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第四話  精霊少女の料理

「――おらおらおらぁ! 闘技! 『烈深突』っ!」

「囲まれた、焦るな――追い払え! 焼き払え!」

「[紅蓮の柱よ、我が災いに終焉の裁きを!]――『フレイムバースト』]!」

「やべ、毒食らった、誰かキュアくれ、キュアっ!」

「『キュア』! 油断しないで、まだまだ来るわ!」

「おらああああ、しつこいんだよてめえ、闘技! 『餓狼殺』っ!」


 振り下ろしたパーティの一撃が、狼型の魔物――《ウェアウルフ》の頭を破壊する。

 瞬間、仲間たちがブーメランが頭を砕き、魔術の炎熱、突風……残る狼達の体を切り刻んでいく。

 総数四体の《ウェアウルフ》から断末魔が上がる。轟音と共に倒れ、吐血。全てが絶命する。


「――速攻! 快勝! 一丁上がり!」

「お疲れ~! 楽勝だったわね」

「この調子で行こうぜ、余裕だぜ」


 パーティ間でいくつもの称賛が交わされていく。

 もはやお馴染みの光景だ。

 リゲルも普段通り、柔和な笑みで彼らと手を叩き合った。


「いやー、リゲルとは初めて組んだけどよ、ほんと、あんた凄えな、見事な援護だ」

「ありがとう。援護とか短剣は慣れてるから。それ程でもないさ」

「はは、待ち伏せを食らった時の対応力は並じゃねえ。お前がいてくれて助かった」

「いや、退路まで凌いだリーダーの援護のおかげだよ。僕だけの功績じゃない」


 《六皇聖剣》だった時から、集団戦には慣れている。

 あの頃とは規模もメンバーも違うが、戦闘の心得は持っている。

 謙遜するリゲルの肩に、リーダー大きな手を乗せて笑う。


「にしても凄い的確だった。じつは高名な家出身とか?」

「いや、しがない宿屋だったよ」


 軽く嘘をつく。探索者では基本、戦闘に関係ない話は、作り話で済ます人間も多い。なのでこの辺りは相手も適当に頷く程度だ。

 流民、孤児、貴族の末裔など……、様々人々がそれぞれの事情を抱えて《迷宮》に挑んでいる。


 そうした日常で、リゲルは現在、他人や自分を強化できる魔術で補助をしている。


 クラス名、『付与師エンチャンター』。


 直接的な戦闘は得手ではないが、『腕力強化』、『脚力強化』、『防御強化』など、一時的に能力を底上げすることが可能なクラスだ。


 『クラス』とは、身体能力向上や魔術の会得を可能とする加護のこと。

 全ての人間は何かしらクラスを授かり、あるいは後天的に鍛錬で『クラス』を得て、生活している。


 リゲルの場合、『六皇聖剣』の時は『剣聖』で、今は『付与師エンチャンター』だ。


 戦闘中では仲間の戦力の底上げになり、なかなか重宝する。

 今回のように、一時は魔物に囲まれた集団パーティに対して、強化を施し難を逃れ、逆転することもできた。

 リーダーの破顔した顔も当然だろう。


「あんた程の奴が、未だに固定パーティに入っていないとはな。何か理由があるのか?」

「じつは……実家からいくつか誓約を課されていて。一緒に行動するのを制限されているんだ」


 リーダーは同情の顔を浮かべた。


「へえ。修行のための探索者か。大変だねえ。――打ち上げは来るよな?」

「もちろん。喜んで。美味しいステーキを期待してるよ」

「おいおい金そんなにねえよぉ」


 笑顔で応じると、リーダーは嬉しそうに頷き、魔石回収に向かった。


 貴族や商人、宿屋の中には、『修行』と称し、あえて厳しい魔物討伐に臨む者達もいる。

 相応の相応しい器を得るためだ。

