表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/167

第六十一話  新たなる戦いへ

 やがてミュリーの決意の後、夜にギルドマスター・グラン達はやって来た。

 すでに、ミュリーが精霊であることは伝えてある。

 グレンなどは「なんと、ミュリー殿は精霊だったのか!?」とかなり驚いたらしいが、レベッカは比較的冷静だったという。

 薄々と判っていたらしい。


 その事も含め、会談する事となった。

 部屋にはリゲルとミュリーの他、メア、マルコ、テレジアという構図である。


「お久しぶりです、リゲルさん、あの後は、お変わりなく?」

「はい。順調に探索業を続けています。ミュリーも調子が良いみたいで」

「どうもリゲルさん、ミュリーさん。参謀長のレベッカです。特にミュリーさんはNGワードゲーム以来ですね。こんばんわー」

「あ、はい。あの時はどうも……」


 大男と、軽快な調子の美女。まるで嵐のような登場に、ミュリーが硬い表情で応対する。

 先日のレベッカの時は遊びだったが、今回は違う。

 重要な話があると判った上での話なのだ。緊張も当たり前。

 そして――。


「おーほっほっほ! ひざまずくがいいですわ下民ども! わたくし、精霊の幹部にして至高の美貌たるユリューナの登場ですわ! わたくしの美貌にひれふしなさい、喜びなさい! 泣いて! 震えて! 歓待するのですわ!」


 ――ものすごく傲岸不遜で、やかましい精霊少女も入ってきた。

 第八迷宮《砂楼閣》で激突した精霊、ユリューナ。

 暗躍組織『楽園創造会シャンバラ』の尖兵にして、リゲル達の貴重な情報源となった彼女。久々にもかかわらず、いや、だからこそ居丈高に、笑ってみせる。


 ――というより、こんな性格だったかな? とリゲルは思った。

 ……長い尋問時間を経て、外出が出来て高揚してるのかもしれない。

 魔術製の手錠くらいの拘束具しか今はないが、その苦労は推して知るべし。


「おーほっほ……ん? あら? ミュリーではありませんの!」


 彼女は、部屋にいたもう一人の少女を見るや、仰天して話しかけた。


「ああミュリー! 久しぶりですわね、わたくしですわ、ユリューナですの! うふふ……あの頃と変わらない、本当、久方ぶりですわ。あの頃は、よく顔を合わせました」


 ――あ、そうか、とリゲルは気がついた。


 ミュリーにとって別の精霊が古き仲であると同様に、ユリューナにとっても彼女は懐かしさの対象になるのだ。

 二人は同じ精霊同士。


 たとえ立場はテロの尖兵と街の英雄のパートナーという違いはあれど、旧知である事は同じ。

 異なる時代、異なる文化の中で、再会した喜びはひとしおだろう。

 果たして、そんなユリューナに対して、ミュリーの反応は――


「……誰ですか?」


 ユリューナの顔が固まった。


「え? いや、ユリューナですわよ!? 『宮殿』でお話したでしょう、ユリューナですわ! 共に精霊王に仕え、共に切磋琢磨し、共に笑い合い……まさか、忘れたとは言わないでしょう!?」

「……すみません、全然覚えていません。誰ですか?」

「おおおお……」


 ユリューナは泣き崩れた。

 皆の視線が一斉に白けたものになる。


〈うわー、期待はずれにも程があるね〉

 とはメア。


「……情報の引き出しに役立つかもと連れてきたが、これほど役立たずとは」

 とグランの厳しい声。


「尋問の時もほとんど役に立たない情報ばっかりでしたけど、やっぱり駄目駄目ですね」

 とレベッカの辛辣な声。


 もはやすっかり涙目のユリューナ。だが、諦めずにミュリーへ詰め寄ると、


「わたくしですわ、わたくしですのに! 思い出して過去を、ミュリー!」

「……えっと、すみません、ごめんなさい。あなたの事、全然、知りません」


 それがとどめの一撃だった。

 ユリューナはまるで視えない矢にでも貫かれたかのように、ぐったりと、仰向けにばったりと倒れたのだった。

 

