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第四十五話  平穏の終わり、異変の鎮圧

 ガンガンガンガンガン、と、激しい音が響くと同時、リゲルは身を起こした。

 尋常ではない叩き方である。まるで扉ごと破壊するかのような音に、ミュリーも、メアも驚き、戸惑う。


「……誰だろう。メア、応対を頼める?」

〈うん、わかった〉


 すぐさまメアが床を通り抜け、玄関口の方まで行く。

 彼女は幽霊ゴーストだ。よほどの輩でも害を成す事は出来ない。屋敷には護衛もの騎士もいるため、強盗か何かでも、容易く対処出来るだろう。


「リゲルさん……」


 ミュリーが、不安そうにリゲルの服の裾を掴む。

 リゲルは柔らかな笑みを見せ、安心させようと試みた。


 ここで彼女を不安させるわけにはいかない。

 病み上がりとは言え、体力はほどほどに戻った。どんな相手が来ても対処出来るだろう。

 けれど、そのリゲルの杞憂は無駄に終わった。


〈大変だよリゲルさん!〉


 メアが慌てて部屋まで飛んできた。

 直後、見知らぬ男が飛び込んで来る。


 血まみれの格好である。

 額は割れ右腕はやけどを負い、おそらく複雑に折れている。

 剣や槍は砕け、鎧が完全に崩壊。髪はまるで竜の火炎でも浴びたかのように、焦げている。さらに全身に血臭と泥、煤がまとわりついている。

 どう見ても只ならぬ様子の男に、リゲルは眉をひそめながら問いかける。


「大丈夫ですか? 一体、何があったのですか?」

「リゲル殿……ああ、良かった、いてくれた……っ!」


 男は血まみれの格好のまま、リゲルに駆け寄る。


「今すぐ救援を! 私はギルド騎士、第六小隊所属のバッスルです。どうか、お力を! 我らをお助けください!」

「お、落ち着いてください。話が見えない、一体何がどうしたと……?」


 リゲルは困惑する。


「街が……襲撃に見舞われております。『青魔石』を使い、彼らは暴走。街を半壊に追いやって……」


 騎士が事情を説明する。

 『青魔石』の増殖、各地への発生と『青魔石』使いの暴走、そしてさらなる『進化』の可能性を。

 伝令のための騎士ですら、あやうく命を落としかけた惨状。事は急を要する。


「――今すぐ街まで向かおう」


 手酷い傷の騎士を見て、リゲルは自体の切迫さを悟る。


「メアは僕の武器と魔石を取ってきて。護衛の騎士にはこちらの方を治療するように。……それとミュリー、ごめん。完全な静養は後回しになるみたいだ。事態は思っていたより酷いらしい……」

「……はい。わかりました」

 

 あれからもう数日、さすがにリゲルの体力は回復していた。

 まだ万全の体勢というわけではないだろうが、問題ない。

 《迷宮》でもおおそよ数時間程度なら苦もなく戦えるだろう。


 心配の表情を浮かべるミュリーだったが、ここで引き止めるような事はしなかった。


「気をつけて……必ず帰ってきてください」


 その瞳には、大きな心配と不安が見えた。

 ここ数日の、慌ただしくも平和な日常――滋養財の騒ぎ、料理の団らん、その他、数えきれないほどの会話……。

 それらの光景を思い返しているのか、嗚咽じみた声音になる。


「判っているよ。……君がいる生活が、僕の生きる糧だ。必ず、生きて戻ってくる」


 その不安を少しでも和らげるため、笑ってリゲルは頷いた。

 軽く両手を広げる。瞬間、ミュリーが、泣きそうな顔でゆっくりと抱きついてくる。


「リゲルさん……うう、リゲルさん……」

「絶対に、帰ってくる。待ってて、すぐに終わらせてくる」


 リゲルが言うと、決意を固めたように、涙を吹いたミュリーが体を離す。

 そして両目を瞑り、祈りの体勢を取る。


 ――そうして、リゲルはメアを引き連れ、急ぎレストール家を出発した。

 森を抜け、ギエルダの街を目指す。

 黒炎が、上がっていた。急がねばならない。

 


