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第五十三話  創成者との激闘

「ミュリーさん」


 リゲルたちが全ての元凶、ユリューナと決戦に挑んでいた頃。

 レストール家の屋敷。

 語りかけてきた護衛隊長のラッセルに対し、ミュリーは静かな面持ちで振り返った。


「なんでしょう……?」

「不安ではありませんか? 『青魔石』使いが近づいています。必要なら窓を締め、《防音》の魔術などをかけますが」

「いえ、必要ありません。大丈夫です、わたしも、怯えてなどいられませんから」


 レストール家の屋敷へ、幾度も轟音が鳴り響いてくる。

 それは街からの争いの音。距離はあるはずのに、膨大な音は窓を叩き、屋敷の壁を、天井を揺らしている。

 これほどの轟音、大きな闘いが繰り広げられているなど、かつてなかった事だ。

 振動は断続的に屋敷を揺らし、終わる事がない。

 やがて、もう間もなくこちらにも『青魔石』使いが来るだろう。

  

「しかし、我々は貴方の安否を司るようリゲル殿に言われた身です。もしお辛いようでしたら、我々が対処致しますが……」

「ありがとうございます。でも、わたしは大丈夫です」


 騎士の目から見れば、ミュリーは儚げな少女に視えるのだろう。

 だから、魔術で防音や防振を施し、不安を和らげようというのだ。


 しかし、彼女とて『精霊』の一族だ。

 修羅場は何度か潜り抜けてきたし、心が忘れても体が覚えている。

 それに、以前、『仮面の刺客』にも襲われたこともある。

 肝が座っている――などと粋がる気はないが、戦いの音や振動で怯える事は恥と思っていた。


「リゲルさん達が戦っているんです。メアさんも、皆さんが。誰もが命を賭して戦っているのに、わたしだけ目や耳を塞ぐわけにはいきません」

「……なるほど。これは不躾でしたな。申し訳ない」


 ミュリーの声音は、静かでも芯を感じさせる強いものだった。

 ラッセルは苦笑して応じる。


「どうも、あなたの可憐さのせいか、そういう風に思ってしまう」

「いえ。でも嬉しいです。気遣いをもらえて」

「はは、可憐ですな。――さて、我々は防衛に出向かねば。そろそろ、『青魔石』使いが来るようです」

「――あ、少し待ってください」


 部下の呼び出しに動きかけた騎士を、ミュリーは制止させる。


「なんでしょう?」

「これを、持って行ってください」


 そう言って、ミュリーは自分の髪の毛の房をいくつか掴み、抜き取った。

 十数本の髪を掌に乗せ、ふっ、と息を吹きかける。

 瞬間、髪が淡く『虹色』に光り輝いた。


「……これは?」

「『防護の加護』です。精霊の息吹をもって、『身体能力』を強化するお祈りを込めました。数時間だけですが、皆さんの全能力を二倍にします」

「これは……なんと。かたじけない」


 ラッセルは、戸惑いつつも笑顔で受け取った。


「いえ。皆さんで一本一本分けて、持っていてくださいね」

「私共の宝物に致します。たとえ青魔石使いにやられても、これだけは持って死にます」

「そ、そういう冗談はやめてください……っ」


 恥ずかしそうに、ミュリーが顔を伏せる。


「はは。おふざけが過ぎました。……では有り難く頂戴致します。ミュリーさんを守るため、我々は命を賭して屋敷を守りましょう!」

「……命を賭すより、無事に帰って来てくれる方が嬉しいです。一人の騎士も欠ける事なく、全てが終わる事を祈っています」

「そうですな。……では。――小隊! 出るぞ! 総員準備せよ!」


 ラッセルは、黙礼の後、部下に命令を下し、出ていった。

 近づいてきた『青魔石』使いを撃退するために。

 少女の、リゲルの帰る場所を守るために。

 後には静音に満ちた室内――ミュリーは、街の方へ向き、独り手を組み合わせた。


「リゲルさん、メアさん、ギルドの皆さん……どうかご無事で。わたしは、せめて、貴方がたが少しでも叩けるよう、祈りを捧げます」


 呟き、目を瞑り、古代文言を唱える。

 彼らが帰って、安心出来るように。

 笑顔で、その苦労を癒やすために。

 自分には他に何も出来ないけれど――祈る事だけは、出来るから。

 美しき精霊の少女は、ギエルダの街の方向へ祈りを捧げ――この騒乱が早期に終わる事を切に願った。



†   †



「馬鹿な……っ!?」


 漆黒の暴風が飛び交い、視えぬ衝撃波が猛烈なる破壊の風となって吹き荒れる。


「こんな、こんな……!?」


 ギルド騎士の悲鳴が上がる。

 第八迷宮《砂楼閣》。『神殿』の間――その決戦は、一方的なものになりつつあった。


「攻撃が、速すぎる!」

「一つ一つの動作に予兆がない、我らの攻撃が、弾かれ……っ」

「一端距離を取れ! このままでは――ぐうっ」


 一瞬だった。ユリューナへ突貫したマルコ、テレジア、ギルドの護衛隊。

 一撃でマルコが吹き飛び、テレジア、護衛隊が吹き飛ばされ、メアまでも弾かれ――陣形は崩壊していた。


「[――皆を包む優しき光をここへ! 『プロテア』!]」

「闘技、『飛蓮斬』っ!」

「皆! 一端僕の後ろに――くっ!?」


 黒い『暴風』が吹き荒れ、マルコと騎士達を薙ぎ払う。

 まるで黒い竜巻のように、ユリューナの『暴風』が襲い来る。フォローに回ろうとしたテレジアが防護盾プロテアごと吹き飛ばされ、マルコが、騎士が、魔術や闘技を放つが、一つも直撃が叶わぬうちに視えぬ『波動』に弾かれる。


