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番外編  映画に出よう!

「映画への出演に協力してほしい?」


 とある午前のレストール家の屋敷。

 草木が静かに舞い、気持ちのよい陽光が庭に降り注ぐ中、リゲルは目の前の少女へと問い返す。


 応じたのは幽霊ゴースト少女の令嬢、メアだ。


〈うん! 何かね、街で大々的な催し物として『映画』を作る事にしたんだって。それで、多種多様な題材の中からこれだ! っていうものを検討した結果。リゲルさんとあたし達の戦い――つまり『青魔石事変』での活躍を元にした映画を作りたいらしいの〉

「なるほどね」


 この国において映画とは、《念写》や《映像》、《音響》の魔術などを駆使して創る娯楽作品のことだ。

 熱や光、音といったものを限定空間に創り出し、それを《映像》魔術で保存。大きな劇場で観客へ向けて鑑賞のため提供するものとなっている。


 中でも、この都市ギエルダは探索者――つまり戦いに身を置く者が多いため、興行は盛んだ。

 彼らを盛り上げるため、支援するため、様々な娯楽が提供している。


 以前は《迷宮》内での女性の服装や髪型、食べ物などでささやかな娯楽を得るのが主だった。

 しかし『青魔石事変』以降、『支援』という形で多くの娯楽業者が訪ね、奇術師、踊り子、吟遊詩人、本屋、舞台劇団などが多く参加。復興の疲れを癒やすため、数多い娯楽商品が溢れる事となった。


 その中で、『映画』というものは特に目立つ作品ということで注目を浴び、今や都市ギエルダではいくつもの作品が上映されているという。


「屋敷での騒ぎや諸々の作業で知らなかったよ。今、街は多くの娯楽で賑わっているんだね」

〈そうそう、あたし、暇が出来たらそういったものに触れて楽しんでいるんだよ!〉


 レストール家の令嬢でありながら活発な面も持つメアは、元々社交的だ。街の皆の復興がてら色々と触れているうち、そういった娯楽作にも興味を示したらしい。

 本、劇場、奇術、そして映画に関してはなかなかの夢中っぷり――というよりすっかり虜になっているということだった。


「へえ。そんなにたくさんの作品に出会えたんだ。それで、話を戻すけど、映画の中で、僕たちを題材にする作品があって、そのゲスト・監修として協力してほしいわけだね?」


 身支度を整える間、リゲルがそう問いかける。


〈うん! 実際の戦いでの台詞や、戦闘の苛烈さの監修、それと話の矛盾とか色々とアドバイスしてほしいんだって〉

「大役だね……でも光栄な話だ。もちろん僕は引き受けるよ」

〈ありがとう!〉


 ちなみにミュリーは体調を優先して休養、マルコは『青魔石』のデータ収集のためレベッカ参謀長に呼ばれ、ギルド中央支部へ向かった。

 なので、『映画』監修にはリゲル、メア、そして手の空いていたテレジア――その三人で赴く事となった。



 

「――へえ、話を聞くほど面白い事ばかりね」


 ギエルダの都市中心部、第一区画。

 その多様な娯楽提供者たちを見回しながら、屋敷の使用人、戦闘ではハイヒーラーとして活躍する少女、テレジアが物珍しそうに語る。


「あたし、ボルコス伯爵家にいた頃は奴隷みたいなものだったから、この手のものに詳しくはないのだけど、メアは結構たくさん知っているのよね?」

〈うん。あたし、元々お父様と様々な作品に触れるのが趣味だったから、その延長線上。昨日は一晩で舞台劇場を三つ、本屋を五つ、映画を三本観ちゃった〉

「多いわね!? それ相当なものよ!?」


 リゲルも苦笑を浮かべテレジアに同意する。


「あはは、本当だ。いつの間にそんなに?」

〈あたし、幽霊ゴーストさから眠らなくても平気なの。だから日中リゲルさんたちの手伝いをした後は、夜中に街で色々と回っているんだよ〉

「なるほど、体質ならでは利点ってわけか。それなら納得だ」


 言っている間にも、街では本屋、奇術の館、占い師、劇場、様々な催しの店が立ち並んでいるのが判る。『青魔石事変』が起きてから一ヶ月と少し。それでこれだけの賑わいを見せるのは凄まじいの一言だ。

