第三十八話 精霊少女と、幽霊少女の看護④
「うわぁ、綺麗な森なんですね」
青魔石の事件より二日前。
倒れたリゲルに『滋養剤』を創るため、ミュリーとメアは森へと向かっていた。
『分裂本』にて分身体を作ってもらったミュリーは、本体の自分とリンクした状態で、茂った木々の光景を前に歓声を上げた。
その視界に映るのは、青々と茂った森、草々の様子、素晴らしき自然の光景である。
「凄い、樹冠高い木に溢れる緑、小鳥、森のさざめき……これが現代の『森』なんですね」
前の前に広がる、自然溢れる森林にミュリーは興奮する。
当然だろう、彼女は精霊だ。森と共に生き、自然の中で生活する。
普段、ベッドの上で寝てばかりいるミュリーにとって、その光景は格別だ。溢れる緑も、動物も、虫の姿さえも、全てが彼女の歓喜を呼び起こす風景となる。
〈あはは、喜んでもらえて何より。まあ、触覚が無いのが残念だけど……『分身本』の効果だと、視覚と聴覚までしか共有できないから〉
「それでも嬉しいです。メアさん、本当にありがとうございます」
その言葉は本心だ。『分身』の体で、ぺこりとお辞儀するミュリー。
『分身』は本体であるミュリーが思考するだけでも、行動することが可能だった。
今、ミュリーの本体は『レストール家』のベッドで横になっていて、その視覚と聴覚は『分身』と共有されている。『本体』の彼女は寝ながらにして森を散策する形となっていた。
「あ、メアさん、あの小鳥、可愛いですね」
〈モリクジャクって言う種類だっけ。前に本で見たよー〉
「あの木の下に生えているキノコ、とっても鮮やかです」
〈ゲキドクダケだっけ。生前、食べて三日間寝込んだ事あったよ〉
「あの植物の根にある花は……」
〈踏むと笑いの胞子が出るワライバナだよ。昔とんでもない目に遭ったなぁ〉
「……なかなかに勇者ですね、メアさん……」
などと、美少女二人、わいのわいのと語りながら森の散策を進める。
ちなみに、メアは霊体なので木々をすり抜けながら『分身』のミュリーの真上を浮いている。
彼女も長く幽霊屋敷にいたため、森の散策はじつに楽しそう。
〈ミュリー、ちょっとその辺で水浴びしない? 夢だったの、外に出て遊ぶの〉
「ふふ。でもメアさんは幽霊で、わたしは分身ですよ? 楽しめますか?」
〈気分だけでも。……ま、そんな時間はないかな?〉
『――そろそろ僕に説明して欲しいところだけど。ミュリー、メア、君たちは一体を何をしに?』
その時、ミュリーのもとにリゲルの声が届けられた。
レストール家の一室、まだ体力が戻らないリゲルが、ベッド脇からミュリーに尋ねたのだ。
やや複雑だが、いま三人の間で、皆と意思疎通出来るのはミュリーのみ。
屋敷にいるリゲルは森の様子が判らないが、分身を通じてミュリーだけはメアとリゲル両方と意思疎通が出来る。
反対にメアは森にいるため、屋敷のリゲルと会話は出来ない。よって双方と話が出来るのはミュリーだけ。
〈ん? リゲルさん、何か言ったの?〉
「あ、はい。わたし達の散策の目的を知りたいらしいです」
〈あ、それだけど、内緒にしておかない? リゲルさんにさ、サプライズで滋養剤を作ってプレゼントしたいの。駄目かな?〉
「えっと……いいんでしょうか? でも、そうですね……それもいいかもしれません」
ささやかな恩返しとして、そのくらいの演出はあってもいい。
あるいは映像越しとはいえ、森の散策がミュリーに少しばかりの高揚感を促していたのかもしれない。
『ん? 何かよく判らないけど……結局どうしたの? ミュリー? メア?』
「えっと……内緒です、ふふ」
ミュリーにしてはどこか悪戯っぽい響きに、リゲルはきょとんとして、
『え、内緒? ……ミュリーが僕に内緒? ううん……凄く気になる』
思わぬ返答に、リゲルが目を丸くする。
『本体』の方のミュリーが、こっそり目を開けて、傍らのベッドで訝しむリゲルへ小さく笑う。
