第五十九話 青魔石への対策 ~一級騎士の会議~
「――馬鹿な!? 複数の街や村で、『青魔石』が出現しただと!? それは一体どういうことだ!」
世界四大国家の一つ、エンドリシア王国――探索都市、ギエルダ。
ギルド中央支部、執務室にて。信じがたい報告が、ギルドマスター・グランへともたらされた。
「はっ! すでに近隣区域をはじめ、西方の都市レーアス、北西のデルク村、そして遥か北東――都市リンドベルにまで、多数の街や村々にて被害が発生!」
「『青魔石』使いによる被害は、甚大との報告が……っ」
「被害箇所の正確な数は? それと暴走の鎮圧はどうなっている?」
「すでに都市レーアス、及びリンドベルの暴走は鎮圧したとの報告が! しかしいずれも被害が大きく、ギルドマスター、もしくは都市長が死亡、都市運営に甚大な被害が起こったとの報告があります。
「さらにはデルク村をはじめとして、多くの村では暴走が継続中。――現在までに判った数だけでも、被害数は『計十二箇所』に及ぶとの報告あり!」
「じゅ、十二箇所!? ――馬鹿な、信じられん……っ」
この広い大陸で、それほどの被害が多数に、ほぼ同時に起こるなど完全に想定外だ。
仮に第二の『青魔石事変』があったとしても、これ程までの被害は考えていなかった。
想定していたより遥かに大規模な被害に、グランギルドマスターは戦慄する。
「――被害地域への応援は? それとそれぞれの『騒乱』の詳しい顛末を」
報告に訪れた《二級》騎士たちは、痛ましい顔つきで語る。
「基本的には不明です。偵察隊がそもそも被害に遭って帰還出来てない者も多く……未だ情報が不確定です。昨日の時点で完全に終わったのは、都市リンドベル、及びレーアス、それに東方の都市ラダリカのみです。南方の都市イルカルは、現在戦闘の継続中との報告が」
「どれも遠すぎるな……それに、援助を送ろうにも『青魔石』使いがいる……。現状、都市を破壊して飛び出した『青魔石』使いは、どの程度いる? 対策は?」
別の偵察の騎士がこれには答えた。
「基本は、最も近い都市が対応しています。ギルド騎士、衛兵、傭兵、『特権探索者』……都市リンドベルを壊滅させた『青魔石』については、二十八名を撃破、捕獲したと報告があります」
「しかし、大多数の『青魔石使い』の行方は不明です。現在、『王都』に『応援』を要請、《四聖竜王》、及び傭兵団《暁の銀翼》、《黒星輝師団》に協力を仰ぎ、何とか付近の被害を食い留めています」
ギルドマスター・グランはその報告に一瞬だけ安堵の表情を浮かべた。
「ひとまず、被害は最小限には食い留められるか……しかし、問題は山積みだな」
エンドリシア王国には、『王国の窮地』にのみ活動すると言われる、『最強の四聖人』がおり、有事の際には対処出来る。
これはかつてリゲルが所属していたヴォルキア皇国の剣聖王、《六皇聖剣》に匹敵する強者たちだ。
救援専門の『傭兵団』の存在も、多いに役立っている。
しかしそれを踏まえても事態はあまりに切迫している。
「……王都の《四聖竜王》まで出張っているとなると、この都市にまで応援を送ってもらうのは無理だな。出来れば『楽園創造会』との戦いに援助してもらいたかったが……致し方ない」
「はい。現在、我が都市では《一級》職員が防衛に当たっているわけですが、自衛だけで精一杯……とても他都市に――近隣の町村へ遠征に向かわせるのは困難かと思われます」
「同感だな」
最初に報告に来た《二級》騎士も言い募る。
「誤報や混乱に乗じた、『愉快犯』による偽報告もあります。迂闊に我が都市から『応援』を寄越すのは危険かと思われます」
「確かに。――して? この報告は参謀長には伝えたか?」