 これには、リゲルが大量の『魔石』で復興援助を行った他、メアの《浮遊術》、そして何より、ギルドの《一級》幹部たちが強力な魔術を用いて復元、復興の足がかりとしていた。

 他都市からの援助もあり、復興は順調に進行。むしろ、一部の区画では以前よりも賑わいを見せている所すらあった。それらこの第一区画、通称『娯楽通り』だ。


「それにしても、凄い数のお店ね。これ見て回るだけ一日終わっちゃいそう」

「そのうちマルコと一緒に来るといいよ」

「まま、待って!? なんでそこでマルコの名前が出てくるの!? べ、別にあたし、デートなんかしないわ。デートなんかする気ないもの」

「誰もデートとは言ってないんだけど……ちょっとテレジア、顔赤くしてそっぽ向かないで」


 同じ使用人仲間であり旧知の仲でもある少年の名を出され、テレジアは紅潮する。


「……そ、そういうリゲルさんも、ミュリーと一緒に回ったら? きっと楽しいわよ?」

「え。いや僕は別にそんな……ミュリーとデートとか素敵というか最高というか至高というか出来ればその日は天国にも値するほど至高の日になるのは間違いないけど今は彼女の体調が優先だからいつか都合の良い時に一日百時間くらい街をデートしてみたらいいなと思ってはいるよ」

「リゲルさん……顔が赤い上にちょっと何を言っているのか判らないんだけど……」


 ほんの悪戯心で意趣返しをしようと思っていたテレジアが引いている。


「ごほん。まあ娯楽があるのはいいことだよ。街が賑わっている事だからね。特に映画が作られているっていうのは知らなかったし。――あ、そう言えばメア」

〈うん。なあに?〉

「映画関係ということで少し聞きたいんだけど、メアってたくさんの映画観たんだよね? その中で面白いものってあった? 今度ミュリーと観に行こうかなと思っているんだけど」


 その途端、メアの瞳は輝きだした。


〈あ、うん! 面白い映画、いっぱいあるよ! まずは『青春サル野郎はバニーガール後輩を見つけない』ってタイトルの映画だね! あれは特殊な環境に置かれた少年少女たちが苦労したり、青春したりしながらイチャラブもしたりするシリアスする小説だったんだけど、なんとこの度、劇場版にもなったの! それでね、その劇場版『青サル』はメイン級のヒロインであるヨーコ先輩と主人公サクトの物語が主軸になって、とっても泣けるんだ! 中盤、サクトが○○展開とかヨーコ先輩がサクトの○○を貰っていたとかその関連でヒロインであるバニー先輩がじつは○○しちゃって、それからの展開といったらもう! どうやって物語を終息させるのかドキドキしっぱなしで、しかも泣ける展開や前に活躍したヒロインたちが思わぬ役割を与えられていたりさらに声優さんの熱演も相まってものすごい相乗効果でエンドロールが流れるその寸前まで息を呑む名作だったよ! ちなみにパンフレットは買おうと思ったけど通常版も限定版も売り切れてて血の涙が出そうでした〉

「メア……メア? あの、ごめん、ちょっと言っているか、半分も判らないんだけど……えっと、まず伏せ字にしないといけない所が複数あるくらい、物凄いストーリーなのは判った」

「流れるような解説という感想に、あたしメアさんの趣味の一環を垣間見た気がするわ」


 テレジアが戸惑うようにそう続ける。

 メアがなおも話を膨らませる。


〈それと……つい最近に観たのは『ヘローワールド』」っていう映画でね、これもヒロインが大変な目に遭うっていうのは『青サル』と同じなんだけど、凄いのは中盤以降の展開。普通、セカイ系っていうのは主人公がヒロインを守って終わりというものが普通なんだけど、これはその後の展開が目を見張るものだったよ。まさか序盤で出てきた先生が『あんな過去』を持っていたり、そもそもその過去が壮絶だったり、しかも主人公が覚醒した後はまるで別人、でその培った力でゴッドデザインっていう名の万能『神の手』で何でも出来ちゃったり、道路迷宮作って○○○○ホール創ってまさに『イムセプション』もびっくりの不思議ワールドだったよ!