「くそ! 厄介な!」

「毒に、衰弱に、錯乱の効果だと……!? 何たる効力……っ!」

〈行って、烈剣クロノス! ……えっ!?〉


 ユリューナの放った黒い『暴風』が、質量を伴った『槍』となり躍りかかる。

 豪雨のように襲いかかるそれを咄嗟に、中空でメアが『九宝剣』で弾く――が、数が多い。

 テレジアが防護盾プロテアを唱え、リゲルが《ストーンリザード》の魔石を放つも、防御の要とするがきりがない。


「一端全員離れて! ――貫け《レイスソード》! 《サンドスコーピオン》! 《マッドアーマー》!」


 剣撃や刺突系の攻撃を持つ魔石でリゲルが相殺するが、『暴風』でそらされる。

 ユリューナの放った暴風が、質量を伴った『槍』となり、『鎌』となり、リゲルの首と胴を切断するべく殺到する。


「くっ……何だ、この攻撃は……っ」

「ふふふ、浅ましき羽虫、愚かしき羽虫。滑稽ですわ」


 ユリューナが艷然と嗤う。

 跳躍し回避ざま、リゲルは《トーテムメイジ》、《ソーンヒート》の魔石で応戦。秒速で水魔術を十四発放つトーテムと、紅蓮の棘の魔物の具現化するが、無駄だった。

 水弾の魔術と炎の棘は、ユリューナが黒い『暴風』で相殺させ虚空に霧散させる。


「複数の状態異常攻撃……! それに……形状の変化!? 何だあの攻撃はっ!」

〈『波動』も厄介だよ、リゲルさん、どうすれば!?〉


 メアが『九宝剣』で牽制しつつその隙にリゲルが後退する。

 ユリューナの攻撃は、『黒い暴風』とその派生である『剣』や『槍』そして『質量ある波動』だ。


 『暴風』は強烈な風を放ち、その形を『剣』や、『槍』、あるいは『斧』や、『鎌』、『棍棒』に変え、変幻自在に変えるというもの。

 加えて『状態異常』をも引き起こし、『毒』、『衰弱』、『混乱』……各種異常を与える厄介さ。

 その暴風に撃たれた騎士たちが、毒に蝕まれ、衰弱に屈し、中には同士討ちする者すらいる。

 リゲルやテレジアが《回復》系の魔石や魔術で対応するが、間に合わない。

 その形状は『剣』や『槍』、『鞭』へと変化する。変幻自在、そして状態異常をも引き起こすとなると、対処が難しい。


 さらには、相手の『防具や特性を無視』する『波動』の存在。

 この『波動』には相手の防御の高さや特性が全く関係ない。いかに高等な防具を身に着けようと、『霊体』であろうと、直接傷を負わせて来る属性無効化攻撃。


 破壊力はもちろん、厄介なのはその前兆性だ。

 ユリューナの『波動』には、『予兆』が一切無い。

 通常、あらゆる攻撃は程度の差はあれ、『予備動作』が必須だ。『詠唱』、『集中』、『気合』――魔術はほぼ全てが含まれる。


 しかし、『波動』にはそれがない。

 全くの無前兆。

