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番外編  使用人少女と少年の職業病?

 『職業病』――という言葉がある。

 その職特有の癖、衝動のようなもの。

 自分の意志に関わらず、自動的に体が動いてしまうある種の現象。

 ものによっては微笑ましい――けれど、中には洒落にならないものも存在する。

 《合成》使いリゲルによって、使用人となった少女、テレジア。そして少年マルコ。

 彼らは、特にその生来も性格もあってか、特にその傾向が強かった。

 

「ちょっとちょっとマルコ! どういうつもり?」


 朝から通りの良い声が廊下に響き渡る。

 新しくレストール家の使用人、美しき少女、テレジアだ。

 彼女は、形の良い眉を斜めにしながら、相棒である少年に呆れていた。


「あたしたちはもう、ボルコス伯爵家の使用人じゃないのよ? いつまでも朝のお祈りは禁止。辛気臭いならやめるべきだわ」

「そうは言ってもねテレジア、長年の習慣はなかなか抜けないよ」

「それはそうだけど……そうなんだけど」


 騒ぎの要因は、マルコがうっかり朝の『お祈り』してしまったことだ。

 以前に努めていた『ボルコス伯爵家』――強化人間を生み出すための厳しい戒律があるかの屋敷では、いくつもの決まりがあった。

 そのうちの一つが『朝の祈り』だ。


 その内容は、主であるボルコス伯爵へ感謝を捧げる、というもの。

 孤児であった自分たちを拾い、強力な《探索者》となるべく、育ててくれることへ感謝すること――それが表向きの名目だ。


 もっとも、マルコもテレジアも『劣等者』との烙印を押され、ただの使用人として扱われていたが。

 朝の祈りだけは欠かさぬよう、強制されていたのだった。


「やっぱりさ、何年もやってると習慣化してさ。もちろん、もう無意味ってことはわかってるよ? でも……昨日も何度もやっちゃったから。つい」

「もう! いつまでも従順に祈らなくてもいいでしょう? あれは、ただの嫌がらせだったわ。そもそも伯爵が偉いと錯覚させるための儀式。あたしたちへ精神的隷属性を促させるための体罰みたいなものよ」

「それは判っているよ。でも……」

「わかっていないわ。あんなのもう忘れて。新しい自分に切り替えるべきよ」

「それはそうだけどね。なかなかね」


 一般的には、優秀な《探索者》を排出している貴族、というのがボルコス伯爵家の評価だ。 

 けれど実態は違う。実情は――『非人道的』な扱いをする悪逆貴族。

 孤児を拾い集め『魔物の因子』を植え付け、強化人間とする。

 そこまでは良い。上手く行けば《探索者》として有望になるし、副作用などもない。


 けれど、一度『劣等』と烙印を押されれば地獄のような日々が待っている。 

 体罰、断食、精神的傷害……そんなものは日常茶飯事だ。

 加えて毎朝、昼、夕刻、夜に伯爵に対する『お祈り』という、強制的儀式まで付随する。


 これは主であるボルコス伯爵に対する感謝と畏敬を表す儀式だ。マルコ達は毎日、日に四度、伯爵の姿を思い浮かべながら、全十四節ある文言を唱せられた。


 知らない者が見たら不気味がる絶対的な掟。

 だが、それももう終わり――リゲルに引き取られ新しい『レストール家』の使用人となったわけだが、それでも長年の習慣は簡単には抜け切らない。


「朝になると反射的に体が動いてしまうんだよねっ。僕もやめるべきとは思うけど」

「それは判っているわ。でもあれを見ると伯爵にマルコが苛められてるのを思い出して辛いの。だから……」

「うん。分かってる。ごめんね、テレジア」


 言ってから、少し言い過ぎたと感じたのだろう、テレジアは先程と打って変わって、弱った顔を浮かべる。


「……ごめんなさい。いくら何でも言い過ぎたわ。あなたが悪いわけでもないのに」

「いいよ。実際、テレジアの言うとおりだから。気持ちまで従属してたらいつまで経っても過去から抜け出せないから」

「ええ……」


 実際、テレジアも今朝、ついつい『お祈り』をしかけて、嫌悪したものだ。マルコの気持ちはよく分かるし、攻めるのも筋違いだろう。


「ごめんなさいマルコ。馬鹿なこと言って……」

「いいよ。当然のこと言ったんだから。……それより、今日も一日、真面目にいこうよ」

「ええ。……そうね。その通りだわ」


 植え付けられた傷や痛みはそう簡単に消えてはくれない。

 だからこそ、リゲルのくれた安住の地で、この『レストール家』で、ゆっくり癒そう。

 そう、考えるテレジアであった。



 ただ、それでひとまず騒動は終わったのだが、終わらないものもある。

 

