第五十四話 手繰り寄せた勝利
「リゲルさん、メアさん、どうか無事で……」
青魔石騒乱の只中。『レストール家』の屋敷の部屋で、ミュリーは祈り続けていた。
心配そうに、医師として残っていたギルド職員が、話しかけてくる。
「ミュリーさん、さすがにもうお休みになられては? 後は我々が、彼らの帰りを待ちます。それまで少しでも……」
ミュリーはゆっくりと首を振った。
「いえ、大丈夫です。リゲルさん達が無事に帰って来るのがわたしの役割です。皆さんが、安心して帰ってこられるように、その時まで祈ります。だから……」
ミュリーの心象に浮かんだのは、彼らの苦難だ。
強大な敵に立ち向かう姿。
果て無い戦いの連鎖。
それらの果てに――安心して彼らが笑顔をこぼせるように。
楽しく、朗らかな時を過ごせるように。
「ただいま」と――彼らが言える場所を守りたい。
そのために、ミュリーは一刻も早く彼らが帰ってくる事を――祈り続ける。
「ミュリーさん……」
ギルド医師が労るように告げる。
「……判りました。では我々も共に祈りましょう。そして待ちます。彼らが激戦を終えて、帰って来た時――あなたと共に、迎えるために」
「ありがとうございます」
気丈に微笑むミュリーだが、本当は怖い。
体が震える。
恐ろしさに、泣きそうだ。
もしかしてもう二度と、彼らと会えないのではないか――そんな恐れが脳裏を過ぎる。
けれど、負けない。そんな恐怖になど負けない。
彼らは、きっと帰ってくる。
また語り合える。
だから――それを信じ、ミュリーはベッドの上で両手を組み、彼らへと祈る。
――大丈夫です、リゲルさんも、メアさんも。
――みんな、みんな。
――必ず帰って来ます!
不安は消えない。けれど信じよう。
彼らとの温かい時が、また訪れる時を。
笑顔で戻ってくるその時のため――ミュリーは静かに、彼らを想い、祈り、『加護』を、『腕力1・8倍』、『速力2倍』、『思考速度4倍』、『頑強1・8倍』……数多の加護を送り続けていた。
† †
「――おおオオオッ! 行くぞ! 『パラセンチピード』ォォッ!」
マルコが雄叫びを発し、《パラセンチピード改》の青魔石を発光させる。
青白い光が迸り、マルコの全身が『半魔物化』と化す。
それこそが、彼の『切り札』だった。
――数時間前。
『青魔石を――彼に?』
『そうです。リゲルさんの魔石の力もあって、ある程度解析できました。これなら、条件付きで開放も可能でしょう』
決戦前、ギルド参謀長のレベッカと相談した結果、今のマルコならば理性を維持して使えると判断した。
青魔石は『負の感情』があれば暴走するが、想い人である少女、『テレジア』がいれば制御が出来る。
加えて、リゲルの魔石、《キュアコスモス》という『理性』を保つ魔石の力で補助も行う。
短時間ならば運用出来る――そう、判断した上で彼に持たせていた。
† †
起死回生、かつ先陣を切る特攻魔人。
硬い『甲殻』や『棘』を持つ魔人が、雄々しく吠える。
「――絶対二皆ヲ助ける! 邪魔ハさせないっ!」
「フフフフ、飼い犬が主に勝てると思って?」
麻痺効果を持つ『雷槍』を乱発――ユリューナが優雅に回避するがさらに連続放射。
稲光にも似た光輝が幾重にも迸り、『仮面の配下』を打ち据える。
「いまっ!」
テレジアの号令のもと、ギルド騎士七名が一斉に飛びかかる。
それぞれ白銀剣を変性、槍、斧、鞭、ブーメラン、変幻金属とも呼ばれるミスリルが、ユリューナを、仮面の配下を、包囲――殲滅せんと襲いかかる。
〈やあああっ!〉
さらにはメアの『九宝剣』が襲いかかる。空間を切断するような美麗な九本の軌跡が、主を守ろうとした仮面の配下たちを弾く。
ばかりか、ユリューナへと猛進――音速を超え九条の軌跡となって殺到する。
「――焼き払え《フレイムポッド》! 切り裂け《ブラッドプール》! 凍てつかせ《フロストハーピー》!」
さらには、リゲルの攻撃。
