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第四十話   ギルド騎士団

「くそっ、くそっ、くそっ!」


 街の『衛兵』、ブルスは瓦礫と化した通りを駆け抜けていた。

 ――冗談じゃない、何だあれは!?

 市民から通報を受けて来てみれば、待っていたのは紛れもない破壊行為だ。

 青い魔石を持った青年に同僚が挑むもあえなく敗北――。

 ブルスは一人で逃げ回っている。


「ははははっ、どうしたぁ!? ケツ振って逃げるしかねぇってか?」


 背後、高揚した声音の『青魔石』使いの青年――リットが衝撃波を乱射してくる。

 街路樹、酒場脇の樽、露天商――放たれた衝撃波がそれらを砕き、視えない攻撃が周囲を吹き飛ばす。


「くそっ! 調子に乗りやがって!」

「おいおいなんだぁ? マジで腰抜けだな! 俺を捕まえるんじゃなかったのか? 衛兵ってのは、口だけの腰抜けか!?」

「ひいい!?」


 指向性のある衝撃波が、ブルスと鼻先の壁を砕く。

 爆裂した破片が宙を舞い飛散する。


「(無理だ、こんな奴、勝てるはずがない。逃げ続けるだけで精一だ!)」


 そもそもが、無尽蔵に放てる衝撃波だ。連射も可能で、おまけに威力も膨大。さらには詠唱も無しに撃つなど反則もいいところ。

 まさに上級悪魔に匹敵する脅威。

 いや、ある意味でそれ以上に厄介だ。

 面白そうにおちょくり、ブルスの進路先を読んで建物を破壊する分、質が悪い。

 路上の虫を弄ぶように、弱った獣を虐めるように、リットはブルスのあえて脇を狙って衝撃波を打ち込む。


「うあっ!?」


 爆散した地面の衝撃が、ブルスを弾き飛ばした。


「はっはっはぁ! これだよこれっ! これが俺が求めていた光景だ!」


 リットが興奮して天に吠える。


「弱者をいたぶる快感! 強者が跪く絶景! 歓喜、歓喜! どいつもこいつも俺のことを《四級》だと馬鹿にした! 俺を格下だと、取るに足らない雑魚だとコケにした! だから今度は俺がいたぶる! 強者から見下される屈辱を味わうがいい! 無様に泣いて震えろ!」


 リットの青魔石からから放たれた一撃が、ついにブルスへ当たる。

 一瞬気が遠くなるほどの衝撃を背中に受け、ブルスは転倒。柔らかい街路樹の木々に当たり、かろうじて止まる。


「う……く……」

「そら、どうした鬼ごっこはもう終わりか?」

「く、そ……テロリストめ!」

「なんとでも言え! ――そう、俺だけは許されるんだ。下らねえ下っ端仕事には飽き飽きだ! 俺は、自分の欲望のままに生きる! 本能のままに、赴くままに、壊して、壊して、壊して、最っ高の悦楽を貪ぼるんだ!」


 青年が、げらげらと笑い、まさに『青魔石』を使う――その寸前だった。

 

 ――白銀の軌跡が、リットを殴打し、遥か遠くまでその体を吹き飛ばした。

 

「なん、ぐわあああ!?

