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第六十七話  二人の精霊少女

「……それで? 状況は? 一体どうなっているの?」


 屋敷に戻り事情を聞くべく急いだリゲルは、部屋に入った途端、繰り広げられていた光景に尋ねた。


「わたしこそが【ミュリー】です。他にわたしはいません」

「何を言っているんです、わたしこそが【ミュリー】です。あなたこそ誰なのですか?」


 まるで鏡のように、瓜二つの美しい少女が二人いる。

 輝く銀の長い髪に、見事な紅玉ルビー色の瞳。衣装の所々から垣間見える肌は雪の如く、綺麗。体は起伏に富み可憐な、まさに美麗な少女。


 否、それは瓜二つなんてものではない。

 『同じ』だ――二人はまさに鏡合わせのように、いや左右反転ですらなく、全く同じ顔、同じ声、同じ髪、雰囲気をまとっていた。


 違いがあるとすれば片方はベッドの上で困惑顔をして、片方は立ちながら困りげに見下ろしていることくらい。


「……あ、リゲルさん」


 ベッドの上で困惑を浮かべていた方――馴染みのあるミュリーが振り返る。


「……状況は? あんまり良くない感じみたいだけど」


 メアや護衛のギルド騎士も見守る中、リゲルは努めて冷静に尋ねる。


「そ、それが……この屋敷に入ってきたこの方が、いきなり自分が【ミュリー】だと主張を……」

「そうです、わたしこそが【ミュリー】です。……あなたは何者なのですか? まさか、わたしに成り代わり、リゲルさんの隣に取って代わろうとして……」

「え……ち、違います!」


 ミュリー(一人目)は慌てて叫んだ。

 ミュリー、(二人目)は目を細め、続ける。


「どうでしょう。大方、リゲルさんを誑かす悪女かもしれません。それか、『楽園創造会シャンバラ』の送った刺客か。……どちらにせよ、リゲルさんのそばには置けません」

「な……っ、それはあなたの方こそ……っ」

「ちょっと待った! ちょっと待った、二人とも!」


 苛立ちのようなものがまじり始めたのを見たリゲルは、思わず二人の『ミュリー』の間に入り、やり取りを中断させた。

 まずは馴染みのある『一人目』のミュリーへと向き直る。


「落ち着いてミュリー。今は現状確認が先だ。……君、一体どういうつもりだ?」


 後半は立ち上がっているミュリー――通称『二人目』のミュリーに向け、リゲルは問いかける。


「どういうつもりも何もありません。わたしは、リゲルさんの事を思い出してギルドから急ぎここへ来ました。そこで、『ミュリー』を語るこの方がいると知り、慌てて問い詰めていたところです」

「ちょ、ちょっと待ってください……わたし、こんな……」


 困惑しているのは『一人目』のミュリーだ。

 無理もない。いきなり自分と同じ顔、声の相手がやってきて「わたしこそが本物だ」などと主張したら混乱しないはずがない。


 リゲルは嫌な予感を覚えながらも『二人目』に問いかけた。


「え? ちょっと待って。君……暫定的に『二人目』って呼ぶけど……君、『記憶がない』って言っていたよね? でも、僕のことを思い出したと……? どういうこと? それに、僕は君とはつい先日会ったばかりだけど……?」


 その言葉に、一瞬悲しげな顔をしながらも、『二人目』のミュリーは唇をきゅっと引き結び、リゲルに懇願するような目を向けながら、


「……それはおそらく、『楽園創造会シャンバラ』の策略に嵌まってしまったのでしょう。リゲルさんはレーアスの街でわたしに会いました。でもその前におそらく彼らの攻撃を受け、《錯乱》状態へと移行、わたしのことを『二人目』のミュリーと誤認されられた可能性があります」

