第四十六話 激突の、【合成】使いと『青魔石』使い
「はっはーっ! 誰かと思えばクソッタレの騎士様じゃねえか!」
リゲルたちが出発して数十秒後。早くも『青魔石』使いが躍りかかる。
《四級》解析官――リットだ。彼は《ケルピー改》の瞬発力を用いて迫り――立て続けに衝撃波を六発放った。
リゲルの護衛騎士、一人が吹き飛び、二人がその場に足止め。残る三人が跳躍して散開――上、右、左からリットへ斬りかかる。
「遅ぇ遅ぇ遅ぇ!」
リットは嘲るように笑うと華麗にターン、残像すらかすむ程の速度で軽々とかわすや、衝撃波を五度解き放つ。
騎士の一人が吹き飛ばされる。別の一人が地面へ激突。一人がリットに背後に回られ、至近距離から衝撃波を直撃――もろに受けて倒れ伏す。
あっという間に、三人の騎士が戦闘不能。
「馬鹿な……っ」
かろうじて死んではいないが、年かさの騎士が唸った。確実に戦闘は困難。
「はっはぁ! 弱ぇな、弱すぎる!」
「貴様ぁ! よくも!」
[紅蓮なる槍よ、魔を薙ぎ払え――浄化の炎! 『フレイムランス』]!」
「闘技! 『錬脚――」
「遅ぇって言ってんだ、当たんねえよぉぉっ!」
リットが付近の建物、瓦礫、折れた観葉樹をジグザクに跳躍し回避する。
騎士達は目で追いきることも叶わない。
リットの持つ《ケルピー改》は、瞬速の能力を持つ『青魔石』だ。
その速度、音速を超えただ通り過ぎるだけで驚異となる。
騎士たちがミスリルブーメラン、ミスリルナイフ、放射系の魔術を放つがかすりもしない。
次々と反撃に衝撃波を受け、遥か遠くへ吹き飛ばされる。
――ギルドにおいて『中堅』と呼ばれるのは、《三級》騎士である。
しかしこの場にいるのは《四級》――隊長格でも、《三級》になったばかりの中級騎士達。
急場の護衛でリゲルに人手を避けなかったためだが、相性も悪い。
リットの青魔石《ケルピー改》は『高機動』の青魔石ゆえ、各個撃破を得意とする使い手。
連携も不十分、なおかつ個々の強さも劣るこの場の騎士達では、リットを捉えられない。
一人、また一人と高機動と衝撃波に翻弄され倒れていく。
「ハッハ――っ! これでラーストっ!」
最後の騎士が脳天に衝撃波をぶつけられ、兜を揺さぶられ意識を失い倒れる。
総勢七名いた騎士達が、五分もせずリットの猛威に屈する。
「あとはてめえだけだ。さあ、命乞いでも何でもしな」
陣風振りまき、、リットが、リゲルの前に着地する。
凶悪などす黒い視線が、リゲルへと注がれる。
「……いくつか聞きたいことがある。なぜ、こんな事を?」
「あん?」
「その青魔石、どうして手に入れた? ……いや、何故使った?」
先程やられた騎士達から、リゲルはおおよその事情は聞いている。
《ロードオブミミック改》を基点に増殖、少なくとも十種類以上の『青魔石』が現れ、暴走を開始したのだろう。
けれど、その力を破壊に使うか、使わないかはあくまで所持者の意思のはず。
リゲルには、目の前の破壊の光景が信じられない。
魔物相手ならともかく、人間の街を――それも無実の人々に行う事は、あまりに残酷過ぎる行動だ。
リットは嗤う。邪悪に、酷薄に。
「はは、何を言うかと思えばくだらねえ! 俺は俺のやりたいようにやるんだよ! 俺を馬鹿にした世界に、目にもの見せてやるために! 誰にも邪魔はさせねえ、俺の前に立ちはだかるのなら――てめえも潰す!」
「逆恨みでこんな事を引き起こしたのか? 馬鹿というより下劣としか言いようがない」
「なんとでも言え! 俺が、どんな思いで鬱屈していたか知らねえだろ? 知らねえだろうなぁ……。持つ者は、持たざる者の心を理解出来ない。だから、俺が教えるんだ! 奪われ、蔑まれる苦しみを! 弱者が踏みにじられる痛みを! 俺が、教え込んでやる!」
「――それは、子供の理屈だよ。低俗過ぎる」
その怒り、判らなくもない。
リゲルもかつて、《六皇聖剣》から落ち、弱者として見下された事があった。
以前は出来たはずの事が出来ない……その劣化した自分の能力と周りの嘲り。
その無念が少なからず軽減できたのは、ミュリーの存在や、メアのおかげ。
だから、彼のような恵まれない人間が騒動を起こす心境は、痛いほど判る。
けれど。
それでこんな行いが許されていいはずがない。
そして同時に――リゲルは思う。
これほどの破壊、それだけの理由で行えるものなのか?