†   †



「一体、どうなってるんだ、これは……」


 十分後。急ぎ街へ駆けつけたリゲルが見たものは、見るも無残な街の有り様だった。

 爆発音と揺れが響き、大きな火柱が上がっている。

 草木は折れ燃えて、建物はいくつも倒壊していた。

 時折立ち上る爆発や閃光、悲鳴を上げて逃げ惑う人々の列がそこかしこに見える。


 衛兵やギルド職員が必死に避難誘導をしている。

 しかし圧倒的に人手が足りていない。あちこちで火の粉や嘆きの声が入り混じり、混乱としか言いようがない様子が広がっている。


〈ひどい……〉


 メアが思わずといったように呟く。


「リゲル殿! ご報告が!」


 直後、事情を説明すべくやって来たギルド騎士が、煤煙を突き破り叫んできた。


「――現状の報告を! どうなっています?」

「街で破壊発動が勃発! ギルドは対応のため全力で対応しております。現在、数箇所で戦闘が行われており、非常に危険な状態です!」


 思わず呻くリゲルとメア。


「今はどこも混乱中です。ギルド支部は総員で、事態の解決に掛かっているようです。しかし『青魔石』使いの数が多く、このままでは劣勢……さらに個々の実力も強大です。事態の収拾は極めて困難かと……」

「今すぐ救援に向かいます。――グランギルドマスターはどちらに?」

「現在、ギルドで指揮をとっております。騎士達には総出で事態収拾に当たるよう、命令が出ております。私達には貴方の援護命令が下されました。私以下、部下たちも護衛として、この事態を終息していく次第です」

「心強いです。戦力は一人でも多い方がいい」

 

 騎士の背後、数名のギルド騎士たちが武器を手に頷いてくる。

 皆、いずれも精強な騎士たちだ。グランが補佐として寄越したのだろう。


「――本当なら、もう少し早く駆けつけたかったけど……」


 リゲルは悔やむ。

 だがリゲルは養生の身だった。おそらくそれを聞きつけたグランが、確定した情報が増えるまで、保留としていたのだろう。

 彼としても、ここまで事態が急速に悪化するとは思っていなかったに違いない。


 それに、不完全な状態の自分が加勢したところで、事態は良くならなかっただろう。

 リゲルは自分の心への折り合いをつける。

 そして、頭上で浮遊するメアを見上げた。


「ごめん、メア。思ったより事態が悪い。屋敷の第三倉庫から、予備の魔石を持ってきてくれる?」

〈……うん、わかった。合流後に加勢するね〉

  

 メアの『九宝剣』は強大な戦力だが、思った以上の惨状だ。これは可能な限りの魔石を投入する必要がある。


「ありがとう。――待ち合わせはギルド本部で!」

〈うんっ!〉


 メアが急いでその場から離れ、『レストール家』の屋敷へ戻っていく。

 被害は街限定のため、まだ外れの森にある屋敷までは被害はない。

 しかしそれも時間の問題だろう。いつまでも戦火が拡大しないわけがない。

 リゲルは、覚悟のため呼気を吐き――多数の『魔石』を取り出した。


「これよりギルド支部へ向かいます。護衛の皆さんは援護を」

「了解っ」

「了解です」

「必ず鎮圧しましょう!」

「――索敵せよ、《ホブウルフ》! 盾となれ、《ストーンリザード》! 護衛せよ、《キラービー》! ――さあ、行きましょう!」


 リゲルが『魔石』を解放し三種類の魔物の力を発現する。

 《ホブウルフ》の嗅覚性能で辺りの危険因子を把握し、《ストーンリザード》の石の鱗で周囲十メートルに防御の陣を敷く。さらに《キラービー》魔石で、毒針を形成。いざというときの護身具として装備する。

 

 数秒後、《ホブウルフ》の魔石でリゲルは強大な気配を察する。


「――ここから北西! 大きな反応があります、そこを鎮圧して通りましょう!」

「「了解!」」


 遠くで爆炎が上がり、建物が倒壊した。

 笑い声と共に、棘状の刃が触手のように伸びるのが見える。

 強大な敵がいくつもいる。油断は出来ない。

 時間もない――リゲルは気合を込めるように目を瞑り、開眼し、戦地へ赴いた。



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