「いや、いくら何でもその妄想は……それに、僕以外にもメアたちもいた」

「では皆さん全員が巻き込まれたのでしょう。それに、妄想ではありません。わたしの中には、リゲルさんとの大切な思い出が残っています。……《迷宮》で救って頂いた事、仮面の使徒との激戦、料理を初めて食べて頂いた時、そして『青魔石事変』から帰ってきた時の、あの嬉しさや安心感……みんな、みんな大事な思い出です!」


 切実な思い出を旨に、そう語る『二人目』のミュリー。

 その様子は、とても虚言を吐いているようには視えなかった。


 リゲルの中で、嫌な予感が刻一刻と増していく。


「じゃあ、君は本当に僕のことを前から知っていると?」

「そうです、貴方の趣味も、行った偉業の数々も……」

「なら、確かめてみよう。――『二人目』のミュリー、君は初めて僕に会った際、僕になんと言って『契約』を結んだ?」

「忘れもしません。――[静かなる時を経て、わたしは繋ぐ。あなたととの魂のよすがを。永久とわに描く円環を。アウラ・エル・リュート・ルエル]」

「……っ!」


 隣で聞いていたベッドの上のミュリーが息を呑んだ。

 一言一句、あの時の自分と同じ祝詞。


「そんな……わたしの記憶と全く同じ……!?」

「――もう少し確かめさせてもらうね」


 リゲルは先を促した。


「『楽園創造会シャンバラ』の刺客である仮面の戦士。あれと襲われた時、僕は何を『切り札』として使った?」

「『ランク七』の魔石、《タイラントワーム》の攻撃です。あの時、リゲルさんはあえて敵の力量を測る戦い方をして、私を巻き込ませないよう最低限の出力で相手を打ち倒しました。あれは痛ましく、行きた心地がしませんでした」

「……合致している。なら、『青魔石事変』の前。僕が過労で倒れたとき、君とメアは『滋養剤』の材料を取りに森へ向かってくれたね? その時に使った『魔術具』の名は?」

「『分裂本』です。分身の人形を生み出し、わたしの意識だけを宿してその体でメアさんと森に散策に行ったのでしたよね? ……あの後の、『惚れ薬』騒ぎは、すごく恥ずかしかったです」


 材料を間違えて持ってきてしまい、リゲルがミュリーに惚れ過ぎて『子供生んでくれ』と言った騒ぎだ。

 あの時の事は他言していない。

 これは想像以上に厄介な事態だとリゲルは感じた。


「判った。そこまで詳細に覚えているのなら認めよう。君は、僕との『思い出』を共有していると」

「ありがとうございます。ですからわたしがこそ本物の――」

「けれど。それでは矛盾が発生してしまう。――いいかい? 本物のミュリーは、ろくに外を出歩けないはずだ。『封印』の後遺症でね。それなのに、君ははレーアスの街では他の被災者を助けられるくらいには力があった。これはどういうこと?」

「それは……」


 途端に『二人目』のミュリーは困惑顔になった。


「……わ、わたしは、『楽園創造会シャンバラ』に記憶を操作されていたのだと思います。だからレーアスでの出来事や、そこで話したことは偽りの記憶で……今持っている、『あなたと過ごした』記憶が本物だと確信があるんです。――お願いです。リゲルさん。どうかわたしを信じてください」

