表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/167

第五十四話  手繰り寄せた勝利

「リゲルさん、メアさん、どうか無事で……」


 青魔石騒乱の只中。『レストール家』の屋敷の部屋で、ミュリーは祈り続けていた。

 心配そうに、医師として残っていたギルド職員が、話しかけてくる。


「ミュリーさん、さすがにもうお休みになられては? 後は我々が、彼らの帰りを待ちます。それまで少しでも……」


 ミュリーはゆっくりと首を振った。


「いえ、大丈夫です。リゲルさん達が無事に帰って来るのがわたしの役割です。皆さんが、安心して帰ってこられるように、その時まで祈ります。だから……」


 ミュリーの心象に浮かんだのは、彼らの苦難だ。

 強大な敵に立ち向かう姿。

 果て無い戦いの連鎖。

 それらの果てに――安心して彼らが笑顔をこぼせるように。

 楽しく、朗らかな時を過ごせるように。

「ただいま」と――彼らが言える場所を守りたい。

 そのために、ミュリーは一刻も早く彼らが帰ってくる事を――祈り続ける。


「ミュリーさん……」


 ギルド医師が労るように告げる。


「……判りました。では我々も共に祈りましょう。そして待ちます。彼らが激戦を終えて、帰って来た時――あなたと共に、迎えるために」

「ありがとうございます」


 気丈に微笑むミュリーだが、本当は怖い。

 体が震える。

 恐ろしさに、泣きそうだ。

 もしかしてもう二度と、彼らと会えないのではないか――そんな恐れが脳裏を過ぎる。

 けれど、負けない。そんな恐怖になど負けない。

 彼らは、きっと帰ってくる。

 また語り合える。

 だから――それを信じ、ミュリーはベッドの上で両手を組み、彼らへと祈る。


 ――大丈夫です、リゲルさんも、メアさんも。

 ――みんな、みんな。

 ――必ず帰って来ます!


 不安は消えない。けれど信じよう。

 彼らとの温かい時が、また訪れる時を。

 笑顔で戻ってくるその時のため――ミュリーは静かに、彼らを想い、祈り、『加護』を、『腕力1・8倍』、『速力2倍』、『思考速度4倍』、『頑強1・8倍』……数多の加護を送り続けていた。



