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第五十八話  新たなる脅威

「ああ……僕も空を飛びたいな……」


 街のしがない裁縫屋の少年、ケッペルは長い溜め息をついた。

 快活な母のもと生まれ落ちて十八年、街の隅でほとんど客の寄り付かない裁縫屋を営んでいる。


 すでに母は他界。父もなく、兄弟もない。

 街の神父のはからいで何とか運営を続けているが、売上が下降、このままでは閉店まっしぐらだろう。


 彼の溜め息にはさらに理由がある。彼は、生まれつき『脚が悪かった』。

 重度の疾患、《治療》の魔術でも治すのは難しく、歩く事もままならない。

 走る、跳ぶ、よじ登る、なんてことは夢のまた夢だ。


 しかも完治には膨大な金が掛かり、膨大な金――金貨数百枚以上は下らない。

 けれど刺繍屋は儲からず、このままでは一生を車椅子で過ごすことになるだろう。


「はあ……僕にも翼があればな……」


 店番の傍ら、上空で空高く飛翔する鷲を眺め、ケッペルは嘆息する。

 鳥はいい。鳥はいいものだ。何不自由なく青空を滑空する能力、天空を我が物顔で飛翔する体、上空から見下ろす地上の景色は雄大だろう、何とも羨ましい。


 車椅子で満足に歩くこともままならないケッペルにとって、鳥は憧れ――というよりいっそ嫉妬めいた羨望が湧き上がる対象だ。


 けれど、どれほど羨んでも自分が鳥になることはない事を知っている。


 虫が獅子のように強大にはなれないように、生物には生まれつき分相応がある。

 人はそれを運命――あるいは天命と呼び、日々を暮らすしかないのだろう。


「あ、いらっしゃい!」


 珍しく客がやって来た。子供連れで、まだ若い奥さんと小さな男の子だ。

 彼女らはケッペルの店の見本の刺繍を見て、


「うーん、あまり品数が多くないわね……」

「ママー、もっと大きなお店に行きたい」

「あ、その、刺繍でしたら何日かかければ立派なものも作れますよ!」


 努めて笑顔でそう語るケッペルだったが、客はケッペルの様子――車椅子のため低めのカウンターをちらりと眺めると、


「ええありがとう。でも、別のお店にするわ。ごめんなさいね」


 声音は柔らかだが、明らかにケッペルを値踏みした様子でそう断っていった。

 そして再び閑古鳥が鳴く寂しげな店内へ逆戻り、店中が静けさに覆われていく。


「うう……僕にも、せめてまともな脚があればな……」


 明らかに、客はケッペルの体を見て不適合と判断した。『足が悪い』――だから何となく、出来上がる刺繍も良くないものではないか? そういう『偏見』で判断し、断ってしまった。


 これまでも、似たようなことは何度もあった。


 露骨に『こんな人の刺繍なんて……』と言われたこともある。

 何も言わず笑われたことも。


「くそ……翼がほしい、翼がほしい!」


 せめて、まともな脚さえあったなら。

 普通の体があったなら。

 こんな苦労など、しなくて済むのに。


 《探索者》、ギルドの職員、酒場の店員、その他、選択肢は無数に広がる。

 けれど、『足が悪い』――ただそれだけのことで人生の多くから選択肢は無くなる。


「悔しいな……とても悔しい……」

 そう――屈辱と虚しさで、感情が溢れそうになっていた、その時だった。


 

 ――目の前に、『青く輝く石』が忽然と現れていた。


 

「っ!? こ、これは……!?」


 カウンターの上、突如として現れた『ソレ』を見て、ケッペルは呆然と硬直する。


 ソレは青く美しい、宝石の如き石だ。

 その光はまるで、天上の神々の意匠のように美しい。

 きらきらと蒼く輝くさまはまるでサファイアのように美麗で、かつとても神秘的な煌めきを宿していた。

 刺繍屋として働くケッペルの芸術心が、強く揺り動かされるほどの。


 ――なんて美しい青い石だ。素晴らしい!