「……信じろと言われても、矛盾は覆らない」


 愛する少女ミュリーと全く同じ顔、声で頼まれ、リゲルは動揺と困惑を隠しきれず目を逸らす。


 こうしていると『二人目』のミュリーは、そっくりもそっくり、まるで分裂したかのような瓜二つさだ。

 切実な瞳も、信頼の表情も、何一つ『一人目』と変わらない。

 いくら異常な事態とは言え、リゲルに良心の呵責が生まれてしまう。


「それでも……君が僕と過ごしてきたミュリーと違う精霊なのは変わらない。仮に君が僕との思い出を持っていたとしても、それは偽りの記憶だ」

「……違います。リゲルさん、わたしを疑うのですか?」

「疑うも何も、僕は『自分の記憶』が改ざんされていないと確信している。……じつは君と出会った後、ギルドに調べてもらっていた時、僕は自分自身に《看破》や《治癒》の魔石を使ったんだ。《マインドキュアトーテム》、《サーチアイウルフ》、《ディスペルアイ》――どれもランク四から五の魔石だ。もし僕が『楽園創造会シャンバラ』に記憶を操作され、君を『偽者』と誤認されていたのなら、それで解けていたはず。でも、それで異常がなかった。――なら後は君の方が改ざんされていると判断せざるを得ない」

「そ、そんな……っ」

「それに君が本物のミュリーならば、『この屋敷にいなかった時』点でおかしい事になる。ミュリーは迷宮に『封印』されていた。その影響で体が虚弱でろくに外を出歩けない。だから僕と契約して僕が《迷宮》で探索を続けた。『青魔石事変』の時も、ミュリーは虚弱でこの屋敷でずっと僕の帰りを待っていた。だから『お帰り』と、最後に出迎えてくれたんだ。――君の記憶が真実ならば、僕との環境に大きな矛盾が出来てしまう。――それは、理解できているかい?」

「あ、ああ……っ」


 心当たりがあるのだろう、『二人目』のミュリーは全身を震わせて瞳を揺らした。

 『二人目』の厄介なところは、完全に『一人目』のミュリーと同じ経験を記憶していることだ。

 迷宮で初めてときの記憶、『楽園創造会シャンバラ』の刺客の仮面に襲われた記憶、リゲルが倒れたときの看護、『青魔石事変』の不安と帰還してくれた時の嬉しさ――。

 どれも、彼女にはかけがいのない思い出だ。


 だが、それらが真実だとリゲルとミュリーとの関係に矛盾が起きてしまう。


 リゲルは、そもそもミュリーが虚弱だから拠点に留守番をしてもらった。そこから『祈りの加護』など、恩恵を受けて戦いに挑んでいた。

 彼女が病弱だから『分裂本』という、分身の人形を生み出し、森にも散策した。

 ミュリーはいつも戦いを終えたリゲルに「お帰りなさい」と言ってくれた。

 それを覆してしまっている時点で、『二人目』は本物ではない。


「信じ……たくありません。わたしの思い出が、みんな、『楽園創造会シャンバラ』に植え付けられたものだなんて……」

「気持ちは判るよ。でも状況が君を『偽者』と示してしまっている。だから――ごめん、今のことを本物だとは思えないよ」


 『二人目』のミュリーは、声を出さず、思わず両手で顔を覆った。

 思い出したと思っていた記憶がじつは偽りのものかもしれない――そんな恐怖や不安がありありと感じられる。

 リゲルは、せめて優しく言葉をかけ、


「今から、君の『改ざん』を解こうと思う。そうすれば君が何者が判るはずだ」

「え……?」


 リゲルは、多数の魔石を所持している。先ほどいった数々の魔石を彼女にも使えば問題は解決可能。

 リゲルは、彼女の目の前でいくつか魔石を取り出した。

 《マインドキュアトーテム》、《サーチアイウルフ》、《ディスペルアイ》……その他『状態異常を徹底的に治す』魔石や、『異常を看破する』魔石など、いくつも用意する。


「……わたしは……」


 『二人目』のミュリーは力なく、その場で呟いた。

 彼女の記憶で、リゲルの魔石が絶対的なものだと判っているのだろう。

 リゲルは、いつだって数々の魔石を用いて状況を打破してきた。

 これまで彼が『魔石』を駆使して解決出来なかった事などない。

 だから、自分の記憶が『改ざん』が看破される――その恐怖におびえているのだ。


「……気の毒だと思うけれど、もし君が『僕や本物のミュリーを混乱させる』ため、『楽園創造会シャンバラ』が送り込んだ『刺客』だと判明したなら、僕は君を拘束しなければならない」

