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第七話  オークションで大勝利

「はいいらっしゃい! らっしゃい!『ハイポーション』、『マナポーション』、! 一通りの回復薬揃ってるよー!」

「噂に名高き名工『ヴレル』の霊剣、揃い踏みで御座います! さあさお代は金貨百五十枚から!」

「オーダーメイドの鎧、売り出します! 『毒耐性』、『麻痺耐性』、『魅了耐性』なんでもござれ! 中古ですがどれも性能は折り紙付き!」

「血塗られた魔剣の品々いりませんか? どれも体力が減る、運気が減る、寿命が減るなど曰く付きですが、性能は強力無比! 巨人も竜種も真っ二つです!」

「初心者さん御用達の装備品はどうですか? 今ならブロードソードやレザーメイル、各種ポーション二十個ずつ! 特価でなんと銀貨二枚!」


 今日も街の市場は盛況だった。

 都市ギエルダでは大小様々なバザーが連日開かれている。中でも南第一地区の通称『アリアン・バザー』は手頃な値段で有名だ。

 とある女商人が開催したのが始まりのこのバザー、各種回復薬、携帯飲食物、迷宮の情報誌……売り物は様々。特に消耗品においては他の追従を許さない。


 リゲルも探索者の初期から利用している。

 安い。多い。そして手堅い品々が揃うのがこのバザーの特徴だった。


 そのひいきのバザーで、リゲルは愛用の短剣を買い直す予定だった。

 これまでメインだった『スチールダガー』は、ゴブリンの仮面との戦いで壊れてしまった。

 なので、馴染みのバザーで代わりを整えようというわけだ。


 ただ、これがなかなか良いのが見つからない。

 付与師エンチャンターかつ《魔石使い》であるリゲルは、レンジとしては中距離戦闘が最も得意だ。投擲、牽制、素材の剥ぎ取りなど、どうしても短剣の装備は欠かせない。

 投擲用の安ナイフは複数あるが、それでもメインは必須。ただし強すぎても弱すぎてもいけない。

 強すぎると性能に頼ってしまい、戦闘リズムに支障が出てしまう。弱すぎた場合、武具として頼れない。

 理想は、自律戦闘インテリジェンス武器ウェポン――つまり自動で戦闘してくれる武器だが、それは金貨八百枚以上の世界だ。《合成》スキルで魔石を売れば買えなくはないが、そこまでいくと防具が疎かになってしまう。


 ――いっそ素材を集めて自分で見繕ってみるか?

 そう、考え事をしながらバザーを歩いていた時だった。


「さあさあいらっしゃい! これより『オークション』を始めますよ!」


 金髪に礼服を着た店員が、広場で一際大きな声を張り上げていた。


「何と言っても今度の目玉は『霊短剣』バスラ! 別名《転移短剣》! この短剣、投擲すればなんと自身の所に『転移』して戻る優れモノ! さらに斬れ味はギルド騎士のミスリルソード並! さらに刃こぼれしても『自動修復』で即使用可能! 形状記憶金属バリアスメタル製なので粉々になっても安心!」


 とある大通りの広場の中。一際大きな呼び込み声がする場所だった。


「さあさ開始は金貨十枚から! 皆さま、奮ってご参加ください!」

「あれがいいかな」


 競売人の傍らの台にある装飾短剣を見て、リゲルは一目で気に入った。

 効果、長さ、両方共ちょうど良い。切れ味も良さそうだ。牽制にナイフ投擲をする事が多いリゲルは、投擲後の回収を省けるので理想的だった。

 しかも『自動修復』付き――さらには自動で『転移』して戻ってくる特性ときた。実質無限に投げられる短剣は、ぜひとも手に入れたい。


 周りの客が、即座に声を張り上げる。


「参加するぜ! 金貨十三枚!」

「金貨十八枚だ!」

「俺は金貨二十四枚を出そう!」


 他の探索者もすぐにその有用性に気づいたのだろう。次々と値段が跳ね上がっていく。


「金貨三十四枚出すわ! ダーリンのためにプレゼントするの!」

「それなら、こっちは金貨四十一枚だ!」

「四十八枚出そう、転移短剣はこちらが貰、」


「――金貨百十枚だ」

 