†   †



「――おおオオオッ! 行くぞ! 『パラセンチピード』ォォッ!」


 マルコが雄叫びを発し、《パラセンチピード改》の青魔石を発光させる。

 青白い光が迸り、マルコの全身が『半魔物化』と化す。

 それこそが、彼の『切り札』だった。



 ――数時間前。

『青魔石を――彼に?』

『そうです。リゲルさんの魔石の力もあって、ある程度解析できました。これなら、条件付きで開放も可能でしょう』


 決戦前、ギルド参謀長のレベッカと相談した結果、今のマルコならば理性を維持して使えると判断した。

 青魔石は『負の感情』があれば暴走するが、想い人である少女、『テレジア』がいれば制御が出来る。

 加えて、リゲルの魔石、《キュアコスモス》という『理性』を保つ魔石の力で補助も行う。

 短時間ならば運用出来る――そう、判断した上で彼に持たせていた。



†   †



 起死回生、かつ先陣を切る特攻魔人。

 硬い『甲殻』や『棘』を持つ魔人が、雄々しく吠える。


「――絶対二皆ヲ助ける! 邪魔ハさせないっ!」

「フフフフ、飼い犬が主に勝てると思って?」


 麻痺スタン効果を持つ『雷槍』を乱発――ユリューナが優雅に回避するがさらに連続放射。

 稲光にも似た光輝が幾重にも迸り、『仮面の配下』を打ち据える。


「いまっ!」


 テレジアの号令のもと、ギルド騎士七名が一斉に飛びかかる。

 それぞれ白銀剣ミスリルソードを変性、槍、斧、鞭、ブーメラン、変幻金属とも呼ばれるミスリルが、ユリューナを、仮面の配下を、包囲――殲滅せんと襲いかかる。


〈やあああっ!〉


 さらにはメアの『九宝剣』が襲いかかる。空間を切断するような美麗な九本の軌跡が、主を守ろうとした仮面の配下たちを弾く。

 ばかりか、ユリューナへと猛進――音速を超え九条の軌跡となって殺到する。


「――焼き払え《フレイムポッド》! 切り裂け《ブラッドプール》! 凍てつかせ《フロストハーピー》!」


 さらには、リゲルの攻撃。

 猛炎、切断、氷結――三種類の属性を持つ『魔石』を、立て続けに行使。

 巨大な威容を誇るランク六、《スカルドレイク》も加え、一気呵成の勢いで仮面の配下大半を吹き飛ばし、奥のユリューナへと迫る。


「ウフフ、滑稽! 滑稽! 地を這う蟻の悪あがきですわ!」


 しかし、そのいずれもユリューナに通じない。マルコの『雷槍』はかわされ、ギルド騎士の猛攻は《暴風》で弾かれる。

 メアの宝剣は《不可視の波動》でそらされ、リゲルの猛撃は《量子化》で無効化される。


「ダメだっ! やはり当たらない!」

「暴風に量子化とか反則にも程があるわ!」

「臆すな、攻め続ければ好機はある! 攻め続けろ!」

「オオオおォォォォッ! 《パラセンチピード》ォォ、もっと力ヲ寄越セェェェェェッ!」


 騎士達が懸命に皆を鼓舞し、メアが、半魔マルコが、『宝剣』と『雷槍』を乱発する。

 しかし、ユリューナは美麗にダンスを脅すかのように、それらをかわしてみせる。

 時に《暴風》を、時に《不可視》の波動を、時に《量子化》を、巧みに利用し凌ぎ切る。


 誰も、ユリューナに傷一つ付ける事は叶わない。

 撃った攻撃はかわされるか、すり抜けるか、相殺されるか、そのいずれかのみ。

 まるで、霞を相手にしているような空虚。

 一撃一撃放つごとに、リゲル達の無力感が重なり、積もっていく。


「くっ、やはり通じないのか……?」

「臆するな! 手を休めた時、それこそこちらの敗北だっ!」

[万象燃えよ、我は炎の使徒、紅蓮の剣を持って、悪を滅す! 『イグニスブレイド』!]

[螺旋舞え、氷河の女神よ、我に凍てつく加護を! 『フローズンブリード』!]

「ヒール! ヒール! はあ、はあ……『ヒールオール』!」

「ウウォォォッ! 貴様だけハ、僕が倒スゾッ! 《パラセンチピード》ォォォォォッ!」


 雷槍、火炎の剣、氷結の風、騎士の突撃がユリューナへ雪崩れ込む。

 けれど、それらを軽くいなしてユリューナはあざ笑う。

 愚かな人間など、取るに足らないと。

 虫けらは虫けらの如く、滅べと。

 笑い、嘲り、見下しながら――彼女は《暴風》で逸らし、《不可視》の波動で弾き、《量子化》で、全員の攻撃を回避する。


「あ……」


 やがて、騎士の一人が疲労が祟り、体勢を崩した。

 その隙にユリューナが《暴風》で吹き飛ばす。石柱に激突させそれを助けようとした別の騎士二名が、さらに怒りに駆られた別の騎士三名が、まとめて《波動》で地面へ押し潰されていく。


