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第五話  【合成】スキルで敵をぶちのめす

「おはようございます、リゲルさん」


 翌日。優しく滑らかな少女の声で、リゲルは目覚めた。

 昨日の今日のことである。星空のごとき銀色の長い髪。ルビー色の瞳。小鳥のさずりのような美声。

 リゲルは恥ずかしいやら嬉しいやら、思わず視線を外した。


 ミュリーの方も同様である。


「あ、あのっ、今日は特別良い天気ですよ。良かったですね」

「そうだね! ……ま、まあ君の笑顔の方が素敵だけれど」

「~~~~~!? も、もう、リゲルさん。また冗談を言って。恥ずかしいです」


 いや、割と本気なのだが。

 ほのかな朝日に照らされ、艶やかな銀髪を淡く輝かせるミュリーは本当に美しい。

 ともあれ、朝特有の涼し気な空気の中、リゲルは今日の予定を進めてく。

 

「朝食にしよう。下から料理を持ってくるよ」


 宿屋で用意されたピーナッツパンやらトマトスープやらを盆に乗せ持ってくる。

 ミュリーも作ってくれる時があるが、毎日だと負担になってしまう。

 だから店主に追加金を払い、朝食を出してもらっている。宿のサービスに感謝しつつ、リゲルはミュリーに同じものを渡し、二人して朝飯を食べていく。


「リゲルさん、今日の予定はどうなっているんですか?」

「今日はね、ちょっと店を回ってみようと思ってるんだ」

「……お買い物ですか?」

「うん。魔石換金の新しい場所の開拓をね。少しストックが乏しくなってきたからね」


 『合成』スキルは便利だが、他人に知られれば無用な騒ぎを生む。

 そのため、リゲルはいくつかの魔石換金所を尋ね、噂が広まりづらくしていた。

 さすがに既知の換金所ばかりでは回らない。


 別に二度目三度目くらいなら同じ場所でもいいのだが、今後どれだけ魔石合成をし続けるかわからない。

 そのため、少しでも新しい場所を探しておきたかった。


「まあ、買い物ももちろんするけど。たまにはミュリーも変わった物を食べたいよね?」

「あ、はい。そうですね、野菜料理をもう少し……わたし、人参の葉やネギを使ったスープもよく作っていたんですよ」

「ネギかぁ、じつは苦手なんだよね、栄養はあるみたいだけどね」

「……」

「どうしたの、ミュリー?」


 急に食事の手を止めて黙り込む精霊の少女に、リゲルは優しく問いかける。


「いえ……リゲルさんと一緒に、お買い物をしてみたいなって。わたし、ずっとベッドの上で、寝てばかりでしたから。だから、リゲルさんとお店を見れないのは……少し寂しいです」

