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番外編  テレポートで大騒ぎ

『レストール家』の屋敷でリゲルはくつろいでいた。

 この屋敷での生活にもだいぶ慣れた。当初こそ、広く高価な調度品溢れる空間に気後れしたが、数日も経てばかなり慣れる。

 護衛の騎士が何人も行き来し、料理人やら庭師などが仕事に勤しむ風景ももはやお馴染みの光景。

 『青魔石事変』が終わってからというもの、忙しさもあって、すっかり貴族の家で暮らす事も慣れていた。

 ――そんな、ある日の午後だった。

 

〈ねえねえリゲルさん! これ見てこれ!〉


 壁を通り抜けながら、幽霊少女は嬉々としてやってきた。


「どうしたのメア? そんな嬉しそうな顔して」

〈大発見! 凄いお宝発見したよ!〉


 幽霊ゴースト少女は、目の前に手のひらに乗る程の小瓶を掲げた。

 《浮遊術》によって浮かされたそれを見せつけたそれには、薄緑色をした何かが入っている。


「これは……何だ? ――薬?」

〈うん、『転移秘薬』だよ! 屋敷の倉庫で見つけたの! 何か役に立つかな?〉


 見れば、彼女の持ってきた小瓶には、薄くそんな文字が書かれている。

 転移、というと、思い当たるのは一つしかない。


「もしかして、どこかへ『空間移動』出来る魔術具?」

〈そう! お父様の倉庫から見つけたの! 中でもこれは大事そうに仕舞われていたから、きっと秘宝だよ!〉


 メアの実家レストール家の屋敷の中は、リゲルは購入したが、まだ未探索の部屋もいくつか残っている。

 《錬金王》アーデルに破壊された物も多いが、無事な物も残っている――これはそのうちの一つだろう、小瓶の中から伺える魔力は、かなりのものだった。


「使えるものだとしたらお手柄だよメア、ちょうど探索に役に立つ物を探していたんだ」

〈ほんと? やった!〉


 迷宮の探索には、とにかく危険がつきまとう。

 不意の遭遇戦、魔力切れ、武器破損、なにより――敵の増援。『特進種』などもいる。

 不意の事態に、対処出来るものがあるのならこれほど頼もしいものもないだろう。


「さっそく試してみよう。これ、体にかけるの?」

〈判らない。書いてないけど〉


 小瓶の蓋を開けて軽く傾ける。どうやら半液体らしく、ぬめっとした感触の後、冷たさを感じた。


「……体に付着させて使うタイプかな」

〈じゃあ私が塗って上げるね!〉

「待った! 念の為《鑑定》の魔石を使ってから」


 危険な物だったら目も当てられない。ゆえに、リゲルは《インプ》の魔石を使って、その効力を確認した。



【転移魔術具。付近の場所へ空間移動する。最大距離、5000メートル。連続使用は一日に10度まで】



「へえ……すごいな。なかなかの代物だ」


 調べて見るとそれはかなりの効力を持った魔術具だ。金貨にして、数百枚は下らない。ランク黒銀以上――上級と呼ばれる探索者が使うに相応しいものだ。

 『転移』の魔術具なら、特に重宝する。

 迷宮で、逆に敵の死角に回り込み、奇襲。あるいは幻惑など――様々な攻撃も出来る。『魔石』を使わずとも戦える、まさに便利な一品だった。


「問題ないみたい。メア、試しに塗ってくれる?」

〈うん! 優しくやってあげるね!〉


 メアが『浮遊術』でリゲルの手に塗っていく。

 なかなかの好感触だ。器用に手のひらサイズの半液体を広げて、リゲルの手に塗っていく。


〈お客さん、気持ちいいですか?〉

「何でマッサージ店のものまね? まあいいや。うん、これで……」


 リゲルは塗りたくられた薄緑色のそれを、軽く握ってみた。

 魔術具には大きく三つのタイプが存在する。

 持っているだけで効力を発揮するもの、呪文を唱え発動するもの、念じれば効果を発揮するもの、どうやらこれは三つ目らしい。


〈転移、というくらいだから行き先を思い浮かべればいいのかな?〉

「そうだね。よし、じゃあ試してみるよ」


 試しにリゲルは、別の部屋のミュリーの部屋を思い浮かべた。

 手のひらの半液体が淡く発光する。

 薄緑の光が拡散、凝縮。空間が歪み、リゲルとその周囲数センチが陽炎のようにぼやけ――。

 リゲルは、消えた。

 

