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第三十七話  暴走と敗北と

「どうなっている!? 報告は本当なのか!?」

「判らない! 誤報だと思いたいが!」


 街の『衛兵』、ミドウとアルタの二人は、爆音響く大通りを駆けていた。

 緊急の連絡だった。一般市民からの報告によれば、『ギルド職員』の一人が街中で乱闘、魔術的な手段を使って家屋を破壊した。

 《ギルド》とは、秩序を司る組織。探索者の、補佐をする栄えある存在だ。その職員は訓練され、野蛮的な思想はほとんど抑制されると聞く。

 ましてや、街中で家屋を破壊し、市民を恐怖に叩き落とすなど論外だ。


「あそこか……?」


 いくつかの街角を経由し、逃げる人々の流れを逆流し、やがてミドウとアルタは現場に着く。


 惨状が、目に入った。

 眼前に広がるのは崩れた家屋の壁、砕けたドア、ひび割れた舗装路だ。

 地面に伏しているのは何人もの人々で、それらをゴミのように見下ろすのは一人の青年だ。

 まだ年若く、華奢な印象。

 全体的に肌は白く、痩せた体格。


 ――《四級》解析官のリットだ。


 衛兵のミドウとアルタは驚いた。

 その青年の目が、まるで獣のように凶暴だったから。


「止まれ! そこの男、両手を上げて地面に伏せろ!」


 衛兵として叩き込まれた知識に従い、ミドウとアルタは声を張り上げる。

 けれど、リットは無音で振り返るのみだ。

 衛兵が現れたにも関わらず、殺気立った眼で、手に『青い石』を持ち、気味悪い笑みでミドウらに振り返るだけ。


「あーん? なんだ?」


 その澱んだ目がミドウらに向けられる。


「再度警告する! 両手を上げて、地面に伏せろ!」

「あーあ。何だ、衛兵かよ。ちったぁ斟酌してくれよ。俺ぁ、飲んだくれをぶっ飛ばしただけだぜ?」

「もう一度警告する! 手を上げて地面に伏せろ!」

「……く、くく! ははは! ――嫌だと言ったら、どうする?」


 衛兵二人が制圧用の武器――長槍を構え、突撃しようとした――まさにその時だった。

 いきなり青年が持っていた『石』を掲げると、盛大な指向性のある不可視の衝撃がミドウを吹き飛ばした。


「な!?」


 吹き飛ばされたミドウが背後の地面に衝突し沈黙する。一瞬硬直し隙だらけのアルタの体を青年の手の『石』から、再び奔った衝撃波が、軽鎧ごと吹き飛ばした。


「がっ!」


 後方に積まれていた酒樽の中に頭から突っ込む。中身が割れてワインやビールなどがアルタの顔に流れ落ちる。酒まみれにする。


「はは、はははははっ! いい面構えになったじゃねえか! 酒臭い男はモテるぜ!」

「貴様ぁっ!」


 長槍を持ち立ち上がりかけたアルタだが、胸に激痛を覚え呻く。

 見れば軽鎧の前面がひしゃげ、砕けている。


 痛みからすると肋骨も何本がやられたらしい。滴り落ちる汗や酒の匂いの中でアルタは吐血する。

 ――馬鹿な、一撃で、ギルド製の軽鎧が!?

 街の治安を維持する『衛兵』の軽鎧はかなりの強力さだ。元はギルド騎士団から支給されたお下がりの鎧だが、その効果は折り紙付き。オーガやトロルなど、重量級の魔物の攻撃すら数発耐えられる、高耐久のはずだった。

