番外編 石像でパニック?
〈石像?〉
とある昼下がりの中庭。
迷宮探索から帰還したリゲルに、メアが目を瞬かせた。
「うん。ちょっと魔石を売りに行った時にね。ちょうどあちらに持ち合わせがなかったんだ、それで金貨の代わりとして、貰った石像だけど……」
眼の前には全高百六十後半の石像。
色は白く表面はなめらかで、なかなかに出来の良い作り。広大なレストール家の中庭においても遜色ない、見事な石像だった。
〈え? でも、え? 石……像?〉
メアが小首をかしげるのも無理はない。
何しろこの石像――外見が『リゲル』そっくりなのだ。
柔和な顔つきからほっそりとした体、細めの手足から普段着ている服装まで、まるで鏡であるかのように瓜二つな外見。
〈うわ、うわ、そっくり! まるで鏡みたい!〉
「どうやら先日の『青魔石事変』の後、功労者を称える企画があったらしくて。その一環だよ。『功労者の石像』作り――僕達の石像を作って、売りに出すという商人達の企画だってさ」
〈ふわ~、すごい〉
まったく精魂逞しいとしか言いようがない。先日、街は半壊したばかりだというのに。もう復活、いやそれ以上。
英雄を商売道具にするという彼らの発想には恐れ入る。
〈すごーい、似てる似てる~〉
メアは幽体の体でふわふわ浮きながら石像の周りをくるくる回る。
〈この目、この鼻、この手足! 何から何までリゲルさんそっくり!〉
「いや、あの、メア? 《浮遊術》でどうして逆さまにしているの?」
いきなり幽霊特有の術で石像を逆さまにする少女。
〈あのね、こうしたらリゲルさん像のズボン脱げて、下着見えたりしないかなーと思って〉
「やめてあげて! お人形じゃないんだから! いや、そもそも石像だからそれは無理だよ!」
その前に、例えできたとしても製作者の心を疑う。
どんな心境で男の石像のパンツなぞ作るのかと。
そんなリゲルの心境をよそに、浮遊術をやめてメアは尋ねる。
〈それはそうとして……えっと、功労者? の石像ってことはあたしのもあるの?〉
「うん。話に聞いたところ、一応はあったらしいけどね。すぐ売り切れたらしいんだ」
流石は見目麗しいご令嬢。
男のリゲルはともかく、可憐な容姿のメアの石像は、瞬時に、それも数分で売り切れたらしい。(後に聞いたがテレジアの石像も)
中には三日徹夜して並んだ猛者もいたとか。
その石像の造形は、本物も真っ青になるほどの出来らしく、芸術品になるともっぱらの噂。
しかし、店員曰く、妙に『濃い』人達がずっと並んで、『鑑賞用』『保存用』『予備用』と最低三つは買って在庫はゼロ。一人で十個も買った人もおり、そんなに買ってどうするの? とリゲルは思った。
世の中には色々な人がいるらしい。あえて聞きはしなかったが。そして値段も一つ金貨五十枚と高額だったが。
「とはいえ最大の功労者なのに、僕の石像は微妙に売れ残りでちょっと複雑……」
〈あはは、私が何なら買ってあげようか〉
メアは冗談混じりに楽しそうに笑う。
「ま、それはともかくとして……これ、貰ったはいいけど、どこに飾ろうか?」
〈あたしの部屋でいいんじゃないかな? ほら、夜に寝る前、リゲルさんの顔見て楽しめるもん〉
「いや、あの、君がいいならそれでいいんだけど……ちょっと恥ずかしいね」
夜、うら若き乙女が自分の石像を見つめながら寝るとか言われて、ちょっとリゲルとしてはむず痒い。
彼女が喜ぶならいいが、出来れば遠慮してもらいたい。
〈まあいいいいじゃない。じゃあそういうことで。毎日リゲルさんの石像抱いて寝るよー!〉