 笑った顔のまま、リットが明後日の方向へ飛ぶ。

 一直線に宙を飛び、街路樹に激突し、いくつかの店脇の樽を砕いて割って飛んだ。

 火薬でもあったのか、バンバンバンと激しい音が響き渡る。


 そのまま、崩れかけた建物が崩壊し、雪崩のように青年の上に倒壊――木片と粉塵が舞い、高々と空へ柱が立ち上る。

 その中を引き裂き、勇ましい声と共に白銀の鎧騎士が四名飛び出した。


「ギルド騎士団、第二強襲小隊だ。――大丈夫か?」


 ブルスの見つめる先、白銀色の全身鎧フルプレートを着た騎士の一人が、優しく手を差し伸べ引き上げる。

 その威光、陽光を反射する輝きはまるで神話の英雄の如し。


「ギルド騎士団……? 援軍、だと……?」

「そうだ。よくぞ持ち堪えてくれた。もう心配ない、我々が来たからには、君は安心して待避していい」


 残りの三人の騎士達が、励ましも込めて力強く頷く。

 ――助かった。

 ブルスは思わず、歓喜に打ち震え、安堵した。

 その、直後。


「――っ痛え」


 砕けた街路樹の向こう。粉塵の中から、青魔石の青年が起き上がる。


「肋骨折れたっつーの、今の一撃で」

「ほう。今のを防ぐか。気絶させたと確信したのだがな」


 脇腹から血がにじみ出ている他、大事ない青年に、騎士達が眉をひそめる。


「ははははは! 冗談だろ? あんなもんで終わるわけないだろうが!」

「なるほど、直撃の瞬間、衝撃波で威力を相殺したか。魔物としての本能がそうさせたか」

「殺す!」

「弱い者ほどよく吠える。栄えあるギルドの一員でありながら、この暴挙、嘆かわしい。――《二級》騎士レオポルド。貴様の脳裏に、敗北の言葉を刻んでやろう」

「抜かせクソがぁ!」


 ――《四級》解析官リット、《二級》騎士レオポルド率いるギルド第二強襲小隊。

 その戦いの火蓋が、切って落とされる。



†   †



「テレ……ジア」


 ボルコス伯爵家の使用人、『マルコ』は、獣のように街中を駆けていた。

 前方、ヤクザ達が奴隷商人の護衛に立ちはだかるが、全て迎撃する。


「ぐああ……!?」

「こいつ、いったい……っ!?」


 武器を持つ男から、次々と悲鳴が上がる。

 蛮刀やナックルダスダー、ククリといった武器を一斉に取り落とし、彼らはパラセンチピード改の麻痺に為す術無く倒れていく。

 その瞬間。

 マルコが奴隷商人がいると想われる、倉庫に入りかけた時。


「――まるで獣だな、その蛮行は」


 マルコの背後――海を背後に、五人の騎士達が音もなく降り立った。

 見事な『気配遮断』術だ。

 白銀色の全身鎧フルプレートに長剣武装、麻の外套。マルコ自身は出会った事はないが、その佇まいから、マルコは強敵が立ちはだかった事を悟る。


「恋人を探しているようだが、騒ぎを起こされても困る。想い人の捜索は我々に任せ、大人しくしてもらえないか?」

「がああああっ!」


 優しく問う騎士の隊長格だが、マルコの返答は無言の雷槍だった。

 《パラセンチピード改》の雷槍が騎士を狙う。

 だが彼らは軽々とかわし、跳躍すると、彼を囲むように散開する。


「……隊長。どうやら『青魔石』というものは、元となった魔物の力を複数使えるようです」

「そのようだな」


 小隊長の騎士が淡々と語る。


「戦闘を軽く観察した結果、この『青魔石』の能力は三つ。『麻痺槍』と『高移動』と『高防御力』か」

「『麻痺槍』は射程百五十メートル程度と推算します。『高脚力』は魔物の《ハーピー》を上回る、瞬間時速九百メートル。『高防御力』は具体的な数値化は出来ませんが……マフィア用心棒の攻撃を封殺、殲滅出来る事から、《三級》騎士相当は満たしているかと」

「いずれも《パラセンチピード》という魔物を模倣、強化したものと考えられます。ゆえに、彼の残り能力には『地中戦闘』スキルもあるものと推測。《パラセンチピード》は麻痺を司る巨大百足。硬質な体を再現した『突貫』、虫属性特有の『地中戦闘』、それを支える『高移動力』――そして『麻痺槍』――以上四つの能力が、彼の有する『青魔石』の効力と推察されます」

「……!?」

 

 一瞬でそこまで看破され暴走の中でも驚愕するマルコ。

 