「……どうせわたくしは役立たずですわよ! ミジンコ以下ですわよ! ふふーんだ。……ぶつぶつ……ぶつぶつ……」


 すっかりユリューナが部屋の隅で拗ねてしまい、挨拶も仕切り直しだ。


「ええーと、口ばかりの駄目精霊がいじけてる間に色々話進ませましょうか」


 リゲルが言うと、グランが頷いた。


「そうですな。この精霊ユリューナ、尋問の時もとにかく意味がなく……トカゲの尻尾だと判ってはいましたが、クズ情報ばかりでろくなものを得られませんでした」

「心中、お察しします。僕らも『地下神殿』で戦った時と、正体判った後の落差で色々残念に思ってるんです。ほんと、残念精霊ですよね。ユリューナ。残念精霊だ」

「うるさいですわ! 何度も連呼しなくとも判っていますわよ! 残念言わないで下さいまし!」


 キレ気味にユリューナが片隅で叫んでいた。けれど皆、がっかり顔なのは変わらない。


「――まあ」


 レベッカが微笑しつつ言う。


「ミュリーさんは長い間『封印』状態にあったと聞きます、それで記憶が混濁、あるいは埋没してしまい、同郷の者を思い出せない可能性はありますよ?」

「……そうですね、それは在りうる話です」


 リゲルは同意する。

 数千年もの間、眠り続けていたミュリー。

 その間、何の情報ももたらされなかったとは限らないが、万全とは程遠い。

 今でこそ体力はある程度戻ったが、肝心の精霊王ユルゼーラや、他の事は朧げだ。


「……まあ、それでも親密な関係だったなら、記憶の欠片くらいはあるとは思いますけどねー。精霊王の事は覚えていますし。……ひょっとしてユリューナさん、自分だけお友だちと思っていて、ミュリーからは何とも思われてなかったのでは?」

「はうあっ!?」


 グサグサッ、と、また視えない何かがユリューナに突き刺さった。


「も、もうやめてあげて! ユリューナの体力はゼロだわ!」


 とテレジアが思わず悲鳴を上げるほどだった。

 マルコも同情の視線を向けている。一応、敵の一員なのに。


「――さて、残念精霊の事は脇に置いておきましょう。重要なのは『これから』の話です、リゲルさん、ミュリーさん」


 誰が脇で残念ですって!? というユリューナの嘆きは黙殺し、グランが続ける。


「――承知の通り、我々は数々の情報網を持っています。ギルド間の情報、探索者内での情報、それに、一級を始めとする各ギルド職員。それを集め、日夜、様々な情報を集めているのが現状です」

「そうみたいですね」


 リゲルが頷く。


「ただ、それでも『楽園創造会シャンバラ』の動向を把握する事は困難というのが現状です」

「そもそも、『楽園創造会シャンバラ』とは一体何なのですか?」


 リゲルもそれなりに情報を集めてみた。

 街の図書館、古書店、迷宮の謎の書物……それらを当たってもまるで手がかりがないのが現状だ。


「『楽園創造会シャンバラ』とは、一言で言うならば地下組織ですな」


 グランは厳かな口調で言う。


「地下、組織」

「然り。……今からもう八百年近くになりますか。かつて、世界中に混乱を広げた暗躍組織があったのです」


 グランは、順を追って説明する。


「当時……地上はまだ探索者の模索の時代でした。地下深くに存在する十二の迷宮、それらを攻略するため様々な組織、宗教、個人の英雄などが割拠したのですが、そんな中、最も邪悪で強大な組織が……『楽園創造会シャンバラ』でした」

