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番外編  自称、大精霊ユリューナ

 ――その黒き美貌には誰もが息を呑む。


 己の立場を忘れ、立ち尽くし、ただ呆然と黒き神々しさに圧倒される他ない。

 黒き黒曜石の如き髪。スカートは優雅さに長けておりながらも漆黒の美を追求し、長い袖、装飾品もほぼ全てが黒。

 流れるような長い髪は濡羽色のように美しく、紅玉石ルビー色の瞳は見る者の意識を奪う。


 黒の美姫。

 人は言うだろう。彼女を前にしては天上の女神すらも及ばない、圧倒的にして優雅なる漆黒の姫君。

 相対するだけで幸福の真髄を知る――未曾有の美貌にして犯すこと為らざる存在である、と。


 その名は精霊【ユリューナ】。

 『青魔石事変』の首謀者にして青魔石本体を創り上げた張本人。

 都市ギエルダに未曾有の災害を引き起こし、数多の『青魔石使い』を暴走させ、都市を半壊に追いやった恐るべき女傑。

 ギルドの一部ではそのような噂がはびこっている。

 都市一つを壊滅に導かんとした大精霊。黒き美貌にして悪魔の如き智謀と魔術に長けた、古の悪女である、と。

 

 けれど、人の噂とは大概尾ひれが付くもの。流れる噂そればかりが真実のみであるとは限らない。

 人の口に戸は立てられぬとは別に、人の伝令はそのまま事実を流布しない。


 ときにそれは過小評価となり、あるいは過大評価となり、その者の真実を正しく表している例は、稀有なものだ。

 その点、精霊ユリューナはどちらに属するか。


 黒の美姫?

 都市を半壊にした大精霊?

 否、真実を知る者は、こう評する。


 ――あれ、ただの『詐欺師』だよ、と。




 

「うふふふふ、うふふふ!」


 地下に広がる第八迷宮、《砂楼閣》の六十五階層の奥にて、一人の女が不気味を笑いを響かせていた。

 全身を黒のドレスに包み、漂わせる魔力も黒。『神殿』を彩る色素も黒、いったいどれほど黒が好きなの? と常人なら疑うような漆黒の女は声も高らかに響かせる。


「よくぞ来ましたわ、栄光を求めし勇士たちよ。――ですが心しなさい? あなた方が前にするのは『大精霊』。混沌の淵よりいでし暗黒のカタストロフをもたらす存在。あなた方に終焉をもたらす厄災なのです」


 妖気を周囲に漂わせ、優雅に言葉を紡ぎながら女――ユリューナは語る。

 要所でポーズを決め、高らかに歌い上げるように呟く様は優雅だが少し不気味だ。



「大義、名誉、義憤……いかなる妄執があろうとわたくしに滅びをもたらす事など叶わない。何故なら、わたくしは古より存在する大精霊。混沌にして偉大にして魔導の真髄を知る存在なのですから」


 ばっ、ばばっと素早く優雅に長い手足を動かすユリューナ。

 黒いドレスの裾が華麗に舞い、薄暗い神殿内を妖しい奇跡が躍った。

 躍動する己の手先を満足気に眺め、冴え冴えとした自分の動作に酔いしれ、ユリューナは宣言を続けていく。


「ふふ、そう驚かずとも良いでしょう? 災厄の奥地にはその元凶たる超常者がいるもの。あなた方の危機、その元凶に最悪の存在がいたとしても当然の話。混沌の先には終焉を司る者がいる。いつの世も、それは――真実なのですから」


 妖気を盛大に吹きさらし、神々しくも妖しく言葉を紡ぐユリューナは語る。

 我こそは災いの種だと。我こそは人々の絶望を司る元凶であると。


「――ふふ、震えていますわよ? ここまでの戦意、気概、それらはどこへ行ってしまったのですか? 武者震い? いいえそれならばわたくしは歓迎致しましょう。ですがただの『恐怖』に怯えるだけならば、あなた方は『死』を以って混沌たる冥府に落ちるということを、知りなさい」


 荘厳な神殿に響く魔性の声。黒き美姫の、威風堂々たる発言に――。

 答える者は、いなかった。

 

