第三十九話 ギルド参謀長の策
「北東第一地区、壊滅!」
「西南の第八地区(暗黒街)からの連絡、一部途絶えました!」
「南第四、第五、第六地区、破壊多数! まずいまずい!」
「東第七地区でも破壊継続です! 第八地区では混乱による負傷者も!」
都市ギエルダ中央地区、『ギルド』支部作戦室にて――。
広大な室内では、魔術による《遠視》の映像と、悲鳴のような『報告』で溢れ返っていた。
「《ケルピー改》及び《インキュバス改》による被害拡大!」
「衛兵の負傷者多数! 把握困難!」
「被害区域では魔物が出現したとのデマが流れている模様!」
「ギルド内部には避難を求める人々で溢れています。受付の対応が……っ」
次々と挙がってくる部下の被害状況。
それに、ギルドマスター・グランは、苦々しく歯切りする。
現在、街にて複数の『青魔石』使いが暴走状態だ。
衛兵が対処に当っているが、劣勢も劣勢、部下より挙がってくる報告は絶望的なものばかり。
「ギルドマスター、衛兵側から救援の要請が!」
「該当区は北東第一、南第四から第六、東第七地区からです!」
「街の自警団も出動をしましたが被害多数、なおも拡大中!」
現在、ギルド内では『青魔石』は、グランによって全て公表されていた。
この期に及んで隠し立てする意味もないからだ。
現在、懸命に職員が対処に当たっている――衛兵の治療、ギルド騎士の応援、避難誘導……だが、肝心の『青魔石』使いへの対処は芳しくない。
「南七区沈黙……駄目です、衛兵ではもはや騒動の鎮火は不可能!」
「すでに戦意喪失で多数の衛兵が離脱、避難誘導すらままなりません!」
「このままでは街が崩壊しかねません! ギルドマスター……どうすれば……っ」
「――狼狽えるな! 総員、落ち着けっ!」
雷のごとく盛大な音量が、作戦会議室に響いた。
水を打ったような場に対し、グランはことさら体を大きく振り、一歩前へと進む。
「奴らは所詮、バーサーカー。連携を取っているわけでない! 我々が浮足立ってどうする! 諸君らは秩序ある組織の一員だ。案ずるな! 我々は《ギルド》! 秩序を護り、悪を排除する組織である。組織的な対応をすれば、自ずと道は開かれる! 総員、目の間の騒乱に目を囚われすぎるなっ!」
「「は! はいっ……!」」
グランの一喝に、萎縮していた職員達に落ち着きが戻る。
ギルド職員とて人の子だ。怯えもすれば動揺もする。
いかに平時冷静に探索者たちの相手をしているとはいえ、この騒乱は未曾有の事態。慌てふためいても仕方ないだろう。
しかしだからこそ、ギルドという一大組織が浮足立っては、解決するものもしない。
広い作戦会議室に並ぶ、十数名の一般職員達――それぞれが不安げな瞳を向けながらも、ひとまずはグランの言葉に静まる。
「……良いか、重要なのはこれが、テロではなく衝動的な破壊という事だ。確認された『青魔石』使いのうち、犯行声明を出した者は一人もいない。つまり、これは計画的な犯行ではなく、全て突発的な破壊活動の複数発生だと言うこと。……参謀長、そうだな?」
グランの目が、傍らに控えていた女性――桃色の長髪の女性へと、向けられる。
ギルド参謀部、一級軍師『レベッカ』。
現在、ギルドに残る数少ない《一級》の名を冠する人間であでり、対人・対魔物を問わず組織的運用を必要とする事態に対処する、専門家である。
過去にも様々な事件を解決してきた彼女は、淡麗な顔を頷かせ補足する。
「そうですねー。今の所、計画的要素は皆無です。戦場から抽出した音声、映像、戦闘の模様……いくつかの要素を検討してみましたが、どれも衝動的、かつ短絡的な動機が見受けられます」
彼女は不思議な容姿を持つ女性だった。