「ミュリー……」


 古の精霊として生き、数千年を経て復活したミュリーは、未だ外に出られない。

 それは『契約』と『衰弱』がその原因だが、それが一時的とわかっていても、辛い事には変わりない。

 リゲルも病床で寝込んだことぐらいはあるから、彼女の気持ちはよく分かった。


「そうだね……それなら、僕が抱えながら外に出てみる?」

「え?」

「最近迷宮行きっぱなしだからさ、等級レベルも上がったんだよ。お姫様抱っこくらいなら出来るよ?」

「おひ、お姫様抱っこ……!?」


 白い肌を一瞬で淡く赤に染め、困った顔をするミュリー。

 おろおろと戸惑いが隠せない。


「で、でもそんな……。恥ずかしいです、皆さんの前でそんな格好、見せられません……」

「はは、冗談だよ」

「も、もう……リゲルさん。意地悪なんですから」

「でも肩車だったら、ちょっとしてみたいかも。やってみようか」

「無理ですっ、恥ずかしくて死んでしまいますっ」


 さらに頬を紅くして、顔を隠すミュリー。

 リゲルはこらえ切れず、にこやかに笑った。


「ふふ、でも半分はわりと本気だよ? 抱えるのは冗談でも、ミュリーと一緒に回りたいのは本当だ」


 『精霊』という、異なる種族である彼女にとって、新鮮な人間の街はきっと楽しいだろう。

 市場に驚き喧騒に目を丸くして、色とりどりの商品や芸人の技に心奪われるミュリーの姿。

 そんな光景を想像し、胸が熱くならないわけがない。


「……ま、でも今回はお預けだね、体調を優先しないと。いつか、ミュリーと回るのを楽しみにしてる」

「リゲルさん……」


 嬉しさと、照れの入り混じった瞳で、ミュリーが胸の前で手を抱く。

 その可憐さに思わず胸をくすぐられながら、リゲルは笑い、宿屋の外へ向かった。


†   †

 

「魔石の加工ですか。それでしたら銀貨八枚になります」

「んー、もう少し良い物に出来ますか? 多少高くてもいいので、見栄え良い物がほしいんです」


 リゲルは中央区の細工店にいた。

 ミュリーへ気晴らしのプレゼントをするためだ。

 宿でベッドで過ごす彼女はいつも寂しい、だからそれを紛らすための品だった。


「できれば動物や雪の結晶みたいなものがいいのですが」

「うーん、ブローチ用の宝石代わりならともかく、精巧な細工は難しいですね。西通りの『アトリエ暁の鷲』などなら、あるいは」

「わかりました、ありがとうございます」


 大通りのいくつかの店を経由して、リゲルは職人が集まる西地区へと向かう。


「いらっしゃい。何を望みで?」

「動物か雪の結晶をかたどった細工が欲しいのですが」

「……ふむ、魔石を加工した細工ですか。……出来ますが、恋人にでも贈り物ですかな?」

「はは……じつは妹の誕生日にちょっとプレゼントを」


 リゲルはミュリーとの間柄について、予め口裏を合わせている。

 ミュリーを『妹』とし、彼女のために働いていると説明しているのだ。

 男女二人で安宿に泊まっていると、色々噂が上がるための対策。

 こうしておけば波風が立たない。安宿の客にはガラの悪い者も少なくないが、これで大抵は通用する。


 もちろんミュリーの可憐さと、リゲルの顔だと、「お前ら絶対兄妹じゃねーだろ」と突っ込まれそうだが、そこは強固に「いえ兄妹です」と押し通している。

 過去、一度だけしつこくミュリーの事を聞いてきた男もいたが、その時はミュリーに「お兄ちゃん」と言わせて事なきを得た。


 その時の、相手の敗北した顔の面白さと言ったらない。

 あとミュリーの恥ずかしがる表情も。

 リゲルも顔には出さなかったが、「もう一回くらいならお兄ちゃんと呼ばれてもいいかな……」などと考えていた。


 そんな益体もないことを思い出していると、見積もりを終えた主人が、羊皮紙の契約書を差し出してきた。


「ほら、これでどうだい? まあ、多少時間は掛かるが」

「大丈夫です、ありがとうございました」


 何も問題なかったので、一週間後を目処に注文を終える。リゲルは魔石細工の店を出た。

 