 もちろんリゲルはそれらではないが、中級層、下級層にはそういった連中は多い。こう言っておけば大抵の探索者は納得する。

 仮に納得しなくても、深く突っ込まないのが探索者のマナーだ。

 命がけの探索者に勤しむ理由は様々。金、名声、権力の取得、好奇心……要は戦える戦力であれば良いのだ。深い詮索は探索者間では好まれない。


「お、『七欠け』とか『八欠け』とかの魔石も持っていくのか?」

「うん、知り合いの宝石商がいるから」


 いつも通り、適当な理由を言って、砕けた魔石もリゲルは荷物袋に入れる。

 臨時の仲間達から怪訝な顔をされるが、自然な風を装えば疑いはされない。


 彼らと別れ、魔石の欠片を『合成』する。


 ちなみにリゲルが魔石を収納するのは、『グラトニーの魔胃』と呼ばれる魔術具だ。

 見た目は片手で持てるほどの荷物袋だが、『無生物に限り、数トン分入る』、という特性を持つ。


 ランク五などの魔石を換金し、これを『複数購入』、全て魔石を入れる収納具として活用している。

 質量も無視される品物だ。でなければあっという間に『合成』した魔石で溢れ、困り果ててしまうだろう。


 それぞれ、戦闘用、売買用、護衛用、緊急用、予備……様々な用途の『グラトニーの魔胃』を常備。拠点にも保管し、探索に出ている。

 それがリゲルの日常だ。



†   †



「お帰りなさい、リゲルさん」


 宿屋の自室に入ると、優しい笑顔と華やかな声に迎えられた。ミュリーだ。

 ベッドから起き上がり、儚げな笑みを浮かべると、銀色の髪が美しく踊る。


「ただいま、ミュリー。今日は調子良さそうだね」


 契約した精霊の少女に、リゲルも柔和な笑みで応える。

 

「今日は『ランク三』の魔石を三つ、『ランク四』を一つ作ったよ。はいこれ、お土産」

「すみません、いつもいつも。どれも高くないのに」

「いいよ。好きでやってるんだから」


 契約と封印解除の疲労からベッドで動けないミュリーに、リゲルは様々な娯楽を提供している。

 中でもお香はフルーツやアロマ系植物など、数多の香りが楽しめるのでミュリーには好評だ。

 そのために、『ランク五』以下の魔石をいくつか換金している。


 じつは本や細工やお香も安くはないのだが、リゲルはあえてミュリーに贈り物を続けている。

 彼女の孤独を和らげないためだ。ベッドで一人寂しく、何時間も動けないのは辛いだろう。

 だから、多少の出費でもミュリーに何かしてあげたい――それがリゲルの偽りない気持ちだった。


「あ、そうでした、お腹空いていませんかリゲルさん」


 ミュリーはいつになく優しく言ってくれる。


「わたし、たくさんの料理本で勉強したんです。もうあらかた覚えたんですよ」

「え、凄い。それは光栄だ」

「人間の料理って、この数千年でずいぶんと豊かになったんですね。わたし、お料理本を見ているうちに調理意欲が湧いてきて……ぜひ作ってあげたくて」

「……わ、そうなんだ」


 リゲルはちょっとどもった。ミュリーの料理はかなり美味しい。

 しかし、たった今探索者の打ち上げで飲み食いしたばかりである。

 本来ならまた今度と言うべきなのだが……。


「(うきうき、わくわく)」


 という擬音が聞こえてきそうなミュリーの期待。

 無下に断るなど出来なかった。

 

「わかった。じゃあこれから頼めるかな、ミュリーの料理、凄く食べたいから」

「はい! すぐに作りますね!」


 花のように笑い、ベッドから起き上がるミュリー。 

 まあ大丈夫だろう――リゲルは、そう高をくくり、ミュリーが料理を作るのを待った。


 