「――ふう。まあこんなところでしょうかね。『客人』をもてなす前口上としては、上々だったのではなくって?」


 瞬間、それまでの妖艶さや神々しさが嘘のように、軽い口調で彼女は語る。


 刹那、周囲を彩っていた松明が明るく煌めき、薄暗い空間を光る大神殿の奥までさらすかのように光を広げていった。

 次の瞬間、傍らに降り立ったのは『仮面』を被った戦士だ。

 《オーガー》の顔を模した仮面の戦士である。彼はユリューナの参謀にして名うての戦士。

 クラスは《ハイグラディエーター》。刀剣を用い戦う戦士では上位のクラスである。


「流石は我が主たるユリューナ様。身のこなし、口上の神聖さ、魔力密度、どれを取っても一級品にございます」

「ふふ、そうでしょうそうでしょう」

「まさしく我が主、『青魔石』の創生者に相応しい威厳」


 自らの主に対し、これ以上ないほどの賛辞を送る。


「――ですが、『混沌』という言葉がいささか多かったように思えるのですが」


 腹心の部下のその発言に、はじめは得意顔をしていたユリューナは一瞬顔を硬直させた。


「――いえ、それは超常者ならば使うべき言葉ですわ。混沌の王にして混沌をもたらす存在ならば、混沌を司ることを伝える事もわたくしの使命。ゆえに、『青魔石』の騒乱を引き起こした者として、敵対者にそれを浸透させるのは当然のこと」

「ですが、やたら『混沌』を連発すると、安っぽさが増すというもの。ここはあえて別の言葉に置き換え、不自然さを軽減させるのが宜しいかと」

「ふむ……」


 忠実なる部下のその発言に、一笑に付すべきかと思ったユリューナだが、彼の言葉にも一理ある事を認める。


「なるほど、確かにあまり混沌を連発していては、その荘厳さが減じるというものですわね。……いいでしょう、ここは貴方の言うように、別の言葉に置き換えましょう」

「御意に」


 かしこまって礼を行う部下に妖しく微笑み、ユリューナは再度『神殿』の光源を調節する。

 眩い光の神殿から、薄暗い不気味な神殿へと再変換する。

 ほのかに光る、松明の光。

 薄っすらと浮かぶ朧気な空間の中で、彼女は叫ぶ。


「――ふふ、よくぞ来ましたわ、英傑なる皆様。――今宵、我が『神殿』に足を運ばれるのは光栄の極み。ですが貴方たちは絶望する事でしょう。何故なら、貴方たちは漆黒の使徒たるわたくしに敗れるのです。ひざまずき、絶望を味わう定めなのですから」


 優雅に手足を躍らせ、妖艶さを込めた笑みでユリューナは誰もいない前方へと語っていく。


「――ふふ、そう恐怖に怯える事もないですわ。首謀者を叩きに来た貴方たちは賢く、頑健なる勇気をお持ちのはず。ならばその信念に従い、この漆黒の覇者に戦いを挑むというのも一興」


 膨大な魔力をまとわりつかせ、業風もかくやというようにユリューナは風の渦の中、宣言する。


「ですが注意してくださいまし? ――わたくしは、手加減など出来ない超常者。この漆黒なる魔力が示す通り、条理に収まらぬ強さを持った覇者の中の覇者。

 ――我が、漆黒の精霊術に抗う事の虚しさを思い知りながら、疾く冥府へと誘われるが良いですわ」

「素晴らしい!」


 口上を並べ終えたユリューナに対し、参謀の仮面戦士が万雷の拍手をもって讃えた。


「さすがはユリューナ様! 我が至上の主。口上の呼吸、目線、魔力の発露、じつに見事にございます。これならば侵入者どもは必ずや貴方様を畏怖し、恐怖に苛まれる事でしょう!」

「うふふ、そう褒めないで。照れてしまうではありませんの。ではリートラード。わたくしの『侵入者への前口上』は、以上で完成で宜しいですわね?」

「――いえ、ユリューナ様。まだ少し懸念が」


 拍手を贈り讃えた参謀――リートラードだが、一瞬だけ間を開け己の心情を伝えていく。


「確かにユリューナ様の口上は完璧、神殿の長として、災厄の元凶者としての威厳については意見の挟む余地などありませぬ。――しかし、その口上の中、その内容についてはいささか物申す必要がある部分があります」

「へえ、どこでしょう? わたくしの高潔さ、超常さは、今ので十分伝わったと思うですけど?」


 ――もし仮に、この場を見通す神のような存在がいたとしたら、これはとんだ茶番だと断言するだろう。

 彼女らが行っているのは前口上の『練習』だ。真実を知りここへ至る実力者が来たとき、盛大に出迎えるための予行練習。


 ユリューナが口に出したのは戦闘の前口上、参謀が口にするのはその改善案。

 彼女らはこの神殿に住み着いてから毎日数時間、『本番』に向け精力的に活動を繰り返している。

 その期間、じつに百日以上。


「『漆黒』という言葉は、確かに威厳ある言葉にございます。……しかし、多様するとそれはそれで敵対者への印象を弱める事もございます。同じ言葉の乱用は避けるべきかと」

「漆黒。え、漆黒も駄目ですの? ……これなら、どれほど多様しても構わないと思っていましたのに。それでも駄目ですの?」

「私も戦士ゆえ『漆黒』という言葉の魅力は理解出来ます。しかし、ものには限度というものがありまして。過度な『漆黒』の乱発は相対する者の戦意に、水を差すのではないかと」