破壊に殺戮……いくら何でも過激な衝動に蝕まれすぎている。
おそらく……『青魔石』自体に、副作用があるのだろう。
だとすれば、この事態にも説明がいく。
「(『錯乱』か『混乱』か……『暴走』の作用があるのは間違いない)」
元から『ランクマイナス』などと言う不気味な青魔石だ、安全だとは思えない。
ここで打ち倒して正気に戻させるしかないのだろう。
「念のため、聞いておこう……大人しく、その『青魔石』を手放し、降伏する気はないか?」
リットはせせら笑った。
「阿呆か! 俺はようやく相応しい力を手に入れたんだ。ギルドも! 衛兵も! ランク黄金も! 俺を見下した奴らに復讐しなけりゃ、俺の怒りは収まらねえんだよォ!」
「そうか、身勝手な奴で安心した。なら全力で叩き潰せる」
「抜かせ雑魚がぁ! やってみろがいいさ、俺に――ついてこれるかよぉぉぉ!」
リットが残像かすめて消える。
リゲルが、通常の魔石を周囲にばら撒く。
「――咆哮せよ《マンドラゴラ》! 拡散せよ《キラーモス》! 突撃しろ《レイスソード》! 焼き払え《フレイムマミー》!」
超音波が迸り麻痺鱗粉が拡散し、鋭利な刃が飛び火炎の鞭が乱れ飛ぶ。
リットが衝撃波を放ちそれらの半数を蹴散らした。
リゲルとリット――二人の魔石使いによる激戦が、今幕を開けた。
† †
「――心配ですか? リゲル様のことが」
レストール家の屋敷。ミュリーの部屋にて。護衛隊長のラッセルが、精霊少女へと尋ねた。
ベッドの上に座り、窓の外を見つめる彼女は――
「心配はしています。いつだって、わたしはリゲルさんの身を案じています」
遠く、響く衝撃音を聞きながら、彼女は呟く。
「リゲルさんは戦地にいますから。だから、万一の事はいつもあります。心配でない時なんて、ありません」
「……愚問でしたな。忘れてください」
「いえ。……けれど、心配はありますけど、それ以上に思う事があります」
「それは、何ですかな?」
「勝利です」
短く、けれど決然とした声音でミュリーは宣言する。
「リゲルさんは誰にも負けない。どんな相手にも勝てる。――これまで、何度も果たしてきましたから」
ミュリーは手を組む。大切な少年のために。目を閉じ、ここにはいない彼のために。
強く強く――想う。
「だから、わたしは『祈り』を捧げるだけです。――今度も、無事に帰ってきてくれますように。またわたしに笑顔を向けてくれるように」
「……そうですな、我々も、そのためにいるのですから」
ミュリーの体から、神々しいまでの光が溢れ出す。
『加護』の発動。
精霊の体から、リゲルへと『腕力1・5倍』、『速力2・3倍』、『反応速度3倍』、『魔術耐性1・6倍』、『思考速度4倍』――様々な『加護』が与えられる。
「――リゲルさん。あなたは、誰にも傷つけさせない。あなたは――わたしが守ります!」
強大な二つの気配が、街で激突するのを感じて――。
ミュリーは神聖で純粋な『祈り』によって、少年をさらなる次元へと引き上げた。
† †
「ヒャハハ! ヒャハハハ!」
爆発的な衝撃波が吹き荒れる。大地を揺るがす激震が地面を砕き割る。
リゲルと、リット――『合成』使いと『青魔石』使いの戦いは熾烈を極めていた。
家屋が吹き飛び地面が揺れ、周囲一帯の瓦礫がさらに粉微塵となる。
「(――やれる! この程度ならやれるぜ!)」
爆裂し四散する戦場の中、リットは確信する。
意気込んで飛び込んできた少年、リゲルは能力的には平凡、特に見るべきものはない相手だ。
《鑑定》魔術で能力を解析してみたが――『腕力』、『速力』、『体力』、『魔力』……いずれも半端で、際立ったものは何も無い。
バランスも良いため隙もないが――所詮は中級探索者に過ぎない。
莫大な力を得た今の自分なら、敵うはずもない相手!