†   †



「……マジで?」


 結論から言うと、リゲルは軽く後悔していた。

 目の前にはでっかいチキン。さらに盛り盛り盛りのサラダ。

 そして大小様々な山菜やら煮魚やら具だくさんのスープ。

 加えてリンゴやぶどうなどがこれでもかと使われたパイ。

 エトセトラ……エトセトラ……。


 大盛りである。特盛りである。というか大食漢なら嬉々として食べる代物だが、とても全部は食べられない。

 引きつった笑顔でリゲルが問う。


「ミュリー……あの。これ三日分くらい?」

「え? 全部で一食分ですけど……」

「……ホントに? あはは、ホントに?」


 冷や汗が出てきた。

 そう言えば以前、どこかで聞いたことがあった。


 『精霊』とは、一回で食べる量がかなり多いらしい。

 魔力量が膨大な代わりに、それだけ食料も必要とするためだ。

 一食分と言っても彼女らは人間の約五回分、つまり五倍以上の食料を精霊は必要になる。


 別に、そこまで食わなくとも生命の維持には支障ないらしいが、魔力の精製には影響する。

 それは、人間より強い力を秘めているがゆえの体質。けれどそれでもこれは多すぎ。


「い、いただきます……」


 とりあえず意を決して、リゲルは挑戦した。

 肉や野菜を、次々と切り分け、バクバクもぐもぐと口の中に入れていく。


 みるみるうちに腹が膨れていく。これはやばい。まずい。

 最後の一欠片となったクッキーを食い終わったとき――。


「食べたよ……美味し、かった……」


 せめて苦しそうな顔を見せないよう、笑顔を見せてリゲルは言った。


「ふふ、綺麗に食べてくれて本当に嬉しいです。――じゃあデザートを持ってきますね」

「え」


 数秒後、ゴドンッ、という音が聞こえそうなくらい、テーブルに沢山のデザートが並べられた。

 イチゴとミカンのビッグケーキ。

 アーモンドのふんだんに使われたラージチョコレート。

 人気のヴァニラを使った特大シュークリーム。

 ナッツやチョコクリームがたくさん乗ったタワーケーキ。

 桃とバナナとブドウとナシとクリームが螺旋状に重なった、マウンテンパフェ。

 

 ――やばいなぁ、魂が半分抜けてきた。


「いた、だき、ます……」


 リゲルはこのとき、デザートに手を伸ばしたところまでは覚えている。

 その後の記憶は曖昧で、リゲルの意識はいつの間にか途絶えた。



「――う」


 夜風がほのかにそよぐ時間。

 月明かりがわずかに注ぎ、部屋をどこか神秘的に照らしている。


「僕、生きてる……? ここは天国かな?」

「あ、リゲルさんっ」


 慌てた様子で、ミュリーがすぐベッドから起きて声をかけてきた


「大丈夫ですか? あの、すみません、わたし……」


 潤んだ瞳でミュリーは言葉を詰まらせる。


「いや平気。平気だから」

「すみません、わたし、人はあまり食べないということを忘れていて……」


 リゲルは一応、全部食べ終わったのだが、その後にぶっ倒れたらしい。

 人を呼んで事なきを得たが、駆けつけたのだが、宿の主人に、『食わせ過ぎ』と注意されたとか。

 

「……本当に、申しわけありません……」

「ああうん、まあいいから」


 こちらが恐縮になるくらい、必死に頭を下げてくるミュリー。

 しかし一応、納得して食べたのだ。

 

 それに、悪い事ばかりではない。精霊の料理には『魔術的効果』もある。

 高い魔力を誇る精霊は、ただ『料理』をするだけで濃密な『恩恵』を与えられる。

 ミュリーの料理の場合は、『体力1・2倍』、『腕力1・3倍』、『速度1・5倍』、『体力自動回復10%』、『魔術効力1・2倍』、『思考力1・1倍』、

 『武具の威力1・2倍』など、多数の効力を得ることが出来た。

  

 これからの効力は数時間は働く、《迷宮》での探索で役立つことだろう。


「気にしないでいいよ。異文化ではよくあることだと思うから」

「でも……わたし食材使いすぎましたし、リゲルさんにご迷惑かけてしまいました……」

「いいって。僕の不手際でもあったし。美味しい料理だったのは確かだから。今回は水に流そうよ」

「は、はい……」


 いっそ泣きそうなくらい、すっかりしょげかえっているミュリー。

 実際、料理代などは『合成』スキルで賄える程度で、彼女が気に病むことではない。


 言葉通り、料理の味自体は完璧、『恩恵』もあるのだ。

 要は量が問題なのであって、これを教訓にしていけばいいだけの話。


「誰でも失敗はあるさ。肝心なのは同じ失敗しなければいいだけ。僕は、そう思ってるから」

「リゲルさん……っ」


 感極まったかのように、彼女は言葉をつまらせる。


「だから気にしないで。また作ってよ、ミュリー。今度は適量でね?」

「……はい!」


 嬉しさと、申し訳なさと、様々な感情がない混ぜになって少女は笑顔を浮かべた。

 その日の夕食は、『正しい』量で作られ、リゲルは美味しく食べる事が出来た。


 

