第三十五話 ギルドの焦り
「『青魔石』の増殖が止まらない、だと?」
ギルドマスター・グランは、《二級》解析官コルとバルトの報告に顔を歪めた。
「はっ。現在、八つの魔石まで増殖中です。《エビルフラワー改》、《アイスオウル改》、《ファイアアント改》……前回の報告に挙がった五つに加え、これらが新たに出現。いずれも、増加の抑制に失敗しました」
「新たに《封印》系の魔術具も三種試しましたが全て効果ゼロでした。《拘束》、《停止》、《凍結》の魔術による『結界』も試みましたが、全て失敗です」
「やはり……あれは極めて強力な『加護』に守られていると。そういうわけか……」
コルとバルトの報告にグランは唇を噛みしめる。
予想外に悪い結果だ。
「すでに職員や探索者の中には、異変を感づいた者も出ています。地下の『青魔石』の魔力を感じ取り、得体の知れない不安を感じているようです」
「先程、《二級》のバーラスやアリエルに問い詰められました」
「……だろうな。強者にはある程度魔力は伝わってしまうものだ。強大な力を持てば持つほど、な」
「いつまでも隠し通せるものでもないかと。彼らの中で、いずれ騒ぎも起こる可能性が」
「それは事前に専門の職員を見繕い、フォローを宛てがえば良い。それより、『青魔石』の封印だ。引き続き効果ありそうな物を探し出せ。商人でも賭博場の景品でも構わん、封印できるなら何でも試してみるのだ」
コルとバルトは頷く。
「正直、望み薄ですが……了解です。それと他の支部は……本件について何か情報は?」
「ない。そちらも成果無しだ」
グランは嘆息した。
「大陸の北東支部、北支部、東支部……いずれも『青魔石』の出現は皆無。過去においても類似物は発見されていないらしいな。――あれは、リゲル殿の見つけた《ロードオブミミック改》のみを、発端としている」
現在、ギルド支部は可能な限りの人員で、『青魔石』の謎の究明に取り掛かっている。
しかし、混乱を避けるためほとんどの職員にですら未通達だ。
わずか十数名という人数だけで調査を行っている現状だった。
制限された人員の究明だけでは現状、ほとんど不可能と言えた。
この時点で、初めの増殖からすでに一日が経っている。
「グランギルドマスター、正直、人手が足りません。応援は増やせないのですか?」
バルトが問いかける。
「無理だ。人員を増やせば動揺も広がる。探索者は戦士ゆえに負の感情には敏感だ、中には騒動を起こす者もいるだろう。やがては一般民衆にまで混乱は伝播し、不安と恐怖は拡散するだろう」
「で、ではせめて破壊の許可を。我々だけであの忌まわしき『青魔石』を破壊してみせます!」
「それも駄目だ。魔石は高純度のエネルギーの塊。通常の魔石ならいざ知らず、『改』などと言う得体の知れない物は、破壊した場合、どんな結果が出るか予測出来ん」
「ですが! このままではさらに魔石が増殖します!」
コルとバルトが言い募るように叫ぶ。
「考えたくもない事態ですが、このまま増殖して『保管室』が破壊され、ギルド内も魔石まみれなんてことになったら……!」
「安心しろ。そうなる前に破壊許可は出す。だが、その危険を侵してまでやる段階ではない。……それと、《一級》の奴らは? どこで道草を食っている?」
《一級》解析官ならばもう少し詳細が判る。
青魔石の弱点、対抗策……頼みの綱とも言うべき彼らだが、遠征先から未だ帰還していない。
「どうやら、砂嵐と地震で足止めをくらっているようです」
「未確認ですが、盗賊団の襲撃もあったと」
「運がなさ過ぎるな……今度遠征する時は幸運系アクセサリーを百個は持たせろ」
「あはは、ですね……」
グランの本気とも冗談ともつかない一言に、コルとバルトは肩をすくめる。