 その直後だ。

 反射的にその『青い石』に触れた途端、膨大な思考の渦は、彼の頭の中に渦巻いてきたのは。


 

 ――排除セヨ! 排除セヨ! 排除セヨ! 排除セヨ! 

 ――排除セヨ! 排除セヨ! 排除セヨ! 排除セヨ! 


 

「うう……!?」


 突如として思考を塗りつぶすような、圧倒的な意思の塊、憂鬱なケッペルの心情を、いとも容易く押し流す、魔のような命令の濁流が彼を襲いかかった。


 

 ――排除セヨ! 排除セヨ! 排除セヨ! 排除セヨ! 排除セヨ!

 ――排除セヨ! 排除セヨ! 排除セヨ! 排除セヨ! 排除セヨ!


 

「うう、ああ、ううあああああああ……っ!?」


 その、瞬間――。

 ケッペルの『脚』に変化が起こった。

 日頃ほとんど動かせない脚が光り輝き眩い肌へと変換、『黄金』の光に包まれた。

 光は急速に縮まり、ある特定の形へと変化すると――美麗な『脚』へと変わり果てた。

 

「……何だ? あ、脚が……動く……!?」


 変化はそれだけではない。彼の背中が、熱く、燃えるような感覚に覆われた。その瞬間、その肩甲骨の辺りから、白く眩い『何か』が生えてきた。


 それは、白く輝かしい『翼』だった。

 幾百もの羽を備え、美麗に広がる、純白の翼。


「こ、これは……っ!」


 広げると、翼長三メートルにもなる。狭い店内の展示品を弾き飛ばし、散らかすほどの、大きく、力強い翼だ。


「……は、ははっ! ははははっ!」


 展示品が広がり落ちたのにも関わらず、ケッペルは笑う。

 ――手に入れた! ずっと欲しくて、欲しくて、やまなかった『翼』が、自分のものになったんだ!