 昼。テレジアが一人窓際にて。


「ボルコス伯爵さま、我が主さま。愚かな私にお恵みを頂き感謝致します。あなたの慈悲に報い、必ずや崇高な勤めを果たします。私はあなたのために今日も……ハッ!?」


 一心不乱に祈りを行う最中で、ふと我に返ってテレジアは愕然とする。


「さ、さっきマルコにあんな事言ったのに! あたしまでまたお祈りするなんて! これじゃ伯爵の奴隷のままだわ、いい加減、切り替えないと!」


 頭ではダメもう終わったのだと思うのだが、ふとした瞬間に、「あ、お祈りしなくちゃ」と焦燥感に駆られ、気がつけば窓の前で、庭の中で、階段の踊場で祈りの姿勢に入っている。

 土下座に加え、尊敬の文言を唱える姿は、なんとも情けない――傍目にも恥ずかしいのでやめたいのだが、これがなかなか抜け切らない。

 

 三時間後。

「ボルコス伯爵さま、わたくしめを拾い頂きまことにありがとうございます。寛大なる処置に私の心は感謝の念に耐えません。天上の神々の如く慈悲に溢れ、尊きボルコス伯爵さまの感謝のためぇぇぇえ!?」


 テレジアは廊下の壁に頭をぶつけて自分を諌める。

 またふとした瞬間にお祈りしてしまう。もはや呪いじみた事態。


「まずいわ! どうすればいいの!? マルコに言ったのに! ああもうダメ! 勝手に体が! 恥ずかしい恥ずかしい! こんな痴態……さっさと終わりに……」

 


 

 翌日。朝六時。

「ど、どうしたのテレジア? 目の下にクマ作って?」


 まるで《グール》か《リッチ》のような死霊系魔物のようなテレジアに、マルコが驚いていた。


「……寝れないのよ。なんかお祈りの事ばかり考えて気になって眠れないの。昨日なんて十四回お祈りしかけちゃうし、もうクタクタ。寝てる時も飛び起きてお祈りしちゃったし。もううんざりだわ……」

「うわあ……いくらなんでも、うわあ……」

 

 マルコは同情を超えてドン引きである。


「テレジアってじつは真面目だものね」

「じつはとか言わないでよ。真剣なのよ」

「判る。判るよ。僕だって似たようなものだから。……テレジアらしいとも言えるけど」

「私、寝不足でひどいの。顔色も悪いし、肌も荒れるし、目つきだって良くない。正直、あまり人前に出たくないわ」

「そう? でも少しくらいダメでも、テレジア元が綺麗だから平気だと思うけど?」

「えっ!? ……あ、いや、あのね? そうじゃなくて」


 途端に照れの表情を見せるテレジア。


「せ、精神の問題だわ! お祈りなんてもう死ちゃダメなの。もはやこれは呪いなの。まったく、あの馬鹿伯爵! とんま! あんぽんたん!」

「女の子がとんまとか言っちゃダメだよ……」

「とんまはとんまだから仕方ないでしょう!? ……それはそうとマルコ、あなたは大丈夫? お祈り、抜けきったのかしら?」

「ああうん。……それがさ、習慣として身についてたままなんだったんだよね」


 テレジアは苦笑を浮かべた。

 

「やっぱり。……え? あの、今だったって言った? 過去形?」

「うん。色々考えたけどね、結局、テレジアの事をお祈りすることで解決した」

「……え?」

「だから、テレジアのことを考えて問題を解決した」


 さっぱり判らない。

 眼の前の少年が何を言っているのかテレジアはさっぱりだ。


「ど、どういうこと?」

「話は簡単だよ。伯爵に対する部分を、『テレジア』に置き換えて、お祈りするだけさ。毎回、『テレジアが今日も健康でありますように』、『テレジアが怪我をしませんように』、『テレジアがいつまでも元気でありますように』……そうやって、一日四回、全十四節からなるお祈りをして、僕は伯爵のお祈りを克服した」

「うそーっ!?」


 テレジア、驚愕の悲鳴である。


「嘘でしょう!? うそよね? え、ちょっと待って! どうしてあたし――」

「だってテレジアが僕にとって一番大事だから。どうせお祈りするなら、その方がいいと思って」

「~~~~~~~~!?」

「それでも、ボルコス伯爵のお祈りが復活しそうなときもあるけどね。そういう時は、テレジアの笑顔を浮かべて打ち消してる。ボルコス伯爵のいかつい顔じゃなく、テレジアの『綺麗な』顔を浮かべて、僕は乗り越えてる」

