第三十六話 ギルドの焦り・後編
「……四級解析官のリットが消えた、だと?」
「はい」
数時間後、地下保管室。
部下の様子見に来たグランは、リットの同僚、同じ《四級》解析官カリンの言葉に、語気を強めた。
「け、今朝方……昨日の資料室の整理を二人で再開しようとしたんです。でもリットは現れず……念のため記録所に確認に行ったんですが、彼は昨晩、帰宅して一度もギルドを訪れていないと……」
「急病等ではないのか?」
グランの問いにカリンは首を横に振る。
「いいえ。あたしはリットとは酒飲み仲間で自宅に赴く事もあるんです。けど、彼の家に向かっても人気がありませんでした」
「居留守では?」
「一応、大家に相談して鍵を開けてもらいました。でも、もぬけの殻でした。人のいた形跡もありません。彼は、消えたとしか……」
「なぜ消えたと断言できる?」
「それは……」
腕組みしながら問いかけるグランに、カリンは一瞬だけ言い淀み、やがて溜息をつくように語った。
「じつは……昨晩、資料室の整理中に、奇妙な『石』が現れたんです。それで、リットはそれを持ち出して」
「……っ! 石、だと?」
グランの顔に緊張が帯びた。
「はい。本の整理中に、いきなりでした。青い、宝石みたいな石が忽然と現れて、あたしはヤバイと思って触れませんでしたけど……リットは触れてしまって……」
「それでまさか――使ったと?」
「はい。……凄まじい衝撃波が石から放たれました。本棚をいくつか破壊して、本も吹き飛ばして。あやうくこちらまで怪我するところでした」
「……馬鹿な……青魔石が……地下保管室以外に」
震える声音でグランがつぶやく。
コルとバルトも、青ざめた顔つきで立ち尽くす。
「……その様子だと、リットは上に報告しなかったみたいですね。あの馬鹿、やれって言ったのに」
恨みがましげにつぶやくカリンに構わず、グランが問いかける。
「それよりも確認する。カリン、その『青い石』は、手のひらに収まる程度で、平時は淡い光を放つ代物だな?」
「あ、はい……」
「《解析》の魔術で調べたか? もし調べたなら、名称に『改』の呼称がついていたか?」
瞬間――カリンの目に驚きの色が宿った。
「え、あ、はい! ……ギルドマスター? なぜそんな事まで知って……?」
「それはな……お前が見た物は、我らも発見した物だからだ」
無言で、グランは保管室の壁の一角を指し示す。
コルが意図を察したように、壁に手をかざすと、壁が無骨な灰色から透明なガラスケースへ変わる。
内部に、いくつも保管されている『青魔石』。
ほのかに、妖しく光を放つ石を見て、カリンは瞠目する。
「そ、その石は……!? なぜこんなに沢山……!?」
「我々は仮称として『青魔石』と呼んでいる。正体不明の、魔石に酷似した魔術物体だ」
「これです、まさにリットが持ってたのは、これです!」
口角泡を飛ばす勢いでまくしたてたカリンに、グレンは忌々しげに溜息をつく。
「どうやら、事態は思った以上に深刻だな。『増殖』は止まったわけではなく、出現する『位置』が変わったと見るべきか」
「そのようですね」
コルとバルトが頷く。
「すでにあれから一日以上……最低『二つ』以上の魔石が、出現した可能性が」
「現時点で被害報告がないのは、出現場所に僻地が含まれるからかでしょうか? ……それとも」
グランとコルとバルトの間で、嫌な予感が膨らんでいく。
これが、たまたまリットの所にだけ現れただけならまだ良い。
しかし、高純度の魔術を放てるこれが、一般人の間に渡れば、危険度は一気に高まる。
例えば犯罪者まがいの人間の手に渡ったとして、その人間が悪事に使わぬ保証は?
悪意、敵意、憎悪……そうしたものを持つ者に渡った場合、危険度は計り知れない。
事はギルドの地下保管室だけではなく――街全体に広がった可能性に、グレンたちは恐怖する。
「ギルドマスター……あの、詳しい状況が知りたいのですが……」
カリンだけが事態の深刻さについていけず、困惑する。
グランが渋面のまま説明する。
「昨日、調査したところ、この『青魔石』には、莫大な力を内包している事が判明した。それだけではない、これは『八時間』ごとに『増殖』を繰り返し、封印も抑制も無効化する、脅威の魔石もどきだ」
「ぞ、増殖!? 無効化!? そんな……っ」
「カリン。こうなった以上、お前にも補助に回ってもらおう。ただし、他言は禁ずる。決して他の職員には話すな。いいな、事は街全体に危険を及ぼす可能性がある。無用な混乱は避けよ」
「は、はいっ」
グランの言葉に、カリンは顔を引きつらせながらも頷く。
「よし、ではこれより行動に移ろう。まずはリットの捜索隊だ。これにはカリン、お前を主軸として出てもらう。数名の職員と共に、外へ出てリットの行き先の候補地の選定、彼の思考の推測……何でもいい、リットに繋がる道筋を突き止めろ!」
「はいっ!」
「次にコル、《一級》の奴らの帰還はまだだな!?」
「はい、依然として、帰還のめどが立たない模様です」
「仕方あるまい、奴らは諦める。コルとバルトは、引き続き地下保管室と私の中継役をしろ。私は外へ出る。『青魔石』の探索隊と、有事の際の『ギルド騎士団』の指揮だ。……分かっていると思うが今日は眠れるとは思うな?」
「当然ですよ」
「そんな暇、あるわけないです!」
二人の言葉にグランは頼もしげに頷く。
「そうだ、人民と我らが街の安寧のため、身を粉にして――」
「ギルドマスターっ!」
今まさに外へ駆け出そうとしていたグランの元へ、総毛立った様子の職員が駆け込んでくる。
「――何事だ」
「し、市街区に――破壊工作発生! 場所は西南第一地区、『青魔石』を使った男が……っ」
「なんだと……!?」
すぐさま職員が《遠視》の魔術を発動し、被害状況を映し出す。
すると、該当地区の様子がありありと映し出された。
崩れ落ちた建物。崩壊する街路樹。
その、現れた映像の中、彼らが見知った男の姿がある。
「……そんな、まさか……」
カリンが悲鳴のような声を上げる。
グランが、コルが、バルト達が瞠目する。
「……あれは、リットだ」
それは、誰の言葉だったのか。
「どうやら……事態は予想より悪い方向に転がっているらしいな」
グランが苦々しげに吐き捨てる。
映像の内、破壊された家屋の傍らで。
リットが――
ギルドの一員であり、秩序を守る側の人間のはずの人間が――。
『青魔石』を用い――衝撃波を放って、辺りを破壊していた。