「そんな……! 漆黒、格好いいじゃありませんの! 漆黒の何がいけないというのです? わたくしの代名詞ですわよ、『漆黒』は!」


 黒いドレスをこれみよがしに広げながら、彼女は語る。


「いえ、私もその心情には同意なのですが……いかんせん頻度が。――あと『絶望』もあまり連呼しない方が良いかと。絶望絶望言うといささか安っぽい、軽い印象を相対者に与えるかと思われます」

「そんな!? 『絶望』も良い言葉じゃありませんの! 格好良くて、この場にぴったりで、わたくしに相応しい言葉ですわ。というより貴方も『いささか』とか『相対』とか同じ言葉連呼してるじゃありませんの」


 仮面の参謀はいささか慌てた。


「こ、これは……! 私の趣味と言いますか、好みでして……『いささか』とか『相対』とか結構格好良く思いませんか?」


 ユリューナは憤慨の表情を浮かべた。


「人の口上にケチをつけておいて自分は開き直るとか! 悪党の風上にも置けませんわ! 悪党ならば畏怖を与える言葉を使ってこそ本懐! 混沌! 漆黒! 絶望! わたくしの威厳を示す言葉として、何がいけないのですの!?」

「いえ、しかし……悪党と自分で言うところはいささか安っぽいと言えます。悪党というのは他者が言うものであって、自分から使うのは『自分に酔っている』と思われて威厳が――」

「貴方も『いささか』を言うの禁止ですわ! わたくしに物申すならまずは自分から改めなさい!」

「そんな! それはいささか無理というものです!」

「強情!」

「理不尽!」


 ユリューナは声も荒く叫んだ。

 仮面の配下も息も激しく叫び返した。


「ですが、いささか大好きなのですよ、私は。いささか使いすぎまもしれませんがこればかりはいささか譲れません」

「ちょっと待ちなさいな、今使い方間違っていません? いささか使いすぎて使い所間違えてますわよ?」

「ユリューナ様もいささか私の口癖が移ってしまったみたいですな」


 ユリューナは大きく目を開き絶望した。


「え? ……あ!? 本当ですわ!? いささかわたくしも使ってしまいましたわ!」


 慌ててユリューナが口元をぬぐう。意味がない行為だが、誰も突っ込まない。


「……ま、まあ。個人の趣味趣向について語っても仕方ありません。そこはさらに練習を重ねて練っていくべきでしょう。別に本番で格好良く決まればいいのですわ」

「そうですな、相対者に絶望を与える事が出来れば我らの勝利。それは揺るぎませんな」

「うふふふ、そうですわ!」


 彼らはその後も続ける。

 戦闘の前口上の練習を。

 誰もいない虚空へと華麗に言葉を紡ぎ、それに称賛や疑念を物申す仮面の配下。


 ときに意気投合し、ときに意見を反発させながら、彼らは続ける。

 いつか、侵入者が来る時の事態を想定し。

 あらゆる目線、態度、口調、台詞の一つ一つにまで精査を加えながら練習を続け。

 来る『決戦』の日に備える。



 

「――ようこそ、おいで下さいました。このような場所までご足労頂き、光栄の極みですわ、羽虫ども。貴方達の命運は、残念ながらここで終わり。貴方達の魂は混沌の渦へと、消える事でしょう。

 ――ふふ、名前など名乗らずとも良いでしょう? 貴方達は今、ここで死する運命なのですから。ですが、そうですわね……あえて名乗るのなら、『ユリューナ』。そう名乗っておきましょうか」

 

 決戦当日。ユリューナは、この時来たれり! と思いつつ前口上を述べる。

 毎日、虚空に向かって呟いた言葉を一言一句間違えず、正しく覇者である事を印象づけるために。

 青魔石の創造者にして、絶対的な強者だと相手に植え付けるために。


 ――もっとも、肝心の戦闘の方には力を入れる事を怠り、侵入者――リゲルには看破されてしまったが。

 尋問のとき、「あひゃひゃひゃ、やめてーっ!」などと威厳も何もない言葉も吐いてしまったが。

 彼女の、ユリューナの、その努力は誰にも卑下は出来ないだろう。


「うふふふ! さあ! 来なさいな! か弱く脆い羽虫たちよ! 虫けらの十匹や二十匹――どれほど集まったところで敵わぬ事を、教えてあげましょう!」

 

 その後でユリューナは思う。

 前口上を言っていた時の自分が、一番輝いていた事を。

 後の自分は、あまりに絶望とも漆黒とも混沌ともかけ離れていたことを。



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