 そしてヒロインの二条さんが可愛い! あとカラスが可愛い! まさか『灼熱のナナ』で有名なあの人が声優を担っているなんて思わなかったし、本編そっちのけで『くぎゅううううう!』って心の中で叫んじゃった。カラスあんなに可愛いって思ったの初めて。三本足なのに。さすがツンデレの女王、四千院ナミとかユイズとか手乗りライガーとか素敵なヒロインを多く担当していただけの事はあるよ! 次回作があるなら是非カラスを相棒に! こっちはパンフレット変えて満足でした! グッズも下敷き買って毎日眺めてるよ!〉

「メア……メア。ええと……落ち着いて?」

「さっきから周りの人が危ない人でも見るかのように遠ざかっているわ。……でもその一方で、『判る』とか言いながら聞き耳を立ててる人が三割くらいいるのが不思議なんだけど……」


 流れるようなメアの絶賛に、リゲルとテレジアが引いていたが周りの人々は案外と寛容だった。

 この街は娯楽が盛んなので同感と思える人も多いのだろうか? リゲルは少し謎だった。


〈あとね、それとね、その少し前に観た『このやかましい世界に祝福を!』って映画があったんだけどね、こっちも原作から人気出た劇場版なの! こっちは原作を中心に再構成された物語なんだけど、なんと言ってもギャグ! コメディが最高! 主人公のザトウアズマさんが相変わらずクズマさんでカスマさんなのが安心した! 仲間の、りえりーとザクネスは相変わらず厨二と変態っぷりで面白かったし、アクアン様も泣き芸が相変わらず可愛かったし、何よりゆーゆー! ゆーゆーの活躍が個人的には嬉しかった! ぼっちで寂しがりやな彼女だけれど、出番もあんまりないけれど、『ここぞ』という時は誰よりも頼りになるカエルスレイヤー! 青魔の里で次期当主を名乗るくらいには強いんだけど、ぼっちで寂しがりやなせいかいまいち目立てない。でも終盤、ライバルのりえりーと一緒に名乗りを上げるシーンは興奮した! 高揚して翌日までテンション上がって作者はコメディ書かなきゃいけないのにバトルシーン書きたくなって仕方たかったよ! だってずるいよあんなの! てっきり原作準拠で終わるものだと思っていたのに、まさか幹部の○ルディアと○ンスが○○してさらに○○しちゃうなんて! あんなの興奮しないわけないよ! しかもミ○○インみたいな魔力集束をウィスが行うなんて、熱い、熱すぎるよ! 劇場は冷房効いてて寒かったけど劇中は爆熱魔法とライト・オブ・レイザーの最強二重奏でひゃっほーこれぞ劇場版って感じだったね! あと忘れてはならないのがハニル! 魔王軍幹部のくせに何故か準レギュラーでカラススレイヤーやってるハニルさん! 今回も笑い声とウザさは健在で最高でした! あとまさか出番があるは思っていなかったので燕尾服姿で指パッチンする姿は思わず『かっけーっ!』と少年心が呼び覚まされたよ! あたし女だけど! あとパンフレットはもちろん買ったけど確かに主人公のクズマさんは台詞多かったですね、前日眠れなかったというのも凄く判ります、あれだけの熱演、声優さんお疲れ様でした! あと一番くじ買おうとしたけど売り切れで変えなかったよ。しょぼーん。次は三期期待してるよ!〉