「いや、あのね、メア。きみ幽霊だから石像抱いて寝れないよ?」
というツッコミは、メアの笑顔に掻き消された。
明けて翌日。
〈大変だよ大変だよリゲルさん!〉
朝っぱらから大音響で慌てて部屋にやってきたメアに、リゲルが眠そうな目を向ける。
「何朝からいきなりどうしたの……ごめんメア、昨日夜遅くまで鍛錬してたから、眠くて……。用なら後に……」
〈それはごめんなさい! でも大変なんだよ見てリゲルさん!〉
慌てる勢いそのままに、メアは背後を振り返るや、浮遊術で騒ぎの元凶を前に出す。
「これは? ……昨日の、石像?」
〈そう! 何とびっくり、心して聞いてね、リゲルさん、なんと……!〉
メアは一拍溜めて心底驚きを込めて言った。
「この石像、昨日の夜に勝手に動き出しちゃったの!〉
「……」
リゲルは真顔で、まばたきをした。外でスズメがチュンチュン鳴いていた。
「……あの、ごめんメア。僕眠いからもう少し寝るよ……?」
〈待って! 呆れて寝ないでリゲルさん! あのね、昨日! 夜に! 私が寝る直前にね、何か部屋の石像がボワーって光ってると思ったら、ズゴゴゴゴ、っていきなり動き出したの! そしたら、変な動作するし、何か執事みたいな事するし! もう大変!〉
「あー……?」
身振り手振りで昨夜の異変を伝えるメアに、リゲルは眠そうに言う。
「疲労か何かで寝ぼけてたんじゃないの? そんな、石像が動くわけないよ。そんな機能あるとも聞かなかったし」
〈本当なんだって! いきなり、かしずいたと思ったら紅茶入れてきたんだよ! あたし、幽霊だから飲めないって言ったら絵画描き始めるし……! 何かすごく私に尽くしてくれるの、この石像!〉
リゲルは一秒考え二秒考え、眠気に負けてベッドに倒れた。
「そのくらいなら現実でも問題ないと思うよ。いいことだと思うし」
〈あの、話は最後まで聞いて! ……あ!?〉
布団に包まりおやすみー、再び夢の世界へ旅立とうとしたリゲルだが、寸前で石像が動き出した。
夢ではない。確かにゴゴゴと駆動音を出しリゲルの横まで移動。まるで滑らかな人形のように、リゲルのベッドに手をかけると、
「うわ、えええあ!?」
寝ているリゲルごと、ベッドをひっくり返した。
「うわ、え? 何事? メア、君《浮遊術》で僕を叩き起こそうと……?」
〈違う! 私じゃないよ、この石像が!〉
言うや、石像はまるで威嚇するかのようにリゲルの前で両腕を広げていた。
その様相、まさに迷宮のゴーレムの如し。
「どうして僕の買った石像が僕に危害を加えるのかな?」
〈な、なんか石像の服の隙間に、説明書あったんだけど、読んでみたら――〉
『この石像は、主認定した相手を命がけで守るように行動します。主の意にそぐわない事が起きた場合、対象を撃退します』
〈って書いてあったんだよ!〉
「なにそれ迷惑な機能! ……ま、なかなか素敵な機能だね。でも僕が安眠を妨害される理由にはならないよ?」
〈えっと、その……えっと、それでね、あの……〉
メアは急にどもりだした。
リゲルはとても嫌な予感がする。
「……まさかとは思うけどメア、昨日、石像の前で『もっとリゲルさんと接したいな~』とかそういうことを思わなかった? それで石像がその意を組んでこうなったとか、ないよね?」
〈ごごごごめんなさい~~~~!〉
「やっぱり君が原因かよ!」
リゲルは思わず呻いた。
「ということは何かな? 僕は、迷宮探索で疲れているのに、街へ散策して、君と一緒に、楽しい瞬間を過ごさないといけないと? 眠いのを我慢して、そういうわけかな?」