 それが、一撃で。

 なおかつ内部にも、ダメージを与えた。

 アルタの体が戦慄に、ぶるりと震える。


「何だ、貴様……その力は……」

「お? 何だ何だ? さすが衛兵さま、これしきじゃ沈まねーってか? それなら……これはどうだぁ!?」


 再び青年の手の中の『青い石』が瞬くと、地面を削るような衝撃波が襲ってきた。

 たまらずアルタは転がってそれをかわす。《加速》の魔術を使用、通常の1・3割増しの脚力で、必死に折れた木々や壊れた家屋の柱などを盾に避ける。

 だが、二発、三発、四発、肋骨に激痛に呻くアルタをあざ笑うように、いくつもの衝撃波が彼を狙い続け呻きを上げる。


「うああっ!?」


 そして、ついに七発目の衝撃波がアルタを捕らえて吹き飛ばした。軽いボールのように吹き飛ばされ一度、二度、地面を作家して離れた防具屋の壁に突っ込み、意識が奪われる。

 持っていた長槍をだらりと下げ、アルタは沈黙する。


「はははははっ! いい! いい! すげえぞこれ! 絡んできた酔っぱらいも、生意気な衛兵も! 赤子の手をひねるよう! 最っ高ぉーに、気分がいいねぇ!」

「貴様ぁ! そこまでだ!」


 初撃で吹き飛ばされていたミドウが、長槍を杖代わりに立ち、青年へと威嚇する。


「……おいおい何だよ、邪魔すんなよ。俺はなぁ、《ケルピー》の力に、興奮してるだけだぜ?」

「ぎ、ギルドの職員でありながら、この暴挙……許せん、貴様を拘束するっ」

「やってみればいいさ! けどなぁ、そんな無様な状態で、どうやってやるんだよ? ちっぽけな衛兵が! 引っ込んでな!」


 青年の手から衝撃波が放たれる。


 ミドウが左手を掲げ『岩石槍ストーンランス』の魔術と、真っ向から衝突したが拮抗したのは一瞬だけ。

 鮫に食い荒らされる板切れのように、ミドウの岩石の槍は崩壊。ばらばらと四散し、その奥のミドウに直撃して遥か後方の教会へ吹き飛ばした。


「いい、いい! 力がみなぎってくる! ははっ、何だよこの力は!? 震えが止まらないぜ!?」


 治安を維持するはずの人間すら、容易に打破する力。

 圧倒的な《ケルピー改》の能力。

 しかも、これでもまだ全力の『五割』に過ぎない。

 その秘められた力の強さに、青年は身震いする。


「ははは! ははははは!」


 出来の悪い絵画のように教会の壁にめり込んだミドウを見つめた後。

 《四級》解析専門官リットは――高揚を抑えきれず大笑した。



†   †



《パラセンチピード改》の『青魔石』を有したボルコス伯爵家の使用人、マルコは、立ちはだかるヤクザ達を麻痺させながら、街の裏組織を壊滅していた。


「テレ……ジア!」


 奴隷として買われた少女の顔を思い浮かべながら、彼はヤクザを打ちのめす。ナイフ、チャクラム、蛮刀、様々な得物を持って襲い掛かるヤクザだが、彼は歯牙にもかけない。


「《パラセンチピード改》よ……! 僕に、力を寄越せぇ……っ!」


 彼の持つ青い魔石が発光し、さらなる増援のヤクザたちを打ち払う。


 金糸めいた雷槍に貫かれ、ヤクザ達が次々倒れ伏す。

 それは、殺害を目的としたものではない。

 ただし体の運動機能を奪い、戦闘不能にさせる能力だ。

 《パラセンチピード》という魔物の力を元にして、そのさらに数倍の効力を有する麻痺槍は、ヤクザ達を確実に痙攣させる。


 雷の速度で迸る麻痺槍を避けられる者はいない。

 鉄棒構えたヤクザが、蛮刀持ったヤクザが、裏路地の奥から次々とマルコを襲うが、一撃で彼は鎮圧する。


「くそっ、強すぎる!」

「――ボス、逃げてくださ……ぐえっ」


 大柄な顔に傷の男を背に庇い、幹部の男がマルコへ《火炎》の魔術を放った。

 それを超人的な跳躍でかわしたマルコが、空中から麻痺槍を放ち昏倒させる。

 《パラセンチピード改》の魔石を得たマルコは身体能力も高い。

 常人の十倍近いものを引き出し、いとも容易く組織の最深部へ辿り着く。


 組織の長――奴隷売買やここ一帯の賭博場を仕切る長身の男が、マルコの凶眼に怯まず相対する。


「貴様、どこの組織のもんだ?」


 ローブに、煌びやかな指輪をいくつも身につけた長が、居丈高に言う。

 マルコは麻痺槍で彼の自由を奪い、壁に追い詰め問いかける。


「テレ……ジアを、どこにやった……!」

「ぐあ……超常の力を持つようだな……だが、奴隷の管轄は副長のギレードの仕事だ。俺は知らんよ」


 マルコは犬歯を剥き出しに吠える。


「副長は……どこにいる?」

「教えると思うのか? 愚かで卑しき小僧なんぞに?」


 マルコは麻痺の槍を傷の男に直撃させた。長の体が痺れ全身が堪らないほどの痙攣に襲われ悶絶する。


「ぐああああ……! ふ、副長は、船着き場に向かっている……! 外見は、顔の右側に火傷のある男……! 偽装として女は藍色のズタ袋に包んでいる……! も、もうよかろう……俺を離せ……っ」