 一気にまくし立てたメアは、興奮もあらわににこにこ顔で上機嫌だった。

 反対にリゲルとテレジアはぽかーん、と何を言っているのか三割も判らない。

 呆然と、しかし一応は最後まで聞いていたリゲルは、


「あ……あ、そう。そんなに……面白かったんだ。凄いね。それが一番面白かった映画?」


 言ってから、よせばいいのに、聞かなければ良かったと、リゲルは思った。

 しかし後の祭りである。


〈あ! 一番かどうかは判らないけど、『空の黒さを知る人よ』も凄く良かったよ! 序盤、主人公のヤヨイがギターを弾くのが印象的だったけど、シンノンが出てきてからは一気に物語が加速したね! しかも今のシンノンが出てきてからはギャグのテンポも相まって凄い面白い展開だったよ! 何気に面白かったのはヤヨイの友達のショーガクセイだね! 作中一番精神年齢が大人びてると思ったけど、きちんとした信念があるのは驚いたし格好良かった! まだ子供なのに! アカネンと今のシンノンとのやり取りも『時』を隔てた恋って感じで胸に来るものがあったし、『夢は叶えても叶えられなくても現実は続いていく』っていう作品のメッセージ性に感動した! エンドロール流れた後泣きそうになったもん! これぞ青春! これぞハイティーンとファンタジーと大人の苦味が見事に融合した名作だったね! あと歌がいい! 空飛ぶ主人公たちのシーンで主題歌流れるとか判っていても反則でしょ! 唐突にファンタジー色濃くなったとか突っ込みたいところはあったけどそんなのどうでも良くなるほど心がゾクゾクしたよ! あのセンスどうやったら培えるんだろう? 『ヘローワールド』が計算と研究に基づいた作品ならば、『空黒』は感性と疾走感に基づく名作だと思うよ! 単純に物語の起承転結で終わらない、奥深さと人間の醜さと美しさを描いた作品でした! もちろんパンフレットも買ったよ! でもグッズは残念ながら売り切ればかりで買えなかったよ。しょぼーん。あれ? 同じことあたし言ったっけ?〉


 もう突っ込むのも野暮だと思うくらいリゲルはあははと苦笑していた。

 この時点でテレジアは完全に放心してメアの顔を観たまま微動だにしない。


「メアって、お嬢様ってイメージあったけど、趣味は大衆寄りなのね……」とかろうじて呟くのが限界だった。

〈あとね! あとね! 『冴えない彼氏ヒーローの育て方』! これを抜かして映画レビューは語れないよ! 『冴えカレ』は元々人気作家と人気原画家がタッグを組んで始まった作品だけど、あたし当初は全然知らなかったんだよね。だからアニメがあるのも知らなかったし、二期もやってたなんて全然知らなかった。何か第一話で温泉シーンやってたのは覚えてるんだけど、HDDの容量が厳しくて切っちゃったんだよね。それ以降かな? ふと名前だけは覚えてる作品だったから原作読んでみて、それがもう『ハルフェ』とか書いた人の作品だと判って、夢中で急いで原作買って読んだんだよ! 全十三巻な上に外伝と称した本編と密接に繋がった相変わらず不死身ファンタスティック文庫の販売法のガサツさに、レギロスの時の教訓活かせていないなーと思いつつも、全部読んだんだよ。それに劇場版が始まるからと知ってからは劇場版楽しむために急いで原作読むのも進めて、その合間にアニメも一期と二期の再放送をしていたから急いで観まくって、もう原作の展開とアニメの展開がごっちゃになって、『今このキャラどんな立場だっけ何があったけ、あれー?』って読み進めながら読み進めたけど、さすが『ハルフェ』を書いた作者さん! 流れるようなヒロイン達の掛け合いとギャグと『え!?』なシリアスが満載。ダイガクセー編書いちゃったりしたら本当にジャンル変わっちゃうからコウコウセー編までで終わったのは英断だったと思うよ!

 『ブラックアルバム2』みたいになっちゃうとあたしも発狂しちゃうし。だから、そんなわけで、劇場版観る前に原作17巻分とアニメ25話急いで観た作品だったけど、いざ劇場版観て呆然! 序盤からまさかアイシテールの○○○とか想像してなかったし、衣装可愛いし、ミッチーの出番これが最高潮だと判った時はちょっと泣いた! パンフレットにも少し触れられてたけど! ――そして、何より6巻分のストーリーを115分にまとめるという暴挙というか無理難題に挑戦したのに見事にまとまってる素晴らしさ! 金髪ツインテールと黒髪ロング先輩が好きなあたしとしては無念と言える展開がなくもないけれど、それがどうでも良くなるほどのヒロイン! メグリンの可愛さ! ―― 一期ではとことんフラットだった彼女が段々とアッキーに毒され……じゃなかった感化され、立派なヒロインへと成長していくのを見て、メグリンが、メグリンが普通の女の子になってるー!? とあたしは驚愕しつつもニヤニヤしっぱなしで面白かったよ! やっぱりヒロインはメインヒロインとして活躍してこそメインヒロインだよね! あとネタバレになるから詳しくは言えないけど、イオリンが妄想ワールドで○○状態たったり、エンドロール後にも色々あったりと、作り手側の遊びと本気と楽しませようという気概が感じられる作品でした! 『このやかましい世界に祝福を!』でのサプライズも良かったけど、やっぱり観る側を意識してサプライズ用意してくれる作り手さんは素敵だよね! 前売り券四弾とか凄い計画だなー、と思ったけど。来場者プレゼント第七週までやるとか正気!? とかも思ったけど。映画本編が面白ければそんなの些細な問題だよね! あ、来場者プレゼントっていうのは映画観に来てくれた人へのお礼なんだけどね、最近は一週毎にプレゼント変える作品も多くて、好きなキャラのグッズ集めるの大変――じゃなかった、好きなキャラ出るかドキドキして楽しめるとても良い方法だと思うけど、あたし黒髪ロング先輩出たよ! 書く側の人間だから彼女を見習って頑張ってという作者さんか神様からの激励なのかな? ん? あたしゴースト少女なだけで別に小説書いてないけど、何で書く側とか言ってるんだろ? まあいいや。