「あ、う……(う、嬉しいんだけど……っ)」


 恥ずかしすぎである。まさかそんな方法で乗り越えているとは思わなかった。


「ちょ、ちょっと待って? マルコ? あなた何言ってるか分かってる? はず、恥ずかしくないの?」

「いいや? 全然これっぽちも」


 一片の曇りもない笑顔で断言である。

 そこまで言われると女の子冥利に尽きるが、普通に恥ずかしい。

 先ほどまでの苦悩など吹っ飛んで、ただ『やだ、恥ずかしい、でも嬉しい……!』と照れるテレジアである。


「あ、う、あ……」

「どうして下がるのテレジア? 僕、何か変なこと言った?」

「べ、別に? 変とか、そう言う以前に……っ」

「以前に?」


 マルコはテレジアの顔を覗き込もうとする。


「(ああ、駄目! 駄目だわ! この朴念仁、真っ直ぐすぎる~~~~~~っ!)」


 曇りなき眼でテレジアは、マルコの顔をまともに見られない。

 細いが高位盾使い(ハイシールダー)であるため意外とある筋肉。爽やかな顔立ち。そして何より、自分を何より想ってくれている。

 テレジアの顔は真っ赤。リンゴより真っ赤。――今あたし、顔紅い? 紅いわよね? やだもう! と思って羞恥の極地。


 けれど、肝心のマルコはそんな乙女心にちっとも気づいていない。


「どうしたのさテレジア? やっぱり変だよ? リゲルさんに診てもらう?」

「診てもらうのはあなたの鈍感さの方よ。ああいや、もう、平気よ。……つ、続けたらいいんじゃないの? そのお祈り。あなたのトラウマが消えるのなら。あたしは止めないわ」

「……そう? うん、判った。そうするね。それでさ――」


 一拍だけ、間を開けて、


「テレジアもさ、同じことをしたらどうかな?」

「……え?」


 今度こそ、テレジアは時が止まった。

 それはもう、凍てつく氷の氷像みたいにたいに。


「……どういう意味?」

「ほら、テレジアも困ってるみたいだからさ。僕のこと、『思って』お祈りしていればいんだよ。そうすれば自然と伯爵のことは忘れるでしょ? だから僕とは逆に、テレジアは僕を思い浮かべて、お祈りを、」

「無理ーっ! そんなことしたら私、悶え死んじゃうじゃないの! 無理!」

「ええーっ!?」


 マルコはマルコでそう言われる理由がさっぱりわからない。

 妙案だと思うのに、名案とも思うのに。

 けれど悲しいかな、使用人として真面目に過ごしてきた彼は、鈍いというか朴念仁というか、鈍感王とも言うべき少年だった。


「名案だと思うけど……駄目かな?」

「駄目! あたしが恥ずかしくて死んじゃうわ! そんな……あなたの浮かべてお祈りするとか恥ずかしい……っ」

「そう? でも前はボルコス伯爵の顔浮かべてやってたんだし」

「それとこれとは! 別!」


 でも内心では『それもいいかも……』とか思っている自分が恥ずかしくて。

 けれどそれを認めるのも恥ずかしくて。

 実践してみて、毎日マルコの顔を浮かべて元気になれるのならいいかなー、と想像する自分が乙女すぎて嫌で。

 テレジアは悶死する寸前で、叫ぶしかない。


「も、もう! 変なこと言ってないで、仕事よ、仕事! マルコ、私の方は私でなんとかするから。……いい? この話は、これで終わり!」

「ええー……納得いかないなぁ」


 不満そうな顔のマルコだったが。仕方がない。強制するわけにもいかない。

 納得していないようだったが、彼は頷いてみせる。


「わかった。じゃあもう言わない。……それじゃあ、今日も一日頑張ろうね、テレジア」

「そうね! 早く持ち場に戻りましょう! リゲルさんにサボりって言われてしまうわ!」

「やけに元気だね。うん、それじゃあ」


 言って、微笑して離れていくマルコに対して、テレジアは『はあ……』と溜息してその場に崩れたのだった。



 

 ――やがて。彼がいなくなったところで。


「朴念仁のマルコがどうか鋭くなりますように。鈍感のマルコが敏感になりますように! 無防備に異性に顔を近づける癖がなくなるますように! ……それから……あと何回これ唱えればいいかしら?」


 テレジアが事ある毎に新しい『お祈り』をするようになった事を、誰も知らない。



 ――リゲルを除いて。


「そう言えばテレジア、毎日マルコの名前をブツブツ言ってるみたいだけど、あれはなに?」

「きゃ~~~!? 忘れて! そのことは忘れて! 絶対、マルコには言わないで!」



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