一見して、十代の少女のような可憐さを持っている。しかし一方でその眼差しには幾千の戦場を超えた老獪なる光も垣間見え、年齢が判然としない。
桃色の髪に大きな白いリボンという少女じみた装飾も、どこかアンバランスで、妖しげな雰囲気を醸し出していた。
美人ではある……が、どこか不可思議な色気を覗かせる参謀長は、何が楽しいのか、ニヤニヤと笑いながら言ってみせる。
「確認された青魔石使いの名前と特色、暴走の動機は以下になりますねー。いずれも魔術による《盗聴》と《遠視》からの暫定ですが。
一、《ケルピー改》の所有者、ギルド四級解析専門官『リット』は私怨にて暴走ー。
二、《パラセンチピード改》の所有者、使用人『マルコ』は恋人の救助で暴走。
三、《インキュバス改》の所有者、ホスト店員の『ローグ』は街の貴品目当てに強奪。
四、《ブラッドプール改》と思しき魔石の所有者、殺人鬼『バセル』――これは殺人の快楽のため暴走ですね」
職員達が、一斉に呻いた。どれもこれも無茶苦茶な暴走理由だ。
街を破壊し、衛兵を打倒し、人々を混乱に陥れ、それで暴走をした動機が、街の散策だの快楽だのときている。笑い話にもならない。
「……ま、殺人鬼バセルに関しては、映像と音声からの暫定認定ですけれど。《ブラッドプール》ではなく、上位種の《ブラッドレイク》の青魔石の可能性もありますー」
いずれにせよ大規模な破壊が今後も予測される――その見解に、職員らは息を呑む。
「現在、最も被害が大きいのは《インキュバス改》の所有者、『ローグ』と、《ブラッドレレイク改》の所有者、殺人鬼『バセル』ですねー。バセルは己の殺戮衝動のままに『血色の刃』で一般人、衛兵、家畜、建物、街路樹問わず破壊を。一方でローグの方は、インキュバス改の《魅了》で十二名の『女探索者』を操り、金品を強奪。いやー、清々しい程に外道ですねー」
「笑っている場合か。今後の対策は」
ニヤニヤと薄笑いを浮かべるレベッカに対し、簡潔に問いだけを投げかけるグラン。
「んー、遠距離からの『狙撃』が無難ですかねー。ローグは戦いに関しては素人。バセルは仕留められるか怪しいですが、市民の避難も考えれば狙撃がベストな選択ですねー」
「最適な職員は? 《一級》はお前以外全て出払っているが」
「《二級》殲滅班の《雷閃》のモルドと、《死棘》のレイナ辺りが適任に任せましょう。本当なら《一級》のレックスやアリーシャを使いたい所ですが……ま、致し方ありません。彼らは別の《一級》の護衛で不在ですし」
ギルドの階級制では《三級》、《二級》、《一級》になるほど高い実力を持つ。
しかし有能であればあるほど他所に赴き事件を解決する事が多く、不在も当たり前だ。
迷宮内の遭難者捜索、『特進種』と呼ばれる危険魔物の排除、マフィアの鎮圧――。
それらが主な任務だが、現在、レベッカ以外の全ての《一級》は不在だ。
「ま、いない人たちのこと考えるのは止めましょー。手駒は常に不足なものですー。手持ちでやりくりするのも面白いですし、頑張りましょー。ふふふ」
「……レベッカ、この緊急事態でそういう口調はやめろ。士気が落ちる」
「そうですか? 私はこのくらいが丁度いいですが」
「馬鹿を言うな、街の破壊に人民の避難、窮状でふざけた態度を取る。それがどれほど不謹慎か、解らぬ貴様ではあるまい」
わずかに苛立つグランに対し、あくまでレベッカは肩をすくめるのみ。
「ふふふ。なかなかに愉快じゃないですか。街が意味不明の魔石で混乱状態、パニクる人々や、ぶっ倒れる衛兵達。混沌とした戦場……そういうの、私は大好きですですけどねー?」
「だとしてもだ。お前は良くとも周りに影響があると言っている。馬鹿もいい、その性癖もいい、だが時と場所を考えろ。参謀長としての自覚があるのなら、な」
レベッカはくすくすと笑って口を押さえた。