〈あ、それでね、それでね、ミュリー。ちょっといい?〉
「――あ、はい、何でしょう。メアさん」
〈これから森で『滋養剤』の材料手に入れるわけだけど、注意してね。森には迷宮の『邪気』を帯びて凶悪化した動物とか、異常発達した木々がたまにあるから〉
迷宮には魔物がいるわけだが、その体には邪悪な『妖気』とも言うべきものが出ている。
人間にはほぼ害がないが、出入り口から漏れたものが動植物などへ影響を与え、凶悪化させることが稀にある。『準魔物』と呼ばれるその存在には、注意が必要だ。
「大丈夫です、わたしの時代にも、そういったものはありましたから。危険は承知しています」
〈そうなんだ、さすがは精霊、鎧から蘇った女の子だね!〉
「その言い方は少し語弊が……」
メアの先導のもと、分身ミュリーは木々をかき分けて進む。
滋養剤の材料である『レンギクソウ』、『アオイチジク』、『ムゲンダケ』、『ロンリーラビットの肝』と呼ばれる品々を求め、どんどん奥に足を踏み入れる。
途中、斑なキノコを見つけたり、どんぐりをくわえたリスと遭遇したり、軍隊アリの群れに遭遇したりと、ハプニングもあったが、順当に材料の一つ、『レンギクソウ』を手に入れた。
――この分なら、そう苦労なく完遂出来る。
ところが、問題が起こったのはその少し後だった。
「はあ……ふう……はあ……」
〈ミュリー? 大丈夫?〉
ミュリーの分身が、徐々に不調を訴えたのだ。
「は、はい、すみません。何だか途中から、体が……ふう……」
〈うわ、凄く顔色が悪いよ。汗も。何だろう、これ……?〉
森の中、分身で徐々に疲弊するミュリー。
リゲルとメアが話し合った結果、どうやらミュリーの体力不足が原因らしい。
『本体』のミュリーは病弱な体ゆえ、当然その性質は『分身』にまで影響を及ぼしている。
平均的な少女よりも体力は低く、さらには慣れない森の散策と相まって、半刻もしないうちに体力切れとなったのだ。
『……本体の方のミュリーも、悪夢を見てる感じだ。苦しそう……』
もちろん本体は屋敷の中なので、実際に疲れているわけではない。が、分身の動かしづらさに精神が疲労、結果として、本体も疲弊している。
「す、すみません……お役に立てなくて……」
〈そんなことないよ! ミュリーのせいじゃないもの〉
「でも……」
リゲルの体力を取り戻すために森へ来たのに、肝心のミュリーの体のせいで中断する。
完全なる、足手まとい。
ミュリーとしては、忸怩たる思いが去来する。
『無理しないでミュリー、僕のためにやってくれても、無茶をしたら悲しいよ』
「で、でもわたし……どうしてもリゲルさんの役に立ちたいです。日頃待つだけで、今やっと出来る事が見つかっている……それを……あ!?」
『分身』のミュリーがぬかるみに足を取られて顔から地面に突っ込んだ。リゲルからは見えないが、分身ミュリーは泥だらけで涙目である。
「げほっ、ううっ、あう……!?」
〈ミュリー!?〉
『だ、大丈夫? ミュリー怪我は!?』
「平気です。でも……うう、こんな姿、リゲルさんには見せられません。今日は分身で、ほんとうに良かっ……あ!?」
今度はヘビが分身ミュリーの体にまとわりつき、にょろにょろと足から登ってきた。
服の隙間から、うねうねうねうねと、柔らかい体を這い回ってくる。
「きゃあ~、駄目っ、そこは……っ、だ、駄目です、や、リゲルさんにも触られた事ないのに……っ、ひゃ、やだ、ん、駄目、きゃあ~~~~~…………っ!」
『いや、あの、何だろう……僕の隣で、ミュリーは今ベッドで凄く悶えてるんだけど。分身の方で、一体どんな痴態になっているのか凄く気になる……』
「うわわわわ……っ」
とても言えない。
ヘビが太ももを這い回り、さらにへそを経て胸のところまで這い上がったなどと。
尻はおろか、首や耳や脇まで経由して、いまは胸の谷間に居座っているなどと!