「何も驚くことはあるまい? 我らは『秩序』の騎士。強大なる悪を滅ぼすためなら、それ以上の力でもって粉砕するだけだ」


 マルコが『麻痺槍』で騎士の掃討を試みる。

 しかし、騎士達は殺気からその攻撃を予測、瞬時に横、上、斜め上、安全地帯へと跳んだ。


「かなり速度に優れた攻撃だな。――『ミスリルアーマー』、可動レベル五までの使用を許可する」

「了解。『ミスリスアーマー』、可動レベル五、『防護力五倍』、『脚力八倍』、『動体視力十五倍』に引き上げます」


 小隊長の命令に従い、全ての騎士達の鎧が白く発光する。

 ギルド騎士の鎧、『ミスリスアーマー』とは、強さを『可変』する事が可能な防具だ。

 その強さは着用者の能力を数倍に、動体視力に至っては十倍以上にも増加可能。


 だが、普段はその能力は極限まで抑えられている。閉所や、重要建築物の中、一般住民がいるそばで、必要以上に破壊を生み出さぬためだ。

 けれど今は住民たちが避難し終えている。

 マフィア達も救護班が退散させた。戦場に騎士とマルコしかいなくなった今、手加減する必要はない。


「さてマルコ。降伏の意志があるのなら申し出てみるがいい。この陣営で、君が立てるとは思わぬことだ」

「僕の、邪魔をするなあぁぁぁぁぁぁっ!」


 マルコが街路樹、建物の壁、地面の間を蹴りつつ麻痺槍を撃ち放つ。

 しかし麻痺槍も、高速移動も、ギルド騎士には通じない。

 紙一重で見切られ、かわされる。


「隊長、やはり意思疎通は困難かと思われます」

「速やかなる鎮圧を推奨、予定通り包囲陣形を展開します」

「……仕方ない、応戦しよう。絶命だけはしてくれるなよ? 恋人を探している若者を、殺してしまっては寝覚めが悪い」

『了解』

「テレ、ジアの、僕の、邪魔をするなぁ……っ!」


 余裕の言葉すら交わす騎士たちに、マルコの怒りが爆発する。

 しかし、万全を期して挑むギルド騎士達には、遠く及ばない。



†   †


 

「きゃあっ!」


 ギルド騎士の一撃が、ローグの女探索者、その一人を弾き飛ばした。


「ミネ、一旦下がって! アローナ、君は防御して、うわ、オマリー、そんな突っ込んじゃ駄目だって!」


 ギルド騎士達の攻撃に、女探索者たちは先程から劣勢一方だ。

 人数は十二対八、数ではローグの女探索者が優位だが、ギルド騎士達の連携は完璧、防御、撹乱、補助、攻撃――徹底的に統制された連携は、彼らに隙を作らせない。


 女探索者達もそれなりには実力者である。ホストに貢ぐ程度には稼げる中級以上の探索者。

 しかし、それでも子供が大人にあしらわれるような一方的な状況。

 高価な剣や薙刀や鉄球が、まるで玩具のように捌かれる。


「くそ! なんで!? 僕のハニー達はみんな強いはずだ! こんな八人如き、即座に叩き潰せるはず――」


 細剣を持った美女が騎士の槍で弾かれ、棍棒を持った美幼女が魔術の障壁に阻まれ、薙刀を持った美老女が、騎士の集中攻撃にふっ飛ばされてローグは歯噛みする。


「――ふ。所詮は魔物共しか狩れない雑魚っすね。まるで猪娘っす」


 ギルド第四強襲小隊の小隊長――小柄なボクっ娘騎士が嘲るように笑う。


「黙れ、ギルドの犬が!」


 いきり立ち、爪を歯で噛むローグ。

 だが騎士八人の中核である、ボクっ娘隊長はせせら笑うのみ。


「魔物相手ばかりで勘違いしてるっすか? この世で最も強いのは僕達人間っす。その中でも、高度な訓練を受けたギルド騎士こそが、精鋭の中の精鋭。対人戦をしたことない相手に、僕達が負けるわけないっすよ」

「くそ、くそ、くそ!」


 彼女の言うとおり、ローグの『女探索者』は弱くはない。

 彼女らは迷宮第五十階層をまで突破できる程の実力者――中には『悪魔の領域』と呼ばれる八十階層寸前にすら到達出来うる者もいる。

 だが、個人技で突っ込んでくるだけの魔物と、連携で真価を発揮するギルド騎士団には、犬と象ほどの実力差がある。


 強さを二倍にも三倍にも十倍にも引き上げるギルド騎士達と、ローグの虜でしかない彼女達では、実力差は明白だ。

 絶えず陣形を変え、妙手には妙手を、戦闘の流れが変われば修正を、ギルド騎士は流動的に常に最善手を打ってくる。

 女探索者達には、悪夢の体現にも思えるだろう。


「はーい、ゴドーは一旦下がるっす。ミシェルは僕の援護ね。あー、サーシャとアラスタは全身鎧ミスリルアーマーの脚力七倍にしていいっすから」


 ギルドのボクっ娘騎士が余裕で命令を出す。

 目まぐるしく変わる戦況に、女探索者たちは翻弄されるしかない。


「くっ! 眼の前に、自分を僕とか言うボクっ娘が目の前にいるのに! 何も出来ないなんて!」


 歯噛みするローグ。


「言っておくけど、僕を《魅了》しようたって無駄っすよ? 戦闘前に『魅了耐性』の装備を整えるのは当然っす。エセイケメンに渡す心なんて、どこにもないっすよ?」

「クソぉぉっ! ――カテリナ、アマリー、エレナ! 前に出て一気に殲滅しろ!」

「うんっ! [三界の覇者、ディアウスの槍を顕現する! 穿て、大地よ裂けよ、『アストラル・ランス』]!」

[煌めけ、業火の柱よ! 焦がし、焦がし、焦がし、紅蓮を以って、焼き尽くせ! 『フレアオブピラァ!』]

