第六十二話 破壊された街
――眼前に広がっているのは、破壊、破壊、破壊の跡だった。
徹底的に気に壊され尽くした障壁。
見張りと思われる塔は全て崩落していて、あちこちで瓦礫の崩れ落ちる音が響いている。
轟音と共に破砕されたのは頑丈そうな都市庁と思しき建物で、数十メートルはあるそれが鋼の重々しい崩落音と共に大地に崩れ落ちていた。
まるで火の林のごとく立ち上る火柱、火柱、紅蓮の炎の光景。
燃やされ、命を食らい付くしてなお燃え盛る魔術の炎が、この世の全てよ燃えよとばかりに灼熱の猛威を振るっていた。
人が営みを行っていた場所から人がいなくなればそこは地獄だ。
地獄とは、人の行きられぬ地。終焉が訪れた場所。命ある者が決して立ち入れず、また達る事すら許されないこの世の終わりの地。
いや、そこは正しくは地獄とは言えないのだろう。
なぜなら地獄とは人の死した終焉の果ての地で、行きている人間が踏み入れられる場所ではない。
今、リゲルたちが足を踏み入れた時点で、そこは本当の地獄ではなく、『地獄』のように変わり果てた『街の残骸』というべきだ。
人の焼け焦げた跡。人が惨殺された跡。人が引きちぎられ、噛み砕かれた跡。
腹をなにかの金属で貫かれた女性。首から下を失った赤子。縦から真一文字に両断された老人。
老若男女、関係ない。そこは五体満足の『人』も、無事な『建物』もない、まさしくこの世の地獄だった。
無数の、血痕、折れた剣、槍、砕かれた盾や兜、鎧、崩壊した建物、折れた街路樹の大通りの中、リゲルたちは進む。
「ひどい、な……」
思わず、リゲルの口から本音が漏れる。
〈こんな……こんなのって……っ〉
宙に浮かびつつ、幽霊少女のメアが絶句する。
戦や厳しい躾けに慣れているはずのマルコとテレジアも、言葉を失い、しばらくは放心状態だった。
「これが……『青魔石』で滅んだ街の姿……?」
そう、それこそが一つの答え。彼らの住む都市とは違う未来を迎えた街の光景。
劇場都市レーアス。かつて踊りや大道芸、映画などで人気を博し、多くの人で賑わいを見せた王国屈指の芸術都市である。
それがもう、今は見る影もない。
〈ここが本当にその都市なの……? 何かの間違いじゃ……〉
周囲に生存者がいないか確かめていたのだろう、メアが《浮遊術》で瓦礫を取り除きながら呟く。
リゲルが黙って首を横に振った。
「……いや、レベッカさんから伝えられた都市の一つがここだ。つい一昨日、『青魔石事変』の被害に遭って壊滅した都市――間違いないよ」
リゲルは念の為、《インプ》、《サイトホーク》、《ホブハウンド》など、解析能力に秀でた魔物の『魔石』を十五個使い、周囲五キロメートルを調べた。
その結果、都市に偽装や幻術の類はなく、まさしくここが芸術都市レーアスである事を示していた。
「『楽園創造会』が何かの撹乱ため、《幻術》でも使って見せている幻影かとも思った。……けど、その可能性はないみたい。……この都市は、本当に『青魔石』の被害に遭い、壊滅したんだ」
持つ者に膨大な力を与え、暴走させるという特性を持つ『青魔石』。
先日、リゲルたちの住む都市で半壊事件が起こったのはまだ記憶に新しい。
『青魔石』の特徴は大きく分けて三つ。
一つ、手に入れた者は『魔物』の力を引き出し、操る事が出来る。
一つ、『青魔石』を手にした者は『破壊せよ』『蹂躙せよ』などといった破壊衝動に侵される。
一つ、『青魔石』は『不幸』、『嫉妬』、『怒り』など、『強い負の感情』を持つ人間の所に『生まれる』。
つまり、誰かが強い負の感情で『青魔石』を生み出し、暴走すれば、その影響で周りの人間は被害を受ける。
その被害によって、傷や損失を被った者は、激しい『怒り』『憎しみ』『悲しみ』に襲われ、新たな『青魔石』を生む。
そしてその新たな『青魔石使い』によって、街ではさらなる被害が拡大し――あとはもう、ねずみ算式に破壊は広がるばかり。
リゲルたちの都市ギエルダは、ギルドの《一級》騎士の奮闘や、リゲル達のパーティが『首謀者』の精霊、ユリューナを撃破して、事なきを得た。
だがここはそうではない。
レベッカ参謀長によればこの都市リーエンカは『首謀者』の拠点を突き止められず、そのまま壊滅したとのこと。
そして、そのまま街を壊滅に追いやった『青魔石使い』たちは都市から拡散――今ではいくつかの街や村へと被害を拡大しかけているという。
――そちらの方は、ギルドの方で『騎士』を回し、被害を最小限に留める算段があるらしいが。
リゲルたちはこの都市の調査に専念すればいいという話だったが――それにしても、被害が大きすぎる。