 盛り上がる衆人の中、リゲルが宣言する。

 瞬間、周りの客がざわ……ざわ……と騒ぎ出した。


 通常、短剣の相場は金貨十枚程度となっている。これは武具としては安値の方だ。

 投擲などに使う都合上、紛失や破壊が多い。かなり良質でも七十枚くらいが精々だ。

 しかし、リゲルが提示したのはそれらを遥かに上回る金額。

 周りの熱気が、一気にリゲルへの称賛や驚愕に変わる。


「なんだと? 金貨百十枚……?」

「嘘だろ、どんな悪事をすればそんな金出せるんだ?」

「今までの二倍以上だぞ……? 何者だこいつ」


 驚愕、羨望、嫉妬、それはそれぞれだ。

 このバザーはお手頃な品が集まる場所ゆえ、訪れる探索者はランク一『カッパー』や、ランク二である『青銅ブロンズ』など、低級探索者が多い。

 そんな身分でこんな金額はとても出せないだろう。

 おそらく、金貨六十枚程度が彼らの上限額だとリゲルは推測していた。


「くそっ、短剣一本に百十枚なんて手が出せねえ!」

「七十枚までならいけたのに……うう、悔しいっ!」

「マジか……ひょっとしてこのあんちゃん、『ランク黒銀ブラックシルバー』以上なのか?」


 ざわ……ざわ……ざわ……

 周囲の客たちが、まるで化物でも見るような目つきで見てくる。

 フード付きローブを目深に被って顔が判らないようにリゲルはしている。その不気味さもあって、リゲルの事を過剰に畏怖しているのかもしれない。

《合成》スキルやミュリー関連で目立ちたくないための格好だが、別の意味で悪目立ちしている。

 もちろん、後で服装変えれば問題ないのだが。


「さあ! フードのお兄さんが百十枚です! 他にはございませんかー? どなたかいらっしゃいませんかー? なければ彼の落札ということになりますが!」


 競売人の声に熱が入る。

 おそらくこれで決まりだろう。

 金貨一枚で中堅までの探索者がおよそ一日に稼げる金額である。

 それを安定して稼げる者を中級者、それ以上を上級者と呼んでいるが、金貨百枚以上は安々とは出せない。

 つまりリゲルが提示した金貨百十枚という数字は、中級者の四ヶ月弱……この場の探索者にはまず出せない金額である。


 実質、リゲルの独壇場。周りも決まったような雰囲気だったが――。


「くはは、なら俺は金貨百二十枚を出すぜ」


 いきなりリゲルの横に立った男が、下卑た笑みで宣言した。


「な、なんだと!?」

「これに出せる奴がいるのか!? 嘘だろ!?」

「マジかよ、やらせとかじゃないだろうなこれ!」


 リゲルを上回る金額提示に、たちまち周囲は沸き立つ。

 横目でリゲルが男を見ると、彼はスキンヘッドにピアス、強大そうな装飾大剣を背中に背負っていた。


 指には、見るからに高価な宝石指輪が多数……その装備と立ち振舞いから、ランク三『シルバー』以上である事は間違いない。


「あ、あいつ知ってる……《商人剣士》のダルバスだ……」

「『剣士』でありながら、『商人』でもあるっていう……」

「まずいぞ、あいつに目をつけられたら大抵のものは買われちまう!」

「くそっ、よりによってあいつに転移短剣が渡っちまうなんて!」


 リゲルの時とは対象的に、嫌悪感や悔しさ、恐れ溢れるざわめきが広がっていく。


「くく、兄ちゃんよ、さっきから見ていたが、あんたなかなかの小金持ちだな? このバザーでそこまでの値段を出せるのはそうはいねえ」


 商人剣士ダルバスはニタニタと可笑しそうな笑みを向けながら、リゲルの横顔を楽しそうに眺めた。


「……それはどうも。――金貨百四十枚」


 構わずリゲルは金額を釣り上げた。即座にダルバスも金額を釣り上げる。


「おっとー、じゃあ俺は、金貨百五十枚だな!」


 また周囲がざわめく。躊躇せず値段を釣り上げたダルバスに恐れの目を向ける。