 麻痺の力を全開にし、マルコは長を壁に貼り付けにした。

 たっぷりと悲鳴を上げた長を尻目に、マルコが先を急ぐ。


「組長がやられた!」

「引っ捕らえろ! 生きて逃がすな!」


 途中、幾人ものヤクザ達が蛮声を上げ襲い掛かってきた。

 しかし魔石の暴走衝動に突き動かされたまま、マルコは獣のように突貫する。

 青き魔石に魅入られたマルコの狂気。

 暗黒街の一角が、なお悲鳴と怒声に見舞われていく。



†   †



「ねえーん、ローグさぁん、あたしぃ、もっと指輪が欲しいのぉ」

「そうそう、かわいい服買って買ってぇ」


《魅了》の『青魔石』を持つホストのローグは、『女探索者』たちと素敵な夜を過ごした後、街を散策していた。


 甘ったるい声、媚びた眼差し、愛情たっぷりの声音。

 美女や美少女、美熟女、美幼女、様々な美しい女性に囲まれながら、ローグはハグやキスの雨を降らせていく。


「美味しいケーキ、食べたいなぁ、買って買ってぇ」

「あなたとの素敵な夜のために、新しいネグリジェが欲しいのぉ」


 その途中、様々な店に赴き商品を手に入れ歓喜を欲しいまま。

 ただし金銭を払う事はまるでなく、強盗同然の手段によって会得する。


「マルガリータ、あの店のガラス壊して。中のドレスをプレゼントするよ」

「まあ、嬉しい!」

「リザ。そこの菓子店の巨大ケーキ、力づくで奪っていいよ。全て君の物だ」

「きゃ~ん、ありがとう~っ」


 ローグ達は、まさにやりたい放題だった。

 美女たちが剣や棍棒や鞭を持って店に侵入し、ガラスを割り、ショーケースを砕き、目的の品を我が物顔で強奪する。


 その間、彼女たちに刃向かえる者は皆無だった。

 ローグが魅了したのは《探索者》だ。

 常人では対処のしようがなく、いいように略奪されるだけ。

 店員では対処できず、彼らの暴挙に、呆然と立ち尽くす他がない。

 

「――白昼堂々と盗みを働くとはな。この街の治安も落ちたものだ」


 その時だ。七人の『衛兵』達が、呆れや怒りと共に駆けつける。

 

「数々の略奪と破壊、目に余る、全員この場で拘束する!」


 すでに臨戦態勢だ。槍、弓、剣、斧を手に、ローグと女探索者たちへ切っ先を指し向ける。


「え? 何故ですか? 俺達はただ欲しいものを手に入れただけですよ?」

「そうよそうよ!」

「なんだと……?」

 

 ローグたちの言葉に、衛兵達が困惑する。


「変な衛兵さんたち。寝ぼけているんじゃなくて?」

「ねー? 善良な市民の甘い蜜月を邪魔するなんて、無粋だわ!」

「愚かな……我欲にまみれ思考力も失ったか」

「違いますよ、違いますよ衛兵さん。俺らはね、ただ欲望に従っただけです。無駄な理性なんかに制御されてる、愚かな人間をやめただけです」


 ローグの『青魔石』の力により、傀儡となった『女探索者』たちが前に出る。


 細剣を持った美女が優雅に進み、

 棍棒を持った美幼女が無邪気な笑みを浮かべ、

 薙刀を持った美老女がその場で跳び、

 鎖鎌を持った美熟女が艷然と笑みをこぼし、

 蛇腹剣を持った美少女双子が爛々と瞳を輝かせ、

 鉄球を持った褐色美女が舌舐めずりをし、

 鉄爪を持った美少女武闘家が拳を握り、愛するローグのために――それぞれ前に出る。


「な、なんだこの集団は……!?」

「可憐な女ばかりだが、明らかに普通じゃないぞ!?」


 衛兵たちは惑い、顔を見合わせる。

 困惑する衛兵たちの前、ローグの手のひらの中では――

 《インキュバス改》の『青魔石』が、妖しく光り続けていた。



†   †



「ハハハハハハハハッ!」


 『殺人鬼』バセルの笑い声が木霊する。


 監獄場の周囲、すでに鎮圧に駆けつけた『衛兵』たちは壊滅寸前だった。

 《ブラッドレイク改》の『青魔石』――その刃の猛威に、鎧が、兜が、貫かれては斬り裂かれていく。

 もはや彼に立ち向かえる者は誰もいない。

 不定形かつバセルの自由自在に蠢く『血色の刃』は。衛兵たちの猛攻を苦にもしない。


「撃て、撃て、撃てぇ! 何としても奴を止めろ! 一般人に被害を及ぼすな! 我らの意地を見せ――」

 

 しかし、バセルが放った『血色の刃』が、その編隊長の頭ごと両断した。

 その仇を打とうと、突撃した衛兵はなます切りにされ、ある衛兵は鎧ごと斬り裂かれ、ある衛兵は戦う前から戦意喪失で逃亡した。


 衛兵たちは、誰もが思っていた。

 これは……無理だ。絶対に殺される。

 もうどうやっても抗えない。皆が、斬られて終わりだ。

 狂笑したバセルの叫びが血塗られた戦場に響き渡る。

 もはや、誰も彼を止められない。

 『殺人鬼』の前に立ちはだかるあらゆる物体は、血の惨劇に沈み、沈黙するしかない。


†   †

 

 『青魔石』の所有者たちの暴走は、止まらなかった。

 《衝撃波》、《麻痺槍》、《魅了》、《変幻自在》の刃の猛威は留まるところを知らず、秩序を司る衛兵達の参入ですら鎮圧しきれない。

 もはや人々に安息はなく、刻一刻ごとに街は混乱の渦へ陥っていく。

 衛兵たちの策は一つだ。もはや、頼みの綱は《ギルド》への『救援要請』を残すしかない。



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