「そこまでは僕も調べました。そのとき、一体何が?」

「主に重要施設の破壊。要人の謀殺。それに、各地でのテロ。……まあ多くは先日の『青魔石事件』と似たような事例ですな」


 グランは険しい顔つきで語っていく。


「多くの英雄、王侯貴族、一般市民たちが亡くなったとの記述があります。大帝国が数年で衰退し滅んだことも」

「ひどい……」


 ミュリーと、そしてテレジアが、悲痛な声でつぶやいた。


「判っているのは表面的な事ばかりで……例えば時の英雄、《剣聖》ウィルフレッドや《聖女》リリエナ、そして《大賢者》ヴォラーズなどが壊滅に関与した、との記述は見つけたのですが、その経緯や組織の発生過程は不明。……加えてどのような目的で、誰が創設したかなど、重要な事はほぼ何も判らないのが現状です」

「ギルドの力を持ってしても判らないのですか」


 はい、とグランが頷く。


「『楽園創造会シャンバラ』は非常に情報の隠蔽が上手く……『下位』と『上位』に位置する者達がいるのは判っております。

 ――その活動は主に『下位』にやらせ、『上位』……つまりは幹部ですな――それらが常に裏で糸を引き、決して情報を残さない、という形を取っています」

「つまり、ユリューナのような、『実働』を司る者達と、それを仕切る『幹部』という二部構成、ということですね?」

「その通りです」


 グレンはまた頷く。


「『楽園創造会シャンバラ』が厄介なのはそこです。――奴らは、決して重要な情報を残さない。幹部自ら前線に出るのではなく、あくまで下位の『実行犯』に指示を出し、幹部は結果だけを得る……その結果も、いまいち目的が推察出来ないものが多い。――『青魔石事件』に関しても、市民の『暴走』と、いまいち意図がよく判らないのです」

「それは――」


 リゲルも感じていた事だ。

 あの事件、間違いなく街の歴史に残る大事件だろう。

 幾多の人々が嘆き、苦しみ、涙と血を流した。


 けれど、あの事件を起こし、どのような利益があったのかまるで判らない。

 これがギルド壊滅や探索者暗殺など分かりやすいものなら別だ。

 だが、『楽園創造会シャンバラ』が引き起こしたのは市民の暴走――ひたすらに、街を破壊する事だけだった。


 街の破壊が目的なら、単純に大量破壊魔術具を使えば良い。

 そうでないにしても『青魔石』を使い、数日かけて破壊するというのは、やや迂遠に思える。

 あるいは、暴走させる事態に意味があったのかもしれないが――そもそも、何故『暴走』させる必要があったのか。


「破壊は何かの囮で、本命を隠すための目くらましとは考えられませんか?」

「当然の考えですな。我々も『調査部』でそれを議論しております。が、結論は『可能性は低い』というものです」

「低い、ですか」


 その先はレベッカが説明を続けた。


「『ギルド要人の暗殺』、『特定探索者の謀殺』、『重要施設の破壊』……それら可能性の高いと思われたものは、一通り精査しましたがどれもまずありませんねー。ギルドの要人が襲われたという話はありませんし、特別な探索者が狙われたという事例もありません。あとは、ギルドそのものを破壊する線も疑いましたが……そもそも被害、少ないんですよね、ギルド。一般の家屋とかそっちの方が遥かに甚大ですー」

「じゃあ、いったい何を目的に……?」


 ミュリーの不安げな声が漏れ出る。

 話に聞くだけでも冷酷極まる組織。優しい彼女には耐え難いだろう。

 リゲルはとっさに彼女の肩を抱き、大丈夫だと力を込める。


「……あとは、ミュリーが要因という線ですが、それは?」

「それも考えましたがあり得ませんねー。ミュリーさんはずっと屋敷で無事だったそうですね。戦場はあくまで街の中。ユリューナも『街を襲え』としか指示を出されなかったらしいです」


 事態は暗礁に乗り上げた。

 奴らの狙いは不明。ユリューナの情報は――否、グラン達の説明によれば、そもそも『楽園創造会シャンバラ』は情報を掴ませない。

 掴ませるのはあくまでトカゲの尻尾、使い捨てのユリューナのような下位員のみ。


「それと――」


 レベッカが、再び口を開く。


「『楽園創造会シャンバラ』の名称に関しても、不明なんですよねー。口頭ではシャンバラ、文字にするときは楽園創造会と表記するらしいですが――『楽園』? 誰にとっての? 『創造』? 誰が? なぜ楽園を創るのか? ――全て、八百年前から不明です」