「……金貨、百七十枚」

 リゲルの宣言。


「残念! 金貨百八十枚!」

 ダルバスの宣言。


「金貨、二百枚」

「またまた残念っ! こっちは二百十枚だ、ひひ!」


 その後も何度もリゲルは値を釣り上げるが、ダルバスは顔色も変えず上乗せして来る。


 一回釣り上げることに、ニタニタと笑って面白そうにする悪人面。

 すぐにリゲルは気づく。

 彼は、弄んでいるのだ。

 上級ランク探索者が、下位の探索者の集まりに現れ荒らす、『遊び』は有り得る事態だ。通常はマナー違反と取られ、場合によっては衛兵に対処される事になる。


 だが、そんな不安は微塵も感じさせないダルバスの笑み。

 まるで小さな動物を狩って喜んでいる野獣だ、弱者を馬鹿にするような、下卑た笑いが向けられる。


「……暇な人だね、こんな低級者向けのバザーで荒らしとはね。――金貨、二百六十枚」

「ひゃは! 俺はなぁ、弱い探索者をいじめるのが大好きなんだよぉ。金貨二百七十枚!」


 すでに誰も追随できない。競売人は真顔を保つのに精一杯で、観衆は呻くか諦念の表情の真っ最中。リゲルだけが彼に対抗可能だ。


「そこまでの財力があるのなら、中級以上のバザーで買えばいいのに。――金貨二百八十枚」

「雑魚をいたぶる事に快感を得るのさ。お前も判るだろう? 強い力を得て、弱者を、ゴブリンやオークどもを薙ぎ払うあの快感! あれと一緒さ。――二百九十枚!」


 いくらリゲルが値を釣り上げようとも、軽蔑の目を向けても、すぐさま上乗せしてくるダルバス。

 一瞬、降りるかどうか迷うが、まだ資金に余裕があること、ダルバスの行為に義憤を感じた事、それらがリゲルの続行を決定付けた。


「金貨、四百十枚」


 リゲルの思い切りに、おおおお! と周りのどよめきが大きくなる。


「マジかよあいつ、また上げた!?」

「おい、おい、ひょっとしてダルバスに勝てるんじゃ……?」


 しかし――。


「ひゃはははは! やるな、だが無駄だぜ! 金貨四百二十枚ぃ!」


 即座に周りが意気消沈して、静まり返る。


「わかったか? 全て無駄だよ無駄無駄ぁ! 俺の技能スキルの一つは《幸運》! 迷宮に入ればあらゆる幸運が舞い込んでくる! 『希少種』と呼ばれるレアな魔物、『特進種』と呼ばれる凶悪な魔物、『宝箱』の発見、他の探索者が落としたレア装備、魔石……それらが俺の所に舞い込んでくる! てめえのような低級とは、格が違うんだよ格が!」

「……ご高説どうも。けれど分かってる? このままだと衛兵に通報されると思うけど? これだけ場を荒らして、恨みを買って、ただで済むとは思わないことだ。――金貨、四百四十枚」

「それは困るが、世の中には『袖の下の金』なんてものもあるんだよ兄ちゃん。《商人》と《剣士》、二つのクラスの力を併せ持つ俺には死角はない! ――そら金貨四百五十枚ぃ!」


 畳み掛けるようなダルバスの声に、周囲はもはや青い顔や諦めめいた表情。


「やばいこのままじゃダルバスに《転移短剣》を取られるぞ!」

「あの野郎、高価な物を買って、転売してさらに儲ける気だ!」

「探索者の風上にも置けない奴だ! 戦士なら堂々と戦えって強くなれよ!」


 嫉妬、嫌悪、侮蔑、そんな声が聞こえるがダルバスは歯牙にもかけない。

 所詮は弱者の戯言として嘲笑っている。


「ひゃはははは! ほらどうした? もっと上げてみろよ! だが無駄だ、お前が掛け金を上乗せしようと、俺はさらに十枚上乗せする! お前に出来る事は屈辱と憤激を抱くことだけだ! ひゃはは、はは、はははっ!」


 煽るようなダルバスの声が、ますます激しくなる。


 しかし、リゲルはここに来て違和感を抱いていた。

 確かにダルバスの資金力、それは桁違いだ。並の小金持ちでは歯が立たない。

 しかし、ここまで優勢でありながら過剰に挑発するのは何故か?