「現在、彼女は休暇中で、家で音楽を楽しんでいるとの報告が」
「そうか、なら叩き起こせ。参謀長がいなければ話にならん。――それと主だった《一級》にも招集をかけろ。連絡がつかない者、もしくは街の『防衛』に専念している者は例外だが、とにかく来れる者は可能な限り招集せよ! 会議を行う、急げ!」
『了解っ!』
先日の、この都市での大事件――『青魔石事変』の記憶は未だ新しい。
その爪痕も残るこの時期に、まさかの被害拡大。
ギルドマスター・グランは、各地の安寧と収束を祈ると共に、かすれるような声で呟いた。
「――あの『青魔石事変』は、終わりではく、始まりだと――そう言いたいのか? 『楽園創造会』めが」
その声音は、怒りと、憎しみと、そしてわずかばばかりの畏怖を含んでいた。
「――さて。叩き起こされた私が招集をかけられ、集めた映像――以上、皆さんにご覧頂いたものが、今回の『同時多発事変』で起こった記録映像となります」
大会議室に、参謀長レベッカの声が響き渡る。
都市ギエルダ、ギルド中央支部、大会議室――。
薄暗い空間の中、いくつもの影が円卓場に居並んでいた。
広い大理石の床の中、いずれも席を埋めるのは都市最高の《一級》のギルド職員たち。
一級『解析官』、《千里眼》の異名のブレイザー・アルメール。
一級『騎士』第三部隊長、《幻魔》のファルドラー・グレイス。
一級『騎士』第五部隊長、《嵐帝》のモルバーン・アルデ
一級『騎士』第八部隊長、《轟竜》のヴォルゴフ・バーデリン
その他、《一級》の『解析官』、『偵察隊』『防衛隊』、『衛生隊』……それぞれの部門のトップ、この街最高の能力者たちが集っている。
彼らは一様に、一級『軍師』、参謀長でもあるレベッカの報告に渋面を浮かべる。
「やれやれ、先日『楽園創造会』との騒動も終ったとは言えんというのに、またも大波乱か。忌々しい」
「同感だ。すでに各地方のギルドと連絡がつかん。――激戦中か、あるいは潰されたか」
「いずれにせよ、非常に大きな危機と言えます。ますます正義が危うくなりましたね」
一級『解析官』、《千里眼》のブレイザーや、一級騎士のヴォルコフ、同じく騎士の《轟竜》のモルバーンらが発言を交わす。
すでに各幹部の眼前には、半透明状の『映像』が映し出されている。
これは各偵察隊が各地に出向き《記録》の魔術で撮った、投影された映像である。
どれもが甚大な被害の映像だ。
『青魔石』による人間たちの暴挙……紅蓮の火柱や雷撃が破壊を巻き起こし、衛兵やギルド騎士たちが激戦を交わしている。
全く同じ光景を、先日映像とはいえ、見せられた《一級》の面々の心情は、穏やかとは言い難い。
「全てが『囮』により、《一級》が遠ざけられた隙による暴走か。――念のいった策略だ。我らの時と同じよな」
一級騎士の《幻魔》のファルドラーが苦々しく語る。
「然り。これは先日、この街で起こった『青魔石事変』の再来だ。――否、それよりも悪いと言える。なにせギルドすら潰された街もある始末だ。壊滅どころか『全滅』した場所も少なくない」
一級騎士のヴォルゴフの発言に、一級解析官のブレイザーーが頷く。
「そうだな。これは氷山の一角に過ぎないだろう。我々が認知していないだけで、まだ報告が上がっていない街や村もあるはず……その被害全てを把握するのは、骨が折れるな……」
全ての《一級》たちが一斉に同感だと頷いた。
中でも正義感の強い騎士モルバーン、騎士ヴォルコフは歯を食いしばり《映像》のあまりの悲惨さを眺めている。
「レベッカ参謀長。この『同時多発事変』、もっと早期に被害は防げなかったのか? これではあまりに命が軽々しく散りすぎる」