猛炎、切断、氷結――三種類の属性を持つ『魔石』を、立て続けに行使。
巨大な威容を誇るランク六、《スカルドレイク》も加え、一気呵成の勢いで仮面の配下大半を吹き飛ばし、奥のユリューナへと迫る。
「ウフフ、滑稽! 滑稽! 地を這う蟻の悪あがきですわ!」
しかし、そのいずれもユリューナに通じない。マルコの『雷槍』はかわされ、ギルド騎士の猛攻は《暴風》で弾かれる。
メアの宝剣は《不可視の波動》でそらされ、リゲルの猛撃は《量子化》で無効化される。
「ダメだっ! やはり当たらない!」
「暴風に量子化とか反則にも程があるわ!」
「臆すな、攻め続ければ好機はある! 攻め続けろ!」
「オオオおォォォォッ! 《パラセンチピード》ォォ、もっと力ヲ寄越セェェェェェッ!」
騎士達が懸命に皆を鼓舞し、メアが、半魔マルコが、『宝剣』と『雷槍』を乱発する。
しかし、ユリューナは美麗にダンスを脅すかのように、それらをかわしてみせる。
時に《暴風》を、時に《不可視》の波動を、時に《量子化》を、巧みに利用し凌ぎ切る。
誰も、ユリューナに傷一つ付ける事は叶わない。
撃った攻撃はかわされるか、すり抜けるか、相殺されるか、そのいずれかのみ。
まるで、霞を相手にしているような空虚。
一撃一撃放つごとに、リゲル達の無力感が重なり、積もっていく。
「くっ、やはり通じないのか……?」
「臆するな! 手を休めた時、それこそこちらの敗北だっ!」
[万象燃えよ、我は炎の使徒、紅蓮の剣を持って、悪を滅す! 『イグニスブレイド』!]
[螺旋舞え、氷河の女神よ、我に凍てつく加護を! 『フローズンブリード』!]
「ヒール! ヒール! はあ、はあ……『ヒールオール』!」
「ウウォォォッ! 貴様だけハ、僕が倒スゾッ! 《パラセンチピード》ォォォォォッ!」
雷槍、火炎の剣、氷結の風、騎士の突撃がユリューナへ雪崩れ込む。
けれど、それらを軽くいなしてユリューナはあざ笑う。
愚かな人間など、取るに足らないと。
虫けらは虫けらの如く、滅べと。
笑い、嘲り、見下しながら――彼女は《暴風》で逸らし、《不可視》の波動で弾き、《量子化》で、全員の攻撃を回避する。
「あ……」
やがて、騎士の一人が疲労が祟り、体勢を崩した。
その隙にユリューナが《暴風》で吹き飛ばす。石柱に激突させそれを助けようとした別の騎士二名が、さらに怒りに駆られた別の騎士三名が、まとめて《波動》で地面へ押し潰されていく。
「ぐああっ!」
「待って! 今助けるわ! ヒールオー、」
「だから。回復役が隙を見せてはダメですわ?」
テレジアが全員を回復しようとしたその刹那。
ユリューナが不可視の《波動》を放った。彼女の背後、真下、真上、真横五箇所から同時に襲わせる。
テレジアはかわせない。全身を打たれる。一瞬で意識を刈り取られ、地面に倒れ伏す。
「――テレジアァァァァァッ!」
激昂したマルコが、全身に棘や甲殻を生やしながら突撃するが――。
「ふふ。感情が暴走した人間は、最も御しやすい」
突撃を笑いながらかわしたユリューナが、すれ違いざま、《暴風》を至近距離から打ち込み、マルコを大きく吹き飛ばす。
軽石のように飛んだマルコが石柱をいくつも激突し、破壊していく。遥か彼方の地面へ落下する。轟音と共に崩れ落ちる。
さらに、ユリューナの追い打ちの《暴風》――十八本の『槍』が、彼へ叩きつけ地面が陥没する。
「う……グ、グアァ……ッ!」
「――さて! これであとは三人!」
「させませんぞ! メア殿! 援護を!」
残った護衛騎士マーティンが、白銀剣を大剣へと変えて特攻。メアが円環、直進、幻惑を織り交ぜ『宝剣』を飛ばすが――。
「フフフフ! それも――愚かですわ!」
《量子化》でかわされ、マーティンも《暴風》で吹き飛ばされる。メアの放った『九宝剣』ですら、《暴風》で軽々と吹き飛ばされた。
スカートの中に隠しナイフを持ったメアが、奇襲で放つ――が、それも《量子化》で無効化。《量子化》は破れない。