 本当に資金に余裕があるのなら、穏便に上乗せするのが定石だ。そのほうが精神的な圧力を与えられるはず。

 もちろん、それが彼の性格というならその通りだが、それだけとはリゲルには思えない。


 何か、不利な事を隠すために過剰に煽っているような気がするのだ。

 それは何だ? ダルバスの不利な点とは?

 ――もしや――と、リゲルは思案する。


「金貨、六百八十枚」


 リゲルの宣言に、おおおおおおおお!? と観衆が盛大にどよめいた。

 ここにきてさらに一・五倍の上乗せ。

 競売人が目を見張り、それまで競売場を素通りしていた人達が何事かと振り返り、広場脇の木々から小鳥たちが驚き飛び立った。


 そして。

 一瞬だけ、ダルバスの眉がひくりと動いたのをリゲルは見逃さない。


「(なるほどね)」

 ほんの刹那の間だが、ダルバスが動揺を見せた。

 本当に資金が豊富ならそんな反応はしない。小馬鹿にしたような笑みを維持し続けるはず。

 だが、それがないということは。


「ダルバス。君、もうあまり資金がないんじゃないかな?」


 不意に。

 笑顔すら浮かべて、リゲルはそう問いかけた。


「はあ? 何言ってんだお前? 焦りすぎて狂ったか?」

「焦っているのは君の方だと思うけれどね。一瞬、動揺したよね? 六百八十枚と聞いて……少しだけ右の眉が上がってたよ?」

「――おいおい、馬鹿も休み休み言えよ? んなわけねーだろうが」


 小馬鹿にしたような笑みをしているが、もう遅い。彼が演技であるのは明白だ。


「僕、実家が宿屋なんだけどね、(もちろん嘘だが)お金があると言いつつ、金が足りない客がいるんだよ。それと似た反応が。――強がりはやめておきなよダルバス。君は、もうそろそろ限界が近いんじゃないかな?」


 ダルバスは無言だ。

 何かを言おうとしたが動揺が抑えきれず、思わず目を泳がせてしまう。

 リゲルは、ここぞとばかりに畳み掛ける。


「これは推測だけど……君は似たような事を今日何度も繰り返したんじゃないかな。だから持ち金がいつもより少なくて、けれど目の前の競売を無視出来なかった……最後に一発、僕という弱者を嘲笑おうとして……思わぬ資金持ちで焦ったと。そんなところじゃないかな?」

「……」


 薄笑いすら浮かべるリゲルの前で、ダルバスはあくまで表面上は余裕の笑みを浮かべている。


 しかし、よく見れば頬は時折ひくつき、瞳も動揺が走っている事は明白。

 もはや、ダルバスの余裕は、言うほどあるわけではない。


 しかし。


「ひ、ひひははははっ! 確かに、俺の有り金はいつもより少ねえ! このままいけば敗北するのは俺かもな! だがな……」

 

 意外にあっさりと実情を明かす。

 だが追い詰められかかった羊から狼の表情へ。ダルバスの瞳に獰猛な光が宿る。


「『演技』はてめえも同じじゃねえか? 下手な笑いをしていて挑発しているところを見るに、てめえも限界が近いのは明白だろ? わずかな発汗、声音の強さ、瞳の強さ……俺は《商人剣士》だから分かる。俺の『経験』と『技能』によれば……そうだな、金貨『七百八十枚』。それが、お前の限界だろう!」


 リゲルの心臓が、静かに高鳴った。


 確かに、リゲルの手持ちは現在、『金貨七百九十枚』。ダルバスの言う額とほぼ変わらない。

 ゆえに、このままいけば敗北するのは必至。ダルバスは余裕が無いとは言え、おそらく九百、いや千枚以上は持っているだろう。

 このままいけば、所持金不足で負けるのはリゲルの方である。

 