「もっともですねー。でも『たられば』を何度繰り返しても無駄でしょう? ここにいる皆さんは、その事をよくご存知のはず。――必要なのは起きてしまった事態に対し、どう対処するか? それのみが重要だと思いますが?」
違わない。今さら起こった事象について責任や不備を問うていても不毛なだけ。
ことさら強めの口調で語る参謀長レベッカのを前に、モルバーンが肩をすくめ、ヴォルコフが苦々しい表情を浮かべる。
「話を進めましょう。今回の騒乱で重要なのは、これが『楽園創造会』の企みである、という可能性が高い事です。知っての通り、先日、我が都市ギエルダは、『青魔石事変』で甚大な被害を被りました。
現在は『特権探索者』である英雄リゲルさんをはじめ、多くの人々の協力がありますが……彼らがいなければこれらの都市と似たような運命を辿ったでしょう。
――では、それを踏まえ、『楽園創造会』の目的とは何か……?」
レベッカは長い桃色の髪を弄びながら語る。
「詳しい目的は不明ですが、全て同じ手口、同じ暴走です。――すなわち、『都市』の壊滅狙い。
『核』となる『青魔石』をまず使い、『増殖』させる。さらに、そこから多数の『恵まれない人々』へ拡散し、『暴走』させる。
――この都市で起こされたのとまさに同様の手口です。おそらくは『楽園創造会』はこの国、もしくは大陸全体に何かの計画を持ち、これもその何らかの計画の一環なのでしょう」
「報告書には『囮』でギルド最大戦力である《一級》を離脱させ、そこを襲わせたとあるな。『青魔石』の暴走者が『半魔物化』し、施設を破壊……ギルド騎士や、衛兵が総出で掛かっても対処できないところまで同じとはな」
一級騎士のヴォルゴフが渋面のまま呟く。
「そうです。そして共通するのは、『実行犯』なる者がいる点も一緒です。現地の『実行犯』が、『青魔石』の『統括』を行い、その発動や停止を司っている――この都市では『精霊ユリューナ』が司っていた地位ですねー。『青魔石』の生産と増殖、それらを制御していたのは、各々の強力な『尖兵』たちです」
「何者なのだ? その者たちは? やはりユリューナと同じく、生き残っていた『精霊』たちか?」
一級解析官ファルドラーが神経質そうな目を向ける。
「いえ、共通点はありません。単なる傭兵か、元探索者、あるいは王族の末裔――なんてケースもあったみたいですね。……いずれも、『楽園創造会』との関係は薄く、所謂『トカゲの尻尾』として使い捨てられたらしいです」
「ふん……何とも姑息な」
何人かの《一級》たちが嘆息をもらした。そこから情報を得られることを期待していたのだろう。
「我らの都市ではユリューナを捕縛して事なきを得たが、他の都市の被害はどうなのだ? 報告書には『全滅』も多いとあったが」
「んー、経緯は別々ですが、『全てギルド側の敗北』ですねー」
レベッカは厳しい表情のまま続ける。
「我が都市ギエルダでは精霊ユリューナを捕まえ、『半壊』で留まりましたが、多くの地域では『壊滅』、あるいは『全滅』状態となっています。ひどい所では西方のアミルダ村など、草木一本残らなかった所もあったとか」
「なんと……」
義憤にかられた長い呻き声が聴こえた。亡くなった人々の無念を思ったのだろう。
「それほどの被害……何とかならなかったのか。各地に《一級》やランク『黄金』以上の探索者もいただろう。全てが街や村の被害を食い止められなかったとは思えない」
「もちろん、各地には腕利きの《探索者》や《一級》のギルド職員もいました。しかし《探索者》は元々『魔物退治』が専門で、『対人戦闘』へのトラウマ訓練はしていません。そもそも一般人――『青魔石』使いを害する権利を有していません。よって対策は基本、ギルド職員が行うのですが……そもそも『実行犯』を撃破するのが困難でした」