「ぐああっ!」

「待って! 今助けるわ! ヒールオー、」

「だから。回復役が隙を見せてはダメですわ?」


 テレジアが全員を回復しようとしたその刹那。

 ユリューナが不可視の《波動》を放った。彼女の背後、真下、真上、真横五箇所から同時に襲わせる。

 テレジアはかわせない。全身を打たれる。一瞬で意識を刈り取られ、地面に倒れ伏す。


「――テレジアァァァァァッ!」


 激昂したマルコが、全身に棘や甲殻を生やしながら突撃するが――。


「ふふ。感情が暴走した人間は、最も御しやすい」


 突撃を笑いながらかわしたユリューナが、すれ違いざま、《暴風》を至近距離から打ち込み、マルコを大きく吹き飛ばす。

 軽石のように飛んだマルコが石柱をいくつも激突し、破壊していく。遥か彼方の地面へ落下する。轟音と共に崩れ落ちる。

 さらに、ユリューナの追い打ちの《暴風》――十八本の『槍』が、彼へ叩きつけ地面が陥没する。


「う……グ、グアァ……ッ!」

「――さて! これであとは三人!」

「させませんぞ! メア殿! 援護を!」


 残った護衛騎士マーティンが、白銀剣ミスリルソードを大剣へと変えて特攻。メアが円環、直進、幻惑を織り交ぜ『宝剣』を飛ばすが――。


「フフフフ! それも――愚かですわ!」


 《量子化》でかわされ、マーティンも《暴風》で吹き飛ばされる。メアの放った『九宝剣』ですら、《暴風》で軽々と吹き飛ばされた。

 スカートの中に隠しナイフを持ったメアが、奇襲で放つ――が、それも《量子化》で無効化。《量子化》は破れない。

 追撃しようとしたメアが《波動》を受け、遥か後方へ飛ばされる。


〈きゃああああ!〉

「ははは! ははは! ブザマ! ブザマ!」


 ユリューナが、哀れに吹き飛ぶ幽霊少女をあざ笑う。

 直後、その紅い瞳を輝かせ、艶然と微笑み、リゲルへ向き直る。


「――さあ、残るは貴方だけ。覚悟は出来まして? 哀れなる魔石使いさん」

「君は――」


 見る者を引きつけてやまない、蠱惑的な笑み。

 これが、精霊の極地。

 これが、古代の種族の実力か。

 正直、リゲルの心が震える。この強さ、この威圧、この余裕――。

 全て、今まで戦った相手とは格が違う。

 仲間を全員打倒され、万事休す。まさに必敗の状況。

 普通なら、撤退すべき状況だろう。


 けれど、リゲルは負ける気がしない。

 彼には、疑念があったから。

 先の戦闘、明らかにおかしい点があったから。

 ――騎士の攻撃、メアの宝剣、リゲルの魔石……それらは容易くいなしたユリューナ。


 けれど、マルコの雷槍だけは、弾くのでもなくすり抜けるでもなく、『避けた』のだ。

 リゲルらの攻撃はすり抜けたのに――何故かマルコの雷槍だけは避けた――。

 それは何故か?

 《量子化》が無敵の防衛手段ならば、避けるのは下策だ。全くの無意味。時間の無駄でしかない。

 もちろん、ただの偶然かもしれない。あるいは気まぐれか?


 しかし、リゲルは否定する。

 ユリューナは何か隠している。マルコに対してだけ、『量子化』しない理由がある。

 さらに、疑念はもう一つ。

 メアの『九宝剣』は、ほとんどが《暴風》で弾き飛ばされた。けれど、何度か《量子化》ですり抜けられた事がある。

 量子化で『宝剣』をかわせるのなら《暴風》を撃つ必要はない。常に《量子化》だけを使えば良いだけだ。

 最強の回避手段である《量子化》は、連発すればリゲル達を圧勝するのも可能だろう。

 それをしないのは何故か? 


 舐めきっているからか?

 何らかの、制約があるからか?

 ――だとすればそれは何か?

 体への負担? 連発が不可? 魔力の温存? ――いいや、全て違う。

 回避出来ない理由――それは、それは――。


「――判ったような気がする」


 リゲルは。

 《ハーピー》の魔石でユリューナの『暴風』をかわし、静かに距離を取った。


「何が分かったのです? 貴方の敗北が?」

「いいや。――君は、確かに強大な力の持ち主だ。僕らの攻撃は何一つ通じず、逆にそちらの攻撃は当て放題――全く、真性の化物だよ」

「化物だなどと失礼な。ですが……まあ、褒めましょう。貴方だけはそれなりに強いですわ」


 ユリューナが勝者の笑みで応じる。


「どう? わたくしの配下になりませんこと? 貴方さえ良ければ、要職に就かせても良いですわ。幹部、軍師、愛人……ふふふ、貴方の『力』――それだけは魅力的。我が野望のため、必ず役に立つことでしょう」

「光栄だね。けれど断ろう。醜い精霊の下僕になるのは、御免だから」

「……いま、なんと言いまして?」


 ユリューナの顔が、笑顔のまま凍りついた。


「聞こえなかったのかな? 断ると言ったんだ。ユリューナ、君の配下になどならないよ」

「に、に、に……っ」


 ユリューナの笑顔が、硬直したまま怒りへと変じていく。


「人間如きが! わたくしの栄誉を断ると言うのですか!? 愚かな……っ!」

「そうじゃない。僕は自分の力を誤魔化すペテン師には、死んでも屈さないと言っているだけだ」

「――ペテン師?」


 ぴくり――と。ユリューナの眉が初めて明確に震えた。


「……それは、どういう意味ですの?」

「分かっているだろう? 君は、稀代の『詐欺師』だ。己の強さを誇張し、己の存在を擬態し――あまつさえ僕らに、『偽り』の恐怖を植え付ける。最初は騙されたけど、とんだ見掛け倒しだったね」