触覚がないのが幸いだった。もしもヘビの感触がリアルに感じられたら、たぶんミュリーは五日くらいトラウマになっていた。
〈大丈夫、ミュリー? ほら、退けてあげる〉
《浮遊術》でメアがミュリーの服中からヘビを取り出した。
「何すんねん、わいは美しいおなごを楽しんでるやで」と恨みがましそうな目をしたヘビだが、メアはポイッと放り投げて、ミュリーを慰める。
「あ、ありがとうございます、メアさん」
〈どう致しまして! でも災難だったね、森には恐ろしいのがいるんだね〉
「でも、あの、できればもう少し……早く助けてくれるとありがたかったです」
〈あはは、ごめんね。恥ずかしがるミュリーが可愛くて、あたしちょっと見惚れちゃった。えへへ?〉
「メアさーん!」
涙目のミュリーが、恥ずかしそうに自分の体を抱いた。
服が乱れたのでしばし直す。
しばらくして落ち着くと、またミュリーは『分身』を動かして先に進む。
――だが少し歩くと、今度は口からドバドバドバと血を吐いてミュリーは倒れた。
〈え、うわ、ミュリーぃぃぃぃ!?〉
『ちょ、今度は何!? ミュリーの様子がまた!』
「だ、大丈夫でず……リゲルさん。あなたのためにも、がんばりま……こふっ」
〈うわー、やばいよ! ミュリーが血ィ凄く吐いてる! あ、でも分身だから平気なのかな? 本体は平気だし……でもこれリゲルさんには見せられないな……〉
『え、何。今度は何が起こってるの? 大丈夫なのミュリー!? ミュリー!?』
リゲルが慌てる。森の中と屋敷の中、しばらく悲鳴がとどろいた。
† †
〈ふう……考えてもみれば『分身』はいくつか作れるわけだから、疲れたらまた新しいの創ればいいんだね〉
しばらくして。メアが根本的な解決策を見つけ安堵する。
『分身』のミュリーが虚弱で倒れるならば、『分裂本』で新たにミュリーの分身体を作りあげれば良いだけだ。
幸い分身は創る回数に制限なく、そこにミュリーの意識がその都度映れば良い。
そうすれば、分身体の方がいくら疲れても問題ない。
「そ、そういう方法があったんですね……助かりました、メアさん」
〈あはは、まぁそれでも古い分身は残るから、『乗り換えた』後は古い分身が死体に見えて、森を歩く人にはちょーとホラーになるかも〉
「メアさーん!」
〈それか、変な趣味のお兄さん達に持ち帰られて、イロイロと変な事されちゃったり?〉
「あわわわ……っ」
メアが空中で可笑しそうに笑う。
〈うそうそ、ごめん。分身はね、二十分経てば消えるって〉
「そ、そうなんですか……」
その情報にひと安心して、胸をなでおろすミュリー。
「それなら良かったです。本当だったらもう、恥ずかしくて……」
〈でもまあ……それでも不審死体に見えるのは変わらないよね。万一誰かに目撃されたら面倒だし〉
「そ、そうですね」
〈だから、仕方ないからあたしが一時間くらい一人で探し――〉
その時である。
森の樹木をかき分けて、四人の大柄な男達が現れた。
剣、斧、鉈……一様に迷宮探索に使うような、武器を腰に下げた男達だ。
体には皮鎧を身に着け、いかにも粗暴な雰囲気である。
「あーん? 何だ何だ、えらい可愛らしい娘がいるじゃねえか」
探索者らしい男達がミュリーたちの前で立ち止まる。
〈……あ、そうか、同じ採取の……〉
『滋養剤』は、すでに街では売り切れ状態。
となれば当然、ミュリー達のように、自作して使おうという者も出るだろう。
彼らはどうやら、そうした一団らしかった。
見れば、彼らの腰袋には材料の一つ、『ムゲンダケ』が覗いており、彼らも採取していた事が伺える。
ならば、他の材料がどこにある教えてもらえるかも――とミュリーが考えて。
「あの、すみません、この辺りでムゲンダケやアオイチジクは、どこに――」
「おいおい何だぁ、この嬢ちゃん、レンギクソウ持ってやがるぞ!」
男の一人が、ミュリーの腰袋を見て嬉しそうに叫んだ。
「え……?」
「お、マジか? なあ嬢ちゃん、そのレンギクソウ、折れ達に寄こしな」
「え? ……そ、そんなっ」
男達は一斉に、すごんだ目つきをミュリーの周りに詰め寄った。
