第四十七話 進撃の【合成】使い
「お疲れ様です、リゲル殿。戦闘、ご苦労さまでした」
「いえ、こちらこそ」
リットを撃破後、ギルド騎士達がすぐさま彼に駆け寄ってきた。
すでに治療の魔術で体は彼らの体は治療済みだ。
万全ではないが、行動に支障はさほどないだろう。
「すみません、『青魔石』使いがどの程度の強さか、測るのに手間取りました。次からは節約します」
「いや、十分です。それにしても、あれを上回ったリゲル殿は見事です」
「いえ、それほどでも」
すでに、護衛の騎士の動きは元に戻っている。彼らも腐ってもギルド騎士だ。敗北したとは言え、まだまだ余力はある。
そしてリットも一応は生かしておいた。彼も『青魔石』の被害者だ。情報収集や今後の対策のためにも、保護する必要がある。
念の為周囲に敵がいないか確認した後、リゲルが騎士たちへ問いかける。
「皆さんの傷は大丈夫ですか? 戦闘に支障は?」
「問題ありません。この白銀鎧には『自動治癒』が付与されており、骨折程度なら時間を数分で治りま」
「それでは少し遅いですね。――癒せ、《ヒールスライム》」
リゲルが懐より魔石を取り出すと、回復の力を持つスライムの力を発揮させた。
傷口が見る間に治っていく。その光景に、騎士達が驚く。
「す、素晴らしい効力だ……」
「こんな力を、惜しげもなく」
「さすがはリゲル殿ですな」
「……まあ、緊急事態ですから。それでも四肢欠損になれば厳しいですけど」
「十分ですよ。――しかし、便利ですな、《合成》の力とは」
護衛の騎士たちには、すでに《合成》の力を話していた。
いくら何でもこの状況で隠すのは無意味である。
それに、もうリゲルはグランに――『ギルドマスター』から救援を請われるほど信用を得ている。
今後、ギルドとは深い関係になるだろう。そのギルドの騎士ですら隠すことはマイナスになると考えていた。
戦場で、何より信頼を創るのは自分たちの『力』の開示だ。
もちろんリゲルも道すがら、騎士たちの能力は把握している。
「リットと『青魔石』はどうしましょう?」
騎士の一人がリゲルに訪ねる。
すでに彼は戦闘不能。息はあるが気絶している。
「僕が封じておきます。――捕縛せよ、《チェインスネーク》、守護の要となれ、《ガーディアンゴイル》」
リゲルは《縛鎖》の能力を持つ魔石でリットを拘束した。
さらに《ケルピー改》の『青魔石』は巨大なガーゴイルに護らせる。
《ガーディアンゴイル》。
その力は『防御』に特化しており、『青魔石』やリットを他の人間から守るよう命じる事が出来る。
青魔石は下手に封じようとするとそれを『破壊』しようとする作用があるため、予め騎士から聞かされていたリゲルはそのために措置をした。
本来ならしっかりとした場所に『青魔石』を保管しておきたいが、時間がない。当面、青魔石の対処はこれでいく。
リットら青魔石使いの同様だ。今後の尋問のために保護を『魔石』で行う。
「よし、これでいい。先に行きましょう」
「「了解!」」
号令のもと、リゲルは新たに《ストーンリザード》、《コープス》、《キラーモス》の魔石を取り出し、護りを固めつつ走った。
『石の鱗』、『屍の壁』、『麻痺鱗粉』を漂わせる鉄壁の護り。
もし『青魔石』使いが襲ってきても、『麻痺鱗粉』が動きを止め、それが突破されても『石の鱗』と『屍の壁』が防ぐという三重の守りが防ぐ布陣。
「いました! 前方三時の方向!」
途中、いくつもの魔石使いの攻撃の余波が襲い掛かった。
「突風です! かなり強力なのが三つ!」
「強烈な腐食能力を持つ風です! さらに八時の方向に魔力反応!」
「陣形は乱さないで! 僕が迎撃します、皆さんは防御を固めつつ前へ!」
リゲルは走りながら《ハーピー》、《ストームビー》、《キラーソード》の魔石を複数使い、突風や衝撃波を相殺する。
その後も次々岩の濁流、爆炎の嵐、氷の風――散発的に襲いかかるが、全てリゲルが魔石で封殺していく。
「(……思ったより魔石の消費が激しい。補充が必要か)」
走りながらリゲルは《合成》の詠唱を唱える。使い終えた魔石を、更なる強力な魔石に変え、迎撃の要とする。
連続詠唱を立て続けに行った結果、魔石を二十五個量産した。ランク一からランク四、五にまで様々な魔石だ。
「はあ、はあ……ここは、比較的平穏ですな」
とある一帯に差し掛かり、騎士の一人が呟いた。
「それにしてもリゲル殿の強さは見事です。完全に我々は補助係だ」
「いえ、皆さんが前衛だからこそ出来る芸当です」
実際、騎士たちがいてくれるおかげで大分助かっている。
彼らが前衛として機能していなければ、もう少し消耗は早かっただろう。
その言葉が嬉しかったのか、騎士の一人が笑う。