「街の規模から人数は数百万人はいたはずだ。それがこうまで破壊されたとすると……考えたくはないけど、生存者を探すのは難しいかもね」
〈あたし、瓦礫を撤去して行きてる人いないか調べてみる!〉
メアが焦燥感に駆られて《浮遊術》で周囲の瓦礫をどかしだした。
「……うん、ひとまずは役割分担をしよう。――メアは生存者の捜索をお願い。――マルコ、テレジアは僕についてきて。――護衛のギルド騎士の方々は、周囲に『青魔石使い』がいないか索敵を」
「「――承知」」
レベッカ参謀長から借り受けた《二級》《三級》からなる騎士たちは、白銀の鎧を閃かせ各地に散った。
その数、二十名。
『楽園創造会』や『青魔石使い』の襲撃も予想されるため、『防御』や『索敵』に秀でた騎士ばかりだ。
さらに、リゲルは《ゴーレム》、《ガーディアン》、《ウォールゴブリン》など、『盾』になる『魔石』をいくつか持たせている。
もし戦闘になってもすぐリゲルがフォローに回れるだろう。
「――ふっ――」
散った騎士の面々の背中を眺め、リゲルは静かに瞑目する。
――意識が甘かった。ただの街の調査だとどこかたかをくくっていた。
――けれどここは地獄だ。『青魔石使い』によって造られたこの世の地獄。
――油断すれば即死亡。あるいは仲間も窮地に陥る。僕が一番気を張り詰めていなければ。
覚悟を一心させると同時、リゲルは『魔石』を投擲。――《インプ》、《サイトホーク》、《ホブハウンド》、《アイアンホーク》、《グリフォン》、《ブラックドッグ》、《ヘルジャッカル》、《トーテムメイジ》、《アイスオウル》、《ヒートウルフ》、《ベノムフロッグ》、《ゴーレム》、《ガーディアン》、《ホブガーディアン》、十四種類、それぞれ五個ずつの『計七十』の『魔石』を使用した。
それにより、周囲には小悪魔、鷹、四足獣、大鷲と獅子の複合生物、凍れる梟、火炎の狼、毒の蛙、土の巨人、石の翼魔物、そしてその上位互換など、多数の魔物の影で埋め尽くされることになった。
《インプ》、《サイトホーク》、《ホブハウンド》、は陸と空の警戒。
《アイアンホーク》と《グリフォン》は空からの奇襲の迎撃。
《ブラックドッグ》、《ヘルジャッカル》は地上からの奇襲の迎撃。
《トーテムメイジ》、《アイスオウル》、《ヒートウルフ》、《ベノムフロッグ》は中距離から魔術による火炎、氷、毒など多重魔術による援護。
《ゴーレム》、《ガーディアン》、《ホブガーディアン》は自分とマルコ、テレジアの護衛。
中でも、要は《グリフォン》と《ホブガーディアン》の二種類だ。
それぞれ空と護衛の中核を担う魔物の『魔石』は、共に『ランク六』。一つで金貨三〇〇枚という超効果な代物だ。
それを惜しげもなく使う。並みの探索者なら目を見張って驚愕する乱発だ。
けれどリゲルは『合成』スキルで、『魔石』があればそれを再利用して無尽蔵に『魔石』を作り出す事が可能。この程度の出費、何でもない。
この布陣は陸空どちらからでも対応出来るようにとの配置だ。
攻め、索敵、守り、どれも抜かりない。どんな敵が現れても対処出来るようにとのバランス型配置。
「――メア、周囲に生存者はいる?」
〈まだ駄目! 見当たらない!〉
十五分後、リゲルは辺りを警戒しながら七十の魔物とマルコ、テレジアを引き連れ周囲を調査する。
メアとの通信は魔術具『ライリアのピアス』というもので行われている。
これは周囲三キロまでなら高精度な会話が可能なもので、金貨五十枚で買える。
それをリゲルは『ランク六』の魔石複数を売って八十個買った。そのうちの三つをメアに持たせている。
一つは使用するため、一つは予備。もう一つは念の為の予備だ。
騎士二十名にも同じ物を三つ持たせている。これで六十六個。残りは自分とマルコ、テレジアのために持たせた。
本当なら、周囲三キロと言わず十キロ、あるいはそれ以上の会話が可能な魔術具を用意すべきかと思ったが、場所が場所だ。
『青魔石使い』によって襲撃されて周囲三キロを離れてしまった場合、『戦闘が三キロ以上に及ぶほど強い相手=危険な相手』ということで、即座に判明出来るようにした。
メアたちが襲われ、戦闘に入り、余裕がなくなったとしても、この『三キロまで会話』出来る点を逆手に取ればリゲルは対応が可能だ。
さらにメアたちには《テレポトーテム》という周囲五キロまでなら《転移》出来る魔石も持たせた。
メアたちに異常があっても任意でこちらに戻ってこれるとの配慮だ。
これも『ランク六』の魔石をいくつか売り、大量に仕入れた。おかげで『ランク六』の魔石は一時的に百個を下回ってしまっている。時間がある時に『合成』して補充しておかないとな、とリゲルは思った。