〈ごごご、ごめんなさい! 怒らないで~~!〉
いや、まあ別にそれ自体は悪くはないけれど。
石像が。
のっぺりとした石像が。
リゲルの前で威圧的に立ち、『早くしろ』『早くしろ』とばかりに佇んでいるのは、勘弁してほしかった。
「というわけで街中だよ」
活気も活気、皆が買い物、芸、呼び込みで賑々しい大通り。
リゲルは、メアと共に石像を連れ散策していた。
「一応聞いておこう、メア。お願いは撤回出来ないの?」
〈なんか試作品らしくて。この石像、一度設定した願いは叶えないと終わらないらしいの〉
「なんてことだ。あの店員め」
いや、知らなかったという可能性ももちろんある。作ったのは職人であるし。そうでもあるが、これとそれとは話が別。
今度料金割増にしてもらおう、うん、絶対だ。
そう、リゲルが心に決めていた時。
周囲から、ざわめきが聴こえてきた。
「おい見ろあの石像……」
「自分の石像と並んで歩くとか、なかなかの勇者だな」
「さすがは街の英雄、すげえぜ!」
さっきから街の人々の視線が恥ずかしい。
注がれる好奇の視線、視線、視線。
出来れば早く終わらせて屋敷に帰りたい。
「ああ、僕達が注目の的に。……それで、メア、具体的には僕は何をすればいいの? もしかすると君に『あ~ん』とか、一緒に水辺で『きゃっきゃウフフ』とか、『膝枕で耳掻き』とか、そういう事をするんじゃないよね?」
〈あはは……そこまではさすがに望まないよ。……出来ればやれたらいいかなぁとは思ったりするけど〉
ゴゴゴゴゴ、と、そのとき石像が不吉な音と共に駆動した。
目がきらーんと青く光っている。
「……ねえ、あの、まさかとは思うけど、メア」
〈うん〉
「今ので石像が『あ~ん』と『きゃっきゃウフフ』と『膝枕耳掻き』をお願いとして認定したとか?」
〈しちゃったみたいだね!〉
「感度良すぎるでしょ! 今の雑談でしょ!? そんなので願い認定とかどういう……! ああもう、確かに僕があげた石像だけどさ……責任は僕にもあるけど! さすがにあ~んとか、きゃっきゃとか! それはともかく膝枕って何? 君幽霊だよ出来ないよどうすれば!?」
〈前に『九宝剣』で膝枕したけどそれは〉
「やめて駄目絶対!」
メアは幽霊なので当然ながら膝枕は出来ない。
とするとリゲルは石像に粉砕されて死ぬしかないのだがまさかここで人生終了する羽目になるのだろうか。
心配してくると石像が『早くしろ』とばかりにリゲルの視界に入ってくる。
自分の顔でこれほど急かされるのはちょっと勘弁してほしい。
「し、仕方ないな……わかったよ、やろう」
〈え。やるの、リゲルさん、死んじゃうの?〉
「死なないよ! とりあえず膝枕は後回し。先に最初の二つをやろう」
そういうわけでリゲル達は喫茶店に行った。
「はい、メア、あ~ん」
〈わあ、リゲルさん、ありがとう~。ん~~~、嬉しい~〉
「水辺でメアと水掛け、あはは、楽しいな!」
〈リゲルさん顔ひきつってるけどわーい、楽しいよ! きゃはは!〉
「おい見ろ! 街の英雄殿がゴースト少女と共にデートしてやがるぜ」
「く、羨ましい……っ、あんな美少女と楽しそうに!」
「だがそこに痺れる憧れるぅぅぅぅうぅ!」
めちゃくちゃ恥ずかしかった。
だがやらないと石像が急かすので他の場所にも行けなかった。
街の喫茶店と人工池と、いくつかの店を行ってリゲルは疲れた。