 ――行った先では、ミュリーが着替えをしている真っ最中だった。

 

「きゃあっ!?」

「うわ、ごめんミュリーっ!」


 たわわな胸、そして雪のような柔肌。それらの少女の姿が目に焼き付いた瞬間、リゲルは慌てて元の部屋をイメージして戻った。


〈お帰りなさいリゲルさん! 凄いよ、うまく消えた!〉

「ああ、うん、そうだね……」


 リゲルは乾いた笑いで冷や汗だらだらである。


〈? どうしたの?〉

「いやね、そのね、ミュリーの部屋に行ったら、彼女の着替え中で」

〈なんだそんなこと? 転移が出来た喜びに比べれば、大した事ないよ!〉

「いやあるよ!? 可憐な少女の着替えに乱入したんだよ? 僕はなんて罪を……」


 直後、ミュリーの護衛をしている騎士が訝しげな顔をしてやって来た。


「失礼します、リゲル殿、ミュリー様が何か着替えを覗かれたと言っているのですが……」

「誤解です、すみませんわざとではないんです……」

「何やらいきなりリゲル殿が現れ、着替えを見たらしいですが……」


 慌ててリゲルはミュリーの元へ行き事情を言って謝った。苦笑して許してくれたが、その頬は少しばかり赤かった。

 『いえ、見せるのは恥ずかしくないですけど……いえ、やっぱり恥ずかしいですけど……』とめちゃめちゃ恥ずかしそうだった。

 それはさておき。


〈ほらほら、ミュリーも別に嫌じゃなかったから結果オーライ!〉

「……そういう問題じゃないよ。いや、メアは着替え覗かれても平気かもしれないけど」

〈あたしはそもそも幽霊だから着替えする必要もないよ?〉


 ともあれ。部屋に戻るなりう疲れた表情のリゲル。やれやれと溜息を吐く。


「まあ、ともかく……転移は本当らしいね。これで、迷宮で役に立てる」


 まだ転移距離と発動制約を確かめなければならないが、うまくすれば大きな戦力アップに繋がる。

 魔物相手の奇襲の他、攻撃の回避、緊急離脱、幻惑……用途は幅広い。


〈じゃあもう一回試してみようよ! もっと習熟しよう!〉

「そうだね、何度か試してみよう」


 秘薬は一度塗れば効力を発揮出来るらしく、一度使った後でも魔力は感じられた。

 なのでリゲルは再度、今度はミュリーの部屋ではなく、街の広場を思い浮かべ、転移を試みた。

 

 ――瞬間、今度は踊り娘の『着替え室』に飛び込んでいた。

 

「きゃああああ!?」

「な、なに!? 覗き魔っ!?」

「うわ、違う、すみませんすみません……っ」


 慌てふためき元の部屋に戻るリゲル。

 

〈おかえり! また消えたね、すごーい……あれ?〉

「また着替えの只中だっよ。今度は踊り娘の劇場で胸凄かったよ!」


 脱力してぐったりするリゲル。

 まぶたのうらにでかい乳やら尻やらが浮かんで困る。


〈また美味しい思いが出来たの?〉

「違うから! ……いや、何だろうこれ。おかしいな。広場を浮かべたはずなのに。イメージを間違ったかな?」


 ミュリーの着替え姿が強烈で、後を引いたのかもしれない。

 ――踊り娘のお姉さんの裸見たいなんて願望が現れたなんて思いたくないが。


「気を取り直して、もう一度やってみようか……」

〈頑張ってリゲルさん! 三度目の正直だよ!〉

「応援ありがとう、じゃあ行ってくる」


 そしてリゲルは秘薬に念じて消えた。

 