追撃しようとしたメアが《波動》を受け、遥か後方へ飛ばされる。
〈きゃああああ!〉
「ははは! ははは! ブザマ! ブザマ!」
ユリューナが、哀れに吹き飛ぶ幽霊少女をあざ笑う。
直後、その紅い瞳を輝かせ、艶然と微笑み、リゲルへ向き直る。
「――さあ、残るは貴方だけ。覚悟は出来まして? 哀れなる魔石使いさん」
「君は――」
見る者を引きつけてやまない、蠱惑的な笑み。
これが、精霊の極地。
これが、古代の種族の実力か。
正直、リゲルの心が震える。この強さ、この威圧、この余裕――。
全て、今まで戦った相手とは格が違う。
仲間を全員打倒され、万事休す。まさに必敗の状況。
普通なら、撤退すべき状況だろう。
けれど、リゲルは負ける気がしない。
彼には、疑念があったから。
先の戦闘、明らかにおかしい点があったから。
――騎士の攻撃、メアの宝剣、リゲルの魔石……それらは容易くいなしたユリューナ。
けれど、マルコの雷槍だけは、弾くのでもなくすり抜けるでもなく、『避けた』のだ。
リゲルらの攻撃はすり抜けたのに――何故かマルコの雷槍だけは避けた――。
それは何故か?
《量子化》が無敵の防衛手段ならば、避けるのは下策だ。全くの無意味。時間の無駄でしかない。
もちろん、ただの偶然かもしれない。あるいは気まぐれか?
しかし、リゲルは否定する。
ユリューナは何か隠している。マルコに対してだけ、『量子化』しない理由がある。
さらに、疑念はもう一つ。
メアの『九宝剣』は、ほとんどが《暴風》で弾き飛ばされた。けれど、何度か《量子化》ですり抜けられた事がある。
量子化で『宝剣』をかわせるのなら《暴風》を撃つ必要はない。常に《量子化》だけを使えば良いだけだ。
最強の回避手段である《量子化》は、連発すればリゲル達を圧勝するのも可能だろう。
それをしないのは何故か?
舐めきっているからか?
何らかの、制約があるからか?
――だとすればそれは何か?
体への負担? 連発が不可? 魔力の温存? ――いいや、全て違う。
回避出来ない理由――それは、それは――。
「――判ったような気がする」
リゲルは。
《ハーピー》の魔石でユリューナの『暴風』をかわし、静かに距離を取った。
「何が分かったのです? 貴方の敗北が?」
「いいや。――君は、確かに強大な力の持ち主だ。僕らの攻撃は何一つ通じず、逆にそちらの攻撃は当て放題――全く、真性の化物だよ」
「化物だなどと失礼な。ですが……まあ、褒めましょう。貴方だけはそれなりに強いですわ」
ユリューナが勝者の笑みで応じる。
「どう? わたくしの配下になりませんこと? 貴方さえ良ければ、要職に就かせても良いですわ。幹部、軍師、愛人……ふふふ、貴方の『力』――それだけは魅力的。我が野望のため、必ず役に立つことでしょう」
「光栄だね。けれど断ろう。醜い精霊の下僕になるのは、御免だから」
「……いま、なんと言いまして?」
ユリューナの顔が、笑顔のまま凍りついた。
「聞こえなかったのかな? 断ると言ったんだ。ユリューナ、君の配下になどならないよ」
「に、に、に……っ」
ユリューナの笑顔が、硬直したまま怒りへと変じていく。
「人間如きが! わたくしの栄誉を断ると言うのですか!? 愚かな……っ!」
「そうじゃない。僕は自分の力を誤魔化すペテン師には、死んでも屈さないと言っているだけだ」
「――ペテン師?」
ぴくり――と。ユリューナの眉が初めて明確に震えた。
「……それは、どういう意味ですの?」
「分かっているだろう? 君は、稀代の『詐欺師』だ。己の強さを誇張し、己の存在を擬態し――あまつさえ僕らに、『偽り』の恐怖を植え付ける。最初は騙されたけど、とんだ見掛け倒しだったね」
「何を……何を言っているか、判らないですわ?」
プライドを刺激され、彼女は静かな怒りを灯す。
けれど、リゲルはそれで確信を抱いた。
――やはり、彼女は――。