「ああ……っ! 僕はこのために、今日のためだけに生きてきた……っ」


 もはや、理屈などどうでも良かった。

 突如として目の前に『青い石』が出現し、さらに欲しかった『翼』を与え、そして脚をも治す効力を持っていた事なんて、どうでもいい。

 常識で考えるなら明らかに怪しい出来事でも、ケッペルにとっては関係なかった。


 それは、『青い石』の持つ効力なのか。

 それとも『翼』がもたらす、強制的な高揚感だったのか。

 いずれにしてもケッペルは、非常識で不可解極まりない事態にも関わらず、その『奇跡』を受け入れ、感激し、感涙にむせび泣いた。


「僕はっ! やっと手に入れた! やっほおおおおおおっ!」


 その騒ぎを聞きつけたのか、偶然だったのか。店内へ別の人影が現れた。

 いつも、『上納金』と称してなけなしの金を持っていく、『裏通り』の黒服の連中だった。


「ようケッペルの兄ちゃん。今日も俺らへのお恵みの金を……って何だそれ?」


 いつもなら怯えてその様子に硬直するケッペルだが、今日は違う。


「な、なんか『翼』みたいなものが生えてるが?」

「それに脚が……ど、どうなってやがるんだケッペル……?」


 口々に叫ぶ連中に、ケッペルは視線を向けない。

 いや、一度だけ路傍の石ころを眺めるような視線で見やると、


「……何だ。甘い蜜にたかる毒虫か。――いま僕は機嫌が良い。邪魔しないでくれ」


 瞬間。

 ケッペルは背中に生えた『翼』を揺らし、突風を巻き起こした。

 それはもはや突風――風でもなく微風でもない、破壊力を伴った、れっきとした暴力だ。

 ただの一振りで、三人いた黒服の連中がボロ雑巾のように吹き飛ばされる。


「う、がああああ!?」「うあ、あああああ!?」

「――ふ、はは! はははは!」


 その瞬間、ケッペルは店を出て、空高く飛び上がった。

 閑古鳥が鳴く店を遠く離れ、上空へ、ただ上空へ。

 人が豆のようになり、蟻のようになり、ただの点にしら見えなくなるほどの高高度にまで飛び上がると――。


「――高い! 圧倒的に高い! ――鳥たちは、こんな景色を毎日見ていたのか!」


 雲すら突き抜け雄大な大地が見下ろせる高度にまで登ったケッペルは、感激まじりにそう評する。


 ――なぜ、今までこのような力を授からなかったのだろう?

 ――なぜ、世界はこんなにも美しいのだろう?

 僕だけが享受出来ないなんて、不公平だ!


 そうだ、もう今までの自分とは違う。

 自分は手に入れた。

 大地を踏みしめる『脚』を。

 上空遥かな高みにまで飛び渡せる『翼』を、

 奇跡の具現である、『青い石』によって手に入れた。


 その感動の前には、どんな些細なこともどうでもいい。代価があるのかないのか、それすらもどうでもいい。今はただ――この雄大な景色と、奇跡、両方の感激に打ち震え、喜ぶことだけが彼のすべきことだ。


「ははっ! はははっ!」


 脳内で『声』が聴こえる。膨大な、濁流にも似た鮮明な『声』だ。


 

 ――排除セヨ! 排除セヨ! 排除セヨ! 排除セヨ! 

 ――排除セヨ! 排除セヨ! 排除セヨ! 排除セヨ! 


 

「……判っているよ。邪魔する者は打ち砕けばいいんだろう? 簡単だよ、なぜなら僕は手に入れたから。何者にも侵されない、最高の力を手に入れたから!」


 下方――小さな点である何者かが徐々に近づいてくるのが見えた。


 きっと黒服たちを襲った影響だ。

 ケッペルを通報し、逮捕なり何なりの命令を受けた『衛兵』か、『ギルド騎士』が、捕獲しに来たのだろう。

 その小さな影からは、少なくない敵意が感じられた。


「僕は、やっと自由を手に入れた! その邪魔をする者は、たとえ何者でも容赦しない!」


 『風』と『回復』、そして『切断』の力を司る魔物の能力を得た少年は、迫りくる性技の使者へ向け、邪悪な笑みを浮かべ、躍りかかった。

 ――もし、《鑑定》の魔術を持つ者が今の彼を見たならば、次のような情報を見て、驚愕することになるだろう。

 

 【《グリフォン改》 『効果:飛翔・回復・切断』 『ランク:マイナス六』】

 