詳しい実情を、レベッカは《投影》魔術による映像表示で行う。
空間に表示されるのは、各地で行われた『実行犯』の討伐の戦闘映像だ。
「『青魔石』を創造する『実行犯』がいて、地下の《迷宮》に潜伏していたという所までは皆共通です。しかし、その過程で『討伐隊』が敗北に遭い、途中の魔物で全滅した……あるいは『実行犯』に殲滅させられたケースもあります。また、『実行犯』は倒したのに、都市壊滅まで『間に合わなかった』という悲しい事例もいくつかあります」
「……痛ましいな。被害地域には、少しでも幸運が舞い込むように祈るしかないな」
ヴォルコフが沈痛な面持ちでそう語る。
「そうですねー。私たちは運が良かった。何しろ私たちの場合は、【合成】使い、リゲルさん達がいましたからね。私たちの場合、リゲルさんが早期に『実行犯』である精霊ユリューナを撃破してくれました。『状態異常の暴風』『不可視の属性無視波動』量子化』という、反則めいた強さを看破、そして打ち破った――その迅速な対応がなければ、この都市は全滅していたでしょう」
「確かに。リゲル殿の実力は、ランク『黄金』に比肩する。洞察力もかなりのものと聞いているが?」
何人かの《一級》職員が頷いてみせた。
「さらに言えば、彼には強力な味方もいた。『レストール家』の令嬢のメア嬢。『ボルコス伯爵家』の元戦士、『強化人間』のテレジアとマルコ。彼らの参戦も相まって、第八迷宮《砂楼閣》の奥地にまで到達し、『精霊ユリューナ』を撃破したと聞いたが?」
「その通りです。逆に言えば、彼らほどのパーティがなければ都市は壊滅する、ということですね。『青魔石』の『実行犯』は、いずれも特異な方法で『討伐隊』を欺きました。
――精霊ユリューナが、『複数の配下を操り、《疑似魔術》によって強さを捏造していた』のと同じように、今回の各地では、『実行犯の体と精神が分けられていた』、『ギルドマスターに憑依していた』、『特定のクラスでなければ入れない神殿に潜んでいた』など、一筋縄ではいかない『戦術』を駆使していました。つまり、単純な強さを持ったパーティでは、解決は望めなかったのです」
数名の《一級》職員たちが頷いた。
「ふ。つまり我々は本当に運が良かったわけだ。リゲル殿がいなければこうして会議どころか帰る場所すら失っていたわけだからな」
「ですねー。幸運の極みと言えます」
「では、今後の方針を決めよう。――レベッカ参謀長。現状、『楽園創造会』は脅威的な組織だ。《一級》やランク『黄金』以上の探索者であっても対処は難しい。そのため、今後の方針次第でこの大陸の未来が変わると言って過言ではない」
一級騎士ヴォルコフの言葉に、レベッカは頷いてみせる。
「おっしゃる通りです。ですから私は、まず『戦力の増強』を行いたいですねー」
「戦力の、増強……? またずいぶんと正攻法だな」
「正攻法は大事ですよ? まず、各地から『強者』を集めます。今回、壊滅の憂き目にあった街、村々から傭兵、ギルド職員、探索者……その他強者と呼べる者たちを招集、戦力の要とします」
一級騎士モルバーンが懐疑的な目を向けた。
「しかし、事は簡単ではないぞ。烏合の衆となり『楽園創造会』への隙を作ることにも繋がる。それに、下手をすれば『楽園創造会』の尖兵を呼び込む事にもなりかねん」
「当然です。ですが、それを言っては何をするのも不可能です。今は戦力が欲しい、とにかく欲しい。――集団戦にせよ単独行動にせよ、まず動かせる『戦力』がなければ話になりません。チェスなど知的遊戯は嗜みますか? 駒がなければ普通は負けるでしょう? 同じことです。《一級》の数が足りない。そしてランク『黄金』以上の実力者も足りない。であるなら、戦力そのものを強化するしかない」