「何を……何を言っているか、判らないですわ?」


 プライドを刺激され、彼女は静かな怒りを灯す。

 けれど、リゲルはそれで確信を抱いた。

 ――やはり、彼女は――。


「考えても見ればおかしな事だ。《暴風》に、《不可視》の波動に、《量子化》での回避……なるほど強力だ。『精霊術』だっけ? 君の力が本当に完全無欠ならば、君はこの世で最強だろう」

「その通りですわ。わたくしは『精霊』。人類の上位者。――貴方たち下等な存在より、遥か高みの存在――」

「でも残念だね。隠すならもっと上手くやるべきだった。戦い慣れしていないツケが、回ってきたね」

「……どういう意味でしょう?」


 言葉尻だけは強気だが、ユリューナが一歩分だけリゲルから下がった。

 警戒心にまみれた瞳。

 得体の知れない者への恐れ。

 それを見て――リゲルは強く確信する。

 彼女の欺瞞を。

 嘘を。

 焦りを。

 決して彼女に勝てない――そんな事は、偽りだという、確信を。


「君の『精霊術』は、攻撃も回避も全てに置いて隙がない。けれど、一つだけ綻びがあったね。それが、マルコの『雷槍』への対応だ」


 ユリューナが警戒に目を細める。

 リゲルは、マルコが吹き飛ばされた方を見つめながら、


「いかなる攻撃もいなす君が、マルコの雷槍だけは『避けた』。何故かな? 精霊術とやらが本当に魔術を超えるものだとしたら、それはおかしな事だ」

「所詮は劣等種の考察。――それは単なる『気まぐれ』ですわ。わたくしが、ただ戯れただけに過ぎません」

「そうかな? だとしたらおかしな話だね。君がマルコから放たれた雷槍は、『合計五十三回』だ。それだけの攻撃、全て気まぐれで割けたなら不可解だ」

「何を……」

「まだあるよ? 君はメアの『宝剣』は、《暴風》で多くを弾いた。けれど何回かは《量子化》で凌いでいた。何故かな? 《量子化》が最高の精霊術なら、そんな事は必要ない。《暴風》など使わず、ただ《量子化》だけを連発すればいい」

「――。それは」

「まさか、魔力が勿体無いから節約した――なんて情けないこと言わないでよ? 君はそれほど消耗している様子はない。なら何か? その要因は――」

「その減らず口を閉じなさい!」


 ユリューナが《暴風》で攻撃した。だがそれを読んでいたリゲルは《ハーピー》の魔石で避けた。


「君の嘘の綻び二点に共通するもの……それは、『認識』だ。メアの宝剣は基本、《暴風》で凌いだ。けれど、凌げなかった時もあった。それは全て――君が『視認』出来ていない時だった」


 ユリューナが《暴風》でリゲルを付け狙う。しかしリゲルは《ガスト》の魔石で煙を出しつつ回避する。


「君は『宝剣』に関しては、完全に見切っていた訳じゃない。激しいメアの『宝剣』に、対処し切れなかった事もある。だから自動で《暴風》が発動した。君は、最低でも《量子化》では『視認』する必要がある」


 ユリューナがさらに《波動》を放つが、リゲルは《マッドカメリオン》の魔石で姿を擬態しくらましながら、語りを続ける。

 

「だとするとおかしな事態になるね? 君は《量子化》で攻撃をかわす事が出来る。けれど、何故かマルコの『雷槍』はかわしている。――マルコの攻撃は単調だ。殺意や目線等から察知は容易。けれど君はなぜか、『避けた』」


 辺り構わず《暴風》を解き放つユリューナだが、リゲルは《トリックラビット》で石柱の上部へ移り回避する。


「無敵の《量子化》を持ちながらそれに頼らない――いや、出来ない理由――その理由の鍵は、」


 リゲルは、かろうじて起き上がっていたメアへと視線を向けた。


「メア、地面を『九宝剣』で砕いて」

「――やめなさい、この愚か者がぁぁぁぁっ!」


 激昂してユリューナが、《暴風》を辺り一面に放つ。

 だが、リゲルはその場に伏せる。

 絶好の攻撃の位置に。

 けれど、ユリューナは、何故か追撃の攻撃を撃たない。

 いや、一瞬だけ躊躇してしまった。

 虫のように、『床』に伏せるリゲルに対し――攻撃をためらった。

 ゆえに、リゲルは確信する。

 ユリューナの、彼女の強さの正体を。

 嘘を。

 偽装ペテンの正体を。


「メア! 全力で地面を破壊して!」

〈わ、わかった!〉


 リゲルの合図と同時――メアが『九宝剣』を床に衝突させた。

 ユリューナが叫ぶが、間に合わない。

 鋼すら紙切れにする宝剣が――大理石に似た床面を抉る。亀裂が放射状に広がり、床下が崩壊する。

 