 それは例えるなら――『視る』だけで山崩れを起こす程の異常性。

 視線を向けただけで『防御無視』かつ『特性無視』の『波動』が、立て続けに襲ってくる驚異。

 《六皇聖剣》として、リゲルが培った魔力感知すら困難な異常だった。


 状態異常の『暴風』も相まって、ユリューナの攻撃はまさに天空から降り注ぐ『天災』に等しい。

 予兆も溜めも無い猛撃。いかに防ごうと、それをあざ笑うかのように連撃が放たれる。

 戦闘の呼吸が掴めない攻撃に、リゲル達の攻撃のリズムが僅かずつ、狂っていく。


〈まずいよリゲルさん、どうしよう!?〉

「一度散開して包囲する! でないと皆が、くっ――!?」

「きゃあ! 風で……詠唱が!」


 詠唱が吹きすさぶ暴風で掻き消される。戦場は大音響の只中。黒く激しい『暴風』が吹き荒れ、『剣』に、『槍』に、そして『棍棒』に、『複数の状態異常』を備え襲い掛かる。


「――それでも」


 リゲルは《ガスト》の魔石で煙幕を張り、皆を庇いながら、声を張り上げる。


「攻撃範囲は掴んだ! ユリューナの『暴風』は前方五十メートル、一度に三つまで発現可能。けれどそれ以上は出来ない。これは――威力があるため自身への誤爆を警戒していると思われる。だから多方向からの肉弾戦が有効! 全員、包囲して! 超近接戦に持ち込んで!」

「「了解っ!」」


 騎士達が先陣を切り、マルコが、メアが、メイスや『九宝剣』を操り攻撃する。

 ユリューナの『暴風』がいかに利便性に優れていようと、一定の制約を掴めば勝機は呼び寄せられる。

 それこそが必勝法。

 魔石を使う上で学んだ、リゲルの戦場の把握力の集積。

 メアの『九宝剣』、マルコの盾、テレジアの回復、護衛隊の援護――それらがあれば、勝てる。


〈行って、魔剣ネメシス、天剣ウラノス!〉


 メアの『九宝剣』の数本を囮にし、それに引かれたユリューナの脇へマルコが迫る。

 ユリューナが『暴風』を槍状に変える。テレジアが防護盾プロテアを張って防御――メアが、騎士達が、回り込ませた『宝剣』や白銀剣ミスリルソードを構え、一瞬で突貫させる。

 だが、しかし――。


「ふふふ。愚かなる羽虫は、自分の過ちすら判りませんね」


 ユリューナはゆったりと唇に手を添え、笑っていた。

 その、直後。

 いきなりマルコと騎士達が、『何か』に弾かれたように横へ吹き飛ばされる。

 メアの放った『九宝剣』が軌道をそらされ、切っ先が狂い、明後日の方向に飛んでいく。


「なっ!?」

〈え!?〉

「ふふ、ふふふふ! 手管を掴んだと思った羽虫さんは、滑稽ですわ!」


 弾かれた騎士達が無様に転がる。テレジアの防護盾プロテアが破壊される。その奥にいたマルコがまともに『暴風』を受け、後方の石柱へ叩きつけられた。悲鳴。呻き声。骨の軋む音。