 ――それでねそれでねリゲルさん! テレジアさん! この来場者プレゼントっていうのがこの『冴えカレ』は凄くてね、なんと、原作のその後の一年後から二、三、四、五年後という内容のミニ小説がついてきて来るの! 公開週が増えるごとに内容も時が進んでいくという、誰が考えたか知らないけど商魂たくましい……じゃなかった、来場者をわくわくさせる素敵な企画なんだよ! 今ならまだ五周目だから貰えると思うよ! 時間がある時に観に行こうよ! ……これ、他の作品にも波及するかなぁ、だとしたら七週連続同じ映画観に行くことになるけど、お小遣い足りるかなぁ。『レゼロ』では去年、運良く好きなレミリアたんの色紙が出たから狂喜乱舞したけど、今年はまだ七週プレゼントはやってないけど、来年やるとしたら七周目まで観ないとレミリアのグッズもらえないとしたらしょんぼりだなぁ……ってあれ? 映画が出来たのギエルダの都市ではごく最近だよね? 何言ってるんだろ、あたし。疲れてるのかな……? まあともかく! ヒロインっていうのはとにかく可愛くてナンボだよね! リゲルさんも時間があったらあたしとミュリーと一緒に観に行ってみて! きっと創作意欲……じゃなかった日常の励みになると思うから!〉


 そこまで一気にまくし立てたメアは、呆然と聞き入るリゲルとテレジアをよそにじつに爽快どうだった。

 けれどもちろん、リゲルもテレジアもその内容の半分も判らない。

 いや、言葉尻から何となくどんなものかは判るのだが、その内容や、熱量に圧倒されて口を挟む間も思考する間もなかった。

 とりあえず彼女が相当な映画好きな事は判った。……だいぶ偏っている気がしないでもないが。


「へ、へえ……そうなんだ。それは良かったね、メア。面白い作品と出会える――それは一つの幸せの形だからね」

〈うん!〉

「一つでも面白い作品と出会い、感動し、心揺さぶられる。――それが出来る君は幸せだと思うよ」

〈うん、そうだね! リゲルさん達と一緒にいるのも幸せだよ!〉


 テレジアがぼそりと言った。


「あ、あたしにはメアになにかの悪霊でも取り憑いたのかと思って呆然とするしかなかったのだけど……平然と流すリゲルさん、凄いわね」


 いっそ羨望じみた視線がテレジアから送られる。


 ――そんなやり取りを経て、三人は件の映画劇場まで足を運んだ。

 そこへ本題である『リゲルたちに協力』を頼んだ映画監督がいるというのだ。


〈あ、それでね、リゲルさん。一つ良い忘れていたことがあるの〉


 その道すがら、メアがぽんと手を叩きながら呟く。


「なんだい? 映画の協力についての話かな?」

〈うん。あのね、今度この街で作られる映画なんだけどね、詳細な台詞監修がしたいんだって〉

「うん。それで?」

〈迫力あるシーンを録るためには、実際に戦った人たちの生の台詞が聞きたい――って監督が言ってたんだ〉

「なるほど、当然だね。それで?」

〈あのね、その一環として、リゲルさんとミュリーさんとの『キス』のシーンも再現したいから、その時の気持ちとかその後の事をインタビューしたいんだって!〉


 リゲルの額から大量の焦りの汗が吹き出した。


「え。……え!? ちょっと待って!? メア、君、それって……っ!」

〈うん。『青魔石事変』が終わって屋敷に帰った後、リゲルさんミュリーさんとキスしたよね? それで、その事を監督に告げたら、『それはいい! 絵以外の締めとして使えるシーンだ!』って言って是非とも本人に意見を聞きたいと凄い乗り気で――〉