 ただ……。 

「――ミュリー、これひょっとしてウェディングケーキかな?」

「すみませんすみませんつい大きく作りすぎて……っ」


 デザートだけは、大盛り過ぎてタワーになっていたが。

 ミュリーの料理道は、もう少しだけ修行が必要なようだった。

 『一度だけ物理攻撃無効』の恩恵を受けながら、リゲルは大きなゲップをした。




†   †



 ――それは、悪夢。

 

 幾本の稲妻が奔っている。幾多の雷雲が天を支配していく。

 夜闇の高原の中、広がるのは死の気配。破滅の連鎖。

 吹きすさぶ激烈な夜の嵐の中、リゲルとアーデルの声だけが木霊する。


『何故だ、何故なんだ、アーデル! 僕らは乗り越えてきたはずだ! 《ヴェルシア高原》での激戦を! 《ユーラベールの渓谷》での死闘を! それを、無為にする気か……っ!』

『それこそが勘違い。我は貴様たちを仲間と思った事など無い。ゆえにこの行動こそが我が宿願のための妙手』

『アーデルッッ!』


 傍らには倒れた《六皇聖剣》の仲間が転がっている。

 

『今ならまだ、間に合う! 《錬成》で彼らに救いを! せめてファティマとフィリアだけは! 頼む、アーデル……っ』

『残念だが我にその気は無い。全ては我が大望のための偽りの日々だった』


 悲しみに満ちたリゲルの声は、しかし彼には届かない。

 いや、声自体は届いているだろう。

 けれどその魂の叫びも、嘆きも、何一つ彼の心を動かすには至らない。


『――さらばだ、我が同志だった者よ。我が永遠の《楽園》のため、その身を捧げるがいい』

 

 黒く、絶大な魔力の篭手が、リゲルへと差し迫る。

 悪魔の手にも勝る――最凶なる篭手。仲間のスキルや命を奪った魔の光景。

 絶望と、裏切りの象徴たるそれを前に、リゲルは――



†   †



「――さん! リゲルさん!」


 天使のような、儚く、けれど確固たる意志の声に導かれ、彼の『意識』は浮上する。


「……はっ、はっ、はっ、はっ……っ!?」


 真夜中の宿屋。

 拠点の宿屋のベッドだった。

 汗が吹き出る。心臓が痛いくらいに高鳴っていた。

 ドク、ドク、ドク……リゲルは震える体を押さえ、ベッドを軋ませ、青ざめた顔で飛び起きる。


「ゆ……め……?」

 

 傍ら、地獄の光景はどこにもない。宵闇の薄暗い部屋。窓の外にはかすかな月明かり。

 薄いカーテン越しに、酒場の賑やかな酒盛りの光景。かすかに虫の音だけが聴こえてくるのが分かる。


「……そうか。『あの日』の夢を、また見たのか」

「は、はい……リゲルさん、ずっと唸ってました。《六皇聖剣》の名や、アーデルへの嘆きを」


 美しき銀髪の少女がそう説明する。

 リゲルは、自らの身体を見渡し、どこにも異変がない事を確認する。 


 時折、リゲルはこうして『悪夢』を見ることがある。

 それは遠い過去。あの時に失った仲間と力、そこから再現される――地獄の光景だ。

 もう何度も悪夢に苛まれ、苦難に襲われてきた。その度に、ミュリーは介抱してくれた。


 彼の体を心配し、手を繋ぎ、励ましの言葉をかけて。

 今日もどうやら、彼女のお世話になっていたらしい。


「……はは。おかしいよね。もう二年半も経つのに。みっともない」

 

