎を吐き、速度と攻撃性、両方に長けた厄介な魔物だった。

 中堅程度の探索者には「飛竜は竜種の中でも低級」などと揶揄する者もいるが、とんでもない。


 飛竜は速度において同じ飛翔系の《ペガサス》や《グリフォン》を軽く上回る。

 そして攻撃性は竜種ゆえの超常性を帯びていることから、全ての魔物の中でも厄介な部類に入る、一級の危険種だった。


「――現在、どうやらその『青魔石使い』は炭鉱町ビエンナを半壊にまで爆砕しているようですねー。そしてギルド騎士総出で迎撃に当たっていると」


 奥の部屋からやってきたギルド参謀長のレベッカが、同僚の知らせを受けて補足する。


「騎士の総出で迎撃……? それほどの相手ですか」

「ワイバーンと言えば、竜種の中でも速度に秀でた種ですからねー。狭い迷宮の中ならともかく、『空』が広がる地上では無類の強さを誇るでしょう。迷宮と地上で強さが一変する魔物の代表格と言ったところですね」

「――メア、すぐに僕の屋敷へ。『第十二倉庫』を開放して、対飛行用魔物の魔石を、あらかた持ってきて。それでワイバーン使いを止めてみせる」

〈リゲルさん、まさか今から町に向かう気!? 間に合うかどうか……〉

「間に合うかどうかじゃない、間に合わせるんだ」


 リゲルは自分の現在の装備や魔石の種類を確認し、舌打ちしたい気分に駆られる。

 《迷宮》での戦闘に適した魔石は用意しているが、町中での戦闘はそれほど考慮していない。

 ましてやワイバーン――八十階層以上の強敵を相手にするにはそれ相応の装備が必要になる。


 八〇階層以降に住む魔物は、それまでとは別次元――別名『悪魔の領域』とまで言われる魔の体現者なのだ。


「――現在、私たちも可能な限り応援部隊を編成して向かわせます。ただ、何分距離があるため、どれほど急いでも二時間は掛かるでしょう」

「二時間……町が全滅するには十分な時間だ」


 リゲルはレベッカの言葉に顔をしかめる。高速で回転する頭の中、全てを計算する。

 犠牲なくして、もはや炭鉱町ビエンナの救援は無理だ。

 少しでも現地のギルド騎士に頑張ってもらうしかない。しかし二時間では一般の住民や探索者たちに犠牲が出過ぎる。


「――僕が『先遣隊』として現地へ向かいます。その後、レベッカさんたちのギルド騎士の応援を寄こしてください」

「相手はワイバーンですよ? 一人で大丈夫ですか?」

「僕にはメアがいます。それにマルコやテレジアも。――加えて、こういう時のための『超高速』系の魔石もストックしていました。メアが『第十二倉庫』の魔石を持ってきてくれれば、勝算はあります」

「――分かりました。ではお気をつけて」


 レベッカは言葉も少なめに同僚のもとへ指示を飛ばした。

 ――無論、リゲルが急いで迎えば相手の『討滅』は容易だろう。

 しかし相手が『青魔石使い』である以上、殺害するのは問題がある。


 『青魔石使い』は脅威だが、彼らはあくまで犠牲者。

 『楽園創造会シャンバラ』によって悪意や戦意を利用され、破壊の尖兵とされた人に過ぎない。

 元はおそらく善良な市民だったはず。それを問答無用で殺す気はリゲルにはない。


 履き違えてはならない。倒すべきは『楽園創造会シャンバラ』であって、それに利用された『青魔石使い』ではないはずだ。


〈リゲルさん、第十二倉庫に行くついでに、マルコとテレジアも連れてくるよ。それまでどうするの?〉

「僕はすぐに《アークペガサス》の魔石で炭鉱町ビエンナへ向かうよ。その後準備が出来たら僕に『エルタ輝石』で連絡して。君に魔石――《エルダートリックラビット》を渡しておくから、合図があったら君たちを召喚する」


 《アークペガサス》とは飛翔速度に秀でた魔物だ。

 そしてエルタ輝石は『通信』が出来る魔術具。


 加えて、《エルダートリックラビット》とは、遠距離の『物質交換』を可能とする魔物。

 つまりリゲルは《アークペガサス》の魔石で炭鉱町ビエンナへ向かい、同時にメアたちの通信を待ち、準備が整ったら《エルダートリックラビット》の魔石で一気にメアとマルコとテレジア三人を『召喚』する算段だ。