「……はい」

「その上で言っておくけれど、大人しくギルドの調査を受けるべきだ。そうすれば『僕』という人間かた最悪の形で真実を告げられるのは避けられる」


 偽の記憶とは言えリゲルから真実を告げられるのは酷だろう。拷問にも等しい。それならばギルドで真実を明かしてもらった方が良いとの判断だったが――。

 『二人目』のミュリーは無言で首を横に振った。


「……構いません。真実が明かされるとしたら貴方の前の方がいいです」


 その瞬間、隣で無言で佇んでいた護衛のギルド騎士たちが剣を抜いた。

 ミュリーの専属の護衛隊長、ラズールの姿だけは視えないが、おそらく《隠蔽》の魔術で隠れているのだろう。


 もし『二人目』のミュリーが刺客だと判明した場合、取り押さえるためだ。


「――そう、それなら僕は君の言葉を尊重する。覚悟はいいかい?」

「はい」


 『二人目』のミュリーは、悲しみとも笑いともつかない表情でリゲルを見つめた。


「覚悟なんて出来ません……でも、貴方の邪魔をしたくはありません。――やってください、リゲルさん。わたしを、『偽者』だと証明するために。魔石で、わたしの真実を暴いてください」

「……ありがとう。――ごめんね」


 リゲルは、せめてもの謝罪に、少女にそう言葉を投げた。

 存在は偽りでも、その記憶はリゲルがたどってきた思い出を持つ少女だから。

 せめて、今の彼女の感情だけは尊重しよう。

 そう思い、リゲルは各種《看破》《治癒》の魔石を、高く掲げた。


「――偽りの状態を暴き、治癒の糧となれ! 《マインドキュアトーテム》! 《サーチアイウルフ》! 《ディスペルアイ》!」


 リゲルの手から次々と、魔石が眩い光を放ちその効力を発揮していく。

 紡がれるのは対象の『異常』を看破する効力。そして《治療》する効力。


 リゲルは腰に下げていた転移短剣バスラの柄を握りしめた。何かあればすぐに迎撃できるようにとの配慮だ。

 護衛のギルド騎士の面々が、剣を携え険しい顔で構える。


 メアも、『六宝剣』を展開し、部屋の隅で見守っていたマルコやテレジアらも臨戦態勢で『二人目』が刺客だったときに備える。

 煌々と、輝く魔石の光と皆の緊張。

 それらが最大に高まり、部屋中が溢れる光と静寂に満ちた後――。


 

【魔石発動――対象『ミュリー』は、状態『正常』

 特筆すべき異常は『無し』】


 

 そんな、空中に浮かび上がった魔石の効力の結果の情報に、リゲル達は驚愕した。

 

「……異常がない? 馬鹿な……そんなはずは……っ」


 目の前に現れた魔石の効力による文字にリゲルは瞠目する。

 それらの表記は魔石の効果が十全に発揮された証だ。


 それらが異常なしと判断したと言うことは。


「――君の記憶は、本物? 馬鹿な……どれもが《看破》や《治癒》に長けた魔石のはずだ。これで暴けない異常も直せない異常はない――《マインドキュアトーテム》! 《サーチアイウルフ》! 《ディスペルアイ》!」


 リゲルは続いて、『二人目』のミュリーへ立て続けに同じ魔石を使用した。

 さらに《エンジェルアイ》、《ハイインプ》、《サーチアイジャッカル》……別の《看破》、《治癒》に長けた魔石も多用する。

 どれもが、先ほどの魔石と同じかそれ以上の効力だ。


 ――しかしそのいずれもが『異常無し』との結果を示すだけだった。


「こんな……」


 リゲルは知らず、体を震わせる。

 『二人目』のミュリーは、状態が『正常』そのもの。

 そして記憶の改ざんその他あらゆる状態の異常は見受けられない。


 さらに、何ら化の妨害の魔術を使用した気配もなかった。

 ――加えてリゲルは、じつは魔石の中にランク七、《エクスマインドアイクラーケン》という『どんな状態異常も看破する』上位魔石をも使用していた。だがそれですら『異常は無し』との結果が彼の脳内で出ていた。