「考えても見ればおかしな事だ。《暴風》に、《不可視》の波動に、《量子化》での回避……なるほど強力だ。『精霊術』だっけ? 君の力が本当に完全無欠ならば、君はこの世で最強だろう」
「その通りですわ。わたくしは『精霊』。人類の上位者。――貴方たち下等な存在より、遥か高みの存在――」
「でも残念だね。隠すならもっと上手くやるべきだった。戦い慣れしていないツケが、回ってきたね」
「……どういう意味でしょう?」
言葉尻だけは強気だが、ユリューナが一歩分だけリゲルから下がった。
警戒心にまみれた瞳。
得体の知れない者への恐れ。
それを見て――リゲルは強く確信する。
彼女の欺瞞を。
嘘を。
焦りを。
決して彼女に勝てない――そんな事は、偽りだという、確信を。
「君の『精霊術』は、攻撃も回避も全てに置いて隙がない。けれど、一つだけ綻びがあったね。それが、マルコの『雷槍』への対応だ」
ユリューナが警戒に目を細める。
リゲルは、マルコが吹き飛ばされた方を見つめながら、
「いかなる攻撃もいなす君が、マルコの雷槍だけは『避けた』。何故かな? 精霊術とやらが本当に魔術を超えるものだとしたら、それはおかしな事だ」
「所詮は劣等種の考察。――それは単なる『気まぐれ』ですわ。わたくしが、ただ戯れただけに過ぎません」
「そうかな? だとしたらおかしな話だね。君がマルコから放たれた雷槍は、『合計五十三回』だ。それだけの攻撃、全て気まぐれで割けたなら不可解だ」
「何を……」
「まだあるよ? 君はメアの『宝剣』は、《暴風》で多くを弾いた。けれど何回かは《量子化》で凌いでいた。何故かな? 《量子化》が最高の精霊術なら、そんな事は必要ない。《暴風》など使わず、ただ《量子化》だけを連発すればいい」
「――。それは」
「まさか、魔力が勿体無いから節約した――なんて情けないこと言わないでよ? 君はそれほど消耗している様子はない。なら何か? その要因は――」
「その減らず口を閉じなさい!」
ユリューナが《暴風》で攻撃した。だがそれを読んでいたリゲルは《ハーピー》の魔石で避けた。
「君の嘘の綻び二点に共通するもの……それは、『認識』だ。メアの宝剣は基本、《暴風》で凌いだ。けれど、凌げなかった時もあった。それは全て――君が『視認』出来ていない時だった」
ユリューナが《暴風》でリゲルを付け狙う。しかしリゲルは《ガスト》の魔石で煙を出しつつ回避する。
「君は『宝剣』に関しては、完全に見切っていた訳じゃない。激しいメアの『宝剣』に、対処し切れなかった事もある。だから自動で《暴風》が発動した。君は、最低でも《量子化》では『視認』する必要がある」
ユリューナがさらに《波動》を放つが、リゲルは《マッドカメリオン》の魔石で姿を擬態しくらましながら、語りを続ける。
「だとするとおかしな事態になるね? 君は《量子化》で攻撃をかわす事が出来る。けれど、何故かマルコの『雷槍』はかわしている。――マルコの攻撃は単調だ。殺意や目線等から察知は容易。けれど君はなぜか、『避けた』」
辺り構わず《暴風》を解き放つユリューナだが、リゲルは《トリックラビット》で石柱の上部へ移り回避する。
「無敵の《量子化》を持ちながらそれに頼らない――いや、出来ない理由――その理由の鍵は、」
リゲルは、かろうじて起き上がっていたメアへと視線を向けた。
「メア、地面を『九宝剣』で砕いて」
「――やめなさい、この愚か者がぁぁぁぁっ!」
激昂してユリューナが、《暴風》を辺り一面に放つ。
だが、リゲルはその場に伏せる。
絶好の攻撃の位置に。
けれど、ユリューナは、何故か追撃の攻撃を撃たない。
いや、一瞬だけ躊躇してしまった。
虫のように、『床』に伏せるリゲルに対し――攻撃をためらった。
ゆえに、リゲルは確信する。
ユリューナの、彼女の強さの正体を。
嘘を。
偽装の正体を。
「メア! 全力で地面を破壊して!」
〈わ、わかった!〉
リゲルの合図と同時――メアが『九宝剣』を床に衝突させた。
ユリューナが叫ぶが、間に合わない。