「闘技! 『烈月下』! 『飛天翔』! 『桜花炸裂拳』!」


 艶やかな服の美魔女が、赤髪の美人剣士が、美少女の武闘家がそれぞれ攻撃するが、騎士たちには当たらない。

 環状の陣形だと思えば壁状の陣形で防ぎきり、散開して一斉に投げナイフを放ち、さらには一箇所に集中して《雷撃》の魔術で突貫するギルド騎士達に、女探索者の大半が吹き飛ばされる。


「きゃああああ!」


 一糸乱れぬ統制を誇るギルド騎士八名に対し。

 女探索者はもはや崩壊寸前。

 各自が好き勝手に動き、猪の如く突っ込むだけの戦術では、もはや誰の目にも勝者となるのは明らかだった。

 


†   †



「あーったくよぉ、何だこれ、うぜー」


 暗い、暗い、暗い、空間に『殺人鬼』バセルは閉じ込められていた。

 上空にも、周囲にも、眼下にも、誰一人ギルドの姿はない。

 そこには何もなく、どこにもなく、ただ殺人鬼バセルのみが無限の闇の中にいる。


「マジでうぜーな。何だっつーのこれ? いい加減、斬り刻まれろや!」


 《ブラッドレイク改》の血色の刃が、周囲を撫で斬りにする。

 だが何の感触もない。

 彼を覆う暗黒の空間は、《暗海》――対象を異空間へ引きずり込み、いかなる攻撃も、届かせない魔術。

 まるで、暗黒の大海原へ放り込まれたかのような空間。どんなに斬り刻んでも、延々と手応えのなさだけが続く。


「おいっ! いい加減勝負してこいやぁ! いつまで腰抜けてんだおらぁ!」

〈その必要には及ばない。貴様は永遠にここにいれば良い〉

「ふざけんなクソがっ!」


 声はすれど姿は全く視えない。音源を探そうにも、声はバセルの上下、左右、斜め、どこからでも届いてくる。

 条理より外れた空間。

 ギルド騎士達が創り出した異界。

 どこまでも無限に続く暗黒の光景に、バセルは追い詰められていた。



†   †


 

「ふ……これでなんとかなりそうだな」


 ギルド支部。作戦司令室の中で、ギルドマスター・グランは胸を撫で下ろした。


「未だ油断は禁物だが、最大の山場は超えたと見るべきだろう。特にバセルを無力化した事は大きい」


「ですねー。ローグは戦いの素人ですし、マルコもリットも似たようなもの。まあバセルを封じる《暗海》の魔術の維持は、あれだけ難しいですが、彼が疲弊するまでは持つでしょー」


 参謀長レベッカが桃髪を揺らし、同意する。

 他の職員達が、すかさず報告を上げる。


「朗報です。すでに被害区域の九割の住民の避難が完了。すでに惨殺された民衆及び、殉職した衛兵達の回収準備に入っています」

「了解です。各ギルド騎士に通達してくださいね。そのまま『青魔石』使い達の疲弊を狙えと」

「はっ!」

「それからレイナ、モルド。狙撃の準備はいいですか? そろそろ貴方がたの出番ですよー。このまま騎士達に捕獲を任せてもいいですけど、念のため貴方たちの《死棘》と《雷閃》の魔術で仕留めちゃってください。期待してますよー」

『が、頑張ります!』

『承知した』


 後詰のギルド騎士達に遠話を入れ、レベッカは髪を軽く撫でる。

 グランやレベッカの策は、非の打ち所がないものだった。


 状況に的確に応じ、街を、人々を、その被害を最小限に押しとどめる。

 彼らには勲章ものの評価がされる。そう誰もが考えておかしくない成果だ。


 けれど。

 不運にも、彼らは知らなかった。

 『青魔石』の効力を。その力の肥大を。

 綻びは、思いも寄らぬ所から起こるもの。

 さらなる災厄が、街のいたる所から沸き起こる。



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