 つまりは、この少女が言った言葉は偽りではないことになる。


「……嘘だろ……このミュリーが本物? いや、でも……」


 リゲルは、突きつけられたその事実に動揺を抑えきれない。

 これだけの魔石を使って『異常無し』ならば、それは真実なのだろう。

 けれど、リゲルの側にも異常無しと結果が出ている以上、『一人目』も『二人目』もリゲルと過ごしてきたということになってしまう。

 こんな矛盾、あり得るはずがない。


〈ど、どういうことなの? リゲルさん〉

「判らない。……ただ現状、言えることは、この『二人目』のミュリーは『偽の記憶』を植え付けられ送られた『刺客』ではない、ということだ」


 思わずメアが心配と困惑を織り交ぜてリゲルへと問いかける。


「彼女が持つ僕との思い出は本物……少なくとも『実体験』として刻み込まれている」

〈ど、どういうことなの?〉


 メアがおろおろと困惑を隠しきれず問う。他の面々も瞠目や驚愕を浮かべるだけだ。


「彼女は、少なくとも『楽園創造会シャンバラ』の刺客という線はないらしい。――でも、それなら彼女は……」


 リゲルはわずかに声を震わせる。

 幸いなことに、リゲルを陥れるための『刺客』である可能性は減った。

 だが同時に、より深刻で、厄介な新たな問題が浮上する。


「君は一体、何者なんだ……?」


 『二人目』のミュリーに、驚愕の目を贈り、リゲルは呟く。

 その問いに答えられるものはいない。


 記憶は完璧だった。

 状態異常にもなっている形跡はない。

 正体を隠しているわけでもなさそうだ。


 けれど、『存在自体が矛盾している』ことは、否定しきれない。

 一人目のミュリーがいる以上、二人目はあり得るはずのない矛盾、本来なら存在しているはずもない少女だ。

 けれど、記憶も状態も完璧――なら、この矛盾をどう説明すればいいのか。


「――もしかしたら僕は、勘違いしていたのかもしれない」


 『楽園創造会シャンバラ』が混乱を招くため、送り出した刺客だとはじめは思っていた。

 けれど違う。

 そもそも【ミュリー】とは、何者なんだ?