「俺らはパーティ『紅髑髏の旅団』ってんだ。名前くらい知ってんだろ? 逆らえば嬢ちゃんの親、家族、皆見つけて脅しちゃうぜ? それが嫌なら大人しく渡すんだな?」
どうやら、たちの悪い一団に当たってしまったらしい。彼らは目的のためならば、ミュリーの荷物袋から見える材料を、奪おうのも辞さないのだろう。
怯えるミュリー(分身)の回りを、大柄な男達が鼻息も荒く取り囲む。
「おら! さっさと出せや!」
「断ればどうなるか、判ってんね? はっはー」
「お嬢ちゃんがいつまでもそれ持ってても意味なんざねえよ、大人しく渡しな?」
当然だが、ミュリーはそんなものに応じられない。
これは、リゲルにあげる『滋養剤』の、大切な材料だ。
これがなければ、彼はまだしばらく安静のまま。
それをみすみす手放すなど――。
不安そうな目で、メアの方を見たところ、
〈ふむふむ……この人達、レンギクソウ以外はみんな揃ってるね。ミュリー、ちょっといい?〉
メアはひそひそとミュリーに作戦を伝えた。
彼女は幽霊ゆえ、自分の姿や声を自由に『可視化』、『可聴化』が出来るが、今は声だけをミュリーに届けている。
つまりはミュリーの耳にのみ作戦が伝えられ、男達が勝ち誇る一方で、起死回生の策がひっそりと伝わっていくわけだ。
「え……そ、そんなこと……やるんですか?」
〈大丈夫、やってみて。どうせこの人達、悪い事して幅を利かせてる人達だもの。少しくらい平気だよ。『紅髑髏の旅団』って、聞いた事あるよ、街で嫌われてた悪いパーティ。だから、ね? ミュリー〉
「で、でもそんな……恥ずかしい」
伝えられた内容に、ミュリーは十数秒だけ戸惑っていた。
しかし、メアが応援してるのと、男四人が威圧的に見下ろすのを見て、意を決する。
「れ、レンギクソウは渡せません。でも代わりに、わたしがイイこと、して……あげますよ……」
男達は一瞬、呆気にとられた。
だが次の瞬間、大笑いしながら、
「ぎゃはははは! イイことだってよ! こんなおとなしい小娘が!」
「もっと大人の姉ちゃん呼んできな嬢ちゃん! それと転んだのか知らないけど、クソ汚ぇ格好だしよ! こんなみっともねえ格好で、誘惑は無理ですよ!」
「場末の浮浪者でも誘ってろや、くっく、あっはっはっ!」
笑いも笑い、大笑い。男達は腹を抱えて馬鹿にする。
しかしミュリーは次の瞬間、メアの助言に従って袖で『顔』の汚れを拭い払った。
泥や土だらけの顔が綺麗となり、思わず目を見張るほどの美少女の顔が露わになる。
「な、なに!?」
「馬鹿な、なんだこの綺麗な娘は!?」
「こんな可愛い娘、街で見たことないぞっ!?」
ミュリーの肌は雪のように白く、肌は瑞々しい。誰もが唸る程の麗しさ。可憐、という表現が誰より似合う。まるで物語の妖精じみた美貌に、当然、男達は仰天し興奮する。
はあはあと息を荒げ、ぎらぎらとした眼で見つめ、寄ってくる男たち。
「お、おい、さっきの言葉、嘘じゃねえだろうな?」
「……もちろんです」
「イイことしてくれるんだよねぇ? レンギクソウ渡す代わりにさ!」
「俺ら、精力だけは有り余ってますよ? 夜通し、やっちゃいますよ?」
鼻息も荒く意気込む男達。
今にも襲いかかりそうな男達の、その様子。
その、背後で――。
〈はーい、まず『ムゲンダケ』三個に、『アオイチジク』二個ー、『ロンリーラビット』の肝一個に、おやおやまた『ムゲンダケー』〉
メアが、《浮遊術》で、男達の荷物袋から滋養剤の材料を取り出していった。
ミュリーの美貌に夢中の男達は気づかない、気づけない。
すっかり彼女に視線は釘付け。その間に、次々とメアは男達から材料を失敬していく。
「も、もっと肌を見せろー」
「こいつ、以外に胸でけえぞ! ひゃっほう!」
「その体で俺らにエロいポーズしてみな! そう、そう、もっと」
「え、エロいポーズ……? え、えっと……こうですか?」
可愛らしくしなを作って、流し目をしてみるミュリー、
それでも興奮した男たちの勢い衰えず、さらなる誘惑をミュリーは試みた。
――本当は恥ずかしいけど、でも! リゲルさんのため!