 あえなくメイスを取り落とし、彼自身も数十メートルの高さから落いるマルコ。


「危ない、マル――」

「回復役がよそ見していたら危険ですわよ?」


 直後、テレジアの足元から『波動』が生じ、彼女が腹部に衝撃を受けた。

 遠く弾き飛ばされるテレジア。倒れる。気絶する。動けない。

 さらに、ユリューナはマルコへ、追い打ちの『暴風』を放つ。九つの鞭状に変化した、無慈悲なる一撃。


「ぐう、あああっ!?」

〈マルコさん!〉


 少年が弾き飛ばされ、昏倒し、メアが悲鳴を上げる。


「ウフフ! フフ! 人が怒りに叫ぶ光景は、とても美しいですわ! それこそがわたくしの悦楽。けれど――ごめんなさい。わたくしは美しいものが汚れる姿が、大好きなのです。健気な人間が、哀れに、打ちひしがれる姿――それこそがわたくしの喜び! あなた達は不幸に見舞われる蝶々! 希望が失意に染まるその瞬間! ああ……最高ですわ!」

〈この外道――っ!〉


 あわや追撃――というところで、かろうじてメアがマルコとテレジアを《浮遊術》で拾い上げる。ユリューナの『暴風』を『九宝剣』で受け止めた。


〈なんてことを! 許さないよ、冥剣ハーデス、天剣ウラノス! 行って!〉

「その芸は見飽きましたわ」


 マルコ達を下ろしメアが『九宝剣』を射出するが、『波動』でそらされる。

 ばかりか、煌びやかな宝剣が逆に『暴風』で操られ、メアへと逆射出された。


〈え!? ……きゃあっ〉


 霊体ゆえに意味がない――が、その後に視えない『波動』で彼女が弾き飛ばされる。

 霊体であるメアですら弾く――不可視の攻撃。止めどない攻撃の嵐に、ギルド騎士が援護するが、疲弊する一方だ。


「そんな……」

「か、回復が追いつかない……っ」

「――フフ。弱い、儚い、虚しい。貴方がたは、その程度なのですか?」


 ユリューナが艶然として微笑む。


「わたくしを止める? 大言壮語も甚だしい。太陽が西から登るように、猫が竜を殺すように、あり得ぬこと。あなた達の努力は無駄ですわ。決意、挟持、信念――いかなる要素を持っていようと、わたくしには通じません!」