〈わかった、出来るだけ急いで戻るね! じゃあリゲルさん!〉

「ああ、炭鉱町ビエンナへ急ごう!」


 そうしてリゲルとメアは別れた。

 リゲルは腰に下げていた収納袋、『グラトニーの魔胃』から《アークペガサス》の魔石を取り出す。


「万物より疾き飛翔を望む! ――《アークペガサス》! 《アッパーゴイル》、《リヒトトーテム》!」


 すぐに周囲へ淡い光が発生、三種類の魔石の効力が発現する。

 まずは《アークペガサス》。白亜に輝く美しい天馬の出現。

 さらにリゲルはその天馬に《アッパーゴイル》――『速度を上昇させる能力』を持つ魔物の魔石を使用、《アークペガサス》の飛翔速度を底上げする。


 加えてリゲルは飛翔時の疲労軽減のため、《リヒトトーテム》と言う『自動回復能力』を持つ魔物の魔石を発動させた。

 これによりリゲルは音速の十倍で飛翔出来る《アークペガサス》に、『疲労回復』の効力を加えた上で、通常の『数倍の速度』での飛行が可能となる。


「――どこまでも他人を利用し尽くすつもりか、『楽園創造会シャンバラ』」


 恨み節を吐いている暇も惜しい。これだけ強化した飛行手段でもまだ足りない。

 リゲルは逸る気持ちを抑えながら、天馬に乗り、流星のように炭鉱町ビエンナへと向かった。



 

 ――ほぼ同時刻、レストール家。メアの屋敷の中。


〈急いで! 炭鉱町ビエンナにはリゲルさんがもう向かったよ! 後はあたしたちも装備を整えないと!〉


 急ぎ屋敷へと戻ったメアは、庭で訓練していたマルコとテレジアを捕まえると、即座に状況を説明した。


「――そんな事が……?」

「一刻を争う事態だわ、あたしたちも向かうわよ、マルコ!」


 呆然と呟いていたマルコを叱咤し、テレジアが急いで自室の装備を取りに向かう。

 マルコも同様に装備を鳥に走るのを横目で見ながら、メアは、


〈そうだ、ミュリー『たち』にも連絡しておかないと!〉


 幽霊ゴースト少女特有の透過能力で、一気に階上へと躍り出ながら、ミュリーの部屋を目指す。

 今度の戦闘はリゲルでも苦戦を強いられる可能性がある。


 少なくとも今日中に戻る事は不可能だろう。そのことだけでもミュリーたちに伝えておかねば。

 今までいた『一人目』のミュリーはもちろんのこと、正体不明の『二人目』のミュリーにもだ。


 『二人目』のミュリーが何者なのかは知らないが、少なくとも敵対する関係ではない。

 彼女がもう一人のミュリーである以上、知らせるべきだとメアは思っていた。

 そう思い、急ぎミュリーの部屋へと浮遊したメアは。


「ミュリー大変! 新しい『青魔石使い』が現れて、リゲルさんは応援に――」


 そこで。

 メアは目の前の光景に、ぎょっと目を剥いた。


「ミュリー……?」


 ベッドの上で震える体を抱きしめる、美しい少女。

 リゲルの愛する人と言うべき、精霊の少女は、その銀色の髪を弱々しく振り乱した後、俯いていた。


「すみません、メアさん。そのお話はすでに聞き及んでいます。わたし『たち』は精霊ですから。――強い感応能力を持っています。北西に、以上な魔力の高まりがあったのですよね? でも――」


 ミュリーは言った。

 自分は精霊のため通常の人間の何十倍も感応能力が秀でていると。

 強い魔力があればそれを感知出来ると。

 そしてそれは、『もうひとり』の自分にも可能であると。


〈まさか……〉


 嫌な予感がしつつもメアは問いかける。


〈ミュリー、『二人目』のミュリーは? 『もうひとり』の貴方は、どこへ行ったの?」


 一度に大量の情報を取得したいメアは、それでも努めて冷静に事態を把握しようとする。

 すると。

 ベッドの上で震えていたミュリーは。


「――『もうひとり』のわたしは、異常を感知した後、すぐに屋敷を出てしまいました」

〈ええ……!?〉

「つい先程、北西に強い魔力反応が現れて、すぐのことです。わたし『たち』は、良くないものがまた現れたと感知して、それで――」


 小刻みに、震える体を抱き締めながらミュリー。

 その瞳に映るのは焦燥と困惑、そして怯えだ。


「わたしはあまりに強い魔力反応だから危険だと諭しました。けれど、もう一人のわたしは血相を変えたまま戻らず――」

〈まさか!? 独りで炭鉱町ビエンナに向かったの!?〉


 驚愕と共に周囲を見渡すメア。

 そして寒気を覚える。

 部屋に。

 先程まで確かにいたはずの『もうひとり』のミュリーが、影も形もない。


〈そんな、無謀だよ! ――それにあの町は、相当な距離があるはずだよ!? ギルドの騎士でも二時間は掛かるくらい……リゲルさんだって、たった今向かったばかりなのに――〉