なのに――。
「――叩きつけろ、《ゴブリン》」
魔石から具現化し打ち掛かる下級魔物の攻撃を放つリゲル。
それを避けるリット。
彼の《ケルピー改》による移動は、音速だ。かすりもしない。撃ったと思えばはるか彼方にかわしている。紛れもない超速の域。
《ゴブリン》の魔石ごときの攻撃など当たるわけがない。リットの駆けた遥か後方を、鈍い攻撃が過ぎる。
しかし――。
「――叩きつけろ、《ゴブリン》」
直後、またも同じ攻撃。学習能力のない連撃。止まった虫のような鈍速攻撃を、リットは余裕で回避する。
そして。
「――叩きつけろ、《ゴブリン》。切り払え、《ゴブリン》、打ち払え、《ゴブリン》」
「何なんだてめえ……さっきから、何なんだよ……?」
音速を超えるリットの疾走は、もはや音速を軽く突破していた。こんな攻撃、十度撃とうが二十度撃とうが、当たるわけがない。
だが、それでも愚直に魔石ばかり使うリゲルに、リットは寒気を感じる。
「――叩きつけろ、《ゴブリン》、《ゴブリン》、《ゴブリン》《ゴブリン》」
「お前……何故だ……? どうしてさっきから、魔石をそんなに使える……?」
それがリットには疑問だった。『魔石』とは、たった一個で『銀貨一枚分』になる高価な代物だ。
壊れやすく、脆い。ゆえに希少――最下級の『ランク一』でさえ、中堅探索者がやっと手に入れられる一品のはず。
確かに、攻撃用として使えることも可能だが、それも一度きり。あとはゴミだ、何の価値もない。
それを、戦闘に使うだと?
こんなにも無造作に? 惜しげもなく? ――あり得ない。
一筋の――冷や汗がリットの頬を伝う。
「――噛み砕け、《キラーバット》。叩きつけろ、《ゴブリン》。貫け、《レイスソード》」
「おいおい、嘘だろ……こんな……」
使われる『魔石』はどれも『ランク一』。間違いなく低級――上級の探索者なら楽に取れるだろう。
だが、それでも全てが『銀貨一枚分』の価値だ。こんな事、中級の探索者には、あり得ない散財。
「(そのはずだ! 俺は間違っていないはずだ。なのに……っ!)」
「――食らいつけ《ホブウルフ》! 切り刻め、《レイスソード》! 焼き払え、《フレイムアント》! まとわりつけ、グール》!」
「あり、あり得ない……」
牙を振り襲いかかる《ホブウルフ》、殺到する《レイスソード》、火炎を吐く《フレイムアント》、迫る《グール》――それらをかわし、弾き、強く蹴り飛ばしながら、リットは恐怖する。
「(嘘……だろ? どれもこれもが銀貨一枚分……!? 軽い牽制なんてものじゃない!)」
短剣など、安物を投げるのではなく全て銀貨一枚分。一般人なら八枚もあれば一日分の給料。
それを湯水のごとく使い捨て、なおかつ続けるその異常。売れば間違いなく財産になる魔石を、ドブに捨てるようなその行為――明らかに異常だ。
それなのに――。
「何なんだ……お前は一体何なんだ……」
「――おっと。足が止まってるよ?」
「っ!? ――くそっ!」
寸前のところで《キラーモス》の突進をかわすリット。
だが今のは『ランク三』の魔石の攻撃だ。
価値にして『金貨四枚分』―― 一般人の、『五日分』の給料に匹敵する。
それを、それをこの少年は――。
「噛みつけ、《キラーモス》、《キラーモス》、《キラーモス》、《キラーモス》、《キラーモス》!」
ぞくり――とリットの背筋を怖れが這い上がる。
『金貨四枚分』の魔石を、立て続けに五個も乱発。
その上さらに《ゴブリン》、《ホブウルフ》、《グール》……『ランク一』とは言え銀貨一枚分の魔石を乱発するリゲル。
一体、これまで奴はこれまでいくつの魔石を無駄にした?