「そんな……」


 誰の口からともなく、乾いた声が漏れた。

 八百年の過去より存在せし謎の組織。

 青魔石事件など数々の事件を起こしながら意図も不明。


楽園創造会シャンバラ』――

 自分たちは想像以上に深い悪意を、向けられていたのだと、痛感した。


「さて。その上でご報告があります。――この度、大陸各地で、『青魔石事変』が起こりました」

「っ!」


 リゲル、ミュリー、メア、マルコ、テレジア、五人が一斉に目を剥いた。


「西方の都市レーアスを筆頭に、各地でこの都市で起きた『青魔石使い』による暴走が確認、多くは壊滅、あるいは全滅の道をたどったとの事です」

「ついに、他の都市にまで手を出したというのですか?」


 大きな憤りがリゲルの中に這い上がる。

 あれほどの被害が出たばかりなのに。

 それ以上の被害を出すという暴挙。

 リゲルの中で、激しい怒りが湧き上がる。


「現在、詳しい調査のため隊を編成中です。そこで――相談があるのですが」


 グランは、申し訳なさそうな顔を取ると、目を瞑り、そしてまっすぐにリゲルを見つめた。


「リゲルさん、貴方に『調査隊』の隊長として参加してもらいたいのです」

「僕が……?」


 その言葉の意図する意味に、瞬時に十数の可能性を思い至らせるリゲル。


「今回、我々は一都市では対処し切れない事態に見舞われました。『青魔石事変』が起きたのは確認出来ただけでも12の都市や村で、正直人手が足りておりません。

 また、各地のギルドも壊滅状態に遭った場所も多く、事態の鎮圧、調査にも膨大な労力が掛かるのは明らかです」

「だから……そのための補助員として、僕を雇いたいと?」


 グランはゆっくりと頷く。


「察しが良くて助かります。まさしくその通りです」

「ですが僕は、《探索者》ですよ? 確かにこの都市は救いました。けれどギルドでも手に余るものを、どうにか出来るとは……それに、この屋敷の防備もある」

「いえ、貴方は貴方が思う以上に強大な力を宿しておられる。先日の『青魔石事変』、解決出来たのは貴方の尽力が大きい。……また、その指揮力、戦闘力において、右に出る者はいない。

 ……少なくとも当ギルドにおいて、戦闘力と指揮力を兼ね備えた者を私は知りません」

「グランさん……」


 光栄な、話ではある。

 リゲルは基本的に、自分を強者の一角だとは思っていた。

 いや、《錬金王》アーデルに対抗するため、それなりの実力をつけてきたと自負はしていた。

 だが、ここまで、ギルドマスターに直接出向かれるまで頼りに思われているとは、思っていなかった。


「光栄なことです。僕は、これまで自分と自分の大切な人を守るため戦ってきました。その功績が認められたのは嬉しい。けれど……」

「判っております。この都市を離れることで生じるミュリー殿や屋敷の守りを心配されているのでしょう。しかしそれは――」


 その先はレベッカが言葉を引き継いだ。


「ミュリーさんが『精霊』であると明かされた以上、私たちはこれまで以上に彼女を保護する事を尽力せねばなりません。『精霊』は絶滅種と言われた希少種族。何より、リゲルさんの大切な人だという事実もある。