可憐だが妖艶な笑みがその薄紅色の唇から洩れる。
「はいはい、分かりましたよー。真面目に頑張りましょー。まあ皆さんの力があれば必ず状況は打開出来ます。才能、鍛錬、勇気……持って生まれた素質と、類まれなる技能……それらを使い、ちゃっちゃと解決しちゃいましょう」
レベッカは続けて語る。
「この街、ギエルダは良い街です。なくなってしまうのは悲しい。ですから皆さんの力を束ねて勝利をー」
職員達の間に活気が戻る。敗戦ムードから逆襲体勢へと、その心が移行する。
まったく、やれやれだとグランは嘆息する。彼女は普段は変人で『残念美人』と名高い。戦闘と名が付けば嬉々として作戦を考える奇特な性癖だ。
だが、彼女の発言の最初はともかく後半の『反撃』への一喝は、職員らに士気を取り戻させた。
ギルド参謀長レベッカ。話術や詐術は間違いなく当ギルド最高。
「……ともかくだ。まずは現状の把握と打開策だ。それが出来ねばどうにもならん」
「了解です。……あ、『青魔石』で暴走している連中がヤバイのは確かですがー、ちょっと気づいたことがあるんですよね」
「……なんだ?」
レベッカは手に持つ魔術用の杖をくるくると回してみせる。
「そもそもこれ、こんなつまんない理由でここまで暴走なんてしますかねー? リットは『私怨』、ローグは『強奪』でマルコは恋人の『救援』、バセルに至っては殺人鬼特有のへの『快楽』じゃないですか。こんな都合よく、同時に暴走事件発生? 暴走? どう考えても不自然です」
「……要領を得ない。結論を言ってくれ」
グランの苦々しい顔に、長い髪を縛るリボンをくるくる弄びながらレベッカは語る。
「これ、何らかの『命令』が働いてません? 命令というか『思惑』? とにかく、何者かが四人の中に働きかけ、この暴走を起こしているものかと」
「……つまり?」
レベッカは傍らの職員が出す《遠視》の映像を見ながら語る。
彼女の魔力により、その映像が一層鮮明になる。
「彼ら、何かに『操られてる』と思うんですよねー。例えばマルコ。時々立ち止まってブツブツ言ってるんですよ。まるで、『誰か』と会話してるみたいに。《四級》解析官リットや殺人鬼バセルも同様。ローグは……女探索者ちゃん達が邪魔でよく判りませんが、それは確かです」
「――まさか」
職員も、グレンも、皆が一斉に驚愕した。
これが、この騒動が、何者かの『陰謀』によって引き起こされている?
それも、一見すれば単独に暴走しているように見えて、じつは共通性がある。
レベッカの見解に一同は困惑と焦燥の念を抱く。
「確かに、被害映像の中、四人の『青魔石』使い達は虚空に向かって話している時がある。それが、今回の真の『黒幕』で、彼らは『何らか』の目的のために操られている――そう解釈も出来る光景ではある、か?」
「仮説ですけどねー。そもそも誰が、何の目的でそんな事してんのか判りません。ただ一つ言えることは、あの『青魔石』使いのうち、一人は生かして尋問する必要があるというだけです」
「それは……確かにそうだな」
グランが思案しながらも頷きを返す。
「結果的に大規模テロになっている点も見逃せない。『青魔石』使い、もしくは『青魔石』自体をを確保し、両方の調査をするという方針が無難か」
「ですねー」
「だが、それなら『地下』に保管してある《ロードオブミミック改》などを調べれば良い。面倒な手間をかけさせる必要は――」
「それは駄目です。実際に人間を操った『青魔石』と、そうでない物では、結果に齟齬が出る可能性がー。完全な調査のためには、あちらの『四人』のうち、誰かの捕獲が不可欠ですよ」
グランは厳しい顔つきで聞く。《ケルピー改》や《インキュバス改》使いの捕獲。