 そして現れたのは――大量の――様々な魔物の『仮面』を被った人々だった。

 

「な……!?」


 神父、踊り娘、吟遊詩人、酒場の娘らしき女や子供、商人、道化師、その他多数の人々。

 数にして『百人』は下らない。

 全て――ユリューナが捕らえ、配下とした人々。その別働隊。


「あ、あ、あああ……っ!」


 絶叫するユリューナだが、リゲルは容赦しない。

 可能な限りの《咆哮》系の魔石を――『床下』へと乱舞。《ハーピー》や《バンシー》、《マンドラゴラ》、《ローレライ》――数多の《咆哮》系攻撃が吹き荒れる。

 地を裂くような轟音が、辺りを揺れ動かした。

 床が砕け、次々と倒れる仮面の人間たち。


「ああ……そんな……」


 ユリューナが、絶望的な声を吐き出した。

 『仮面』の人間達は硬直し、昏倒していった。やがてリゲルの放った咆哮系の魔石の力が、全ての仮面の者たちを倒していく。


「これは……」

「じゃあ……これって!?」

「もしかして、ユリューナの強さの『正体』って……」


 マルコやテレジアたちが呆然と呟く。

 当然だ、床下には多数の『仮面』の者たちがおり――さらに魔術の痕跡もあったのだから。

 それは、一つの欺瞞の証拠を意味する。


「これで暴露されたね、詐欺師さん」


 リゲルが、微笑と共に勝利を宣言する。


「君の『精霊術』は無敵でもなんでもない。君は、仮面の配下に、『魔術を使わせていた』だけなんだ。


 リゲルは確信を得た笑みで続ける。


「《暴風》も、《不可視》の波動も、《量子化》も、全てが『配下の魔術』。『精霊術』なんて嘘っぱち。君は、あたかも魔術を上回る『精霊術』があると見せかけて……僕らをペテンにかけただけなんだよ」

「あ……あ……あ……」

「だから、《暴風》や《量子化》にも認識と発動に齟齬があったし、不自然さがあった。上手く隠していたようだったけど、無駄だったね」

「……ち、違う! わたくしの精霊術は最強! 貴方なんかに……っ」

「さすがに自動で《暴風》とか違和感ありすぎだったよ。『魔力』の反応が君からないのも当然だ。君は、ただ『強者のフリ』をしていただけなんだから。全ては演技だった」

「黙れ! わたくしは最高の『精霊』! わたくしの精霊術は無敵! それを――」

「いつまで最強面してるんだよエセ大精霊。そんなものは戯れ言だろう? 君は、演技力に長けただけのペテン師だ。それも醜悪な。――強力な《暴風》も、厄介な《波動》も、無敵の《量子化》も、全て配下のおかげじゃないか。虎の威を借る狐……とも違う。羊の皮を被った狼の逆。『狼の皮を被った羊』――君自身は何の戦う力もない、ただの弱者ザコだ」

「わたしくしを愚弄するなぁぁぁぁ!」


 ユリューナが激昂する。しかし何も起こらない。

 彼女の魔術に『予兆』がないのも当然だ。


 何故なら『仮面』の者たちが放っていただけだから。

 雷槍をかわしていたのも当然だ。ユリューナが予期出来ても、仮面の者たちは予期出来なかったから。

 マルコと直接顔を合わせていた差がそこに生まれていたのだろう。

 だからかわした。

 ユリューナの行動は全て、彼ら『仮面』の者たちの力を借りた演技だった。


「ち、違う! 違うっ! わたくしは……わたくしは最強の精霊――」

「思えばおかしかった。ミュリーだって精霊なのに、自身は強い力を持ってはいなかった。あるならとっくに自分で自分を治していたはずだ。『精霊は、自身の力は強くない』――だから他人と契約するんだ」


 リゲルは苦笑とも失笑とも言える笑みを浮かべる。


「君の場合、違う可能性も考えたけど……戦ってはっきりした。君は誰とも契約していないし、精霊自身も強くはない――そして君は、狼の皮を被った羊(愚か者)だ」

「黙れ、黙れ、黙れぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 もはや淑女の余裕もかなぐり捨て、ユリューナは絶叫して《暴風》を使う。