「……」

「くく、急にだんまりになったな! ――俺の有り金は金貨『千三百枚』! お前に勝てる見込みはねえんだよっ!」


 見込み通り、彼の資金力はリゲルより上だ。

 ゆえに、このままいけば、必ずリゲルの負けとなる。

 観客から諦めの声が走る。頭を抱える者も。


 だが、まだだ。まだ終わらない。

 確かにリゲルの素の資金力は劣っているが、それだけならダルバスは動揺などしない。

 彼が恐れたのは、リゲルが『有り金以外』で金になる物があるか、警戒したためだ。

 つまり、それは――。


「すみません」


 リゲルは、競売人のそばにある、注意書きの立て札を見てから言った。


「競売人さん。今から七分以内にここへ戻れば、競りを継続可能ですか?」

「え? それは……はい。この競売は『時間制』と『補充制』を採用しておりますので、時間内でしたらこの場を離れ、戻っても問題ありませんが――」


 そう。リゲルが考えたのは『換金』による上乗せだ。

 競売場は、場合によっては補充が可能であり、予め決められた時間内であるなら、競売人に宣言して換金し、戻って来ても構わない。

 この場合、残り時間七分の間に『換金』し、大量の金を得て戻れば理屈上は勝てる。

 しかし。


「ひゃはははは! 何だ? 換金だと? やめとけ、この短時間で何をどう換金しようと、『金貨五百二十枚』以上なんて無理だぜ!」


 その通り。

 通常、たった数分かそこらで百枚以上の金貨を用意できる場合などほとんどない。

 理由は簡単、そこまで金貨を即時用意できる『店』がないためだ。

 金貨は貨幣では貴重である。大規模な店でない限り、そこまで用意出来るケースは少ない。

 

 もちろん、『店』以外から資金の調達も無くはない。

 『拠点』からの持ち込み、補充する手もある。 

 リゲルには現在六百枚以上の金貨が『拠点』にあり、それらの財産をここへ持ち込めば勝利は可能。

 それら『補充』として上乗せすれば、リゲルがダルバスを上回れる。


 しかし、『拠点』に戻るには時間が足りない。どれほど急いでも十分は掛かるだろう。

 《ケルピー》や《ハーピー》など、滑走や飛翔能力を持った《魔石》を使えば短縮は出来る。が、《魔石使い》という事実は知られたくない。


 様々な要因による焦りを敏感に察したのだろう、ダルバスは目ざとくリゲルの腰袋を見るや、


「お前が今身じろぎした時、物音が聞こえたが、そりゃ魔石の『半欠け』だろ? 『六欠け』や『七欠け』も相当あると見た。だがそんなクズをいくら売ったところで、金貨はおろか銀貨数枚が精々! お前は『半欠け』を集めなければならないほど下位の探索者! もう大人しく負けを認めろ! ひゃははは!」