「……そうなると、当然《探索者》のトラウマ訓練を行う必要もあるな。集団戦、規律の訓練も。それがなければ単なる雑兵だ。もちろん『一般人への武力行使』も限定解除しなければならない」
「ええ。その辺は《一級》の『訓練士』の方々へお願いしましょう。――やれますね?」
円卓にいた《一級》の『訓練士』――新米の探索者やギルド職員を調教する専門家たちだ――彼らが苦笑する。
「苦笑は承諾と受け取っておきましょう。……では、肝心の戦力の招集法。――これはもう、『トーナメント』でも開いて大々的に集めましょうか」
「トーナメント? この都市でか? こんな時期に?」
「こんな時期だからこそ、催し物は必要ですよ。……そうですねぇ、表向きは、『復興の盛り上げ』の一環として行いましょう。強者は大抵、お祭り好きです。街の方々も、トーナメントで活気は少なからず取り戻すでしょう。これ以上の一挙両得はないです」
「……何と言うか、計画的というか、『軍師』ならではの発想だな」
一級解析官のブレイザーが苦笑する。
「褒め言葉として受け取っておきましょう。――経理部、予算の方は適当に見繕ってください。足りない分は『ボルコス伯爵家』から『青魔石事変』時は役立たずだったとか適当に罪状をでっち上げてぶん取ってください」
「……いいですけど、それ、俺らがやるんですか?」
「お金を集めるの、得意でしょう?」
レベッカが笑顔でそう切り返す。
嫌だなぁ、やりたくないなぁという顔をして、《一級》経理部の職員たちが肩をすくめる。
「――ま、とにかく戦力の方はそれでいいでしょう。『ギルド・トーナメント』。それで数多の強者をかき集めます」
問題は――と言葉をしかけて、周りの空気が変わる。
判っているのだ。これからがある意味本題、ここに集められた、本当の意味での対策会議に他ならないのだから。
「では、『楽園創造会』について少し伺いたいのう」
一級騎士、ファルドラーがのんびりとした口調で語る。
「レベッカ参謀長。『楽園創造会』についてどこまで判っておる? かの組織は搦め手で都市、村々を襲っている。その目的は? 何かの実験かの? それとも報復か?」
その口調は静かだが確かな怒りも感じる。
虫けらに大事な孫を汚された祖父のごとき、怒り。
レベッカは手に持つ杖をくるくると回して答える。
「――そうですね。《一級》解析官によれば、『青魔石』はほとんど全て、『人間の欲望』から生まれると判っています。――とりわけ、復讐心や敵愾心によるものが多いと。ということは『楽園創造会』は、それに関連した何らかの『理念』や『教示』、目的があると推察できます」
「その具体的な内容は? 欠片でもヒントは掴んでおるのかのう」
「いいえ。『人の欲望』から何かを引き出そうとしている、あるいは『暴走化』自体が目的の愉快犯かもしれませんが、現時点で判っている事はありません」
「――なるほど。つまりはほとんど何も判らん、という事か? この都市の騒動の『実行犯』、精霊ユリューナも、尋問で大した情報を持っていなかったしのう。これはお手上げではないのか?」
ファルドラー、そしてヴォルコフをはじめ、正義感の強い騎士たちが憤りをにじませた視線を交わす。
怒りを含んだレベッカは軽くそれらを一瞥し。
「皆さん落ち着いて。まあ、現状は『楽園創造会』は正体不明、その目的は『人心』を操り何かをしようとしている、くらいにしか分かりません。それが利己的なのか利他的なのか、それすらも分かりませんが、問題は――」
レベッカは続ける。ここからが本題と言うばかりに。