 なので、私たちはこの度、《一級》の騎士を一人彼女の護衛につけさせて頂く事にしました」

「《一級》の騎士を……?」


 今回、ミュリーの正体をしる前から計画していたのだろう、レベッカは大きく手を打ち鳴らすと、


「――【ラズール】。入ってきてください」


 ソレは、ひどく気配の薄い青年だった。

 一瞬前までリゲルが認識する事も出来ない。『現れる』、と思った瞬間、もう目の前には出現していた、『隠密』性に特化した青年だった。


 見た目は黒髪、黒目の青年。けれどその周囲は常に朧げで、霞がかっており、顔が判然としない。

 高位の《偽装》魔術だと、リゲルは即座に看破した。


 もし戦闘になれば高い確率で手傷を負っていただろう、それほどの手練れだった。


「……強いですね。能力を隠してこれなら、空恐ろしい」

「ほう、判りますか? これでも能力の七割を偽装しているはずなんですが」


 《六皇聖剣》として培った観察力と、これまで得た経験から、彼の偽装を何割か見破ったが、それでも素顔までははっきりとは見えなかった。

 おそらく、単純な強さだけなら、かつて戦ったどの相手――『ロードオブミミック改』、『青魔石使い』、『精霊ユリューナ』より格上だろう。


「……彼をミュリー殿の『護衛長』として赴任させます。現在の護衛隊長はラッセルですが、それとは別に、『側近騎士』として、常に警戒をさせます」


 グランが、重々しい口調でそう語った。


「……ギルドマスターが、直々に、それも懐刀である《一級》騎士を置いておくということは――」

「はい。考えている通りです」


 それだけ、ギルドも本気だと言うことだ。

 リゲルの能力が欲しい。ぜひ欲しい。戦力的には最高位である《一級》を恋人の護衛として雇う程の、期待。


「リゲルさん、貴方の能力の最大の利点は『応用性』です。――先の『青魔石事変』にて、貴方は多くの騎士と共闘し、またメア殿、マルコ殿、テレジア殿も含めたパーティを指揮しました。

 それは、ただの強者には叶わない偉業です。――ただ強いだけの実力者なら多数いる。けれど、それらを束ね、軍団として指揮出来る者となると、極端に少ない」

「集団戦はそれぞれの長所と短所を理解した上で、常に戦況に気を配る必要がありますからねー」


 参謀長であり、『軍師』でもあるレベッカが付け加えるように語る。


「もちろん、ギルドには戦力的にリゲルさんと同等の指揮力を持った騎士はいるでしょう。けれど戦闘力と、高い次元で兼ね備えた者はいない。

 ――例外は私や、ギルドマスター、グランくらいなものでしょうが、ご存知の通り、私は参謀長、この都市から出る事は出来ません。同様にギルドマスターのグランも外に出るわけにはいきません」

「だから、同等の実力と指揮力を持つ貴方に、お願いしたいのです」


 参謀長とギルドマスターはギルドの要だ。無闇に他都市に出向くわけにはいかない。一時的に魔術で転移する事は可能だろうが、『調査』となるとある程度の期間が必要になる。

 そこで、高い戦闘力を持ち、指揮力を備え、さらには『特権探索者』としてギルドの信用も厚いリゲルが候補として選ばれた。

 いや、候補どころかほとんど彼がいなければ調査は危うい、という状況。


「今回、我らは多数の都市間で協力し、『調査隊』、『鎮圧隊』を出す事を致しました。――幸い、鎮圧の方は目処が経っておりますが、調査の方は如何ともし難い。そこで、貴方の力が必要なのです」

「……判りました」


 リゲルは、しばらく腕を組み、いくつかの思案をまとめた上でそう答えた。


「……僕だけの問題ではないですね。他の12もの都市に被害が出たのなら、ギルドに認められた者としては力添えをしないわけにはいかない。たとえ僕の一心でミュリーだけは守れたとしても、都市や、ギルドの皆さんが消えてしまっては何の意味もありません」

「では……!」

「協力します。ただ、僕もこれほどの期待を背負うのは初めてです。『調査隊』の隊長となるなら、気心の知れた仲間を連れていきたいところです」

「それはもうもちろん。……メア嬢やマルコ殿、テレジア殿にも協力を要請致します。かつて『青魔石事変』を救ったパーティ、必要ならば共闘したギルド騎士、マーティンらも呼ぶことも可能ですが、如何です?」

