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番外編  ギルドマスターと参謀長の忙しき日々

『――第一波、十五時の方向から高速の目標が来ます!』


 爆裂した大気が空気を震わせる。轟音が鳴り響き、猛烈な衝撃波が吹き荒れる。

 右、音速に迫る勢いで迫る高速の影。それは街路樹を吹き飛ばし、瓦礫を爆散し、空気を振動させ滑走する。


「ぎゃははははは!、死ね、死ね死ねぇ!」

『くっ、『青魔石使い』、リットの反応を確認! 所持する『青魔石』は《ケルピー改》! 危険度三、注意してください』


 《通信》魔術で報告する魔術師の台詞に、ギルド騎士たちが身構える。

 前方、音速に迫りながら接近する影――青魔石使いのリットは狂気を宿していた。血走る瞳、漲る敵意、迸る殺気、およそ人間のものではない。


「第一体から第三隊は迎撃攻撃へ! 第四隊は援護、第五隊は――」


 語気鋭く命じる騎士の小隊長。しかしその指示も虚しく、届く前にリットの放つ『衝撃波』に打たれ、部下の騎士たちが倒れる。破壊力を伴った衝撃波が、まるで槍の如く、鋭い破城槌の如く、貫通力のあるそれに次々と崩れ落ちていく。


「ランドー、エルダ、カリム! 続いてバリンも脱落です!」

「ちっ! 予想外に『青魔石使い』の動きが早すぎる! これでは対処が遅れる――各自、命令前にも各々の判断で自衛の魔術を張れ!」

『りょ、了解!』


 しかし咄嗟の命令に部下の騎士たちは瞬時に対応出来ない。リットの高速移動と衝撃波に一人、また一人と騎士たちが崩れ落ち、防衛の要であった第六隊までもが脱落した。


 残るは小隊長のモルベスのみ。

 壮年の、髭を刈り上げた中肉中背の騎士は、腰を深く落とし真っ直ぐに相手を睨みつけ――。


「高速で接近し攻撃するだけの輩が! 貴様など我が剣技でも事足りる――さあ、来い、リットよ!」

「ぎゃはははは! 無理だ、お前じゃ俺は止められねえよ!」


 小隊長モルベスの瞬足の突き――戦技『牙突』が大気を斬り裂き繰り出される。だがそれを読みリットは軽くかわし、逆にモルベスのあごを蹴り上げる。

 脳震盪。視界が揺れる、体勢が保てない、回避不能、防御不能。


「――これで、終わりだ! ぎゃははは!」


 リットの放った槍状の衝撃波が、モルベスの胴体を撃った。

 枯れ枝のように吹き飛ばされ、背後の瓦礫に直撃するモルベス。

 

 そこで戦闘は終了。『青魔石使い』リットの勝利で終わった。

 同時にそれは、ギルド騎士団、一小隊の全滅をも意味していて――。


「ぎゃはは、俺の爆走は誰にも止められない! さあ、次は、」



『――状況完了。全ての戦況記録終了。『再現空間の解除』」



 瞬間、周囲の景色が陽炎であるかのように揺らめいた。続いて振動――回りの建物が揺れ動くほどの地震が起こり、笑うリットの姿がぼやけ、全ての色彩が曖昧になり、そして――。


『――魔術具『メモリーピアス』による『戦闘訓練』の終了。再現空間の消失まで、五……四……三……二……一……』

 そして、カウントがゼロになると同時、全ての景色は消え失せた。



†   †


 