 そう。ダルバスはたった今、リゲルの持ち物に注意してリゲルの境遇を看破した。

 『グラトニーの魔胃』は特殊だが魔術や技能で中身は見破れる。

 そこは腐っても《商人剣士》の技術だ。侮れない。


 しかし、リゲルにはまだ勝算がある。


「そんな事はしないさ。それよりいいかな? 僕がもし換金して戻ったら、大人しく負けを認めてもらうよ?」

「ひゃははは! いいぜやってやるよ、戻れたらの話だがなぁ!」


 時間が惜しい。

 急いでリゲルは競売場から離れ、路地裏に飛び込んだ。


 人目がないことを確認し、腰の荷物袋を開けると、中から魔石の『半欠け』、『六欠け』、『七欠け』、『八欠け』……全ての魔石と欠片を取り出し、魔術の詠唱を開始する。


「――[道化の家来が神へ祈りを捧げましょう。無価値を宝石に、塵を黄金に。再生の光よ、我が元へ!] ――『リユニオン』!」


 淡く、流れるように出現する光。

 数多の魔石の欠片があり集まり『合成』され、『ランク一』、『ランク二』――複数の紅き石が出現する。

 さらにリゲルは、ストックしていた魔石、『ランク二』、『三』、『四』も全て取り出すや詠唱。


「――[塵芥に意味ある輝きを。黒き破片よ、醜き破片よ、昇華し紅き結晶となれ!] ――『ハイリユニオン』!」


 光が、拡散し、凝縮し、合成された魔石をさらなる領域へ登らせる。

 そしてさらに――彼の詠唱は止まらない。


「――[道化神への祈りを捧げます。価値ある宝石を、価値ある黄金を、再生を超えし昇華の域に誘う光よここにあれ!]――『ハイエンドリユニオン』!」


 『ランク五』以上の魔石を合成する時のみ使う、上位合成魔術。それにより、リゲルの前に現れた魔石は高価な物となった。

 ――『ランク四』の魔石、金貨十、銀貨八枚相当が、それぞれ二と四枚。 

 ――『ランク五』の魔石、金貨八十枚相当が二枚。 

 ――『ランク六』、金貨三百枚相当が一枚。 

 ――総数、『金貨五百二十枚分』の補充。


「あとはこれで換金場に行けば――っ!」


 ダルバスの資金を上回れる! 

 だがもう時間がない。

 リゲルは走った。

 勝負に打ち勝つために。ダルバスに鼻を明かさせるために。

 近場の『換金場』に、急ぎ飛び込み、換金を依頼する。

 そして時間も確認する暇もなく全力で走り、そして――。

 

「くく、逃げずに戻ってきたようだなぁ」


 競売場に戻ると、ダルバスが腕を組んで笑っていた。

 残り時間は十秒を切っている。危うい所だった。もう少し店員とのやり取りで遅れていたら、敗北していた。


「さあ、しょぼい成果を見せてもらおうか」


 ダルバスが余裕たっぷりに言ってくる。

 まさか本当に多額を得てきたとは思っていないのだろう。

 五分やそこらでは借金やギャンブルで金を得る事も出来ない。

 スリでも大金は不可能。あとはやはり持ち物の売却だが、リゲルを中級ランク以下とダルバスは見抜いている。売れる魔術具もない。


 しかし、あまりにリゲルが自信満々だったためか、彼のこめかみにはわずかに冷や汗が吹き出していた。


「これが、僕の出せる金額だ」


 リゲルは、そう言うや競売人の前に金貨の入った袋を投げつけた。

 金、金、金、金、金、金、金、金、金

 金、金、金、金、金、金、金、金、金

 金、金、金、金、金、金、金、金、金、金――


 数多の金貨の光景。陽光を反射し眩しく輝く黄金のコイン。

 観客がどよめいた。競売人がまさかという顔つきで確認し、硬直する。そして――。


 換金した金貨、総数『五百二十枚』。

 先の有り金七百九十枚と、合わせて――『千三百十枚』。

 ――ダルバスの資金は『千三百枚』。わずか十枚の差で、リゲルの勝利だった。


「なん、だとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 驚愕と、恐れによって震えるダルバス。


「あ、ありえねえ! な、なんだこの金額は!? なぜこんな額を出せる? ぶ、武具を売ったのか!? いやギャンブルか……? 借金!? いや、無理だ! こんな、短時間で……そんな……うおおおっ!?」