鋼すら紙切れにする宝剣が――大理石に似た床面を抉る。亀裂が放射状に広がり、床下が崩壊する。
そして現れたのは――大量の――様々な魔物の『仮面』を被った人々だった。
「な……!?」
神父、踊り娘、吟遊詩人、酒場の娘らしき女や子供、商人、道化師、その他多数の人々。
数にして『百人』は下らない。
全て――ユリューナが捕らえ、配下とした人々。その別働隊。
「あ、あ、あああ……っ!」
絶叫するユリューナだが、リゲルは容赦しない。
可能な限りの《咆哮》系の魔石を――『床下』へと乱舞。《ハーピー》や《バンシー》、《マンドラゴラ》、《ローレライ》――数多の《咆哮》系攻撃が吹き荒れる。
地を裂くような轟音が、辺りを揺れ動かした。
床が砕け、次々と倒れる仮面の人間たち。
「ああ……そんな……」
ユリューナが、絶望的な声を吐き出した。
『仮面』の人間達は硬直し、昏倒していった。やがてリゲルの放った咆哮系の魔石の力が、全ての仮面の者たちを倒していく。
「これは……」
「じゃあ……これって!?」
「もしかして、ユリューナの強さの『正体』って……」
マルコやテレジアたちが呆然と呟く。
当然だ、床下には多数の『仮面』の者たちがおり――さらに魔術の痕跡もあったのだから。
それは、一つの欺瞞の証拠を意味する。
「これで暴露されたね、詐欺師さん」
リゲルが、微笑と共に勝利を宣言する。
「君の『精霊術』は無敵でもなんでもない。君は、仮面の配下に、『魔術を使わせていた』だけなんだ。
リゲルは確信を得た笑みで続ける。
「《暴風》も、《不可視》の波動も、《量子化》も、全てが『配下の魔術』。『精霊術』なんて嘘っぱち。君は、あたかも魔術を上回る『精霊術』があると見せかけて……僕らをペテンにかけただけなんだよ」
「あ……あ……あ……」
「だから、《暴風》や《量子化》にも認識と発動に齟齬があったし、不自然さがあった。上手く隠していたようだったけど、無駄だったね」
「……ち、違う! わたくしの精霊術は最強! 貴方なんかに……っ」
「さすがに自動で《暴風》とか違和感ありすぎだったよ。『魔力』の反応が君からないのも当然だ。君は、ただ『強者のフリ』をしていただけなんだから。全ては演技だった」
「黙れ! わたくしは最高の『精霊』! わたくしの精霊術は無敵! それを――」
「いつまで最強面してるんだよエセ大精霊。そんなものは戯れ言だろう? 君は、演技力に長けただけのペテン師だ。それも醜悪な。――強力な《暴風》も、厄介な《波動》も、無敵の《量子化》も、全て配下のおかげじゃないか。虎の威を借る狐……とも違う。羊の皮を被った狼の逆。『狼の皮を被った羊』――君自身は何の戦う力もない、ただの弱者だ」
「わたしくしを愚弄するなぁぁぁぁ!」
ユリューナが激昂する。しかし何も起こらない。
彼女の魔術に『予兆』がないのも当然だ。
何故なら『仮面』の者たちが放っていただけだから。
雷槍をかわしていたのも当然だ。ユリューナが予期出来ても、仮面の者たちは予期出来なかったから。
マルコと直接顔を合わせていた差がそこに生まれていたのだろう。
だからかわした。
ユリューナの行動は全て、彼ら『仮面』の者たちの力を借りた演技だった。
「ち、違う! 違うっ! わたくしは……わたくしは最強の精霊――」
「思えばおかしかった。ミュリーだって精霊なのに、自身は強い力を持ってはいなかった。あるならとっくに自分で自分を治していたはずだ。『精霊は、自身の力は強くない』――だから他人と契約するんだ」
リゲルは苦笑とも失笑とも言える笑みを浮かべる。
「君の場合、違う可能性も考えたけど……戦ってはっきりした。君は誰とも契約していないし、精霊自身も強くはない――そして君は、狼の皮を被った羊(愚か者)だ」
「黙れ、黙れ、黙れぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