 都市ギエルダ、ギルド中央支部、地下第四訓練場。

 『再現空間』によって疲弊した騎士たちが息も荒く膝をつく中、小隊長のモルベスが苦々しく呟いた。


「まさか……相手が一人にも関わらず、数分で全滅とはな。いくら《三級》騎士の集まりとはいえ面目ない……」


 苦渋の感情が彼の言葉から発せられる。唯一立っていられる消耗具合だが、その悔しさは部下たち以上だろう。


「仕方ないですねー、『青魔石使い』の強さは、並の騎士十人分はありますから」


 背後、モルベスをねぎらうように桃色の髪を一つにまとめた女性が声をかけた。

 ギルド中央支部、『参謀長』のレベッカだ。


「――先日起きた、『青魔石事変』。その時の戦闘データを元に、魔術で再現した『再現空間』。――相手が幻の相手が敵とは言え、油断しました」


 モルベス小隊長が苦虫を噛み潰したような口調で語る。


「実戦と寸分違わぬわざの威力、痛覚の再現。完敗です。あれが『青魔石使い』ですか……猛省せねば」

「ふふ……まあ気持ちは判りますがねー」


 レベッカは労いの水筒を小隊長モルベスに渡す。


「『青魔石事変』において、ギルド騎士は多くの『青魔石使い』に苦戦を強いられました。――そのことから、ギルドでは『再現空間』を用いて『青魔石使い』への戦闘訓練を発案しましたが――どうです? 実際に戦ってみての感想は?」


 モルベスは嘆息し首を横に振る。


「……完全に化け物としか言いようがないですな。小隊十八名を相手に数分で全滅させられた。……あれが『ランクマイナス一』? 冗談だ、悪夢とか言いようがない」


 先日、ギエルダの都市を襲った『青魔石事変』。その未曾有の事態に、ギルドはいくつかの対策を行った。

 その一つ、『仮想空間』による戦闘訓練。

 《時間》、《記録》、《念写》の魔術などを応用して作った魔術の空間に、実際の『青魔石使い』たちの戦闘データを入力、実戦さながらの戦闘を行える『再現空間』を構築したのだ。


 これにより、ギルド騎士たちはいつでも『青魔石使い』との戦闘を高い精度で経験することが可能。

 先日、所要で戦場に出られなかった騎士たちの鍛錬も兼ね行われた戦闘だったが――。


「結果は現状のギルド騎士では歯が立たない――そういうことで宜しいでしょうかー?」

「……遺憾ながら。そう言わざるを得ませんな。並みの騎士ならあと二十名はいないと話にならない。それ以下では良くて部隊の半壊、悪くて全滅でしょう」


 あまりに容易に撃破されてしまったせいか、自嘲ぎみの小隊長。


「ふふ……まあそう卑下しないで下さい。結果はともかく、あなたの下した命令は的確でしたよ」

「的確さなど……結果に結びつかなければ意味がない。そうでしょう? レベッカ参謀長」


 戦場において、何より求められるのは『勝利』という二文字だ。その過程でいかに戦果を上げようと、最終的に敗北してしまえば意味などない。

 これが実戦ならば、彼らは『青魔石使い』リットに殺されている――もしくは半殺しに遭っている。それは、猛省しなければならない結果だった。


「いえいえ。……確かに、『実戦』ではそうでしょう。けれどこれは訓練です。最初から勝利を前提して行ってはいません。現状、五名以内で『青魔石使い』を倒せるのは《二級》騎士以上――それも、相性が良い場合のみとされています。――戦闘時間4・8秒、これはまずまずの記録とみていいと思いますよ?」


 相手を気遣うようなレベッカの言葉に、しかし小隊長モルベスは頑なに首を横に振る。


「それで喜んではいられません。このままの戦闘力では彼を――リットを、ひいては『青魔石使い』を三級ぼんじんが倒すのは夢のまた夢。であるならば、もっと綿密な対策と訓練を行わなければ……」

「基礎的な能力と戦術が足りない?」


 モルベスは小さく頷いた。


「そうです。――悔しいですが、『青魔石使い』の戦闘力は異常です。それも、あれで『ランクマイナス一』なのですよね? 『青魔石』としては最弱ランク……それであの強さ。正直、自分のこれまでの努力は何だったのかと思いますよ」

「誰でも最初はあの強さに驚きます。《二級》でも半殺しに遭った方々はいますし、勝利した騎士たちも無傷というわけにはいきません。――最近、『英雄』リゲルさんや『宝剣使い』メアさん、彼らの活躍で、騎士間で『青魔石使いを倒せないようでは一人前足り得ない』、という風潮が流行しているようですが、それは危険です」