「……どうかな」


 リゲルが《マッドカメリオン》の魔石で、『透明化』。そして彼女の背後から奇襲。


 背景に擬態した、爪の一撃だった。

 まさに必中。

 外すわけもない距離、タイミング。

 しかし――突如としてユリューナの体が『揺らぎ』――爪がすり抜けた。


「これは……」


 これまでも何度かあった光景だった。

 リゲルだけはわずかな隙を突き、ユリューナへ攻撃を当てたのだが、その全てが『すり抜け』ていた。


「まさか……これは、」

「そう、お判りになって? これこそがあなた方を仕留める切り札の術」


 『波動』を『見切り』で感知し、《ハーピー》の魔石で避けるリゲル。


「まさかこれは――『量子化』……?」

「ふふふふ……ご明答!」


 ユリューナが嬉々として笑う。

 『量子化』――かつて三百年前、とある大賢者が生み出したとされる秘奥。

 物体を変質にさせ、あらゆる攻撃を『無効化』する戦術は、当時《迷宮》攻略に多く貢献した。

 その秘術の前ではいかなる攻撃もすり抜け、無力化されて凌がれたという。


 まさに、究極の回避術の一つ。

 だが、文献では多大な魔力を必要とし、連発は困難なはずだ。

 それに『詠唱』も無しにやってのけるユリューナは明らかな異常。

 リゲルが、舌打ちをこらえたような顔つきを浮かべる。


「前兆なしの『波動』に、状態異常の『暴風』に、『量子化』での回避か。……随分と小賢しいね」

「ほほほほほ! 魔石使いの貴方には及びませんわ!」


 ユリューナが皮肉げに笑う。

 そう、手札の数だけならリゲルが圧倒だ。

 リゲルは、後先を考えず攻撃するなら百種類を超える『魔石』を活用出来る。

 だが、手札の数の圧倒も、当たらねば意味がない。


 牽制も兼ねてリゲルが《ストーンリザード》の魔石を放つが――やはり当たらない。すり抜ける。

 《ストーンリザード》の石礫は、ユリューナの体が『存在しなかった』かのように透過してしまう。


 あらゆる攻撃が、その術の前に素通りする。

 相手が速度に優れた攻撃だろうが、都市破壊級の攻撃だろうが、瞬時に彼女は『量子化』し、無効とするだろう。

 ゆえに、討滅は極めて困難。

 暴風や波動と組み合わせる事で、無類の強さを発揮するユリューナ。

 さながらこの世界の女王のように、ユリューナが勝利の確信の笑みを浮かべる。


「さて、おわかり頂けましたか? これこそがわたくしの『精霊術』――貴方達の使う、魔術やくたたずとは違う、真なる貴人のための、真なる力ですわ」

「……小賢しい臆病者の手品だ。まあ、欠点があるとすれば術者の口の悪さかな」

「あらあら、他者を貶める殿方は、女性に嫌われますわよ?」

「何を言っているんだか。君なんて口説こうとも思わないよ」


 皮肉で返すリゲルだが、内心彼は、苦虫を噛み潰したような思いだった。

 力では圧倒出来ない。『搦め手』も効果は無い。先程から、《スプライト》や《マタンゴ》など、状態異常攻撃も試しているが、全て無効化されている。

 おそらく、ユリューナは状態異常にも『耐性』を持っている。 

 ひとまず、リゲルは《ロックリザード》で護りの岩の盾を配置し、問いかける。


「――いくつか貴方に聞きたい。ユリューナ、『精霊』とは一体何だ? 『精霊術』とは? 君達はいったい何者だ」


 ユリューナは艶然と笑う。


「ふふ、哀れですわね。『地上』が自らの領地と勘違いする――仮初めの支配者。あなた方は滑稽ですわ」

「……どういう意味かな」

「真なる地上の支配者が誰かも判らず、奢り、王者と錯覚する――人類とは、何て愚かな種族なのでしょう」


 彼女が何を言っているのは判らない。

 だが、何かを知っているのは間違いない。

 リゲルは挑発じみた彼女の口調に乗らず、首を横に振った。


「悪いけど判るように話してくれないかな? それじゃ君の程度が知れる」

「負け犬ほどよく吠えるというもの。――さあ、そろそろよろしいですか? 貴方達ではわたくしに勝てない。逃げるか? 果てるか? 好きな方を選びなさいな。わたくしはどちらでも構いません」

「リゲル、さん……」


 体の痛みを押して、マルコがメイスを構え、立ち上がった。


「――戦いましょう。どんなに苦境でも、彼女さえ倒せば街は助かります」

「そうよ、このままやられっぱなしなんて冗談じゃないわ!」

 

 テレジアが、メアが、気力を振り絞り、立ち上がる。


〈やろう、リゲルさん! ミュリーのところへ帰るために!〉


 ――現状では、壊滅的もいいところ。

 こちらの攻撃は当たらず、あちらは当て放題。一度退却し、体制を立て直すのも手だろう。

 しかし、今は時間がない。

 この機を逃せばユリューナは姿を眩ませるかもしれず、地上の『青魔石』の騒乱は、すでに致命的な域にあるだろう。


 ならば、退くことなど出来ない。

 ユリューナを倒す――そして『青魔石』騒乱を終わらせる。

 それが、リゲルらの成し遂げるべき使命だ。


「……そうだね、畳み掛けよう」


 テレジアが回復魔術ヒールオールを唱え、マルコやリゲル達を回復させる。

 メアが『九宝剣』を再び浮かし、方位陣形を取る。

 騎士が、ギルドの七名が、無言で剣を構え、その切っ先をユリューナへ向ける。


「「我らリゲル殿に忠義を誓った身! 手柄無くしては何が騎士か!」」

「ふふふ……ふふ、フフフフフ!」


 ユリューナが、艷やかに唇を舐めて、笑う。酷薄に。邪悪に。


「愚かしく、儚く、愚鈍な羽虫たち。まだ自分たちの愚かさが判らないなんて。この世には、どう足掻いても敵わぬ者がいる――身の程を弁えなさい。そしてそれほど終わりが望みだと言うのなら、終わらせてあげましょう!」

