第五十一話 魔術殺しの迷宮、その奥へ
《迷宮》――。
十一ある魔の巣窟で、ある意味最も厄介とされるのは第八迷宮、《砂楼閣》だろう。
回復も、攻撃も、防御も、強化も――何一つ[『魔術が使えない』魔境の地。魔窟の中の魔窟、理不尽の塊とも称される迷宮。
その中で、悲嘆に見舞われた人々は数知れず。
恋人が、友人が、仲間が、防御も攻撃も出来ぬまま果てていく。
無念と思い、負けるのならまだ救われるだろう。
けれど魔物たちは、最後まで人間を嬲り、いたぶり、決して楽に終わらさない。
残酷な迷宮――人間たちの血肉を求め、絶望を与える《第八迷宮》の魔物らは、特に血肉を好むと、探索者の間で恐れられていた。
† †
〈うわ~、虫が! 虫が! 気持ち悪いよ!〉
「メア、一度下がって! マルコ、護衛隊、前に! ――引き裂け、《ブラックドッグ》! 《コボルト》!」
ギルド騎士が前に出て、迫りくる《ダウンシックル》の群れをリゲルの魔石が薙ぎ払う。
翅鎌を駆使し、壁を走るカマキリを一蹴――返す力で反対側の数体を弾き飛ばす。
盾役のマルコが入れ替わるように跳躍、金属槌を真っ向から叩きつける。
後続に現れた《ストーンリザード》が倒れる。その硬質な頭が、陥する程の打撃を与える。
けれど、《砂楼閣》の魔物は防御に秀でていた。
硬い爪も金属槌も、昏倒はさせるが倒しきれない。更には砂が足場のため踏ん張りが効かず、強固な皮膚を破る事も出来ない。
「なんて厄介な!」
マルコや護衛隊の面々が呻く。
《ストーンリザード》の口から石礫が飛び交い、《コープス》の口から溶解液が、《ダウンシックル》の鎌から、衰弱効果の液体が、彼らに襲いかかる。
その体を、かろうじてマルコの巨大なカイトシールドで弾いた。
けれど多勢に無勢――その死角から、別の《ストーンリザード》達が雪崩打ように巨大なアギトを開く。
「させないわ!」
装飾過多な杖を持ったテレジアが援護する。
思いっきり《ストーンリザード》の頭を打ちつける。吹き飛ばす。さらに横っ面を殴り飛ばし、その追撃とばかりにメアが九本の『宝剣』を射出し串刺しにする。
〈もう一発!〉
壁走りをして迫った《ストーンリザード》二体が、メアの宝剣でなます切りにされる。
浮遊術で音速に迫る宝剣は無類の強さだ。凄まじい勢いの『九宝剣』が、《ダウンシックル》を、《ストーンリザード》を、《コープス》を、その分厚い鱗や肉ごと貫き、倒す。
けれど、数が多い。
わらわらと、次から次へと、新たな《ストーンリザード》達が砂の通路の奥から現れる。
〈なにこれ数多っ!? それに状態異常を起こす魔物も妙に多いよ!?〉
「《ダウンシックル》は霊体にも状態異常を引き起こせるんだ! メアは一度下がって! マルコの後ろで宝剣を飛ばせばいいから!」
〈わかった!〉
「リゲルさん、援護はどうするべきでしょう? 今度は《サンドスコーピオン》四体が……っ」
「僕が処理する ――焼き払え、《ヒートゴブリン》、《フレイムマミー》! 吹きとばせ《ハーピー》! 凍りつかせ、《アイスオウル》!」
メアによってすでにリゲルの『魔石』は補充されている。自前で【合成】を行ってもいた。
リゲルの火炎系と冷気系と風系の魔石が吹き荒れる。
地中から現れた《サンドスコーピオン》四体が、吹き飛ばされた。その隙に下がったメアが『宝剣』を円環状に配置し、回転させつつ放っていく。
火炎と冷気と突風の猛撃だ。多様な攻撃に撃たれた巨大サソリ達は、吹き飛ばされメアの宝剣に寸断され、粉々になって散り果てた。
〈やった!〉
「殲滅完了。よくやったね、メア」
「はあ、ぜえ……はあ……お、お疲れ様です……」
「頑張ってマルコ、『気孔波』!」
目に見える範囲から敵を一掃し、テレジアがマルコを治療する。