いずれもが強大な力の持ち主だ。ランクマイナス四の《インキュバス改》はおろか、マイナスランク一の《ケルピー改》ですらあの実力。
捕獲にもかなりの難度が予測される。
レベッカが職員の一人に顔を向ける。
「《雷閃》のモルドと《死棘》のレイナに繋がりますか? ちょっと言っておきたい事が」
「は、はい!」
彼女の言葉に従い、職員の一人が《遠話》の魔術を使う。レベッカの眼前、薄い青紫の渦が発生し、彼女と待機中のギルド騎士二人に繋がる。
「こちら参謀長レベッカでーす。レイナ、モルド、ちょっといいですかー?」
『……き、聞こえてます!』
『何用だ』
おっとりした少女の声と、無愛想な青年の声。
いずれも《二級》の中では随一の実力を誇るギルド職員――その中でも『騎士』と呼ばれる腕利きだ。
「今ちょっとー、議論が終わりまして。そちらでも『青魔石』使いの騒ぎ見てます? 今からあなた達に狙撃をお願いしたいんですが。最低一人は生かして確保してください。魔石も、出来れば無傷で回収する事をお願いします。大事な調査物ですからねー、壊したり殺し尽くしたら減給です」
『そ、狙撃ですか、頑張ります!』
『任務、了解』
どこか怯えた声と、淡々とした声の応答。その内に秘めた実力が垣間見える。
レベッカはくるくると長い髪の先っぽをいじりながら、
「というわけでギルドマスター、命令を。『青魔石』使いの確保を。これよりその準備に掛かって下さい」
「……やむを得んな。だが、狙撃の前準備として奴らの『弱体化』が必須だ。殲滅ではなく確保となると、通常の三倍以上の手間だ。最低でも、足止めくらいはしなければ成功しないぞ?」
「それは心得てますー。身体能力が十倍くらいに上がってるマルコを筆頭に、ローグやリットもバセルも、凶悪な怪物そのもの。単純に狙う撃つだけでは不完全。ですので、ギルド騎士団を動かして、彼らをある程度ボコボコに叩いて頂ければと」
「衛兵は」
「邪魔なので下がらせてくださいー。というか義勇心が残っていても退去させるべきかと。彼ら衛兵ではあの四人の足止めは不可能ですし」
街の衛兵は、あくまで一般人への対応が専門家だ。一応、数名程度の常人なら蹴散らせる実力を誇るが、並の魔物以上の強さを誇る『青魔石』使いには荷が重すぎる。
よって、武装した探索者や迷宮の魔族掃討に特化した、『ギルド騎士団』と呼ばれる特殊兵団の運用が必要となる。
これまでは計画的なテロの陽動の可能性を鑑み、防衛用に待機させていた。
が、いよいよギルドの、都市の最高戦力が出撃という形になる。
「……判った。それが最善のようだ。『騎士団』を動かそう」
グランが周りの職員たちを睥睨する。一様に、注がれる視線に向け毅然たる声を張り上げる。
「これより、我がギルド支部は四人の『青魔石』使いの確保を行う! 第一陣として『ギルド騎士団』第二、第三、第四小隊を向かわせる! 第五から第八小隊は予備隊! 《二級》騎士のモルドとレイナは命令あるまで待機せよ。準備完了後、それぞれ狙撃して構わん!」
『は、はいっ!』
『了解』
「無力化させるための『捕獲班』と『支援班』を構成する。一般の職員第一から第八班は捕獲に、第十一班から第十五班は援護とする。残りは支部内で待機! ――では行こうか、傲慢なる破壊者どもの討滅を。奴らに、我らギルドの力と言うものを見せてやろう!」
『おおお!』
『おおっ!』
『都市の、民衆の、平和のために!』
職員たちが意気込む。グランが不敵に笑う。
レベッカが爛々と瞳を輝かせ、遠話の向こう――《死棘》のレイナと《雷閃》のモルドが、それぞれおっとりとした声と淡々とした声を放った。
作戦は整った。
さあ、反撃を始めよう。
愚か者どもを駆逐するために。都市に平和を取り戻すために。ギルドが全力で動く。