 ついでに、ミュリーの好物兼、得意料理であるパイの材料を買っていく。

 ミュリーは喜んでくれるだろうか。きっと素敵な笑顔を浮かべるに違いないと心の中で笑い、リゲルは宿屋の前に戻った。


 ――その、瞬間。


 異変を感じる。

 首筋の裏にびりびりとした感覚。

 知っている。

 この感覚を覚えている。

 なぜならそれは――迷宮で、かつての死地で、強大な魔物や人間を相手に、何度も経験したものと同じ感覚だったから。


「――っ、ミュリーっ!」


 荷物を打ち捨てて真っ直ぐ部屋へと走り出す。

 主人の挨拶も無視して全力で走る。階段を二段飛ばしで駆け上がり、猛牛のごとく体当たりするように、リゲルは二階奥の部屋の前にまで行く。

 直後、体当たりするように自室の部屋を開け放った。


「……あ」

「ぬ?」


 瞬間――目の前に入ってきたのは、異常な光景だった。

 見上げるほどの『巨漢』によって、ミュリーが組み伏せられている。

 その太い腕はまるで丸太のよう。小枝のように細く華奢なミュリーの手を、捕縛するように締め付けている。


「リゲルさ――」


 瞬間、巨漢がミュリーを抱き抱えると、開け放たれた窓から、連れ去りかけた。


「――させないっ!」


 寸前、渾身のリゲルの体当たりが、巨漢をふっ飛ばす。

 脇腹に肩ごと突っ込まれた巨漢が呻いてよろめく。

 間髪入れず、短剣を抜き放ったリゲルは鞘のまま巨漢の腹へ刺突。その体に、深く食い込む。


「ぐうっ!?」


 鞘とはいえ金属製だ。至近からくらい巨漢がさらによろめき、体勢を崩す。

 さらにリゲルは隙を与えない。鞘のままの短剣で一度、二度――巨漢の脇腹を強打。

 たまらず巨漢が倒れ掛かったところでミュリーを奪取する。


「ミュリーっ!」

「り、リゲルさん……ああ……っ」


 恐怖と安心の入り混じった顔のミュリーが、リゲルにしがみつく。

 可哀想に、少女の腕や脚、体のあちこちが紅くなっていた。

 掴まれ、抵抗した証だろう。腫れ上がった肌を見るや、リゲルの中で憤激が湧き上がる。


「……何者だ? ことと次第によっては、ただではおかない」

「――さらう相手に名乗る名は無し」


 太く、重低音の声が無愛想に響いた。

 大きい。巨漢は身長だけでもリゲルより頭一つ以上、腕や胴に至っては倍くらいはある。

 革鎧や鉄製のブーツに身を包み、その威圧感だけでも相当なもの。


 顔は見えない。その大きな頭にはゴブリンと思しき、奇怪な『仮面』をはめているためだ。

 『巨体』と醜悪な『仮面』――それが、不気味かつ威圧感ある存在を現出させている。


「(どこの手のものだ……? アーデルか――いや彼の錬成兵とは違う)」


 《錬金王》の手先ならば、もっと非生物的で、言語も話せない人形のはず。

 暗殺兵士、人工ゴーレム……その類も検証したが、いずれもアーデルのものとはまるで違う。

 もちろん、ただの暗殺者でもないだろう。そんな様子でもなかった。


 何者だが解らないが、無理やりミュリーを拉致しようとする悪漢を許すわけにはいかない。

 排除する必要がある。


「何もせず帰るならこのまま見逃そう」


 リゲルは短剣を構えながらそう宣言する。

 腰を深く落とし、ミュリーを庇いつつ。


「……」 


 しかし巨漢は無言で、背負っていた得物を取り出すのみ。


「――警告はした。あとは君の不運を呪ってくれ」


 リゲルは、短剣を構え、真っ直ぐに突っ込んだ。

 