「飛行の魔石で、ですか? さすがリゲルさんです。決断力と行動力は素晴らしいです。でも――」


 ミュリーは、目を伏せた態勢のまま、言葉を紡ぐ。

 そこに込められたのは悲嘆と、諦めの響き。


「わたし『たち』は精霊です。いざとなれば条理を超えた力を行使出来ます。――例えばわたしの場合、『祈り』によってリゲルさんのサポートに回ったことがありました。そして『もうひとり』のわたしは――」


 窓の外を見て、遠く、離れた位置にいるであろう『もうひとり』の自分を思い浮かべながら、ミュリーは。


「『もうひとり』のわたしは、『空間転移』が出来るのです」

〈空間転移……〉


 呆然と、メアがその単語をつぶやく。


「距離も場所も関係なく――定めた場所へ行く能力。――『もうひとり』のわたしは、町が危機に陥っていると知り、わたしの制止も聞かず、『転移』していってしまいました……」

〈そんな!〉


 メアは青ざめた顔で叫んだ。


〈すぐに向かわなきゃ!〉


 町を半壊に追いやるような魔石の持ち主に、単独へ挑む?

 無茶だ、命がいくつあっても足りない。

 それに、彼女は自分の『正体』すらも曖昧なのに――。


〈自分のことすら満足に判っていないのに、他人を助けるなんて無茶苦茶だよ!〉


 メアは唇を噛み締めた。

 『もうひとり』のミュリーに対し、心配の情を抑えきれずにいた。


〈――すぐにあたしも向かう! マルコ! テレジア! 急いで! 『二人目』のミュリーが、『転移』で町に向かっちゃった!〉



†   †



 ――心が叫ぶ。悲鳴と嘆きが発せられている。

 炭鉱町ビエンナ、その中央区画にて。

 『二人目』のミュリーは、町を破壊する青魔石使い、《ジェノサイドワイバーン》の男に苦慮していた。


「相手の狙いはこの町全ての建物です! 急いで町の外に出れば被害はありません!」


 轟音と爆裂音と灼熱の炎に炙られながら、必死に『二人目』のミュリーは叫ぶ。

 周囲には大量の民間人。そして逃げ遅れた低級の探索者たちも大勢いる。


「な、なぜこの町にあんな者が!?」

「助けてくれ! 建物が、建物が、崩れ、うわああーっ」

「くそ、息子たちはどこだ、カール! リーナーっ!」

「撤退命令だと!? この状況で受け入れられるか、何とても死守せよ!」


 泣き叫ぶ者、困惑する者、焦る者、何とか抵抗を試みる者……それは様々だ。

 けれどミュリーに判ってしまうのは、このままでは彼らは全滅してしまうということ。


「あの『青魔石使い』の狙いは皆さんではないんです! ですから慌てずに対処すれば逃げ延びられます!」


 『二人目』のミュリーは避難を誘導しながら必死に叫ぶ。

 『転移』で即座にこの町へ移動してからまだ数分も経っていない。


 爆裂する町と猛火に炙られる建物。

 崩壊する地面と街路樹。

 そんなものの間を駆け抜けながら、何とかミュリーは住民を避難させようと試みる。


「――アアあああアア! 憎い! 領主が憎い! 奴はどこだ! 殺してやるぅぅぅぅぅ!」


 『青魔石使い』である男が、《ジェノサイドワイバーン》の力を行使しながら咆哮する。


 すでに体のあちこちに禍々しい魔力がまとわりつき、『魔物化』に至る直前だ。

 さらに徐々に魔力は肥大化し、このままでは町全体を火の海に変えてしまうだろう。


 精霊として許された魔力を使い、《風》魔術でミュリーは対抗するがまるで意味をなさない。

 強大かつ、恨みの炎で覆われた『青魔石使い』、《ジェノサイドワイバーン》の力をまとう男――ベリッドは、『動く災害』と化していた。

 多少の魔術など歯牙にもかけない。壊れた建物がぶち当たっても顔色一つ変えない。

 迎撃のギルド騎士が槍を、弓を、魔術を放った。それでも彼の皮膚には微小な傷しかつけられず、『竜種』特有の再生能力で瞬く間に回復してしまう。