金貨、銀貨、銅貨……価値にして一般人の『月給』にも当たる量を散財していないか?
リットは、震える。冷や汗が流れる。胸がむかつく。動悸が激しくなり、あり得ない想像をしてしまう。
――こいつまさか、無尽蔵に魔石を生む魔術がスキルを持って――!?
「どうした? 完全に攻撃が止まってるよ? それじゃ負けるよ?」
「黙れ! 今からてめえをぶちのめ――」
「はい。隙だらけだ」
瞬間、リットの体を激震が襲う。
背後からの奇襲。魔石、《アクトスパイダー》の突進。それををもろに受けるリット。
かわせる距離ではなかった。直撃だった。巨大なクモの魔物の一撃に、リットの左腕がバキバキバキッ、と嫌な音を奏でる。
「ぐうああああああああああっ!?」
それで攻撃は終わらない。さらにリゲル《スプライト》、《ハイゴブリン》、《キラーフライ》の魔石を立て続けに発動した。
幻惑、打撃、噛み付きをかろうじて『加速』し避けたリットに、さらに信じられぬ光景が飛び込む。
「食らいつけ《アクトスパイダー》! 《アクトスパイダー》! 《アクトスパイダー》! 《アクトスパイダー》!」
「なん……だと……っ!?」
『ランク四』――ベテランの探索者でも手に入れるのが難しい魔石を四つも。
《アクトスパイダー》――それは第四迷宮、《樹海》の第四十一階層に住む巨大クモである。硬質かつ瞬速の動きは驚異そのもの。
その魔石は『金貨十枚分』の価値であり、おいそれと手には入らない。
それを、四連発。
「(嘘だ……っ、嘘だ嘘だ嘘だ……っ)」
低級とはいえ、ギルドの『解析官』のリットには判る。
これらは全て本物、そして紛れもない本物の魔石だ。魔術でごまかした偽物でも、ましてや偽装した物でもない。
だからこそ判る。この異常に。異端性に。震えが走る。
「《アクトスパイダー》! 《アクトスパイダー》! 《アクトスパイダー》! 《アクトスパイダー》!」
「(嘘だ……嘘だ……!)」
殺到する巨大クモの光景に、リットは身震いが止まらない。
金貨をドブに捨てるが如き異常。金を金とも思わぬ異端。
まるで、『いつでも手に入れられる』石ころを投げ捨てるように、
金貨を金貨とも思わぬ――あり得ない波状攻撃。
「馬鹿な……あり得ない、こんなこと、絶対……っ」
「焼き尽くせ、《フレイムウェイズ》。まとわりつけ、《ウィル・オ・ウィスプ》。噛み砕け、《ロックリザード》!」
『ギルド』の職員であるリットは判る。あの数、あれだけの数の『魔石』を得るために日頃、探索者はどれほど苦労しているか。
全て『ランク四』――『金貨十枚分』に匹敵する魔石の乱発なのだ。
たかが一人の敵を倒すためだけに、散財する量を大きく超えている!
狂人? 貸与された物? よく似た魔術攻撃? 否、否、断じて否だ! そもそもどの『魔石』も紛れもない本物!