テレジアは『気』使いでもある。彼女の差し出した指から光が溢れ、マルコ体のツボを刺激し、体内の気――すなわち生命エネルギーを刺激し、回復を促進していく。
「終わり。さあ、次へ行くわよ!」
「そ、それにしても凄い数だ。十五階層程度でこれだなんて……きついな」
マルコが思わず呻くようにぼやく。
新たな魔石を取り出しつつ、リゲルが振り返る。
「いや、明らかに数が多すぎる。前に来た事あるけど、遥かに多い」
〈それってもしかして、『敵』が何らかの手段を講じたってこと?〉
とメア。
「判らない。これが『創成者』の思惑なのか、それとも……」
「あたしには、あいつらが何か怖い者から逃げているように見えたわ」
テレジアがそう評する。
リゲルとて探索者の一員だ。以前に《砂楼閣》へ赴いた事もある。メアと出会う以前の話だ。
その時は第二十階層で切り上げたが、明らかにその時より敵の数が多すぎる。
多いというより、勢いがあるといった印象。
散開して各所にいるのではなく、一塊になって襲い掛かってくる。
いや、襲ってきたというのとも違う――テレジアの言う通り、魔物たちは『恐怖』から、浅層へ逃げてきたようだった。
〈普通、魔物は同じ階層しか移動しないものだけど……〉
「考えても仕方がない。僕達は奥を目指すだけだ」
「ですね。行きましょうリゲルさん、時間はそうありません」
「うん、そうだね。――引き続きマルコは前衛を。僕とテレジアは中衛、メアは後衛――騎士の皆さんは援護を」
『了解!』
メア、マルコ、テレジアの他、護衛の騎士七名がそれぞれ武器を掲げる。
リゲルたちは第十六階層を突破し、第十七階層、十八階層へと一気に踏破した。
幸い、十五階層に魔物が集中していたため、散発的な魔物を屠るだけだった。
十九階層も十分経たずで踏破し、そこからさらに二十階層まで辿り着く。
「《階層主》! 種族は《ゴーレム》! ――巨体の拳と踏みつけには注意して!」
第二十階層の《階層主》、ゴーレム。
巨大な魔物だ。身の丈十メートルに迫る巨体と、家屋をも一撃で粉砕する腕力。
それらが脅威の重量級土巨人。
その体は刀剣を軽く弾き、巨大な足による踏みつけは致死に値する。
しかし、先程の属性攻撃の魔物とは違い、直接攻撃のみの敵だ。さらに、《階層主》一個体のみ。
鈍重で動きも単調といった特徴から、メアの『九宝剣』の障害にもならない。
「蹴散らして、メア!」
〈うん、貫け――天剣ウラノス、魔剣ネメシスっ!〉
螺旋状に回転させながら飛ばされた宝剣が、ゴーレムの巨体を穿ち、破砕する。
さらには胴体までを一撃で撫で斬りにし、破片が砂の地面に四散していく。
相性勝ち――そう表するのも無粋な鮮やかな完勝ぶりに、マルコとテレジアが唖然とする。
「凄い攻撃力ね……」
「霊体で物理が効かない上に最高級の『宝剣』が九本も……」
感嘆を上げる二人。
その物言いにメアが照れた。揺らぐ長い髪が嬉しげに踊る。
けれど、感心している暇はない。
敵は多数、それに道はまだ半ば。
〈――リゲルさん、魔石と素材は? どうするの?〉
「魔石だけ回収しよう! 素材はいらない、時間がない!」
リゲルが魔石だけを腰袋に入れると、一息にゴーレムの残骸の横を抜け、さらに奥地を走り抜ける。
直後、さらなる強大な魔物たちが襲いかかった。
「HIIIIAAAAAAAAA――ッ!」
「グルグジュッ……グルグジュ……」
「RURUOO―NNッ!」
二十一階層からは魔物の趣が変わり、咆哮で攻撃する《バンシー》、素早さと爪牙が武器の《ブラックドッグ》、周囲の景色に擬態する《マッドカメリオン》、他の魔物を回復する《ヒールジュエル》など、一段強い魔物の群れが立ちはだかる。
しかしさすがにリゲル達も連携に慣れてきた。
互いの長所を理解し、練達した一行は、完璧に近い形で戦闘を継続。瞬く間に二十一階層を踏破。