 迷宮の中で出会った、記憶のない少女。

 リゲルに《合成》の力をもたらし、大いなる戦果を挙げさせてくれた大切な存在。


 幾度もリゲルと信頼を育み、最近ではキスまで行った愛しい少女。


 けれど、リゲルは彼女の『過去』を何も知らない。

 なぜ《迷宮》に封じられていたのか、なぜ『記憶』がないのか、そもそも『誰に』、『いつ』封じられたのか、それすら曖昧だ。

 判っているのは彼女が『精霊』であること、精霊王ユルゼーラの臣下であること、そして今は亡き『精霊王国』の生き残りの一人というだけ。

 つまり彼女の足跡をほとんど何も知らない。


 リゲルは、改めて彼女の特異な状況を突きつけられた。


「――もしかしたら、僕は、」


 厄介な渦に巻き込まれたのかもしれない。


 そう言いかけて、思いとどまった。

 『二人の』ミュリーが、不安げに自分を見つめていたからだ。


 これまで過ごしてきた『愛しい』ミュリー。

 そして今回発見された『二人目』のミュリー。


 少女たちは――特に『二人目』の少女は、自らの置かれた立場に、不安と怯えと、そして恐れを見せていた。


「――ひとまずは、『二人目』――君の身柄は僕が保護する形にする。『楽園創造会シャンバラ』の目論見の一環で、僕を陥れる可能性も捨てきれないけれど、他に手はない」

〈でも、リゲルさん〉


 メアが心配そうに声をかける。


「判ってる。彼女をそばに置くことはリスキーだ。けれど放っておく事にもリスクはある」


 精霊である事は『楽園創造会シャンバラ』の刺客である可能性も否定しきれない事だ。

 もう一人の精霊、ユリューナは『青魔石事変』の実行犯の一人だった。知らず、『二人目』のミュリーも何らかの計画の要員にされている可能性も高い。

 だが目の前の、ミュリーの姿をした少女を、このままギルドにわたすという選択肢は、リゲルとしては後味が悪過ぎるとも思っていた。


「――レベッカさんに伝えて。検査などはもちろん受けさせるけど、基本は僕が引き取ると。だからその上で協力をするって」

〈わかった〉


 メアは自分が一番早いのを判っているためか、幽霊少女の特性を活かし壁を通り抜け、外へと向かった。


 ――目の前には、二人のミュリー。

 一人は、共に思い出を育んできた少女。

 一人は、同じ記憶を宿した未知なる少女。


 けれど、どちらも行き場を失った精霊少女だ。二人目が刺客であれ、何であれ、リゲルは放っておくことなど出来ない。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず――あるいは彼女といる事で、『楽園創造会シャンバラ』の企みがつかめるかもしれない。あるいは【ミュリー】の謎に迫れる可能性もある。

 リゲルは、リスクを承知で『二人目』を保護する道を選んだ。



 

 ――後日、ギルド支部、参謀長レベッカから連絡が寄越された。

 内容は、『二人目』のミュリーの身柄はリゲルに任せること。定期的な検査を受ける事を条件に、彼女を預かる事だ。


 

 そして、さらに、リゲルは己の状態の変化に気づく。

 自分の中に宿るその力――その一端に、新たなものが宿っていたのだ。


 

【リゲル(本名アルリゲル) 十八歳  レストール家の家主(元ヴォルキア皇国の『六皇聖剣』) レベル35(本来はレベル■■■)

 探索者ランク:『黒銀ブラックシルバー』 

 クラス:付与術師エンチャンター (本来は『剣聖王』)

 状態異常:『能力簒奪』(とある事情により本来の大半の力が奪われている)

 称号:『裏切られた英雄』(HPゼロ時、高確率で生き残る) 

    『克己者』(習得する経験値が通常の1・5倍となる)

    『精霊との契約者』(スキル『合成』が発動可能になる)

    『精霊との《二重》契約』(スキル《合成》の効力が2倍になる)

    『精霊に愛されし者』(自動発動。瀕死時、必ず能力値が30倍になる)

    『二人の精霊に愛されし者』(自動発動。精霊の『祈り』の効力が2~4倍に増す)

 体力:407  魔力:401  頑強:368

 腕力:368  俊敏:357  知性:457

 特技:『短剣技Lv5』 『投擲術Lv6』 

 スキル:『見切りLv8』(広範囲攻撃以外、高確率で回避する)

     『合成Lv3』(あらゆる魔石、もしくは魔石の欠片を『合成』することが出来る。無詠唱で『合成』することが可能となる)

 新スキル――『二重合成Lv1』(『合成』を一度に二度行うことが出来る。同じ魔石を二回発動させる事も可能)】

 


 ――『二人目』のミュリーとは契約した覚えがないのに、自動で『契約済み』――かつ《合成》スキルがさらなる成長を遂げていた。

 

 そしてリゲルはギルドからさらなる知らせを受け取る。


〈リゲルさん! 『青魔石事変』がまた新たに発生したって!〉

「何だって!?」


 事態はさらなる災厄に見舞われる。

 リゲルたちの準備も覚悟もなく。急速に、加速し、拡大する。



お読み頂き、ありがとうございます。

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[気になる点] 精霊に愛されし者の交換って瀕死事30倍じゃなかった?
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