「はは、戦士として惚れ込みそうだ。……私には十二歳の娘がおるのですが、どうです? 将来の嫁に貰ってくれませんか?」
「ふふ、遠慮しておきますよ、僕にはミュリーがいますから」
「側室でも、良いのですよ?」
「いやー、あはは……」
さすがに年端もいかない少女をフィアンセにするのは抵抗がある。
しかし、「お兄ちゃん」と言われるのは少しだけ憧れがある。
――いやいや、何を言っているんだ。戦地の中だぞ? ――リゲルは頭を振って、一刻も早く支部に目指すべく走った。
「また青魔石使いを発見!」
「なんだあれは、樹の槍……っ!?」
視界右方、巨大な瓦礫を突き破って、大きな樹の槍が襲いかかる。
前方の視界全域を覆うような、巨大な影。
「っ! 散開してください! ――噛み砕け、《コボルト》! 《ホブウルフ》!」
「巨大な樹の槍? これは――《ウッドゴーレム》か!」
前方、大きな着地音と共に赤毛の青年が立ちはだかった。
ぎらついた目、返り血で汚れた服、その手には妖しく光る青い石。――青魔石使いだ。
「ううウっ、ランク銀以上の探索者に呪いあれ! ――ォォオオオオッ!」
青年が咆哮すると同時、その手から次々と巨大な樹の槍が現れリゲル達に迫る。
《ストーンリザード》の石の鱗で盾を造りながらリゲル達は叫ぶ。
、
「炎系の攻撃で迎撃を! ――焼き尽くせ《ヒートゴブリン》! 《フレイムサーペント》! 《ブレイズラット》!」
[逆しまの炎よ、哀れな羊に断罪の猛炎よ注げ、『イグニス・レイン』!]
[破砕の火炎を乞い願う、我が剣よ浄化の光となれ、『フラムブレイド』!]
「はあああ! 闘技! 『疾風炎牙』ぉぉ!」
リゲルの火炎のゴブリンの打撃の力と、炎の蛇の突進と、火炎鼠の体当りが衝突する。
さらにギルド騎士達の火炎雨と燃える大剣と刺突が、樹の槍を焼き尽くす。余波で青年ごと吹き飛ばし、一撃で昏倒させる。
「やれやれ、こんなのがまだ大勢とは……」
「何か妙な事を口走っていたが、どういう意味だったのか?」
「判らん。必要最小限の戦闘で駆け抜けるだけだ。……リゲル様、参りましょう」
「そうですね、警戒は厳に」
周囲に警戒しつつも先を急いで駆ける。
《ウッドゴーレム》使いの青年を《チェインスネーク》で拘束し、《ガーディアンゴイル》の魔石で保護する。
それらを繰り返す。
「支部まであと五百メートル! 間もなくですリゲル殿!」
「判りました! ここまで来たら後は後方を――」
直後、天空より、眩い雷が襲来する。
リゲルが咄嗟に放った《ストーンリザード》の鱗と《グール》の壁が焼け崩れ、盛大に四散する。
かろうじて凌ぎ切ったが――辺りに猛烈な紫電と、爆音が辺りに迸る。
「なんだ今のは!?」
「これも青魔石使いの仕業か!」
「きりがない……え、あ、あれは!?」
線の細い体躯。青白い肌。
優男といった風で温厚さを連想させ、背は低くも高くもない青年。
しかし、その眼差しは憤怒に満ちており、まるで荒々しい紅蓮の炎のよう。
――話に聞いていた顔の一人だ。
暴走の『はじまりの四人』の青魔石使い。
騎士からもたらされた情報から、リゲルはその名と顔を知っている。
「――ボルコス伯爵家の使用人、マルコ……」
「しかし待ってください! 様子が、おかしい……っ」
報告では彼は気弱な優男といった風貌で、暴走時には怒れる獣のような様子とあったはず。
しかし、今はそれですら易しい表現。
彼の右手には大きな爪があり、肩には棘があり、右腕、左足、胴体には黒緑の『甲殻』が張り付いている。
それはまるで、『鎧』のように。
未完成に見えるが、その光沢、その強靭らしさ――明らかに通常の鎧とは違い、一線を画す禍々しさ。黒いオーラが溢れている。
「何だ、あれは……?」
「報告では《パラセンチピード改》の魔石を有するとあったが?」
「これではまるで――」
ギルド騎士七名が訝しげに剣を構える。
「……まさか……」
リゲルは呻く。
『青魔石』は、一般の人間の元に現れ増殖を繰り返すはずだ。
これまではそうだった。これまで倒した者全てがおそらくそうだろう。
しかし、仮に『青魔石』が、進化し続ける悪夢の石だとしたら?
『増殖』の頻度のみならず、使用者の『外見』までも変える性質を持つとしたら?
――そんな恐ろしい推測が、リゲルの中を過ぎる。
「……『青魔石』を使い続ければ……『魔物』そのものに、変化する?」
全ては想像じみた、仮説でしかない。
しかし、リゲルの目の前。雷をまとう青年は――。
「うううウウ、ううウアア、うウああアアッ!」
甲殻に覆われたマルコは、今まさに本物の《パラセンチピード》へと、【進化】しかけているように見えた。