先ほどから《解析》魔術も兼ね回避するリットには、怖いほどそれがよく判っている。
「ふざけるな、ふざけるなよ! 俺のそれは何だ!? イカれている! そうだおかしい、絶対にだ! てめえ、何なんだ、こんな散財、いつまでも続――」
「さて、締めに入ろう――焼き潰せ、《バーンゴーレム》!」
今度こそ。
今度こそ本当に、リットの心に、大きなひびが走った。
燃え盛る火炎の巨人――《バーンゴーレム》。それは、『階層主』と呼ばれる強大な魔物だ。
第五迷宮《岩窟》、七十階層――その守護を司る、『階層主』。強者の中の強者。猛烈なる紅蓮の巨人。
その『魔石』の取得には、ベテラン探索者十人は要すると言われる――価値にして、『金貨三百枚分』の、高級品。
その、金貨の塊のような、灼熱の拳がリットを襲う。
「あ……あ……ああ……」
かろうじて、リットは本能による回避だけは間に合った。
だがそれだけだ。《バーンゴーレム》の豪熱な拳は、燃え盛る紅蓮の火炎。その攻撃は余波だけで熱波を起こし、突風を舞わせ、彼を逃さない。
「ぐあっ、ぐあああああああ!?」
衝撃波で転がり、瓦礫に突っ込み、悶えるリット。瓦礫に激突し爆散させ、それでも勢い止まらず、泥と砂にまみれた地面を転がる。
あまりの高温に皮膚は焼け、ただれていく。リットは恐怖のままに呻く。
「あ、あり得ない……お前は一体……っ」
『ランク六』の魔石を攻撃に使う、そんなものは狂気だ。あってはならない。否、こんな雑魚が出来るはずがない。
貴族や高位探索者が、オークションで手に入れるような希少品を。
数多の探索者、豪商が、羨望するような代物を。
こんな、普通の探索者が、使っていいものは断じてない!
「(うそだ……これは夢だ、悪夢だ……)」
これが白昼夢だと言われれば、喜んでリットはそれを受け入れただろう。
しかし、現実に金貨や銀貨数百枚に匹敵する攻撃が乱舞する。
《アクトスパイダー》、《ウィル・オ・ウィスプ》、《オーガ》……ランク四以上の魔石が立て続けるに使われる悪夢の光景。
リットは、心の底から恐怖が止まらない。
「(何か……何かからくりがあるはずだ! それを暴く!)」
リゲルの回し蹴りをかろうじてスウェーでかわし、リットは後方へ跳躍する。
解析官としての本能が発動。
湯水の如く使われる《ゴブリン》、《オーク》、《グール》、《スプライト》の魔石の猛攻を回避しながら、リットは詠唱する。
「――[我、解析の使徒に請い願う! ――真実の開示を! 偽りなき事象を願う者なり!] ――『ハイライブラー』!」
それは、解析のための魔術。
ギルドの受付などが使う低級の《鑑定》魔術ではなく、解析官が、専門家だけが使える上位鑑定魔術。
それを、リゲル相手に使用――。
その解析のための魔力が、リゲルへと注がれる。
「――ははっ! 見えた! これでてめえの手品を全部見破ってやるよ、覚悟しろ、反撃はこれから――――」
瞬間。
リットは見てしまう。
見てはならぬ、リゲルの真実を。本人でさえ知らない、異常な情報の一端を。
【リゲル(本名■■■■■) 十八歳 レストール家の家主(元ヴォルキア皇国の『■■■■』)
レベル30(本来はレベル■■■)
探索者ランク:『青銅』
クラス:付与術師 (本来は『■■■』)
状態異常:『能力簒奪』(とある事情により本来の大半の力が奪われている)
『進化の兆し』(合■スキルの強化の予兆。能力の変動や体の不調が稀に起きる)
称号:『裏切られた英雄』『克己者』 (HPゼロ時、高確率で生き残る) (習得する経験値が通常の1・5倍となる)
『■■との契約者』 (スキル『合■』が発動可能になる)
『■■に愛されし者』 (自動発動。瀕死時、必ず能力値が30倍になる)(また致死量の攻撃を受けた場合、■■化して破壊の化身となる)