 レベッカは一語一語力強く語る。


「彼らはそもそも規格外。同じ基準で考えるのが筋違いというものです」

「……確かに。それでも、つい考えてしまいますな」


 諭されたモルベスは、幾分か落ち着きを取り戻した様子を見せつつも、どこか自嘲を孕んだ口調で返す。


三級ぼんじんでは『青魔石使い』には敵わない――ましてはその上、『楽園創造会シャンバラ』の驚異になど。とても敵わない。――そう、思ってしまうのです」


 その淋しげな、ともすれば自暴ともとれる発言に、レベッカは何も言わず、『飲んで下さい』とばかりに水筒を指し示し、無言でその場を後にした。



 

「――どうだ? 彼らの様子は?」


 ギルド中央支部、執務室。

 ギルドマスター・グランが、相変わらず書類仕事に追われていた。


「どうもこうもないですねー。一応、『再現空間』にて一級含む全ての騎士に、『青魔石』使いとの戦闘を大剣させましたが、勝利したのは一級と二級のチームのみ。三級は残らず全滅です。……特に、昇進に近かった騎士たちも軒並み敗れたせいか、士気にも関わってきそうですねー」


 執務机の上にあった紅茶を手に取りながら、レベッカは口に含み告げる。


「……まあ、そうだろうな。先日の『青魔石事変』で、我らギルドは大敗を喫した。都市の存続こそリゲル殿やメア嬢らの活躍で防げたものの、ギルドとしては完敗だった」

「ですねー。……だから少しは実戦訓練になるかと思い、実地した『再現空間』ですが、まだ早すぎましたかね? これでは騎士たちの士気そのものに関わりますー」


 現状、ギルドの騎士は単騎で『青魔石』使いに勝てる者はほぼいない。

 最強たる《一級》の面々は例外で、容易く『青魔石』使いを単騎で撃破してみせたが、その下――いわゆる中堅と言われる騎士たちはほぼ敗北だ。


 連携に秀でた二級の騎士か、実戦でも『青魔石』使いで互角を演じた部隊のみが勝利。

 それ以外は数秒で全滅させられている。

 単騎での勝利は《一級》を除いていない。


「……一応、《一級》騎士たちは全員十秒以内に、『青魔石使い』を倒してはいるんですよね。……仮にも最強の座を冠する者たちなのです、それくらいは期待していましたが……それ以外の騎士が、ちょっとマズいですねー」


 実際の『青魔石事変』でも、ギルドマスターのグランやレベッカは『青魔石』使いと抗戦経験がある。

 『再現空間』で彼らも『青魔石使い』を秒殺してはいたが、どうしても中堅以下の騎士の士気に難ありだ。


「……二級騎士たちには新型の装備を普及させるなど、対策は取れないのか? それか、新魔術の会得など」

「それも考えましたが根本的な解決にはなりませんー。……元々、最強の《一級》と、その下の《二級》以下ではかなりの開きがあるんですよねー。才能、精神力、技術、経験……どれも一朝一夕では身につかない。出来たとしてもそれはハリボテの力。……実戦では容易く破られるでしょうね」