 まさに化け物。

 天空の覇者。

 生きとし生ける者を滅ぼす者。

 《ジェノサイドワイバーン》。


 まだ人間の形をとどめているとはいえ、狂乱の只中にあるとは言え、その脅威は伝説にある『竜種』そのものだ。

 『青魔石』から放たれる力は《風》の魔術。及び《獄炎》の魔術。そして圧倒的な飛翔能力。


「諦めるな! 我々には町を守る義務がある!」

「「応! 応! 応!」」

「「我らに勝利を! ギルドの導きを!」」


 ギルド騎士たちが統制された動きで、一斉に矢の雨を降らす。

 しかし無駄だ。

 火炎を練り、雷の槍を操り、岩石の鉄槌を魔術により作り、《ジェノサイドワイバーン》の力に抗しようと奮するが意味がない。

 並みの騎士では相手の体に傷一つつける事は敵わず、例え傷を与えたとしても『再生』されて意味をなさない。

 斬りつけた剣の一撃は逆に弾かれた。放った槍は明後日の方向に跳ね返り、砕け散っていく。


「アアあああアア! 憎い! 領主が憎イ! アアああアアアッ!」


 咆哮が、町の全てを覆い尽くす。

 無念と恨みの思念が町という町の隅にまで浸透する。


「許さナイ! 俺の家族は領主のせいで失っタ! だから壊す! 領主の作っタ、この秩序ヲ! 俺は天カラ裁きの力を貰った裁定者! だかラぁァァアッ!」


 『青魔石』から放たれた、猛烈な火炎の渦が騎士たちの一団を丸呑みにする。

 かろうじて退避に間に合った騎士たちも、超速で動く《ジェノサイドワイバーン》の風魔術により吹き飛んだ。


 並みの騎士では歯が立たない。

 上位騎士でも足止めが精一杯。

 町で最強の《一級》騎士たちは運悪く、全て出払っていた。

 だから今、町を守れるのは竜に遥かに劣る人間のみ。


「く、ううう……っ」


 ミュリーは歯噛みする。

 精霊なのに。精霊なのに。なんにも出来ない。してあげられない。

 危機に瀕する人間たちに、手を差し伸べることすら出来ない無力な自分。


 古代の種族だ伝説の塊だと勝算され、神秘の体現者と謳われても何も出来ない。嘆く子供、悲しむ父親、そして奮戦する騎士たちにも――何も出来ない。

 力がない事が本当に悔しい。


 ――記憶も正体も曖昧な自分なのに、おこがましいだろうか?

 リゲルには言われた。『君は本物のミュリー』ではないと。矛盾を抱えた、正体の知れぬ存在だと。

 その通りだと思う。

 なぜここにいるのか、今を生きているのか、何も分からない。

 判っているのは自分のが『ミュリー』であること。精霊であること。そして『目の人間を放っておけない』、そんなお人好しだということだけだ。


 記憶がないのに他人を気遣う余裕はある。

 助けたいという気持ちだけはある。


 けれど、そんなのお笑い草だ。

 助けたい意志を持つ者は、それに見合う力を持たねば意味がない。

 力も、記憶も、何もかもない自分が誰かを救うなんておこがましい――それ以外になんと言うのだろう?

 目覚めてまだ数日、古代の記憶の断片と自分の名と種族しか判らない半端者。

 そんなものが苦難に遇う人々を救いたいなど滑稽を超えた戯言だ。


 でも。

 けれど。

 それでも、「救いたい」という気持ちが確かにある。力も覚悟も記憶もないけれど、「目の前の誰かを失いたくない」――そんな気持ちだけは変わらず在り続けるから。


「わたしは――」


 竜の咆哮が町を蹂躙する。ただの一吠えで地面は抉れ建物は四散し、恨みと怒りに満ちた《ジェノサイドワイバーン》使いの魔技は町を死地へと変えていく。

 それでも、ミュリーは。


「わたしは――もう誰かを失いたくない」


 その気持ちはどこから来るのだろう?

 記憶の断片? 性格? 使命? 誰かに命じられたから?


