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第六十三話  使徒との戦闘

 ――先手を取ったのは、リゲルたちだ。

 リゲルは魔石を発動――《ヒートウルフ》、《ファイアアント》、《ヒートゴブリン》、《フレイムラット》、《ファイアスプライト》……数々の『火炎系』の魔物の魔石を使用。一気呵成ににその熱量で殲滅する戦術。

 紅蓮の牙が、紅蓮の火炎が、猛火の打撃が、八人の『使徒』へと、燃え盛って迸る。

 その総計『百三十個』の魔石の猛威を、『仮面』の怪人たちは華麗にさけてみせる。


 ばかりか、それらを『両断』してみせる。


「っ!」 


 先ほども使われた『指による一閃』の斬撃だ。

 しかし構わない。リゲルは一気に火炎系魔石を解き放つ。

 紅蓮の棘、燃える渦、灼熱の波、先の倍する豪炎が八人の仮面を襲う。


 周囲の大気を焼き尽くし猛進する剛撃は、猛烈な威力。

 ただの敵ならばこれだけで全滅だろう。

 だが敵は身動き一つしなかった。

 ただ『指』を一閃――。


 それだけで百三十もの猛火が、『斬り割かれた』。

 まるで紙を両断するように。脆弱な紙を寸断するように。


 二〇〇〇度を超える猛火を、安々と斬り裂いた。それだけで驚嘆に値する一撃。

 そかも相手はその上で『細い矢』、『紫の棘』、『鋼糸』を放ってきた。

 暗殺用の武具。けれどそれは無意味。


 リゲルは思っていた。『ランク六』の魔石の魔物すら容易に切断した相手――それならこの程度は可能だと。

 だから狙いは『熱』だ。いかに二〇〇〇度の炎を切り裂く攻撃でも、暗殺の武具でも、周囲に立ち上がるのは『炎』だ。

 火炎は斬り裂いただけでは猛威は終わらない。

 『猛熱』そのものが毒のように広がり、それだけで八人の怪人を蝕み、暗殺武具をも溶かしていく。


 事実、暗殺用の矢も棘も糸も全てが融解していた。

 射線上の全てにリゲルが火炎魔物を配置したためだ。

 八人があまりの熱量にわずかによろめく。瞬間、リゲルたちは攻勢。攻撃の事前にテレジアが『アクアシールド』を唱え、水の膜に包まれたマルコが『大盾』を構え突撃する。


「はあああ! 『シールドチャージ』!」


 暴風もかくやというべき打撃に、八人のうち一人が吹き飛ぶ。

 さらにとなりの一人をマルコが大盾の回転で殴打し、さらに後方から――。

 

〈――行っけええっ! 《烈剣クロノス》! 《魔剣ネメシス》! 《酒剣バッカス》!〉

 