「……まあな。それでなくとも、『再現空間』はあくまで再現に過ぎんからな」


 今回、騎士たちを相手に猛威を振るった『再現空間』の『青魔石使い』だが、所詮はデータ上の存在だ。

 実際に使われた以上の能力、戦術は使っていない。

 もし、今後元凶である『楽園創造会シャンバラ』が本気で攻めてきた場合、現状の戦闘力の1・5倍から2倍は想定しておく必要がある。


「同じ戦略をぶつけてくるわけもないでしょうし、最低でも互角くらいには持ち込んでほしかったのですが……難儀な事ですねぇ」


 紅茶をまた一口飲み、憂鬱そうな表情を浮かべるレベッカ。

 しかし言葉の割には声音が弾んでいるのを耳ざとく聞きつけ、グランが問う。


「……その割には嬉しそうだが? なにか良からぬことでも企んでいそうだな」

「いえ。逆境こそ燃える展開だと個人的には思いまして。――こうまで実力に難があると、戦闘狂の私としては嬉しく思ってしまう事もあるのですよ」

「自分で戦闘狂というのだから世話ないな。……しかしどうする? それほど騎士たちに士気の低下が見受けられるなら、対策を取らねば厳しいだろう」

「……三つ手はあります。一つは、正攻法、先程ギルドマスターが言ったように、新装備や新魔術で彼らに戦闘力を上乗せしてもらう。二つ目は、リゲルさんに戦闘の指南をしてもらう」


 グランは眉根を寄せた。


「リゲル殿にか? ――どのような理由で? 彼に集団戦の経験が?」

「彼は以前、かなり高度な集団戦法を身に着けた節があります。――それに、隠しているのか封じているのか、個人でも凄まじい戦闘力を誇っています。……彼の集団戦の指南を受ければ、それなりに騎士の戦力は向上するのではないかと」

「……他力本願は趣味ではないが、致し方ない、か。――して? 最後の三つ目の方法は?」


 レベッカは一瞬片目を瞑った。


「これはまだ内緒ですよ? じつはですね、はじめて『青魔石』を見たときから思っていたのです。――蛇の道は蛇と言います。危険な敵を相手取るには、こちらも蛇の道を行くしかないかと」

「――なるほど、じつにお前らしい考えだな。だがまあ、それも念頭に置いておこう。実装させるかは不確定だがな」

「でも、可能だったら素晴らしいではありませんか? 『青魔石』は、おそらく既存の魔石を改造したもの。であるならば――」


 レベッカは語った。

 否、ギルド中央支部、『参謀長』である彼女は。

 天使のような笑みで。

 それとは真逆の存在のような笑みで。

 ある意味では禁断とも言える方法を。



「青魔石の、『改造版』を作成出来れば、戦力の強化に繋がると思うのですが……どうですかね、これは?」



 そして彼女の見る先。

 大切に保管されている魔術の封印箱の中には、三本の《宝剣》。

 幽霊少女、レストール家の令嬢、メアから預かった、《九宝剣》のうちの三本――莫大な力を持つ、最上級の宝剣があった。


「あれと青魔石を使えば……出来ると思いません? ――私はこの言葉、好きなんですよ。『毒をもって毒を制す』――あの三本の《宝剣》の解析と、『青魔石』の解析――それらが成せれば、かなりの面白い事になると思いますが――どう思いますか、ギルドマスター?」


 機械的に書類仕事に勤しんでいたグランは思う。

 毒をもって毒を制す、なるほど、時には必要な処置だ。


 だが、その毒は、一体どれの事を示すのやら判らない。

 毒。

 あるいはそれは、強大な剣。一歩間違えばこちらが危ういレストール家の《宝剣》。

 あるいはそれは、石。

 魔石を改造されて創り出された、禁忌の力である『青魔石』。

 そして、最後に。人の姿をしているが、その実、人の精神を持っているかは怪しい――ギルドの重鎮にして、かつて狂戦士とも恐れられた、『参謀長』。

 レベッカ・アルティール。

 どの『毒』を使えば良いのか。どの『毒』ならば『楽園創造会シャンバラ』へ勝てるのか、グランは考える。


 あるいは、ある意味一番危険なのは、目の前の笑っている女なのかもしれない。

 そうグランは思う。

 そして、それを御さねばならない自分の立場と境遇に、彼は内心、小さくため息をつきたくなった。


 ギルドマスターは明日の平和を考え忙しく思案を巡らす。

 そして参謀長は、明日の勝利を目指して、思考を巡らす。

 目指す光景は一緒だ。ただし目指す過程が一緒であるは、限らない。

 ギルドマスターと参謀長の忙しき日々はまだ、終わらない。

 

 暗躍する『楽園創造会シャンバラ』を滅ぼす、その時まで。



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