「――皆、来るよ!」


 リゲルがそう言うや、前触れなく床のあちこちが砕け、『何か』が出現した。

 無骨かつ不気味な影――。

 『仮面』の戦士たちだ。

《ゴブリン》、《オーク》、《ウェアウルフ》、《ハーピー》、《マタンゴ》、《グール》、《ガーゴイル》、《キラービー》、《ウッドベア》、《マンドラゴラ》、《フレイムアント》、《コープス》――多数の『魔物の仮面』を被った配下たちが、リゲル達を取り囲む。


「っ! ミュリーを襲った、仮面の……」

「そう! 元々は『青魔石』を作るための実験道具でしたが、存外役に立ちましたわ。人間を暴走させ、魔物の力を無理矢理引き出す『奴隷戦士』たち。――貴方達と、最後の饗宴を行わせるには最適でしょう?」


 これで発覚した。

 あの日、ミュリーを襲った仮面の巨漢は、ユリューナの差金だったのだ。

 リゲルの中に、抑えきれぬ感情が、憤激が、沸き起こる。


「君が、ミュリーを狙ったのか」


 同時に、テレジアが吐き捨てる。


「恥を知るといいわ。人の意識を弄ぶなんて」


 マルコも同時に苦虫を噛み潰した顔になり、メアだけが〈ひどい……〉と、悲しげな顔で『九宝剣』を構える。


 『仮面の戦士』たちは、全員が『一般人』や『探索者』の衣装だ。

 中には教会のシスターや吟遊詩人など、戦いに無縁の者もいる。

 つまり街の人間達が、ユリューナによってさらわれ、『実験』の道具とされていたのだ。

 全ては、『青魔石』の研究のため。

 そのための、試作品である『仮面』の創成のため。


 テレジアが、メアが、マルコが、リゲルが、憤激を露わにする。

 ユリューナが余裕の笑みで、くすりと睥睨する。


「羽虫がいくら怒ろうと、わたくしは何も感じませんわ。上位者が下位者を支配するのは世の摂理。強者の頂点に達するわたくしが、貴方達じゃくしゃを支配するのは当然でしょう?」

「唾棄すべき発想だ。――なら、僕たちは君を打ち倒すだけだ」


 リゲルがランク六、《スカルドレイク》の魔石を発動させ宣言する。

 もはや言葉は必要ない。ユリューナは明確な敵で、あとは互いに死力を尽くすのみ。

 リゲルはさらに補助の魔石を、多数ばら撒き、発動――。

 《ケットシー》、《キラービー》、《ガスト》、《ヒールスライム》、《ダークミスト》、《ドライアド》、次々と顕現しユリューナを包囲させる。

 ――さらに。


「マルコ、君に託した『切り札』の使用を許可する。全力でやっていい」

「了解です!」


 マルコが、懐から『とある物』を取り出した。

 紫電撒き散らす、甲殻の魔物――《パラセンチピード改》の力を開放。

 猛烈な光が辺りに巻き起こる。


「おおおおおおおぉオオオオオおおオッ!」


 『青魔石』の、雷の化身の力が、螺旋となり、眩い紫電の嵐となって、降臨する。

 リゲルが、転移短剣バスラを掲げ、大声を張り上げる。


「行くよ皆! これが最後の戦いだ、視力を尽くし、勝利して帰還しよう!」

「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」


 メアが、マルコが、騎士達が、テレジアが、それぞれの武器を構え、突貫する。


「――叶いはしませんわ。なぜなら貴方達は、惨めな敗北者となるのですから!」


 ユリューナが嗤い、リゲルの放った《スカルドレイク》の溶解液が彼女へと迫る。

 『暴風』を引き起こしユリューナは相殺、笑って迎撃した。

 

 ――かくして。

 長きにわたる騒乱の――青魔石の『創生者』との、最後の戦いが幕を開ける。



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