 ――リゲルの短剣の腕前は、『ランク青銅』にしてはなかなかのものだろう。

 腐っても探索者。援護が中心とは言え、日頃迷宮で死地を経験し、生還した腕は伊達ではない。

 《オーク》や《ホブウルフ》など、下級の魔物なら単騎でも十分渡り合える。

 だが――。


「……遅いな」


 巨漢がリゲルの攻撃を、鉄の篭手だけでガードし、反撃に武器を薙ぎ払う。

 戦斧だ。リゲルの短剣などよりもよほど大きい。

 護身ではなく、対象を殺すために、粉砕するためだけにある武装。

 まるでオーガが持つ鉄塊のごとき殺人凶器――それが、リゲルの顔面すれすれを薙ぎ払う。


「くっ!」


 リゲルは避けるか短剣で流すしかない。

 いや、短剣ごときの刃では流すのも無理だ。一撃かするごとに短剣が刃こぼれし、流しきれない衝撃が腕を痺れさせる。


「それなら! 『付与エンチャント!』 《速力強化》!」


 速度を1・3倍加し、小柄さと小さな得物の利点を活かして斬りかけるが、かわされる。

 戦斧の柄や鉄のブーツの蹴りにより、巧みにガードされ、巨漢の隙を突く事が叶わない。


 手練れだ。

 リゲルはそう思う。

 自分よりもずっと上――おそらく『ランク銀』か、『ランク黒銀』にすら相当するような強者。

 短剣では何もできない。名剣や霊剣を用いなければ、リゲルでは絶対に勝てないだろう。

 

「くう……ぐっ、ううっ」


 リゲルへ向かい巨漢が追撃する。袈裟斬り、逆袈裟斬り、上段打ち下ろし。

 戦斧を六度流した時点で、リゲルの短剣の刃が、根本からへし折れた。

 下がりつつリゲルは『付与エンチャント』で腕力強化、予備の投げナイフを投擲、巨漢の眉間と首と脚を狙うが――容易く戦斧で撃ち落とされる。


「なんて奴だ、いったい何者――っ、!?」


 空間を圧壊させるような、体当たりを受けて壁に打ち付けられるリゲル。

 背後の棚ごと破砕する。舌を切った。薄く細い血が唇を伝って流れ出る。

 かろうじて腰元から二本目の短剣を取り出すが、目の前に巨漢の影。


「邪魔者は、死ね」


 振り下ろされる、戦斧の強烈な一撃。

 冷徹なる死の斬撃。


 かろうじて避けられたのは、視界の端にミュリーの姿が映ったから。

 こんなところで死ねない。

 こんな相手に殺されるなどあり得ない。

 まだ復讐も、何も、何も果たせていない。

 焼け付くような気概が、執念が、憤激が、激情が――窮状のリゲルへ力を与える。


「――っ、はあああああああ!」

 

 裂帛の気合いと共に放った突きが巨漢の脇腹をかすめる。

 さらにそこへ『付与エンチャント』、《腕力倍加》の力で回し蹴りを見舞う。

 巨漢のこめかみに命中する。巨漢がよろめく。そこへ畳み掛ける。リゲルの肘打ち、短剣の打ち下ろし、後ろ回し蹴り。


「ぐああああああ!?」


 だが、それでも実力の差は歴然だった。

 巨漢がその場で大旋回。その風圧でリゲルが弾かける。またも壁際に吹き飛ぶ。

 その絶技、挙動、流れる斧裁き、全てが超絶的で殺戮人形のよう。豪風もかくやというような大旋回に、リゲルの短剣がまた砕かれる。


「短剣代がかさむ日だね」 

「り、リゲルさん……っ」


 戦闘の最中、いつの間にかミュリーのそばに戻っていたらしい。

 怯えたような声の少女を背後に、リゲルは再びかばう形になりながら、新たな短剣を構える。


「……ミュリー、逃げて」

「え!? で、でもリゲルさんは――」

「足止めする。騒ぎで宿屋の主人が来るだろうから、保護してもらって。そして街の衛兵を待つんだ」

「でも! ……それではリゲルさんが……っ」

「時間稼ぎは慣れているさ。それに、《オーガ》とかと比べたらこの程度、訳ない」

「でも……っ! そんなの駄目です、危険です……っ」


 ミュリーは、リゲルが捨て石になると思ったのだろう。

 それも当然だろう。ろくな武器もなく、防具もなく、技量すら届かない実力差。

 すでにリゲルの体はあちこちが負傷して、片眉は切れて左目はほぼ使えない。こんな状態では、良くて数分秒、悪ければ十数秒で倒される事だろう。

  

「ふ、ふふ……」

 