鍵は、マルコの盾術だ。
彼は高位盾騎士。その培った筋力とメイスを操る技術――それに闘技である『挑発』と、『頑強』といった技に加え――持ち前の度胸がある。
彼の内部には《ゴーレム》や《オーガ》など重量級の魔物の『因子』が埋め込まれているため、素の体も頑強なのだ。
彼が前衛で魔物の攻撃を押しとどめ、その隙にリゲルとメアが魔石と『九宝剣』で攻撃。
殲滅後は、テレジアがマルコを『気』の回復術で癒やす。七人のギルド騎士たちは援護。その繰り返しで、数多の魔物を屠っていった。
「よし、行ける、行けるよ!」
マルコが加わった事で、戦略が盤石となった。
彼は優しい性格のため一見すると盾騎士とは無縁なように思えるが、仲間を守りたいという心は人一倍だ。
そのため、どんな魔物も臆せず突進、巨大なカイトシールドで止めてみせる優秀な盾役だった。
こればかりはリゲルにも真似出来ない。
一応、彼も前衛はこなせる。けれど戦闘は『魔石』が肝であり、専念は難しい。
メアも中距離と、遠距離の攻撃型、テレジアはそもそも高位回復術師で、彼のように魔物を止めるには向いていない。
『壁』による阻害の有用性――基本的かつ単純な戦術だが、それゆえどんな魔物が相手でも迅速に彼らは突破できた。
「闘技! 『挑発』! リゲルさん、右方から新手です!」
「メア、頼める?」
〈うん! 速攻は任せて! ――行って、烈剣クロノス!〉
「次は二十三階層だ! 急ごう、早く!」
二十二階層を突破――その勢いのままに、二十三階層へ進むリゲルたち。
「今度は《バンシー》たちの群れだわ!」
〈うわ、もう攻撃の準備に入ってるーっ!?〉
「『咆哮』が来る! 一端下がってマルコ! ――いけますかマーティンさん?」
「当然ですっ! ――皆、構え! 闘技、『轟振突』!」
《バンシー》八体による一斉咆哮が襲い来る――が、ギルド騎士七名による『闘技』で相殺する。
マルコの盾は便利だが関節攻撃系には若干弱い。物質の体を振動させ、内部損壊を与える《バンシー》の咆哮とは相性が悪かった。
けれど、そこは騎士七名の見せ場。《バンシー》の咆哮と同等の性質を持つ闘技『轟振突』で相殺――ばかりか、押し勝ち、半数の《バンシー》を討ち取った。
「敵は半壊状態です! 一気に攻めましょう!」
白銀剣の残心を終えた騎士たちが、誇らしげに諸手を挙げる。メアが叫ぶ。
〈うん、行け、烈剣クロノス! 冥剣ハーデス! 災剣ケイオス!〉
残った《バンシー》達も、メアの宝剣に斬り刻まれ細切れと化す。
盾役にマルコ。
攻撃役にメア。
回復にテレジア。
統率者としてリゲル。
補佐としてギルド騎士七名――その運用で、苦戦らしい苦戦もなく二十三階層まで踏破。
さらに破竹の勢いは止まらず、一時間かけて二十四階層から二十七階層を、さらに三十分かけて二十九階層を突破する。
「やっと二十九階層?」
〈もう百階層くらい戦ってる気がする……〉
「まずい、三十層の『階層主』だ! 全員――構えて!」
「何あれ顔だけの魔物!? うわ、キモいんだけど……っ!?」
テレジアやメアら女性陣から悲鳴が上がる。
然り、それは第三十階層を守る、《階層主》。
篝火燃え盛る祭壇の上――『砂壁』の一部が持ち上がり、現れたのは巨大な人間の『顔』だ。
巨体かつ、精緻で禍々しい形相の『砂の顔』の化物が、微笑する。
「ヨク来タネ。歓迎シヨウ。――我ハ、コノ地ノ支配者ナリ。愚カナ人間ドモヨ、滅ビルガイイッ!」
「第三十階層の階層主、『サンドフェイス』です! 顔の『形態』が変わる毎に、攻撃も変わるため注意を!」
ギルド騎士小隊長マーティンが叫ぶ。
リゲル、マルコ、メア、テレジア達が警戒し構えた。口から大量の砂と魔物を吐き――高笑いする《サンドフェイス》が、凄まじい暴風を放った。