『■■■に愛されし者』 (条件次第により、失われた『特技』や『スキル』を復活させる。また、稀に相手の『スキル』を模倣する)
体力:378 魔力:368 頑強:318
腕力:318 俊敏:302 知性:397 (全て現在の数値。本来の数値は『不明』)
特技:『短剣技Lv3』 『投擲術Lv4』(それ以外にもあるが、現在は使用不能)
スキル:『見切りLv7』(広範囲攻撃以外、高確率で回避する)
『合■Lv2』(あらゆる魔石、もしくは魔石の欠片を合■することが出来る)
『????』×12 (本来は他に12のスキルを持っているが、現在は使用不能)
魔術:『付与魔術Lv4』 『補助魔術Lv3』 『回復魔術Lv4』
『????』×50 (本来は付与魔術以外の50の魔術を持っているが、現在は使用不能)
装備:『転移短剣バスラ』
『レザーシリーズ一式』
『スチールナイフ』×15
『グラトニーの魔胃』×5 (数トンの持ち物が入る)
『魔石』×??? (数が多すぎて把握不能)
『聖剣■■■■■■■■』の残滓(かつて存在した、『聖剣』の残留魔力。条件次第で装備を一時的に『聖剣化』させる)】
「なん、だ……これは……?」
脳内に映し出された数々の情報。虫食いだらけの情報に、リットは震え上がる。
「(レベルが本来――3桁だと!? 馬鹿な! 一体どういう……そ、それに名前が……偽名!? いやそんな事はいいっ、それよりも……っ)」
称号の数が多い! それにその効力も。あり得ない数値や内容だ。それよりも魔術の数が……50! 明らかに常識を超えている。
その余りの異常性に、リットは蒼白色のまま硬直する。
「(それに……こいつ何かに愛されている。それも二人も!? そ、それに『聖剣』だと!? どういう事なんだ……何故、何が……っ!?)」
冷や汗が止まらない。背筋がゾッと総毛立つ。
先ほど測った数値とは別次元のスキルや情報の数々に、戦慄するしかない。
「(いや待て! 冷静になれ、奴は大半の魔術が使用不能だ。それにスキルはどれも直接攻撃が出来るタイプじゃない! 落ち着いて対処すれば……やれるはずだ!)」
そもそもリゲルの技能は、使用不能ばかり。
並ぶ単語は物騒だが条件付きしかない。冷静に対処し、応戦すれば勝利は可能だ。
リットは己に言い聞かせる。
そう、俺は速さと解析力に長けた解析官。加えて《ケルピー改》の恩恵を得た怪物。今の自分なら間違いなく勝てる。絶対勝てる。必ず勝て――。
「(そ、そんなわけあるか! 破壊の化身って何だ!? 自動で30倍に跳ね上がるって何だよ!? なんだこいつ……明らかにやばい……っ!)」
恐怖、動揺、驚愕が止まらない。
『ただのランク青銅』に、こんなものはあり得ない。
称号に、偽名に、元の経歴に、本来のレベルの高さ――それに、判明出来ないスキルや装備がいくつもある異常。
「(逃げろ……っ! 早く、早く早くっ!)」
どこまでも遠くに。この化け物の手の及ばない領域に。
出来るはずだ、《ケルピー改》の瞬速を持ってすれば可能なはずだ。
だってそうだろう? これは人類が相手にしていい相手ではない、必ずやばいものが眠っている。解析官としての本能が叫んでいる。
本来相対してはならない『魔人』。それに、喧嘩を売ってしまった。蜘蛛の巣に入った蝶々のような絶望感。震えながら、怯えながら、リットは駆けようとして――。
「――《トリックラビット》」
ぽつりと。リゲルが呟いた瞬間、リットの景色が移り変わった。
駆け出した瓦礫の転がる地面から一転。リゲルの眼の前に『強制移動』される。
「(な!? ……? ……え??)」
それは決定的な隙だった。直後、リットはリゲルの回し蹴りを受け転倒。脳が揺れ、体勢も立て直す暇もなく瓦礫に突っ込む。