ちなみにあ~んはメアが食えないので気分だけ。匂いだけだ。リゲルはチョコレートアイスを食べさせられて若干お腹いっぱい。
「メア、こんな時にジャンボアイスを注文する君を僕は尊敬するゲップ」
〈ごご、ごめんなさい。でもリゲルさん朝ごはんも食べられなかったから〉
「だからといって三人前に匹敵するアイスを注文する必要はなかったと思うんだゲップ」
〈リゲルさんのゲップが当たる……! でも匂いがちょっとチョコ混じって香ばしい……!〉
幽霊なので食べられない代わりに、誰かが物を食べるシーンが好きなメアを否定する気はない。ないが、この状況はちょっと困る。相変わらず石像はゴゴゴとうるさいし、衆人の目もいたたまれない。
「ま、災難だと思って多少は我慢しよう。さて最後は膝枕で耳掻きだね。どうすればいいかな……」
「それが問題だよね」
ゴーストなメアは当然ながら触れられない。
耳掻きは《浮遊術》で出来るが膝枕は無理だ。
「いっそ石像にあきらめてもらうとか」
〈無理っぽいよ。だってこれ一度受けた願いは撤回しないって書いてある〉
「破壊すれば良いんじゃないかな」
〈頑丈さにかけたは大陸一とか、書いてあったよ〉
「無駄に職人頑張りすぎでしょ! もっとヤワでいいんだよ?」
この街の職人は腕はいいがこんな所であだになる。人生何が足を引っ張るかわからない。
「あとはそうだなぁ、ううん……」
〈……あ、いっそリゲルさんも霊体になって耳掻きする、とかどうかな?〉
メアが冗談交じりに言った直後だった。
ゴゴゴゴゴ、と、石像が目を光らせて駆動した。
「ちょっとメアァァァァ! 君はなんてことを! 今ので願い受理されちゃったよ!」
〈え、あれ? うわあああああ、ごめんなさいごめんなさリゲルさん~~~!〉
目を光らせ、大仰に動き回る石像。
しかし数秒もすると、突如石像はおとなしくなった。
どうやらリゲルが霊体となるのは、この場では不可能と判断されたらしい。
死んだりしたらメアが悲しむなど、そういう理屈だろう、ゆえに沈黙をしたのだ。
「た、助かった……かな……?」
〈でも耳掻き自体は終わってないよね……? どうしよう〉
この場で石像がまだついてくるということは、願いが全て完了したわけではない。
だとするとこの場でメアが耳掻き出来る手段があるはずだが、すぐには思いつかない。
「……あとはメアがその石像に憑依して僕に耳掻きする、とか?」
〈あはは、面白い案だけどそれは無理だよ~、だってリゲルさんの格好でリゲルさんを耳掻き……絵面的にちょっと〉
ゴゴゴゴゴッ、と。
また石像が盛大に動き出した。
「ちょっとメア――――――!?」
〈きゃ~! 今のはリゲルさんが言ったのに~!?〉
「面白いと言ったから受領が……っ、あ、何してるのメア? 石像に取り憑く気? 無理だよ、だって石像だよ? 僕の格好した僕の分身が、耳掻きだよ? 本気なの? 膝枕するの? 僕の石像に取り憑いて……? 待っ……それってどんな拷問――」
〈ごめんリゲルさん、耳掻き、してあげるから〉
そして数秒後、願いは実行された。
アッ――――――! と、リゲルの悲鳴が響き渡った。
人生初の膝枕耳掻きは、自分の姿の石像に、中身が幽霊の女の子という貴重な体験をしたリゲルだった。
数分後。
〈やった、石像が完全に止まったよ!〉
「よし封印! これは屋敷に持って帰って、固く封印するよメア!」
売るのも考えたが一応高価だしいつか役に立つときもあるだろう。
その時を信じて、とりあえず屋敷の奥深く、宝物庫にしまいこんだリゲル達だった。