「いや僕はただの台詞の監修で呼ばれたと思ったんだけど!? キスの気持ちとかそんな恥ずかしいもの言わされるなんて聞いていないんだけど!?」


 メアは片目を瞑ってウインクした。


〈うん。そう言われると思って、今まで黙ってました。ごめんね?〉

「メア――――っ! 君、君は、僕が恥ずかしがると判って、断ると判って、始めから仕組んでいたな!?」

〈ちなみにテレジアさんを同行させたのも、リゲルさんを逃さないようにするためだよ〉

「はあ!? 何を言っているんだ!? テレジアもグルだったと……?」


 テレジアが申し訳なさそうに語る。


「……あの、ごめんなさいね、リゲルさん。あたし、映画ってとっても興味あるの。それに街の人たちの幸せになるって言われたら、映画作りに協力するのもいいかなって」

「だからって引き受けないでよこんなの! ……あのね、判ってる? 僕とミュリーのキスシーンまで再現する映画ってことは、それを『大勢の』人たちが観るってことなんだよ? もちろん俳優は僕じゃないし、実際にキスするのも僕じゃないけど、あのときの僕の恥ずかしさを、僕とミュリーの恥ずかしいシーンを、街の皆が観ることに……っ!」

「そうなのよね。でも、監督に『スイーツ一年分あげます』と言われたら協力しないわけにはいかないでしょう?」


 リゲルは一瞬呆けた。


「ちょっと待て。僕の羞恥心はスイーツ一年分ごときより下ってことなの?」

「馬鹿言わないでリゲルさん! スイーツ一年分よ!? そんなの、女の子なら是非食べたいに決まってるじゃない!」

「突然キレないでくれ!」

〈ちなみにあたしもスイーツ一年分を約束されたよ。あたし、幽霊だから食べられないけど、アイス一年分くれたら香りだけは楽しめるから〉

「メアー!? 君もか、というか君が元凶か! ――いいだろう、やってやるよ、僕を映画に協力させられると思ったら大間違いだ、僕は全力でそんな企みから! あらがってみせるから!」

〈ふふ……そう言われると思って、戦力は整い済み……〉


 メアは《宝剣》六つを取り出して、《浮遊術》でリゲルを取り囲むように配置した。


「ごめんなさいリゲルさん……スイーツ食べたいの……食欲には抗えないわ。余ったらリゲルさんにもあげるから」

「いらないよ! 僕が欲しいのは平穏だ!」


 リゲルはメイスを取り出し距離を縮めるテレジアから一歩下がった。

 そして、街の角から、物陰から、次々と武装した人たちが現れる。


「予想通りリゲル殿が抵抗を見せたぞ! 各位、想定通りのフォーメーションを取れ!」

「君たちは誰だ!? あとなぜ僕を取り囲むように配置されている!?」

「「メアさん達に頼まれた、監督の刺客――もとい、『キスシーンの詳細を聞くまでリゲル殿を逃さない部隊』です」」

「名前が長い! あとそんなものに参加しないで! メア!? テレジア!? 僕を捕まえようとしても無駄だからね、覚悟だけはしておくんだね」

〈あと用心棒としてギルドマスター・グランさんも呼んでおいたよ〉


 暗がりからギルドを統括する大男が現れた。大きな蛇腹剣を背負っている。


「グランさん!? あなたギルドのトップでしょう!? なんて企画に参加してるんですか!」

「すまんな、リゲル殿。これも映画の完成のため、ひいては街の復興のためだ。……あとメア嬢とは以前から付き合いがあったからな……断り切れず……」

「くっ……!? どいつもこいつも敵ばかりか! ――ならば仕方がない。僕も本気を出させてもらおう――魔石『ランク七』! 迷宮に住まう覇者が一角、《タイラントワー」

「「やはり大技を繰り出す気だぞ! 練習通りにフォーメーション5で確保しろ!」」

「「「「おおおおおっ!」」」」

〈いっけええええ、《六宝剣》!〉

「ごめんなさいリゲルさん!」


 その日、街の一角でちょっとした騒ぎがあった。

 魔術で覆った安全な壁の中での逃走劇と確保劇。それはそれだけで一つの映画が作れるほどの、壮大で熾烈な争いだったという。



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