 それでも、リゲルはこの窮状で笑ってみせる。

 分かる。この程度の相手なら倒れる事はない。

 かつて《六皇聖剣》だった時、アーデルに突きつけられた絶望、それに比べれば――この程度、なんでもない。


「僕はあいにくと諦めが悪くてね。それに、捨て石になる訳じゃない。万一でもミュリーき込まないようにするためだ」

 

 流れる体の血に構わず、リゲルは笑ってみせる。

 彼にとって、ミュリーは何より大切な存在だ。

 絶望と、孤独と、悲しみの淵にいた自分を救ってくれたその恩義。この娘との生活のため、諦めるわけにはいかない。

 アーデルの裏切りの果て、その後に得た平穏の日々は。

 何物にも代えられない、かけがいのないものだった。


 ミュリーといると、楽しい。

 彼女がいると、心が穏やかになる。

 アーデルに植え付けられた屈辱も。怒りも――彼女の笑顔があるだけで忘れ、安堵が彼を包むのだ。

 だから、諦めない。眼の前に障害が現れたのなら――排除する。


「リゲルさん……」

「灰色だった僕の毎日に、彩りを与えてくれたのは君だ。――ミュリー、君がいるから僕は戦える。これまでも。これからも。――僕は、犬死にするつもりなんてない」

「リゲルさん……っ」


 だが、死神というものはいつでも無慈悲なものだ。

 巨大な破砕音と共に、仮面の巨漢が戦斧の柄を床に打ち下ろす。


「逃がすわけもあるまい」


 ゴブリンの仮面の奥から、赤い眼光が、太く冷えた声が、辺りを蹂躙する。


「今生の別れの言葉は終わりか? ならば、小僧を殺して娘は頂こう」

「やれるものならやってみるがいい。けれど、君も覚悟するんだね」


 リゲルは、血に染まる唇を舐め、笑ってみせる。

 凄絶に。壮絶に。


「追い詰められた鼠がどれほど怖いか教えてあげるよ。喉元噛まれて地に伏すのは君の方さ」

「虚勢もそこまでいくと立派なものだ。だが鼠は猫に勝てても、虎には勝てん。何をしようと抗えない壁……そういうものは確かに存在する」

「どうかな? それなら証明してみせよう。鼠が虎を殺すところを。――来いよ、ブサイク仮面男。君のケツに短剣を突き立ててあげよう」

「フフハハハハ! ――よかろう、死ぬがいい!」


 ことさら見せつけるように、巨漢が高く高く、戦斧を掲げていく。


 おそらくは、それは最高の一撃。巨漢の全霊の技。

 それに抗うすべをリゲルは持たない。


 しかし、リゲルには大いなる『力』を授かっている。

 それはリゲル自身の力でなくとも、彼がかき集め、撚り合わせ、そして『力』として再結集させた、最強の『能力』。

 

「リゲルさ――」


 ミュリーが、涙の入り交じる声を放つ。

 死を呼ぶ一撃が振り下ろされる。

 

「さあ――死ねえええええぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 打ち下ろされる、仮面の巨漢の戦斧の一撃は。