 幽霊ゴースト少女メアの『六宝剣』が、音速を超越した猛速で降り注ぐ。

 《浮遊術》で完璧に操作された『六宝剣』の一撃だ。使徒の一人が出遅れて足を穿たれ、機動性を失う。


 その隙にメアはさらに《災剣ケイオス》と《界剣コスモス》を射出、その使徒を打ち倒した。

 三本を攻めに、そして残る三本をマルコの護衛として浮遊させつつメアは、


〈確固に分断したよ! 今!〉


 その声を合図にリゲルは百三十の魔物を使役する。

 『魔石』の使用は、『魔物の一部具現』、『魔物の能力付与』、『魔物召喚』――。

 その三種類となるが、そのうちリゲルは『魔物召喚』を多用。

 猛熱を発生させながら七割を突撃させる。


 数百から二〇〇〇度の熱に晒され、残る七人の怪人たちはよろめきつつ後退、新たに長大な剣武器を抜刀、『猛熱』を防ぎ切るのは不可能と判断したのか、各自散開する。

 右、二人、左、二人、上、一人――。

 リゲルが炎魔物たちを突撃した瞬間――七人のうち五人がリゲルを狙って強襲した。

 これも当然の選択だ。

 『魔石』を維持しているのはリゲルのみ。彼を仕留めれば百三十の魔物全ても消失する。

 数秒の間、顕現出来ても再召喚は不可能。

 それは正しい選択だ。恐るべき判断力。


 だからこそ、リゲルにとってそれは『想定内』だ。


「――現われよ、《ファイアアント》! 《ファイアラット》! 《ソーンヒート》! 《ヒートスライム》!」


 リゲルの周囲の地面に、『隠蔽』させていた三十体の魔物が出現する。

 全て予め埋めておいた魔石だ。

 紅蓮の蟻、燃える鼠、火炎の棘、燃え盛るスライム――火炎系魔物たちが地面を這い出て、仮面の使徒たちを強襲する。


 視覚外からの思わぬの猛攻に、五人のうち四人が攻めあぐね後退する。

 真上の敵はリゲルが『転移短剣バスラ』で切り結び、迎撃。


 流れるような短剣技と相手の双剣技。

 一秒に三十八もの剣撃。

 最後に大上段の斬撃をを経てリゲルは《ゴーレム》の魔石を使用――。

 相手に蹴り、轟音と共に振動を発生させる。


 双剣の腹を盾に、受け流した相手は無傷だった。

 しかしその前にバスラで与えた傷は三箇所。

 脛、肘、左肩……その切り裂かれた相手の、傷の中に、『猛熱』が入り込む。


 摂氏二〇〇〇度を超える猛熱は、それだけで内部から相手を蝕み、切り傷を何倍もの痛手とした。

 リゲルも相手の攻撃を受け四箇所の傷を負ったが、後方のハイヒーラー、テレジアが『ヒール』をかけて回復させてくれた。


「ありがとう、テレジア、助かった」

「どういたしまして。でも敵さん、そう甘くないわよ?」


 判ってる――そう頷きを返して、リゲルは新たな火炎系の魔石を散布する。


 敵はかなりの手練れだ。

 熱量による常時攻撃、メアの『六宝剣』の猛撃、マルコの大盾の突進、熱以外はほぼ当たっていない。


 最初に放った百三十の魔石のうち、七十個の魔石は効果時間が過ぎ、ただの石くれになった。

 残る六十個の魔石は、召喚した魔物が『仮面の使徒』に斬られて戦闘不能。

 リゲルが自衛のため出現させた三十体の魔物も、半数がいつの間にか斬られ、その数を減らしていた。


 その直後にリゲルは魔石を散布。

 直後に八人の使徒たちが切り刻み、その数を減らす。


 十五の魔物が七十五に増え、

 七十五の魔物が二十五まで減り、

 二十五の魔物が八十八まで増え、

 八十八の魔物が三十一まで減り、

 三十一の魔物が九十三まで増え、

 九十三の魔物が三十八まで減っていく。


 一進一退の攻防は、ややリゲルたちに分があった。

 だが油断できない。相手の中に『指を一閃』させるだけで万物を切り裂く者がいる以上、一瞬の気の緩みが命取り。

 相手は残り七人いるが、その全てが『ハイトーテム』と言われる中級の魔物の仮面を付けている。


 あれは特別危険な異能はもたない魔物の仮面だが、無表情の仮面はそれだけで不気味。

 さらに彼らは絶えず互いの位置を『シャッフル』し、『指の一閃』が使える者を特定出来ないようにしている。


 必殺の一撃者を把握するには彼らの超音速の跳躍は早すぎた。

 これまで培った技術や『見切り』のスキルを併用して視るリゲルですら視認はギリギリだ。


「――埒が明かないな。メア、地面に『六宝剣』を撃って。テレジアは『アクアシールド』を限界まで展開。マルコはその中に入りつつ、突撃を!」

『了解っ!』


 仲間の三人が一斉に応和する。

 けれど、その命令は偽りの命令。

 リゲルは《フェイクボイスホーク》と呼ばれる幻聴系の魔石を密かに使用していた。


 その効力は、『喋った内容と、違う内容』を味方に伝えるというもの。

 いま、リゲルは、メアには、『六宝剣』の射出せよ、テレジアには魔術行使せよ、マルコには突撃せよと命じたが――真実は違う。


 実際は『メア、六宝剣を僕の周囲に漂わせて。マルコは突撃すると同時に盾を敵に投げて、テレジアは僕を踏み台に相手を殴って』


 そう、他者に聴こえる指示と、まるで違うのだ。

 結果――。

 メアの『六宝剣』を警戒していた七人の使徒のうち四人が『六宝剣』を護衛に突撃するリゲルに戸惑い、一瞬動きが止まる。


 その隙にマルコが大盾を全力でぶん回し、『投擲』――。

 それを避けた敵に向かい、テレジアがリゲルの背中を蹴って一気に敵の一人へ肉薄した。


 それまで『アクアシールド』と『ヒール』しか使っていなかったテレジアのまさかの奇襲。

 彼女の武器は『理力のメイス』――魔力を攻撃力に変換する武具を有している。