「うがっ、がああっ!?」
かろうじて起き上がり、再度、《ケルピー改》の瞬速のもと逃げ出そうとするが。
「――《トリックラビット》」
放たれたリゲルの声が、それを許さない。
音速で駆け出したリットの光景は、瓦礫だらけの地面から移り変わり、リゲルのへ、淡々と、無表情に魔石を使う少年の顔へと移り変わる。
「(――しま……っ、こいつ空間を操るタイプの魔石を使えるのか!? ――まずい、まずい、まずい!))」
焦燥の汗がリットの額を流れる。
『魔石』には様々な種類があり、当然《空間》系も存在する。
これはその一環。位置関係を変える魔石、対象の『位置を入れ変える』魔石である。
その効力の前では、リットの瞬速は意味を成さない。いかに音速だろうが、雷速だろうが、それが触れられる物体なら『全て』を入れ替える転移魔石。
リゲルはその辺の『石ころ』とリットの『位置』を逆転、自らの攻撃の届く位置に『入れ替えた』のだ。
「(……ば、馬鹿な、それでも『ランク五』の魔石だぞ!? それをこうも乱発……ぐああああ!?)」
そんな動揺を見逃すリゲルではない。
一瞬硬直したリットを、リゲルが《ゴーレム》の魔石の豪腕で襲いかかる。
重量数十トンにも及ぶ巨大な拳。完全に意識外からの攻撃に、リットはかわす事も出来ない。豪腕がリットの右腕を直撃し、バキボキベキッと、嫌な音を立てて粉砕する。
「うぐっ、ああああああああああ!?」
そしてその隙すらもリゲルは見逃さない。
三つの魔石を立て続けに発動。極寒の吹雪が彼とその体を襲う。
「――凍てつかせ、《スノウフェアリィ》! 《フリーズベア》! 《ジャックフロスト》!」
「く、そ……動け、動けな……!?」
氷結系の魔石でリットの足が止まる。両足が凍る。戦闘では命取りと成る、機動力の激減。
完全に移動力を殺された。
一ミリも動けない、動かせない。
「(まずい、まずいまずいまずい! 早く抜け出さないと!)」
咄嗟にリットが足元に衝撃波を放つ。
放射状に砕けた地面が弾け飛び、その衝撃で霜や追撃のリゲルの《ゴブリン》などの攻撃が四散する。
「はあ……はあ……やらせねえ! 俺は、やられるわけにはいかねえ! お前なんぞに、俺は……っ!」
「何に怯えているのか判らないけど、終わりにさせてもらうよ」
「ふざけるな……! お、俺はやれる! まだ、まだ俺は――――ッ!」
瞬間、リットは膨大な『衝撃波』を解き放った。
それこそが今までのものとは規模が違う――最大、かつ全力を込めての一撃だ。
いかにリゲルが魔石で凌ごうとも、これだけはかわせない。
解析した内容にも述べてあった。広範囲攻撃には対処出来ない。猛烈、かつ視えぬ音速の攻撃。ゆえに必殺。これが乾坤一擲の一撃だ。、逆転を決める最強最後の一撃――。
そう、リットが思った瞬間――。
「何……ああ!?」
リットから、困惑の声が漏れた。
それも当然だろう。
景色が変わっている。いつの間にか、何故か足元に瓦礫がある。硝子がある。砕けた石片。先ほどと、景色がまるで違う。
「(しまっ……トリックラビッ――)」
「後ろだよ」
ハッとしてリゲルが振り返った直後、リットは猛烈な衝撃を受けて吹き飛んだ。
ランク四、《リビングアーマー》の魔石。
硬質な鎧の重戦士の攻撃を受け、地面をこすり、猛烈な勢いと共に後方の街路樹へ激突するリット。
「ぐっ……はあ……はあ……」
「さあ、終わりにしようか」
リゲルは掌の魔石を弄びながら語る。
ランク四。対象を腐食させるスライムである。その泥錠の魔物に囚われた者は、体を溶かされる。
それを四つ。優しい死神のごとく、両手に広げながらリゲルが告げる。
「(あ……あ……)」
リットは、体の芯から震える。