もはや淑女の余裕もかなぐり捨て、ユリューナは絶叫して《暴風》を使う。
いや、使えなかった。もはや彼女に《暴風》など使えない。
はじめからユリューナの《暴風》は配下の魔術だ。配下たちが《突風》、《強化》、《効果拡大》《遠隔出現》――様々な『魔術』を織り交ぜて作った、『偽りの術』なのだから。
だからユリューナ自身には《暴風》を生み出す力などない。
《波動》も同じ。《量子化》も同様だ。あれらは全て、配下の仮面たちが行った『複合魔術』。
ユリューナは、それをあたかも自分の技に見せかける、『演技』しか出来なかった。
だから、彼女は何も出せない。
メアの『宝剣』すら弾く風など、本当はどこにもないのだから。
――それはまるで、滑稽なパントマイムでもするかのように。
虚しく、差し出した手のひらを凝視して、ユリューナは喚き散らすのみ。
「精霊術……っ! わたくしは精霊術を使えるのですわ! 最強で、最高で、何者にも負けない力を! だからっっ!」
ユリューナが配下を睨みつける。だが仮面の配下たちは全員気絶している。未だリゲルの攻撃の影響から逃れた者はいない。
いや、例え何人かは逃れたとしても、《暴風》はもはや放てないだろう。
多数の人間が力を撚り合わせ、術となす――それが破綻した今、配下の一人が二人回復したところで何も出来ない。
「こんな……こんな……嘘ですわ……」
ユリューナは愕然とする。
ぶるぶると震えて、目を血走らせ、両手を差し出す。
「《波動》よ! 《暴風》よ! あああ、《波動》よ! 《暴風》よ! 何故出ないんですの!? いでよ《暴風》! 《波動》ぉぉぉぉぉぉぉ!」
「愚かだね」
哀れにも、ユリューナは何度も手を差し出すが何も起こらない。
もはや、圧倒的な実力でねじ伏せる精霊の美姫の姿はなく。
そこには、惨めにも自分を強者と思いたがる、愚かなエセ大精霊がいるだけだった。
「悪あがきもそこまでだ。君を拘束する――全てしゃべってもらうよ」
「わた、わたくしは……っ」
護衛騎士の何人かが起き上がる。
テレジアも起き上がり、マルコ共々、皆を回復させていく。
「[癒やしの風を今ここに。吹雪け、『ヒールオール』!]」
「助かった……咆哮使いまくってひどいです、リゲルさん」
「ごめん。でももうじき終わる。このペテン師との戦いも」
「おのれ! おのれ! おのれぇぇぇぇぇっ!」
ユリューナの手が、リゲルに差し向けられた。
「《暴風》ぅぅぅぅぅぅ!」
しかし、もはや何も発動しない。
代わりにリゲルの手が、ユリューナに差し向けられる。
その手には、魔石。《マッドクラーケン》という、『ランク八』の魔石――。
深海の王。海原に巣食う海魔の覇者。ユリューナに敗北をもたらす、凶悪かつ最大の効力を持つ『魔石』の光景がある。
「りょ、《量子化》! 《量子化》すればまだ大丈夫! 《量子化》だわ、《量子化》してよ! なぜ、なぜ出ないの!? わたくしは大精霊! 栄えある強者ですわ! 何者にも屈しない、最強の種族なのに! りょ、量子化ぁ……」
「――終わりだ、ユリューナ。嘘を重ねた罪、その身で償うといい」
「わたくしは量子化ぁぁぁぁ!! 精霊だからっっっ、強いんですのよぉぉぉぉっっ!」
言語能力を逸したユリューナに、リゲルの『魔石』が発動する。
見上げるばかりの、巨大な海洋生物。深海の王。
幾百の触手蠢かせる大海洋生物――《マッドクラーケン》。
極太にして頑強。魔力の塊。その、一振り家屋ほどもある触手に捕らえられ、ユリューナは喚き散らす。
だが、もはやもがく彼女には何も出来ない。
《暴風》も。《不可視の波動》も。《量子化》も。
全ては偽りの技。口先でしか強さを発揮できないペテン精霊は、巨大な触手に締め付けられ――。
「わたくしはぁぁぁぁぁぁぁ――あ……」
そして、あっさりと、その意識を喪失してしまった。
それが、嘘に嘘を重ねた創成者の最後。哀れにも自分を強者と信じる、精霊女の最後だった。