 しかしその瞬間――リゲルは腰元から紅く輝く石により防がれる。


「なに……!?」


 それは、魔物の核たる存在。

 膨大な魔力の込められし神秘の石。


 【魔石】。


 ――キンッ、と甲高く音が鳴り響く。

 弾き返される戦斧の刃。ミュリーが瞠目した。巨漢がよろめき、信じられない顔で凝視する。


「馬鹿な、魔石だと……?」


 仮面の巨漢は不思議そうな顔をした。

 そんなものを盾にしても意味はない。膨大な魔力の塊だが脆く儚い結晶だ。護りとしては使えない。

 事実、ただの一撃でリゲルの魔石は砕けた。


 しかし、リゲルは腰に下げた『グラトニーに魔胃』から取り出して見せる。

 紅、紅、紅、紅、紅、紅、紅。

 紅、紅、紅、紅、紅、紅、紅。

 ――多数の、紅き石を。


「僕は『奪われし者』だ。かつての力は持っていないし、取り戻す手段もない。けれど、『彼女』に貰った新たな『力』はある」


 巨漢が、呆然と後退する。

 言われずとも、判っているのだ。

 無意識の内に。彼の手には、リゲルの内には、強大な『モノ』が宿っていると。


 リゲルが、不敵に笑っていた。その傷だらけの手の中に。逆転を呼び込む、血のように紅い、神秘の石を手に――。


「単体では『クズ』と言われ何の役にも立たない紅い欠片。それらを寄り集め、圧縮し、大きな力と成す。――見せてあげるよ、小さな欠片が、大きな獣を打ち破る様を」

「貴様、なにを……」

「魔石とは、売って稼ぐもの。それだけじゃない。魔石には――こんな使い方もある」

「何をする気だ、貴様ああああああああっ!」

「噛み砕け、《ラージアント》!」


 巨漢が旋風のように戦斧を振り上げ打ち下ろす。

 だが、それは叶わない。

 ガギンッ、という硬い音に阻まれる。

 いや違う。半透明の巨大な『牙』。

 人間の手ほひらほどもあるそれが、戦斧の一撃を防いでいたのだ。


「馬鹿な……魔物の力の――『具現』だと!?」


 然り。それは魔物の『牙』である。より正確に言えば、迷宮に住まう巨大蟻型の魔物、《ラージアント》の牙だ。 

 巨大で、まるで狼の牙のように鋭く、頑強で、人間の皮などやすやす貫く凶悪な『牙』。

 それが、リゲルの眼前に出現し、戦斧を受け止めた。

 ミシッ、ミシッと、ミシッと、巨漢の戦斧が軋み、小さな音を奏でていく。


「そんな……馬鹿な……っ!」


 ――『魔石』とは、魔力の塊だ。

 その用途は売買、装飾品材料、宝石の代替――多岐に渡る。

 その内には倒した『魔物の力』を再現する力があり、『一度だけ』それを解放する事が可能。


 リゲルが使ったのは、『ランク三』の魔石。第九迷宮《岩窟》四十一階層に生息する、《ラージアント》の魔石だ。


 その能力は――『超硬質の牙』。

 鋼を打ち砕き、豪剣をへし折り、頑強な盾をも割る『破砕』の力。

 それが例え鋼鉄の斧でも、容易く早いする大いなる暴力――。


「ぬうう、おおおおお!?」


 巨漢が咄嗟に下がったが、武器が粉々に砕かれる。。

 太い刃――一分厚く頑強な斧が、一瞬にして粉々に砕かれた。


「馬鹿な……俺の斧が……っ!」

「――《ラージアント》の牙は、非常に硬く、中級はおろか上級の武装でも部位によっては破損する」


 震える巨漢の前で、リゲルは毅然と呟く。


「その牙は『ランクゴールド』槍や、カイトシールドの一部にも使われることもある。――自慢の武器を破損させられた気分はどうだい? ゴブリンの仮面さん?」

「貴様、おのれっ、貴様ぁああああ!」


 激情し、吠えるままに予備の戦斧を振り上げる巨漢。

 腰に取り付けた四つの斧のうち、二つを抜刀。そして音速もかくやという速度で突進。