 がくがくと総身が震え、額から汗が止まらない。

 無理もないだろう。逆の立場ならリゲルだって同じだ。


「さて。これで勝負は僕の勝利だね。まあ、これ以上の金額を出せると言うのなら別だけど……どうする? まだやるかい?」

「ふ、ふざけるな! こんなの、イカサマに決まっているっ! てめえ、知り合いに融通させただろう!? そうだ、そうでなければこんな大金、用意できるはずがない!」

「そう思うならギルドカードを見る? 『換金場』で得た金は、魔術的にカードに記載されるから、それで証明出来ると思うけど?」


 リゲルは探索者ギルドで発光される金属のカード――《ギルドカード》を見せつけた。

 《ギルドカード》とは、探索者ギルドで発行される特殊魔術具である。

 その内容は探索者のクラスや、ランクなどが記載されている。

 魔術的な機能もあり、討伐した魔物の『討伐数掲載』や、『換金場』での利用記録など、多数な機能を持つ。

 簡単な呪文を唱えるだけで、それらは他者にも見る事が可能なのだ。


 リゲルが『使用明細……今日の分』と呪文の後に唱えるや、今さっき換金場で、得た『五百二十枚』の金貨のやり取りが眼前に映像として表示された。


「す、すげえ……! あの兄ちゃん、マジでダルバスを上回りやがった!」

「快挙だ! ダルバスの鼻を明かしたぞ!」

「おおおおお、おおおっ!」


 観衆がどよめく。熱気が辺りを包み込んでいく。


「(まあ、金貨五百二十枚、すぐ出せる換金場を探すのが一番手間だったけど)」


 リゲルは内心で苦笑する。


「(一件じゃ無理で三件回ったせいで、死ぬほど疲れたけど)」

 

 その辺りは付与術師としての『速力向上』、そして今朝食べたミュリーの料理の『恩恵』が残っていたので事なきを得た。

 しかし、もちろんそんな事はおくびにも出さずにリゲルは笑う。


「馬鹿な……俺が……この俺が、負けた……?」


 がくりと、地面に手をつくダルバス。

 もはや強者の威厳はどこにもない。打ちひしがれ、敗者となった惨めな男の姿があった。


「……なんだ、ダルバスも情けねえな」

「格下と侮っておいて負けるなんてさ、無様だな」

「――くっ、き、貴様ら! ……まだだ、まだ俺はまだ負けてねえ! これは何かの陰謀だ! イカサマだ! そうだ、こいつが何かペテンを働かせたんだぁぁぁぁああああ!」


 ギルドカードの情報は絶対だ。カードには超高度な魔術がかけられており、改竄は困難。この場にいる誰にもそんな事は不可能。


 それでも、叫ぶダルバスはじつに哀れだった。

 むしろ嘘と言い切る分、滑稽に見えてくる。

 イカサマだと叫ぶ彼は、道化以外の何物でもなかった。


「で、では時間終了です。落札者は……フードのお兄さん! おめでとうございます! 『転移短剣バスラ』をお受け取りください! 皆さま、盛大な拍手を!」


 周りから万雷の拍手が起こる。

 リゲルの手に、翡翠色に輝く短剣が渡された。

 それを高く掲げるリゲル。

 かくして、リゲルが転移短剣バスラを得て、競売は終わりを迎えたのだが――。

 

「な、な、納得出来るはずねえだろうがぁ!」


 ダルバスがいきなり激昂するや、抜刀、リゲルに大剣で斬りかかってきた。


「うお!?」「きゃあっ!」「危ねえ!」


 突然起こしたダルバスの蛮行に、観衆が悲鳴を上げ逃げていく。

 しかし――。


「残念。それくらいの行動は予期していたよ」

「なぐっ、あああ!?」


 リゲルは転移短剣バスラを――投擲。

 ダルバスの大剣を吹き飛ばす。ばかりか、彼が次の武器を構える前に、短剣がリゲルの手に転移。そのまま一撃、二撃、三撃、ダルバスの顔、胴、おまけに股間に短剣を投げ当て、悶絶させる。


「おぶぶ!? ぐああ!?」


 さすがに一流クラスの装備でも、バスラの衝撃は殺しきれない。

 特に股間への一撃が効いたのか、ダルバスは男にしか判らない痛みでごろごろごろと地面を転がっていた。


 ――ダルバスの大剣ごと弾き飛ばす威力。

 ――名具である鎧をものともしない威力。

 ――そして即座に手元に『転移』してくる利便性。


 どれをとっても――転移短剣バスラは一流の品だった。


「なるほど……これは使える。いい愛剣を手に入れたよ、僕は」

「認めねぇ……俺が、俺がこんな奴に……ぐうっ」


 ダルバスが気絶する。

 金に物を言わせ、競売を荒らした《商人剣士》。

 その蛮行は瞬く間に衛兵へと通報され、彼はあえなく留置場に送られたのだった。



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