 それは、かつて恐るべき災厄を招いた、『青魔石』と呼ばれる、畏怖すべき改造魔石の一つだった。



†   †




「ああ……どうしてなの! どうしてあたしは妹より劣っているの!?」


 とある街で《探索者》を営む少女、レーレイは、憤慨と共に叫んでいた。


「生まれは一緒、育ちは一緒! なのに妹のミンレイだけが出世して大人気! おまけに彼氏もファンも出来て、けれどあたしは未だ下級止まり! ああ、悔しい!」


 《探索者》とは、迷宮に潜り富や栄誉を得る戦士たちの総称だ。

 けれどその中で、レーレイはあまり高くない位置に甘んじている。


 全部で六つあるランクの中で、彼女は下から二番目の『青銅ブロンズ』止まり。

 位置的には初心者を抜けた下級者で、お世辞にも一人前とは言えない。


 けれど妹のミンレイは同じ時期に始め、すでにランク四、『黒銀ブラックシルバー』という高位置だ。

 一般的には、『上級者』と呼ばれる立場だ。華やかさは雲泥の差。

 いつも華やかに周りから囃し立てられる妹とは違い、姉のミンレイは下級魔物相手に大苦戦。


 この前も、妹の手伝いもあったのに《ゴブリン》を相手に失態して大恥だ。

 周りの《探索者》からは、『才能は全て妹に持っていかれた』と言われる始末。

 絶縁した方がいいとまで言われる程だった。


 それがミンレイは気に入らない。

 容姿は、双子なので二人とも同じ。

 むしろ、やや姉の方が洗練されていた。

 けれど、身にまとう装備の煌びやかさや実力から来る自信で、いつの間にか『妹』の方が何倍も美しく見える有様だった。


「始まりは同じだったのに! 同じ師匠で修行して、同じ装備で《迷宮》を潜って! どうして!? 何がいけなかったの!? 何が駄目だったの!? 誰か、教えてよ!」


 今日も華やかな鎧をまとって、別のパーティに呼ばれた妹のことを思って、ミンレイは激怒する。


『お姉ちゃん、いつか努力は報われるから。だから諦めず、特訓して? そして私に追いついて?』


「違う! あたしは今までにも努力した! 妹と同じ分! 同じ修行を! なのに……なのに……っ!」


 師匠であるランク『黄金ゴールド』の青年からは、『稀にある劣等現象だ。気に病む必要はない。お前はお前のペースで強くなればいい』と慰められた。


 そんなもの、クソくらえだ。


 同じ修行したなら同じ成果を得るべき。同じ努力でこうまで差がつくのが許せない。

 妹は月に金貨数十枚もの成果を持って家に帰ってくる。

 美男子、強者、多くの人の尊敬や愛情を受けている。

 対して、姉であるミンレイは金貨数枚がいいところ。誰も好んでパーティには誘わない。


 それが悔しい。恨みがましいほど、悔しい。

 はじまりは同じだったのに。

 同じことをしても差がつく一方。

 それが気に入らない。納得できない。ミンレイは、思わず、愛用の杖を床に叩きつけようとして――。

 


 ――眼前に、輝くばかりの『青い石』が出現していた事に、目を見張った。

 


「なに……これ……?」 


 見た目はサファイアの如き美麗な宝石だ。

 けれどそれより美しく、どこか神秘的な輝きを含んでいる。

 材質はただの石か魔力の塊か。《氷結魔術師》として、魔力を見るスキルを持つミンレイにすら、全貌はよく判らなかった。


「綺麗な石……まるであたしの理想を具現化したみたい」


 もし手に入れるならこういう美麗な宝石が良かった。

 驚きや感動と共にその『青い石』へ触れた瞬間――ミンレイの脳裏を、膨大な『声』が満たしていった。

 

 ――駆逐セヨ! 駆逐セヨ! 駆逐セヨ! 駆逐セヨ! 

 ――駆逐セヨ! 駆逐セヨ! 駆逐セヨ! 駆逐セヨ! 

 