正体不明のスキルの数々に、得体に知れない加護の数々に、無尽蔵に使われる『魔石』――。
勝てるはずがない。
そう思ってしまう。
絶対に勝てぬ相手。抗えぬ悪魔。リットは自分は、会ってはならぬ本物の『怪物』に喧嘩を売ってしまった。
「こ、こうなったら――」
負けられない。負けたくない。その一心が、リットに最後の力を与えた。
「ああああああああああああああっ!」
怒声にも似た叫びと共に、リットは《ケルピー改》の完全開放――その全魔力を解き放った。
一瞬で大量の『水流』が辺りを覆い尽くし、触手も、瓦礫も、リゲルも、周りの護衛騎士達も、まとめて洗い流していく。
「……これは――」
「ははははは! 俺は《ケルピー改》の使い手だ! 《ケルピー》とは別名『水棲の幽馬』! 水を司る魔物! ――そうだ、全力を出せば、辺りを水没させられる! てめえなんぞ簡単に――」
「ケルピーか。それなら僕も持っている」
大量の水に流されつつも、リゲルは淡々と呟いた。
そして、新たな魔石が発動――淡く爆発的な光が召喚される。
「流し尽くせ、《エルダーケルピー》」
直後、先ほどのリットの水流を上回る、膨大な激流が、リットを押し流した。
大水流が《ケルピー改》の水を受け止め、相殺し、ばかりかリットの攻撃ごと吹き飛ばす。
「あ……あ……あ……嘘、だろ……」
《エルダーケルピー》。それは、『ランク六』の魔石である。その威力は通常のケルピーの数倍、例えケルピー改でもその威力には及ばない。
『ランク六』とは、取得にベテラン探索者でも数日は要すると言われる高位魔石。
ケルピーの改造版とはいえ、それが敵う物ではない。
水にまみれ、地面に転がり、呆然とリゲルの姿を見つめるリット。
「……うーん、水撃は被害が大きくなりすぎるな。なら――移し替えろ、《トリックラビット》」
瞬間、辺りを満たしていた大量の水が、こつ然とその場から消え失せた。
遠く、燃え盛る火事場の方へ、大量の水が注ぎ込まれるのが垣間見える。
リゲルが微笑した。
「水は邪魔だから『入れ替え』させてもらったよ。ついでに火事が起こっている場所を鎮火させてもらったから」
「この一瞬で戦場把握と相殺を……!?」
純粋に攻撃を無力化し、さらには遠くの被害すら把握し対処する観察力。
加えて、目の前の攻撃に完璧に対処する適応力。
眼の前の少年は、自分のはるか上を行っている。
遠く、鎮火していく戦場の光景を見ながら、リットは呟く。
「あり得ない……お前は一体、何者だ……」
リットは、『青魔石』によって、自らを怪物めいた存在だと思っていた。
けれど違った。本当に恐ろしいのは、何より恐ろしい怪物は――。
「僕が何者かって? 決まっているよ。僕は、どこにでもいる、『ランク青銅』――しがない探索者だ」
「……この嘘つきが」
最後の力を振り絞り、『衝撃波』を放とうとしたリット。
けれどそれも通じない。直後、ミュリーによる『加護』を受け、さらなる化け物となったリゲルは、それを首だけで回避し、『魔石』を発動する。
「――打ち払え、《トレントグール》」
「GYAUUUUUUUU、GYAAAAAAAAAAAッッ!」
それは第五迷宮《岩窟》、六十一階層以上に生息する腐食の化物。
死してなお、巨大な災害として君臨する腐った大樹。呪われし腐界の大樹。
圧倒的な巨体と長さを誇る腐った蔦が、リットを打ち払い、その反撃の衝撃波すら軽く弾き、幾重にも束ねられた蔦の打撃が――リットを叩き潰した。
「ぐああああああああああああ!?」
大きく陥没する地面。
その中、リットが最後の力を振り絞り、起きかけ――しかし断念した。
降参、そして戦意の消失だ。
その瞬間、【合成】使いと『青魔石』使い、その戦闘に決着が着いたのだった。