「では、お願いします。あの時戦ったパーティを再結成しましょう。その上で調査隊として赴きます。……ミュリー、すまないけれど……」


 精霊の少女は優しく微笑んだ。この部屋にグランが、レベッカが、そして《一級》騎士ラズールが現れた時点で、薄々と判っていたのだろう。


「リゲルさんの力が必要なのは十分に判っています。本音を言えば一緒にいたいですが……ギルドは貴方の力を欲しています」

「うん。しばらく離れる事になるけれど……」

「いいえ。これまで、わたしは十分にリゲルさんと過ごせました。……特に、この一ヶ月間は大きな争いもなく、幸せでした。

 幸せは、けれどわたしだけが持っていていいものではありません。被害を受けた12の都市や村の人々、罪もない人たちが嘆き、悲しむのは嫌です。だから――」


 ミュリーは、そう言って、優しくリゲルの手を掴んだ。


「今度も大きな成果を、そしてわたしのもとに帰ってきてください」

「……うん、約束する。そう時間は掛けさせない。この一ヶ月、貯めた『魔石』も大量にある。これを投入して、一刻も早く君のもとへ変えると約束する」

「リゲルさん……」


 実際は、どうなるかは判らない。

 そもそも『楽園創造会シャンバラ』は正体不明で、謎の多い組織だ。彼らの介入も大いに有り得る。

 その中で、無事に生還するのは容易ではないだろう。


 けれど信じる。リゲルは、彼の仲間を。共に戦った、メアを、マルコを、テレジアを、マーティンをはじめとしたギルド騎士たちを。

 一度救ったこのギエルダという都市。

 けれどその外まで救いを求めているのなら、力を貸そう。

 その果てに、何が待つのか、リゲル自身、判らないけれど。


 少なからず世話になったギルドのため、グランのため、レベッカのため、彼らの要請をむげに断るリゲルではなかった。


「では部隊の編成は三日中に。それまでに装備を整えよう。――レベッカさん、メアの『宝剣』は?」

「お預かりしていた《天剣ウラノス》、《盗剣ヘルメス》、《冥剣ハーデス》は、未だ解析中です。――お返し致しますか?」

「……メア? どうする?」


 宙に浮かぶ幽霊少女は、ゆっくりと首を横に振った。


〈解析が途中ならまだ預けておくよ。いつか必要になる力だもの〉

「ではメアは『六宝剣』だけで出立を。……マルコ、テレジア、君たちは僕があげた新装備で出てもらう」

「了解です」

「装備を新調して初めての実戦ね、腕がなるわ!」


 マルコやテレジアも情熱は十分だった。

 二人とも『青魔石事変』の被害者のため、今回の『同時多発事変』も、思うところがあるのだろう。


「では準備が出来次第、三日後、出立しよう。――『楽園創造会シャンバラ』、その狙いの一端を暴くために」

「リゲル殿にはひとまず、西方の都市、『レーアス』に向かってもらいます。――そこで起きている状況、生存者、及び、『青魔石使い』がいた場合は確保、楽園創造会シャンバラ』の一味がいた場合も、確保をお願い致します」

「了解です、グランさん。レベッカさん。じゃあ皆、やろう!」


 メアが、マルコが、テレジアが、頷く。

 グランギルドマスターが有り難そうに頷き、レベッカは魔術で各所へ連絡を取った。

 そして新たに屋敷の『護衛長』となった青年ラズールが影のように佇み、

 ミュリーは、声を張り上げるリゲルを見て、静かに祈りの格好をとっていた。



 ――そして三日後。

 全ての用意を整え、リゲル達は西方都市――『レーアス』へと出立する。

 都市の調査、そして『楽園創造会シャンバラ』の野望、その欠片を暴くために。


 再び、彼の戦いは始まった。



お読み頂き、ありがとうございます。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
[気になる点] 「光栄なことです。僕は、これまで自分と自分の大切な人をモモルため戦ってきました。その功績が認められたのは嬉しい。けれど……」 [一言] モモルため・・・新語かな。守るですね。 もふるを…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