「肝心なのは、他所ばかり見て、足元をすくわれない事です。――今回、各地で『青魔石事変』が勃発しました。けれど『この都市』で、また事変が起こらない保証はありませんよ? 前回、『楽園創造会』はこの都市を『囮』で皆さんを遠ざけ、大騒動を起こしました。つまり今回の『同時多発事変』も、これ自体がある種の『囮』である可能性があります」
「なるほど。確かにあり得ますね。他所に目を向けさせ、懐に毒を仕込む――いかにも姑息な『楽園創造会』らしい手口です」
騎士モルバーンの言葉にレベッカは頷く。
「ですです。なので、皆さんも警戒はしてくださいね? 一度終わったからといって、またこの都市でないとは言い切れません。また、『威力差攻撃』という概念もありますー。『精霊ユリューナ』は、無能で使い捨ての『実行犯』でした。――けれど、『次』もそうだとは言い切れませんよ? はじめは『弱者』で油断させておいて、本命では『強者』で首を狙う――軍師として私が使う、戦術では割とポピュラーなものです」
《一級》の何人かが唸るような声を上げる。それは考えてなかった証拠だ。
「ふふ。なるほどな。《一級》の軍師であるレベッカ殿が言うと、説得力があるな」
「然り。その通りである。五年前の盗賊団《明けの黒蜥蜴》の殲滅を思い出す」
数年前、レベッカ率いる《一級》職員が、とある盗賊団を壊滅させた事だ。
その時はまず《四級》の騎士を向かわせ、相手がこちらの戦力を見誤せた。
その後は《一級》で一気に壊滅に追い込んだが、似た手口は『楽園創造会』とて可能。
油断は全く出来ないということだ。
「――さて。議論は出尽くしたか」
議論もだいぶ煮詰まった頃。
「――現状、被害の把握や情報の共有はこんなところだろう」
それまで無言でことの成り行きを見守っていたギルドマスター。グランが、両手を組んだ姿勢のまま呟く。
「現状、この都市は防衛にあたる方針は変わらない。『ギルド・トーナメント』で戦力を集める方針も決定しよう。今回の『同時多発事変』が『囮』なのか、『ユリューナ』に続く、第二の『事変』の前触れなのか。それも不明だ。――だが、肝心なことは油断しないことだ。そして、必要以上に固執しないこと」
グランは《一級》の面々を見渡す。その顔、一つ一つに覚悟を決めろ、と言うかのように。
「感情的になった人間は脆い。『楽園創造会』はそこを突くのが上手い。前回は、《一級》は正義感を利用され、各地に四散させられた。奴らは我らの『隙』を狙ってくる。それが奴らの武器だ。皆、それを忘れぬことだ」
「当然ですね」
「了解だ」
「やれやれ、また仕事が増える、腰がきついわー」
「楽しいじゃないですか、騎士として」
各々、愚痴、やる気、嘆息、反応は様々だ。
だが内に秘めた使命感だけは決して薄れない。
かつて『楽園創造会』にしてやられた雪辱を果たすため。
仮を返すため。
彼らは戦う。『楽園創造会』との戦いがいつまで続くとも――。
その命ある限り、彼ら《一級》は、戦いを止めない。
新たな戦い――『楽園創造会』との戦いは、『ギルド・トーナメント』を開き、戦力を確保するところから始まる。
「(――さて。『防衛』はともかくとして問題は――)」
そんな中、参謀長レベッカだけは、すでに次の段階へ思考を巡らせていた。
「(《一級》は、あくまで自衛の戦力なので安々と動かせない。かと言って他では戦力に不安がある。――やはり頼らざるを得ませんか。またも『彼』に)」
自由に動け、戦力的に最高、そして何より実績もある。
レベッカの脳裏に、彼以上に、頼りになる人は存在しない。
――この都市を救った《英雄》、リゲル以外には。
お読み頂き、ありがとうございます。
 