 いや、使えなかった。もはや彼女に《暴風》など使えない。

 はじめからユリューナの《暴風》は配下の魔術だ。配下たちが《突風》、《強化》、《効果拡大》《遠隔出現》――様々な『魔術』を織り交ぜて作った、『偽りの術』なのだから。


 だからユリューナ自身には《暴風》を生み出す力などない。

 《波動》も同じ。《量子化》も同様だ。あれらは全て、配下の仮面たちが行った『複合魔術』。

 ユリューナは、それをあたかも自分の技に見せかける、『演技』しか出来なかった。

 だから、彼女は何も出せない。

 メアの『宝剣』すら弾く風など、本当はどこにもないのだから。


 ――それはまるで、滑稽なパントマイムでもするかのように。

 虚しく、差し出した手のひらを凝視して、ユリューナは喚き散らすのみ。


「精霊術……っ! わたくしは精霊術を使えるのですわ! 最強で、最高で、何者にも負けない力を! だからっっ!」


 ユリューナが配下を睨みつける。だが仮面の配下たちは全員気絶している。未だリゲルの攻撃の影響から逃れた者はいない。

 いや、例え何人かは逃れたとしても、《暴風》はもはや放てないだろう。

 多数の人間が力を撚り合わせ、術となす――それが破綻した今、配下の一人が二人回復したところで何も出来ない。


「こんな……こんな……嘘ですわ……」


 ユリューナは愕然とする。

 ぶるぶると震えて、目を血走らせ、両手を差し出す。


「《波動》よ! 《暴風》よ! あああ、《波動》よ! 《暴風》よ! 何故出ないんですの!? いでよ《暴風》! 《波動》ぉぉぉぉぉぉぉ!」

「愚かだね」


 哀れにも、ユリューナは何度も手を差し出すが何も起こらない。

 もはや、圧倒的な実力でねじ伏せる精霊の美姫の姿はなく。

 そこには、惨めにも自分を強者と思いたがる、愚かなエセ大精霊がいるだけだった。


「悪あがきもそこまでだ。君を拘束する――全てしゃべってもらうよ」

「わた、わたくしは……っ」


 護衛騎士の何人かが起き上がる。

 テレジアも起き上がり、マルコ共々、皆を回復させていく。


「[癒やしの風を今ここに。吹雪け、『ヒールオール』!]」

「助かった……咆哮使いまくってひどいです、リゲルさん」

「ごめん。でももうじき終わる。このペテン師との戦いも」

「おのれ! おのれ! おのれぇぇぇぇぇっ!」


 ユリューナの手が、リゲルに差し向けられた。


「《暴風》ぅぅぅぅぅぅ!」


 しかし、もはや何も発動しない。

 代わりにリゲルの手が、ユリューナに差し向けられる。

 その手には、魔石。《マッドクラーケン》という、『ランク八』の魔石――。

 深海の王。海原に巣食う海魔の覇者。ユリューナに敗北をもたらす、凶悪かつ最大の効力を持つ『魔石』の光景がある。


「りょ、《量子化》! 《量子化》すればまだ大丈夫! 《量子化》だわ、《量子化》してよ! なぜ、なぜ出ないの!? わたくしは大精霊! 栄えある強者ですわ! 何者にも屈しない、最強の種族なのに! りょ、量子化ぁ……」

「――終わりだ、ユリューナ。嘘を重ねた罪、その身で償うといい」

「わたくしは量子化ぁぁぁぁ!! 精霊だからっっっ、強いんですのよぉぉぉぉっっ!」


 言語能力を逸したユリューナに、リゲルの『魔石』が発動する。

 見上げるばかりの、巨大な海洋生物。深海の王。

 幾百の触手蠢かせる大海洋生物――《マッドクラーケン》。

 極太にして頑強。魔力の塊。その、一振り家屋ほどもある触手に捕らえられ、ユリューナは喚き散らす。

 だが、もはやもがく彼女には何も出来ない。

 《暴風》も。《不可視の波動》も。《量子化》も。

 全ては偽りの技。口先でしか強さを発揮できないペテン精霊は、巨大な触手に締め付けられ――。


「わたくしはぁぁぁぁぁぁぁ――あ……」


 そして、あっさりと、その意識を喪失してしまった。

 それが、嘘に嘘を重ねた創成者の最後。哀れにも自分を強者と信じる、精霊女の最後だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