 テレジアの膨大な魔力を吸収したメイスが、眩い光を放ち仮面の一人の脳天を殴打する。

 猛烈な一撃にまたらず敵は地面に激突。

 その隙を見逃すはずもなくリゲルは魔石を投擲。


「――現われよ、戒めよ、《チェインゴーレム》!」


 全身が『鎖』に覆われた巨人の魔物。

 その鎖巨人は倒れた仮面の使徒に向かうと全身を分解――『幾百の鎖』となって敵を捕縛する。

 いかに超人的な仮面の使徒でも、この捕縛特化の魔物の戒めを解く事は叶わない。


 ――その瞬間、わずかに動きをブレさせた仮面の一人がいた事にリゲルは気づく。


 敵の中には『指を一閃』させるだけで万物を両断する者がいる。

 しかし味方が捕らえられればそれを斬ろうとするのは必然だ。


 けれど自分が向かってしまってはシャッフルしてまで特定を避けていたのが無駄になる。


 それが、一度崩れた戦闘の均衡により彼を動揺させた。

 反射にも近いわずかな動きのブレが、リゲルに『指の一閃者』を特定させる。


「――特定した」


 『ランク五』の魔石――《マークアイトレント》を発動、リゲルの脳裏でその仮面の使徒の位置が筒抜けになるようにする。


「狙いは悪くなかった。けれど、僕たちの勝ちだ」

「――ぎぎ、ギギギ。我らは『世界の命運を担う《盟主》の剣』なり」

「されど我らに敗北はなく、汝らに敗北のみがある」

「どうかな? 最大戦力を特定出来れば、僕たちの勝利は揺るがない」


 仮面の使徒たちが戯言と一笑する。リゲルの声を無視し一気にリゲルへと突進する。


「『楽園』への頂に貴方はいらない。『英雄』は死すべきもの」

「――動きが単調だよ。いくら強くてもそれでは僕らを倒せない。――何故なら」


 七人の仮面の使徒が、超音速で互いをシャッフルしつつ、リゲルへと殺到する。

 周りの火炎系魔物が防衛に入るが瞬時に切り裂かれ消え失せる。


 必殺の『指の一閃』がリゲルの喉元まで迫る。

 それでも、リゲルは顔色一つ変えない。

 何故なら。

 何故なら彼には――。


「僕を倒すならば僕の戦術を研究するべきだった。君たちを簡単に倒せる手段があると、判るはずだから」


 リゲルの、首元に『必殺』の指の一撃が入る直前。

 その刹那。

 一秒の何十分の一の前。

 リゲルは、短く、けれど静かに。


「――入れ替えろ、《トリックラビット》」

 

 静謐に呟き、自分の体と、『とある仲間』の体の位置を、『入れ替えた』。


 入れ替えた対象の相手は――『メア』だ。


 幽体ゴーストであり、あらゆる切断攻撃を無効化する彼女の体は、あらゆる切断攻撃を通さない。

 果たして、必殺のはずの『指の一閃』は――彼女をすり抜けた。


「っ!?」


 仮面の使徒が愕然と動きを硬直させる。

 リゲルは確信と共に《フレイムスケルトン》の魔石を発動させる。


「僕は、君たちの戦闘パターンをよく『視て』いた。――火炎や魔物を容易く斬り裂くその『指』は、確かに厄介だ。けれど戦闘中、君たちは僕やマルコ、テレジアを狙うそぶりはあっても、『メアだけは狙う気配がなかった』――これは、メアだけは斬れないと、君たちが知っていたからだ」


 もし霊体であるメアすら寸断出来るなら、リゲルはこんな戦術は取らなかった。

 けれど戦闘中、音速を超える速度で動く彼らは、一度もメアに向かわなかった。


 だからこその結論。彼らは――『メアだけは斬れない』。


「一度でもメアを狙うそぶりを見せるべきだったね」


 仮面の使徒が咄嗟に後退しようとする。

 しかし。

 それよりも、一瞬速く――。


「全員が一箇所に集まってくれれば倒すのは容易いよ――だって」


 七人の使徒は遅ればせながら気づく。

 自分たちの背後に、『六宝剣』が迫っていたことを。

 メアの必殺の宝具が迫っていたことを。


 猛烈な勢いの宝剣の腹に打たれ、たまらず五人の使徒が地面に激突する。

 直後、リゲルが《チェインゴーレム》で全員を拘束する。

 残った最後の使徒が大きく跳躍する。しかしそれすらリゲルは逃さない。


「逃げても無駄だ。君たちの戦術は見切った」


 そして、リゲルは静かに勝利宣言するかのように呟いた。


 

「――入れ替えろ、《トリックラビット》」


 

 直後、マルコが投擲していた『大盾』と、『使徒』の位置が入れ替わる。

 ハイシールダーの全力で投擲された、勢いそのままの『大盾』と、入れ替えさせられた『使徒』が街路樹に激突する。


 全身の骨が軋み、仮面の縁から血反吐が迸る。

 その隙はあまりにもリゲルには決定的過ぎた。


「――結集せよ、《グランドブレイズドレイク》」


 瞬間、リゲルが解き放った強大な魔石が、戦闘の優劣を決定づける。


 『ランク七』――全身が猛火に包まれ、数十メートルは誇る『巨大な炎地竜』が使徒を叩き潰す。

 その特性は、『周囲に熱量があればあるほど威力を増す』というもの。


 つまり、これまで使った三百超の魔石――それら火炎系魔物全ての熱量を吸収した、《グランドブレイズドレイク》の爪撃が、使徒の仮面を粉砕する。


 強大な力の源たる仮面を失った使徒が、ゆっくりと崩れ落ちた。

 リゲルが煌々と魔石を輝かせながら呟く。


「僕が使う魔石に無駄なんてものはない。全て、後に使う魔石のための布石だよ」


 轟音と共に、使徒が地面へと落ち、リゲルの勝利宣言が響いた。

 

 

お読み頂き、ありがとうございます。


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