「ああ!? ああああああ――――っ!?」


 脳内を、駆け回る圧倒的な妄念の渦。頭の隅から隅まで、侵し続けるような膨大な『声』。

 一瞬だけ意識が遠のきかけて、けれどそれでも意識をかき集め、ミンレイは叫びを上げる。


「なに……これ! 凄い。『力』が溢れてくる。今までに感じたことのない……圧倒的な、『力』!」


 内に宿る魔力の質も量も、桁違いに上がっていた。

 今までは小さなな清流のようなみすぼらしい量だったとするなら、今は濁流――眼前にいる全てを押し流す、莫大な『力』が荒れ狂っていく。


「あはは! なにこれ!? すごい、素晴らしいわ! ――これがあれば戦える! 今まで、逃げるしかなかった強敵でも、簡単に倒せる!」


 猛烈な魔力のもと、溢れる氷の風。凍てつく突風。

 家具が凍り、食器が凍り、床も、壁も、天井も。

 家の全て、隅から隅まで凍えい尽くすかのような強烈な氷風。それが、家屋である建物全域を覆っていく。


「お、お姉ちゃん!? どうしたの!?」


 そのときドアから聞き覚えのある少女の声が轟いた。

 ――妹のレーレイだ。

 きっと今日の探索を終え、《迷宮》から帰還したのだろう。


「今日は『階層主』を楽に倒せたから早めに帰ってきたけど……この騒ぎは何!? いったい何が起きてるの!?」


 驚愕と焦燥の顔を浮かべながらも、妹レーレイは果敢に飛び込んでくる。

 その声音は事態を自分が収めなければならない――言い換えれば、『私ではないと解決出来ない』という、ある意味傲慢にも映る光景として、ミンレイには認識されていた。


「……問題はないわ。あたしはいつも通りよ。……それよりレーレイ? 帰ってきたなら、食事にしましょう」

「嘘言わないで! お姉ちゃんがそんな力使いこなせるわけない! きっと何かの暴走か、危ない魔術具でも使ったんでしょう!? ――任せて、私が上手く収めてみせるから!」

「――でよ」

「え?」

「いつまでも、『強者』気取りで、いないでよ!」


 瞬間、圧倒的な防風と、そして冷気が、妹のレーレイのもとを襲った。

 全てを凍り尽くすような膨大な冷気。

 周りの家具は完全に氷漬け、床も壁も、ここが氷地獄というならば信じられるほどの猛烈な冷気で覆われている。

 無事なのは、術者であるミンレイと、《火炎魔術》で相殺した妹レーレイのみ。


「……な、なんなの、この冷気……っ! お姉ちゃんの力じゃない。明らかにお姉ちゃんの力じゃない! ――お姉ちゃんやめて! その力、絶対に危険――」

「あたしは! あなたのお荷物じゃないわ! ――幸せを独り占めしないで! 勝手にあたしの限界を決めないで! ――あたしは、あなたの姉! あなたよりも強く、美しく! そして映えある存在になるの!」


 猛烈な冷気が、再び周囲を覆い尽くす。

 凍てつく風が万物よ凍れと暴れ狂う。

 しかしかろうじて《猛火》の魔術で減退させ、冷気を弱めた妹のレーレイの姿に。


「お姉ちゃ……やめ……元に戻って……っ」

「元に戻る? 元に戻る? 元に戻る? ――あたしに、またみじめな下級探索者に戻れっていうの!? あなたは美味しい思いをしているのに! あたしにだけ、惨めな姿をいつまでも晒していろって言うの!? ――許せない、それは……っ!、いくらあなたでも許せない……っ! そもそもレーレイ、あなたさえいなければあたしは――っ!」

「お姉ちゃん! ――ごめん! ――[紅蓮なる神の使徒よ、私に仮初めの灼熱の力を貸し与えください! ――顕現せよ猛火の化身っ!] ――サラマンダーっ!」

「あははは! 今さら火トカゲごときであたしを止めるって!? 無理、無謀! 不可能よ! あたしは強くなった! ――レーレイ、あなたはあたしの前で、氷像にでもなりなさい!」