 ――今度は、うら若い女性探索者が『風呂』に入っている所に転移した。

 

「いやあぁぁ!? だ、誰か――! 誰か――っ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」


 土下座して平謝りして瞬時に転移して戻るリゲル。

 

〈お帰りー、今度こそ思い通りの場所に行って、〉

「何故だ! どうして僕は着替えやら、風呂やらの場所ばかり行くんだ!? 壊れているんじゃないかこれ!?」


 リゲルは珍しく声を荒げた。

 マジで困惑している時の証である。


〈リゲルさんが色欲で女の人の全裸見たいからじゃ……?〉

「違う! いや無いから! そりゃあ……僕も人並みには色欲とか色々あるけど時と場所は選ぶよ! 一体何なんだこれ……」


 メアがぽんと手を叩いた。


〈英雄色を好むって言うし、あたしは別に普通だと思うよ〉

「あのねメア、僕は英雄ではないしそもそも望んでないからね? ミュリーの裸以外は興味ない」 

〈大胆発言! 今度ミュリーに言ってみよう〉

「やめて! 頼むから余計なことしないで! それにしても――」


 偶然か、故障か。ともかくこの秘薬を使うのは危険過ぎる。

 一応、魔力を感じるのでまだ使えそうだが……またどこぞの着替え中なり風呂場なりもっと危ない所に行ったら身が持たない。

 かといって空間転移を捨てるのは惜しい……悩みどころだった。


〈あたしも一緒に行ってあげるよ。それなら平気だと思う!〉

「まあ、そうだね、せっかくだし試してみよう」


 幽霊ゴーストと一緒に転移出来るのか不明だが、ものは試しだ。

 リゲルはメアの霊体の手と自分の手を重ね合わせるようにして、目を閉じた。

 そして二人とも消える。

 

 ――そして、辿り着いた先は、若い夫婦がベッドで『ギシギシアン』している真っ最中だった。

 

「うわああああああああ!?」

「な、なんだ貴様らは――っ!?」

「きゃあああ! ダーリン、あたし見られちゃったぁ!」

〈すごーい……エッチぃ光景……ドキドキドキッ〉


 何故か赤面しつつも凝視するメアと一緒に瞬時に転移して元の場所に戻るリゲル。

 