 しかしリゲルには見えている。その動きが。――窮地に陥った体が、《六皇聖剣》だった頃の技術を一つ思い出させていた。


 《見切り》――ありとあらゆる事象を認識し即座に最適解を導き出す、《神星剣》のスキルである。


 十六連撃放たれた旋風めいた斧の乱舞も、紙一重でリゲルにかわされる。

 ばかりか――。


「噛み砕け、《ラージアント》」


 リゲルは同じ『魔石』を活用する。

 魔物の核たる紅き石が。魔力を開放され、巨漢の斧を、その刃を、受け止め、『破砕』する。


「おおおっ、こんなことが!?」


 巨漢は驚き、全身を震わせる。当然だ。『魔石』とはやすやすと開放するべきものではない。

 確かに『一度』だけ魔物の力を使うことは出来るが、それはあくまで限定的。緊急の手段なのだ。

 『ランク一』の魔石ですら、採取は高難易度を誇る。

 ゆえに高価。『魔石』とは、こんなにも惜しげなく使うものではない。


 だが――そのことわりを無視出来るのがリゲルの特権だ。


「噛み砕け、《ラージアント》、《ラージアント》、《ラージアント》、《ラージアント》!」

「何故だ、何故それほど乱発出来る!? あり得ぬ、あり得ぬぞ貴様ぁ!」


 総数『八個』の《ラージアント》の魔石の力が、巨漢の仮面へと襲いかかっていく。

 残る四つあった斧のうち二本が破砕された。

 さらに群がる『牙』――具現化した巨大な蟻の能力が、巨漢を恐怖へと追い詰める。


「ぐう、うううう!?」


 『能力』の行使により、全てのラージアントの魔石の力が消えていく。

 『一度限り』の力――その効力が切れたのだ。

 けれど問題はない。

 リゲルにはあるのだ。たくさんの『魔石』が。ミュリーと出会い、迷宮に何度も出向き、破片クズを合成して手に入れた、数多の魔石が。

 

「打ち払え、《ケルピー》!」

「馬鹿な、またも魔石だと……?」


 上段から打ち下ろされた巨漢の戦斧が、強烈な『馬』の蹄の一撃で弾き返される。

 《ケルピー》――力強く俊敏な青白い馬の魔物の膂力が、巨漢を壁際まで吹き飛ばす。


「あり得ぬ、こんな、魔石をこんな乱発などっ!」

「まだまだあるよ? さあ、《ホブウルフ》――噛み砕け!」


 中段からなぎ払いを放った戦斧の一撃が、空中に現れた鋭い『黒牙』に防がれた。

 さらにリゲルが放った数多の『魔石』が、強大なる魔力の集石が、仮面の巨漢を打ちのめす。


「防ぎきれ、《ストーンリザード》! ――叩きつけろ、《オーク》! 切り裂け、《キラーソード》っ!」


 巨漢が牽制のため取り出した投げナイフが、石の巨大な『鱗』に弾かれ、巨漢の目の前に現れた半透明のオークの『拳』が巨漢を殴打し、鋭き『刃』の魔物が、巨漢の腹を切り裂いた。


「馬鹿な、こんな……こんな!? 何なのだ、いったい貴様は何なのだ!?」


 腹を突かれ、立て続けに魔物の力を受け、巨漢はたまらず下がる。


「おおおおおお!?」

 

 そこへリゲルは追撃する。常に腰に下げた革袋――魔石の入った『グラトニーの魔胃』から、紅き石を、魔物の力の根源を、惜しげもせず立て続けにばら撒く。


「粉砕しろ《ダースラット》――打ち払え《オーク》! 破砕せよ《ケルピー》! 打ち砕け《ホブスカラベ》! 叩きつけろ《レイスソード》! 切り裂け《コボルト》! 《キラーバット》!」

「馬鹿な……馬鹿な、あり得ん、おおお、おお、おおおおおおおお――!?」


 黒い『鼠型』の魔物の体当たりが巨漢の体勢を崩し、間髪入れず力自慢の魔物が、《オーク》の拳が、《ケルピー》の蹄が、《ホブスカラベ》の蹴りが、巨漢の体を打ち据え、《レイスソード》の鋭き刃が巨漢の左腕を、《コボルト》と《キラーバット》の牙が両足に深々と食い込む。