 ――違う。そんなのは知らない。

 記憶の片隅に、『精霊王』との会話がある。大事な仲間たちとの会話がある。燃える故郷。踏み潰される精霊王国。今は失われた、古代の遺産。

 きっとこの光景が今の自分の根源だ。「誰かを救いたい、もう失いたくない」――そんな気持ちが今、無謀を超えた無謀となって自分を突き動かしている。

 誰かが見れば馬鹿とも言える光景。

 けれど、どうでもいい。肝心なのは今、自分がどうしたいか、その一点だけ。


「わたしは――もう嫌なんです。失われる光景を見る事が」


 《ジェノサイドワイバーン》使いが血に染まった目で辺りを睥睨する。

 爆発的な暴風が、周囲に騎士ごと蹂躙する。

 けれど、ミュリーは逃げない。逃げたくない。


「わたしは、目の前にある悲劇を見逃せないから」


 魔術で編んだ風が、《ジェノサイドワイバーン》使いに当たった。

 けれどそれだけだ。傷一つつけることは敵わず、単に首を多少ぐらつかせただけ。


 その顔が、ミュリーの方を向いた。

 殺意の塊に、ミュリーの足がすくむ。

 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

 どうようもなく怖い――。

 けれど、足は動いてくれない。疲労の極地に達したか、それとも絶対的な強者を前にすくんでしまったか、もうそれすら判らない。

 ただ一つ判るのは、相手の標的が自分に変わったこと。ついに回り騎士を排除し残るは自分一人になってしまったこと。それだけだ。


「アア……まだこンなのが、居ル。俺ヲ陥れた、愚か者どもガ」


 《ジェノサイドワイバーン》使いが恨みに満ちた声音で言った。

 その声には正気はなく、思考はとっくに整合性がないのだろう。ミュリーが部外者であり、彼の悲しみとは無縁な事も、まるで判らない。

 それほどまでに壊れてしまった『青魔石使い』。

 壊れた存在が行うのは周りの破壊のみ。


「死ダ。俺の前には死があル。お前もそれに加えてやル。我が娘たちの恨み、思い知レ」


 だから、無力なミュリーは、動けない。

 このままでは力及ばず、彼の力の前に屈する。

 強大な魔力が編まれていく。それは、万物を焼き尽くす、竜種の獄炎。


「わたしは――」

「滅べ。我が娘の恨みと共二。――アアあ、アアあアアッ!」


 咆哮する《ジェノサイドワイバーン》の男。

 恐怖で目を瞑るミュリー。

 そして彼女は、凄惨なる死を迎える――。

 その寸前。


 

「――良かった、何とか間に合った」


 

 光の柱が《ジェノサイドワイバーン》使いへ突き刺さった。

 猛烈なる光の凝縮は、それ事態が強大な力の塊、獄炎を放とうとした『青魔石使い』と、その周囲一帯を吹き飛ばす。


 弾け、砕け、四散する無数の瓦礫の欠片。

 けれど、その破砕の嵐から守るように、彼女を守る者がいた。

 それはまるで彼女の『盾』になるように。

 真っ白な天馬に乗った『少年』が、まるで救世主のように降り立った。


「あ、ああ……っ」

「――ごめん、状況の把握に手間取った」

「あなたは……」


 本来なら、終わるはずだった。

 周りの瓦礫のように、塵にも等しい物へと成り下がって倒れるはずの自分。

 けれどミュリーは確信する。

 『彼』が来たからにはもう大丈夫――『彼』が現れたからにはもう悲劇は続かない。


 なぜなら――。


「随分と無茶をする――まったく、肝が冷えたよ。……でも」


 『少年』は、悠然と天馬に乗りながら、力強く宣言した。


「持ちこたえてくれてありがとう。――そして、ここからは僕たちが相手をする。君は離れていて、ミュリー。すぐに終わらせる」


 瞬間。

 《ジェノサイドワイバーン》使いの周りに六本の『宝剣』が、絶大な力が突き刺さる。

 やや遅れて空から降り立ったのは、半透明の幽霊ゴースト少女。

 そして『大盾』を構える少年。

 さらに、ミュリーを庇うようにそばへ駆けつけたのは、『治療術』の力をまとう少女だ。


 六本の『宝剣』使いの幽霊少女、メアが構え、

 『大盾』を携える少年、マルコが立ち、

 護りの魔術を唱える『治療術師』の少女、テレジアが目を瞑り、

 そして『魔石』を携える、『天馬』に乗った少年――リゲルが宣言する。


「竜を相手にするのは久しぶりだ。でも、生け捕りとなると初めてだ――加減は難しそうだから、痛くても悪く思わないでよ?」


 リゲルは、薄く笑いながら言った。

 勝ちは当然だと公言するように。

 絶望しかけたミュリーを勇気づけるように。


 だからミュリーは、ああ――助かったのだと、そう思えた。

 ――そして、虐殺の飛竜と、リゲル率いるパーティの激闘は幕を開ける。

 

 

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