『こちら、第一小隊、問題はありません』
『同じく第二小隊、こちらも異常はありません』
索敵に出ていたギルド騎士から『ライリアのピアス』によって報告がなされた。
通信事態にも異常はない。とてもクリアだ。『楽園創造会』や『青魔石使い』による通信阻害も懸念されたが、どうやらこの付近にそれはなさそうだ。
「――判りました。引き続き辺りの捜索を」
リゲルは周囲を見渡しながら続けた。
「では他に――第三小隊、第四小隊の方はどうですか?」
『第三小隊、特に異常は無し。引き続き調査を行います』
『――こちら第四小隊。道中に異変はありません。続いて他の区画を**lぐhsぶいえfあ』
「――っ! 第四小隊! 繰り返す、第四小隊! 応答を! 何か異常が!?」
通信のノイズが入った。異常だ。魔術による干渉を感じる。――敵? 『青魔石使い』かと、一同が警戒する。
「第四小隊! 通信は可能ですか!? 応答を!」
『――複数の■■をつけ 相手 確認。――えfhpr騎士一名が脱落。――敵、『仮面』をつけた の連中 と推測。数は 人。――注意されたし、救援は間に合わ――』
通信は途中で切れてしまう。不吉な沈黙。
「第四小隊! 応答してください、第四小隊!」
リゲルが必死に叫び、なおも呼びかける。
けれど、それ以上の通信はない。第四小隊との交信は途切れた。
内容が不鮮明だが『仮面』の単語がかろうじて聴こえた。
『仮面』。
それは『青魔石使い』を生み出した組織、『楽園創造会』の下級戦士のことだ。
それが通信のさなかに聴こえたということは――。
この街のどこかに敵がいる。
『ゾ……ゾ、ゾゾゾザザ……ザ……』
不意に。
通信途絶と思われていた第四小隊から、再び音が聴こえ始めた。
「何だ? 第四小隊! 無事ですか! 第四小隊!」
リゲルは一瞬安堵し、手元に『ライリアのピアス』を引き寄せ大きく叫んだ。
「無事なら返事を! 第四小隊!」
――その声に、答えた声は。
『ザザ……ゾゾ……ひひ。ひひひひひひ』
人の声とは思えぬ、くぐもった、そして敵意のある怪しき声音を発していた。
『――第四小隊は始末しタ。次はお前だ――都市ギエルダを救った、『英雄』さま』
直後、護衛として置いていた《ゴーレム》五体と《ガーゴイル》五体が細切れにされ粉砕された。
粉塵が辺りに飛び交う。
護衛の《ブラックドッグ》、《ヘルジャッカル》が一斉に吠えた。
《トーテムメイジ》、《アイスオウル》、《ヒートウルフ》、《ベノムフロッグ》が火炎、氷、雷、毒の胞子を飛ばし『襲撃者』と思しき方向へ一斉攻撃をする。
その全てが『何か』に弾かれた。
「――終焉の、そのプロローグにございます」
粉塵を『指一本』で吹き払い。
砕かれたゴーレムの欠片を足で踏みにじり。
『仮面』をつけた八人の『怪人』が、一斉に同じ内容の言葉を口にした。
「「全ての命には終わりあり。――我らはその剣となるべく参上致した者」」
「何を……?」
「「ら、ら、ららら。ソソソ。『楽園創造会』に、栄光を」」
「「我ら、『楽園』を司りし『盟主』の――命令により、貴方を――」」
膨れ上がる殺気。膨大な魔力。
それぞれが、不気味な『魔物の仮面』を被った八人の刺客が一斉に叫び――。
「「貴方を――壊します」」
瞬間、八人のうち四人が護衛の《ブラックドッグ》、《ヘルジャッカル》を瞬殺した。
残る四人が護衛の《ホブガーディアン》と切り結び、一方的に両断。リゲルたちへ接近する。
「(――強い!)」
リガルは内心でぞくりと振るえる。
これまでの。
これまで戦った『仮面』の戦士たちとは格が違う。
『ランク六』の魔石の魔物を一瞬で破壊する技量。
速度。
攻撃力。
明らかに、『殺す』ための刺客。
「――なるほど」
音よりも速く。影のように滑らかに走る彼らに対し――。
「リゲルさん! 援護します!」
「あたしも! 《アクアシールド》!」
ハイシールダーのマルコが大盾を構えてリゲルの前に着地し、ハイヒーラーのテレジアが水の膜による障壁を作り上げる。
その中で、リゲルは多数の『魔石』が入った魔術具の袋へ手を入れ、
「なら僕は、全力で君質を叩きのめすだけだ」
リゲルは、《ヒートウルフ》、《ファイアアント》、《ヒートゴブリン》《フレイムラット》、《ファイアスプライト》、《ブレイズハンド》、《フレイムマミー》、《ブレイズポット》、《ソーンヒート》、《ヒートスライム》、《フラムアーミー》、《炎騎兵》、《ウィル・オ・ウィスプ》、十三種類、それぞれ十個、総計『百三十個』の魔石の開放と共に、戦線を開いた。
――魔の石より呼ばれしリゲルの軍団。
死を運ぶ八人の刺客たちが、激突する。