 深手を追う仮面の巨漢。血潮が飛び、その肌が、皮が、血塗られていく。

 だが、まだ倒れない。その体力はオーガやゴブリンキング並。


「ぐ……小僧、これだけ俺を追い詰めたのは見事! だが、貴様は知らん! 一級の探索者の力を! 俺の本気を見せてやろう。――闘技! 『烈風鉄砕――』」

「こちらも締めといこう。これは耐えられるかな? 第九迷宮《岩窟》四十階層――ランク四、『階層主』、石巨人ストーンマンの魔石だ」

「馬鹿、な……」


 それは強く硬く、巨大な、石の巨人の豪腕だった。

 戦斧の巨漢すら生ぬるい。それと比べれば、彼などまるで子供の武器。

 《階層主》。

 それは迷宮の各階層を守る、通常の魔物とは一線を画する存在である。

 その魔石の。

 力の暴力の具現が。

 見上げるような巨人の――半透明の、体表が石でできた『豪腕』が、仮面の巨漢へ振り下ろされる。


「馬鹿な、ぬおおっ、おおっ、おおおああああっ!?」


 咄嗟に戦斧を叩きつけ、抗う巨漢。

 通常より遥かに強い魔物、『階層主』のストーンマンの一撃が、彼の左腕を粉砕する。


「ぐあああああああああああああ!?」


 その体は、もはや死に体だ。全身が血に塗みれ、立っているのが不思議なくらい。

 だが、その殺意のみは未だ健在。

 殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す――執念を超えた妄執が彼を突き動かす。


「俺は! 負けんのだ! そう、俺は使命を授かったのだ、■■■■■様のためにっ! 俺は大願の――」


 そしてリゲルは最後の魔石を取り出す。

 彼は、これまで数多の『魔石』を手に入れてきた。

 地道に、地道に、幾多の欠片をかき集め、

 その中には当然、『ランク四』、『ランク五』、中級と呼ばれる魔石も多くある。


 もちろん、それが最強ではない。その上の力を、『上級』の魔石を、リゲルは持っている。

 

「――念のため、聞いておこう。僕とミュリーを見逃す気はないか?」


 リゲルは最後通知とばかり、柔和な笑みで尋ねる。


「だ、誰が貴様の提案など!」

「そうか、それなら仕方ない。――言っておくけど、僕もこの魔石を制御できるか怪しい。粉微塵になっても、化けて出ないでね?」

「ふざけろぉぉぉっ! 死ね! 俺はその娘をさらうまで、負けられんのだああぁぁぁっ!」

「なら仕方ない。後悔するといい――自分の愚かさに」


 リゲルが切り札の『魔石』を解放する。

 深い強い紅い光が乱舞する。

 呼び出されるのは圧倒的な暴力。

 凶悪にして暴虐にして破壊を司る大いなる『力』が、解放される。


「[それは地を這う災害にして暴力の具現。大地を脅かす巨大な覇者]! さあい出よ、『暴君』の名を授かりし魔物よ! ――《タイラントワーム》っ!」


 GYAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!

 人の体では再現できない、圧倒的な声量と巨大な影が、空間を引き裂いた。

 大きすぎる。そして巨大すぎる。それを完全に再現してしまってはこの宿はおろか街そのものが吹き飛ぶ。極限にまで縮小された力。

 巨漢を倒すのに最適な部分だけを切り取った、小さな、けれど圧倒的な魔物の胴体の一部が、顕現された。


「なん、だと!? 馬鹿な、それは《岩窟》の王とも言われる、タイラントワー――」


 最後まで言い切る事も叶わず、巨漢は戦斧ごと叩き壊され、押し潰された。


 抗うことも何もすることもできない、巨大にして暴君の『蟲王』の一撃。

 本来の大きさの百分の一しか再現させなかった一撃とはいえ、人間一人押し潰すのには十分過ぎる攻撃だった。


 ――それこそが、『ランク七』の魔石。

 第九迷宮《岩窟》二百階層――それ以降に生息する、本来ならリゲルも巨漢も遭遇し得ない、深層の覇者、《タイラントワーム》。

 その一撃をもって、ミュリー誘拐の巨漢との戦いは、終わりを告げた。



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