ミュリーは分身の胸元を少しだけ晒して、両腕でぎゅっと押し寄せ、前屈みになって、
「……だっちゅーのっ!」
「……古っ!」
「昔読んだ本で見たぞそれ!」
「だが埃被ったネタでも……イイ!」
興奮したり馬鹿にしたり悶えたり、嬉々とする男達。
その間、メアは黙々と材料を失敬し続ける。
「(はうう~~~恥ずかしいです、男の人の視線、荒い息、声、メアさん、まだですか~~~~!)」
〈やばい、ミュリーとってもせくしー。もっとやって〉
「(メアさーんっ!)」
そんな事をしている間にメアは全ての材料を確保し終える。
〈終わったよ! 分身のリンク切っていいよ〉
「は、はい……」
言われて、念じて分身体との感覚共有を斬るミュリー。がくんと、男達に囲まれていた分身ミュリーが倒れる。
「うお!?」
「いきなり倒れたぞ!?」
「発作でも起きたのか!?」
突然の事態に男たちが慌てふためく。
だが倒れたのは美少女だ。彼らが狼狽えるだけで終わるわけもなく、徐々に獣欲に満たされていく。
「恥ずかしさのあまり失神したか?」
「よしチャンスだ、服剥いて弄んじまえ!」
〈衛兵さーん、こっちです〉
しかし、男達が我先にも群がるのを他所に、メアが森の治安を守るため徘徊していた衛兵を呼んでいた。
己こそが先にと意気込んでいた男達は、驚愕、狼狽――。
何とか逃げようとしていたが、衛兵の魔術で鎖で拘束され、あえなく逮捕となった。
「ちょ、はああ!? さっきの女、どこに行った!?」
「ちょ、違うんですよ衛兵さん、俺らはただ、話しかけていただけっすよ!」
「嘘をつくな。組み敷いていた所を見たぞ。娘は隙を見て逃げたのだろう」
必死に無罪を主張する男達。だが暴行未遂、恐喝等で、豚箱は確定だろう。
その後抵抗もしたが、あえなく男達は連行されたのだった。
† †
そして十数分後。レストール家にて。
森で手に入れた材料を元に、作った滋養剤を前にミュリーが華やぐ。
「やっと……これでリゲルさんが元気になりますね」
〈うんうん! ミュリーが体を張ってまで得た滋養剤だよ。早く元気になってねリゲルさん!〉
「何があったのか凄く気になるけど……あえて聞かない事にするよ僕は、うん」
恥ずかしがるミュリーの様子に、微笑ましい笑みを向けるリゲル。
何はともあれ無事に採取は成功した。リゲルが優しげに笑う。
「でもありがとう、ミュリー。メア。君達がそこまでしてくれて、本当に嬉しい」
「リゲルさん……」
〈早く良くなって、また色々頑張ろう!〉
「ああ。この滋養剤、大事に飲むね……んく」
和やかに微笑んで、リゲルは薄緑色の液体を口に入れた。
――その途端だった。
「ぐは!? なんだこれ!」
リゲルがいきなり、うめき声を上げて倒れたのだ。
慌ててミュリーが彼に駆け寄り、抱き起こす。
「り、リゲルさん!? ど、どうしたんですか!?」
〈……あ。いっけない、材料間違えたみたい。これ、ムゲンダケじゃなくて、『ムソウダケ』を入れるんだ……〉
メアが本を確認しながら、やっちゃったと声をどもらせる。
ミュリー氷のように固まった。
「え。じゃ、じゃあリゲルさんは……どうなるんですか?」
〈えーと。待ってね、説明書、説明書……うん。同じ材料で『ムゲンダケ』を入れた場合は……最初に見た者を猛烈に愛するようになる――つまり、惚れぐす〉
「ミュリー。結婚してくれ」
「ええっ!? り、リゲルさん!?」
起き上がるなり、いきなりそんな事を言い出したリゲル。
「君を愛している。この気持ちは本物だ。子供は十人作ろう。たくさん産んで、最強のパーティを作るんだ!」
「リゲルさん!? ちょっと、あの、待っ」
ミュリーに覆いかぶさるリゲル。目がハートになっている。
それはもはや愛にまみれたナイトならぬビースト。完全に獣である。
「君こそが僕の伴侶だ! さあ結婚しよう、結婚と言わず今すぐ結ばれよう! 大丈夫、僕は君だけを愛してる!」
「え、あ!? ちょっと待ってください、リゲルさ……あ、ひゃああ~~~駄目です、服引っ張らないで……っ、め、メアさんっ、助け……っ」
〈あわわわわ、どうしよう、どうしよう。ミュリーごめん、わたしドキドキしてる)
「見てないで助けてくださいメアさん! きゃあっ、リゲルさんっ、ひゃあ~~~~」
「みゅりーあいしてる! 僕と結婚! 子供産んで!」
その後、三分ほどで薬が切れるまでリゲルはミュリーへ迫った。
一応抵抗はしたので何事もなかったが、全て終わってリゲルは正気に戻った、その後。
ミュリーは火が出るほど真っ赤になって、しばらくリゲルの方も顔を真っ赤にして、恥ずかしさに悶えていた。