 自嘲するように、つぶやくリゲル。


「僕はまた強くなった。探索者としてやり直し、君と出会った。それなのに……」


 心の弱さが招く悪夢というものは、リゲルにとって恥だ。

 あの日の光景がいつまで経っても忘れられない。むしろ畏れの対象になっている。それは、彼にとって屈辱だった。


「……いえ、そんな事ありません。リゲルさんの痛みは当然のものです」

 

 ミュリーは優しく首を横に振る。


「信じていた人に裏切られ、仲間を殺される……そんな恐怖や絶望は、簡単には消えてくれないものです。リゲルさんが受けた痛みや悲しみは、それだけ大きかったのでしょう? だから……自分を卑下しないでください」

「ミュリー……」


 悪夢の淵から救ってくれた少女は、優しく言う。


 本来、『記憶』がない彼女は、ある意味で、リゲル以上に不安なはずだ。

 自分が何者なのか。封印されていた理由、全て判らない。

 記憶とは自分が自分であるための根源だ。

 それが無く、過去のない彼女は、リゲルよりずっと過酷だろう。

 だからこそそんな彼女の言葉は重く、そして正しい。


「過去はリゲルさんを形作る重要なものです。アーデルとの共闘も、裏切りも、それだけリゲルさんの中で大きかった要素。だから、自分を弱く思わないでください。あなたは、素敵な人なのですから」


 銀色の髪を揺らし、真摯にささやくように言うミュリー。

 過去がない彼女はリゲル以上の苦しみのはず。

 それなのに、彼女はそんな気配を微塵も見せず、こうして手を握ってくれている。

 リゲルは――彼女への感謝と尊敬の気持ちで一杯になる。


「ありがとう、ミュリー」

「ひゃ……!?」


 リゲルが、そっとミュリーの肩を抱き寄せる。

 すると、少女は恥ずかしそうな声で驚いた。


「いつも頼ってばかりでごめんね。でも嬉しい。君がいてくれて。君には……感謝してる」

「り、リゲルさん……。いえ、わたしに出来る事は、これくらいですから。『契約』と『祈り』と……せめて、悪夢を和らげるくらいは、してあげたいです」

「ミュリーがいてくれるから、僕はやっていける。悪夢も和らげる。――君がいてくれて、本当に良かった」


 一人でなら、あの悪夢も乗り越えられなかったかもしれない。

 あの日、リゲルが失ったものは膨大で、深く、強過ぎていて。

 そんな彼がこうして戦っていられるのも、ミュリーがいてくれるからこそ。

 だから、リゲルはそんな彼女を大切に想う。助けてくれてありがろう。ずっとそばにいてありがとう、と。


 そんな風に、抱き寄せる体に力を込める。


「リゲルさん……」

「君のおかげで、『今夜』も乗り越えられた。きっとこれからも。――ミュリー、僕には君が必要だ。だからずっといてくれ」

「リゲルさん……わたしも」


 数千もの間、鎧の中で封印されていた彼女。

 その孤独と戸惑いは、並大抵のものではなかっただろう。


 ぬくもりを欲しているのは、決してリゲルだけではない。

 過去も記憶もなく、全てが失われた『精霊』のミュリーと。

 英雄の座から陥落し、それでも足掻くと決めた『元剣聖王』のリゲル。


 二人は、月明かりの中、しばし、無言の抱擁をし続けた。


 

 ――やがて、どれほど時が過ぎただろう。

 お互いの体温が伝わり合った後。どちらともなく小さく笑い、体を離した。

 リゲルは優しげに見つめる。

 ミュリーも、恥ずかしそうに頬を染めながら、そっとはにかんだ。


「わたしも、リゲルさんに会えて良かったです。あなたとの毎日が、幸せです。だから――」


 銀色の髪を振り、柔らかに言葉を紡いだ少女は。


「――いつまでも一緒にいてください。ずっと、ずっと……」


 ――月明かりに照らされ、手を重ねる精霊の少女の微笑みは、まるで美しい天使のようだった。



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