 解き放たれた猛火の蜥蜴のブレスと、ミンレイの凍てつく暴風。

 猛烈な魔術が、正面から激突する。


 拮抗したのは一瞬――。

 次の瞬間にはミンレイの『冷気』が倍増し、レーレイの猛火を凍てつかせ、さらには飲み込む程の大寒波と化す。


「お姉ちゃ――」


 それが彼女の最後の言葉だった。

 氷結する。

 探索者ランク四、『可憐なる炎姫』とも言われた妹のレーレイは、半透明の凍てつく氷像と化し、永遠の美の結晶となった。


「あはは! あははははっ! 最高!」


 嬉しさに、誇らしさに、ミンレイは哄笑する。


「勝った! ――天才とも言われた妹に、あたしが勝った! ――素晴らしいわ、この『青い石』! まさに理想! あたしのためにある、最高の力だわ!」

「どうした!? 何があった!?」


 猛火と氷風の激突を聞き、騒動へ焦燥を抱いた何人もの《探索者》たちが、ミンレイたちの家へと飛び込んできた。

 いずれも、高価な装備に身を包んだ者たちだ。

 同時に、全て妹のレーレイの『取り巻き』の男どもだ。


「レーレイちゃん!? ――こんな……氷漬けに……ミンレイさん一体なにが――」

「――無礼な。あなた達も、邪魔だわ」


 冷気が空間を凍結する。

 膨大な凍てつく風が全てを氷漬かせる。

 一瞬にして、装備を構え防御しようとした青年。

 何が起こったか判らず、戸惑う少年。

 そして反射的に、助けを呼ぶために家から飛び出ようとした壮年。


 全て、ミンレイは氷漬けと化した。


「あはは! はは! あははははははっ!」


 もはや邪魔するものは全ていなくなった。

 忌まわしい天才の妹もその取り巻きの男もいない。


 ――いや、まだ妹を慕う者たちは大勢いるはず。

 彼女の『婚約者』の青年や、そしてギルド、彼女の色香に惑わされたゲスな職員たちが。


「――見ていて、レーレイ。あたしは全てを手に入れるわ。あなたが手に入れたもの――いえ、それ以上のものを! あなたが簡単に手に入れたものを、さらに上回る速度で手に入れるわ! ――劣等だった姉に追い抜かれるのを目にしながら、あなたは後悔しなさい!」


 氷結中の人間にも意識はある。

 ミンレイは、氷漬けとなった妹や、その取り巻きの男どもを嘲笑いながら、街へと出る。

 途中、以前にミンレイを馬鹿にした者たちを次々氷像へと変えながら。

 ミンレイは、復讐心のもと、街を走る。

 

 ――駆逐セヨ! 駆逐セヨ! 駆逐セヨ! 駆逐セヨ! 

 ――駆逐セヨ! 駆逐セヨ! 駆逐セヨ! 駆逐セヨ! 

 

 自分全てを馬鹿にした者を。

 自分を見下した全ての存在を凍らせるため、脳裏の『声』に従っていく。


 その手に、青く輝く石を握りしめながら。

 禍々しい『青い石』に操られながら、ミンレイは街を氷結地獄へと変えていく。

 

【《スノーホワイト改》 『効果:氷結・魔力増大』 『ランク:マイナス六』】

 

 

 

 ――同様の事例が、『大陸各地』で、ほぼ同時多発的に起こった。

 いずれもその経緯や症状は同じ。

 かつてエンドリシア王国の探索都市、ギエルダで起こった『青魔石事変』に酷似する。


 体質や境遇的に『恵まれなかった者』たちが、現れた『青い石』に魅入られ、暴走を開始する。

 復讐、劣等、諦念、嫉妬、屈辱、怒り……経緯は様々だ。

 けれど行き着く先は同じ。すなわち街の破壊。あるいは復讐対象への逆襲だ。


『夫の暴力にもう耐えられない! もういや! 何とかして!』

『お店が売れないなぁ……何とかして設けたいなぁ』

『《迷宮》で魔物に腕を斬られた……うう、悔しい、俺にもっと力があったなら!』

『お母さーん、どうして病気で倒れてしまったの? お医者さんがもっといれば……っ!』

『許せない! 《一級》騎士だからと調子に乗りやがって! 目にもの見せてやる!』

『迷える子羊たちよ、案ずることはありません。神は常にあなたの中に……本当にこんなことをして、街は救われるのだろうか?』

『嘘だろ……伯爵令嬢が、私を見限った……? あ、あり得ない、これは何かの間違いだ!』


 そうして混乱は肥大化する。

 一つの街、いくつもの村、やがては大陸をも巻き込んで、戦火は拡大の一途を辿る。

 『青魔石』。

 人々に『力』を与え、『願望』を叶える魔の具現。

 幾人もの『恵まれない者』たちは、この世あらざる物によって、暴走を開始する。



お読み頂き、ありがとうございます。


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