〈ねえねえねえ! リゲルさん! 凄かったね! 大きな胸と大きなお尻がこう、ゆっさゆっさと!〉

「はいはい凄かったね! いや待つんだメア! 興奮している場合じゃない! これは由々しき問題だ!」


 リゲルは傍らのテーブルをばんと叩く。

 けれどメアは怪訝な顔。


〈何を困ってるの? でも凄いね! あたし初めて見たよ! 人間って、とても官能的になれるんだね!〉


 興奮しながらも頬を赤らめているメア。


「感心してる場合か! ……あぁすみませんメアのお父さん……僕、あなたの娘を、ちょっとエッチな世界に連れていってしまいました」


 天国にいるはずのメアの父は、何だか『別にいいよ』と言っている気がしたが。

 たぶん気のせいなはず。

 頭を抱えてうんうん唸っていると、今度はメアはちょっとだけ不服そうだった。


〈むう……リゲルさんだって凝視していたのに……ちょっと心外だなぁ〉

「いやしてないから! いや多少は見ちゃったけど。そもそもメア、問題はそこじゃないんだ」


 空間転移したイメージ場所と実際に行く場所が違い過ぎる。

 このままでは迷宮で使うのは危険だ。


 その後もリゲルとメアは何度か、『転移』を繰り返したのだが、これが全部駄目だった。

 行水している女性の裸の前に現れたり、個室で服を脱ぎ合っているカップルの眼前に出たり、トイレで用を足している女優の所に行った時は、殺されるかと思った。

 まさに不幸しかない。いい加減、リゲルは疲れた。


「なんだこれ、明らかにおかしいよ。壊れてるよね……?」

〈確かにね。これはちょっと、おかしいね〉


 メアも乾いた笑いを浮かべる。

 転移するたびに、桃色な空間に行くとか冗談ではない。

 これでは迷宮探索以前に、変態行為にしか使えない。

 間違いなく欠陥品、というより問題品だ。


「これ、メアのお父さんが作った代物じゃないの? もしくは買ったか貰ったか。ということはつまり、君の父上は変態行為のためにこれを所持したという事じゃ――」

〈ち、違うよ!〉


 メアが猛然と反論した。


〈だってお父様がそんなことする訳ないよ! いつだって優しく、優雅で、貴族の手本みたいな人だったもの!〉

「……でも、君のお父さんは色々と問題ある品(売ったら呪われるメアの絵画とか)残していったよね? 説得力が……」

〈でででででも!〉


 メアはどもりまくりである。

 リゲルは疑心暗鬼のまま続ける。


「それにだよ? 対外的な紳士性と、と内なる欲望フェチはまったく別物だよ、君の父上は怪しいな。何より魔力の質からすると。この薬、使用済みの形跡があるし。君の父上は。犯罪的な趣味を持ち合わせて、」

〈ちちち、違うから! そんなことないから! ……ないはず。……ないもん。……ないといいなあ」

 

 はじめのうちは否定していたメアだが、段々とその自信が小さくなる。

 確か、彼はメアの絵画を、部屋中に飾りまくっていたはずだ。

 それはもう、小さい時から最近の美少女の姿まで。

 しかも売ったら『性転換する』とかの呪い付きだった。

 まさに親馬鹿というか、もはやただの馬鹿の領域である。


 それ以外に、人に言えない趣味が無かったと、どうして言い切れるだろう。


「君の父上は娘馬鹿で覗き魔で、欲望のためなら魔術具を造ることも辞さない貴族の可能性があるな」

〈あわわ……お父様……あわわ……〉


 メアが狼狽え、目を泳がせて動揺しまくる。


「メア、一つ提案だ」

〈な、な、なにかな?〉

「僕らは今日、『何も見なかった』事にする。いいか? 何も、何もだ。『僕らは何も発見していないし、何も使ってもいない』」

〈そ、そうだね! エッチな現場に転移できちゃう魔術具なんて、存在しなかった!〉

「そうだ! 判っているじゃないか、メア!」

〈あはは、あはははは!〉

「ハハハハハハハハハ!」


 都合が悪いことはなかった事にした。

 その転移秘薬は『見なかったこと』にした。

 これがメアの父親が作ったものなのか、何らかの手段で手に入れたのか、どうでも良い。

 何故そんなものを倉庫に仕舞っていたのかも全て不問。全て忘れる。でないと頭が痛くなりそうだ。全てはは頭の奥に封印する。


「いやー、今日は平穏な日だったね。メアとお茶してただけだった」

〈そうだね! あたし幽霊だからお茶飲めないけど! 美味しいお茶だったね!〉



 そしてその日の夜。

 護衛の騎士隊長、ラッセルが浮かない顔でやってきた。


「……あの、リゲル殿、メア殿。――今日、巷で風呂やベッドやトイレの中に現れた覗き魔がいるとの事ですが、何か知っていますか?」

「いいや全然? へえー、そうなんだ。物騒だね! 僕たちも気をつけないとね」

〈そうだね! まったく世も末だね! 早く犯人捕まるといいね!〉


 リゲルもメアもまくし立てるように言い募る。

 自分たちが当事者のくせして、ずっと彼らはすっとぼけて知らん顔をしていたのだった。



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