「いずれにせよ、我々に出来る事は現状維持しかない。破壊が可能かすら判らん状況ではこれが最善だ。歯がゆいだろうが、《一級》の奴らが帰還するまで辛抱しろ。正念場だ。全て終わったら、芸人のショーにでも連れてってやる。それまで踏ん張れ」
「俺、西大通りのミランダちゃんの店がいいなぁ」
「私は西南地区のエリーゼさんの店が」
「このスケベ共が。そうだ、その調子だ」
軽口を叩き合って互いに笑い合う。
コルとバルトもすでに精神が限界に近い。得体の知れない青魔石の調査は精神を削る。
封印の失敗を繰り返し不安は絶える事がない。
時間を経る毎に焦りは増幅され、いずれ軽口も消えるだろう。
グランには彼らを不器用に励ます事しか出来ない。
願わくは奇跡でも起こって、増殖が止まってくれれば良いのだが……。
† †
その願いは、意外な事にも叶えられた。
「……魔石の増殖が、止まっただと?」
――あれから二十七時間後。
再び地下保管室に出向いたグランは、報告に驚愕していた。
コルとバルトが口々に報告を重ねる。
「八時間前とたった今、規定の時間を迎えましたが、新たな『青魔石』は未出現です」
「念のため魔石のエネルギーを検査し、異常を確かめましたが、魔石出現の痕跡は見受けられず。完全に沈黙を保ったままです」
「それは……本当なのか」
ならば朗報だ。ほとんどあり得ないと思った事態に、グランの顔がわずかに弛緩する。
あの後、一回だけ魔石の増殖は起こったのだが、それが最後。
以降、二回に渡って魔石の増殖は行われていない。
「寝落ちして気が付かずに増殖したとか、そんなオチではないだろうな?」
「そんな馬鹿な事ありませんよ。俺らだって必死なんです」
「間違いなく『青魔石』は沈黙しています。念には念を入れ、魔石内部のエネルギー反応を調査してみましたが、特に異常らしい異常も見当たりません」
不眠不休で監視や実験を繰り返したため、目の下にクマを作ったコルとバルトが次々言い募る。
「魔石自体に幻影の可能性は?」
「ありません。基本、『青魔石』は毒も出さなければ精神錯乱系の作用もなく、増殖を除けばいたって普通の魔石です」
「魔術による兵器、という線は少なくとも薄いわけか」
二人の部下が頷く。
「……ギルドマスター、これはもしや、増殖が止まったと考えて良いのでは?」
「そうですよ。条件付きで増殖の『機能』が付与されていた可能性がありますが、当面の脅威は去ったのではないかと……」
一縷の望みにすがるように言い募るコルとバルト。
しかし、グランはその報告を受けても、あくまで懐疑的だった。
「……それはまだ結論を出すのが早いな。単なる休眠状態かもしれない。……覚えているだろう? 三年前、第四迷宮《樹海》の七十六階層に現れた『特進種』、《キングバグワーム》の討伐戦を。あれは二時間の仮死状態ののち、活動を再開して探索者十四名に多大な犠牲を出した。――迷宮には、魔物には、『魔石』には、まだまだ我らの知らぬ特性がある」
二人の《二級》解析官は、気圧されたように黙り込む。
グランが付け加えた。
「活動を停止した魔石もどき――それが再び動かん保証があるのか?」
「で、ですが……それなら一体どうすれば、安全と判断出来るのですか?」
「そうです! このまま現状維持で一日も二日も待てと? 冗談じゃないです」
「――それだが、まだ《一級》の奴らは着かないのか。この期に及んで、まだ帰還出来んと言うのか」
苛立ちと共にグランが問う。
「盗賊団の次は山賊団に狙われたとの報告が」
「近くの村に被害も出たらしく、その治療で影響が出ているようです」
「おのれ……くそったれがっ!」
珍しくグランは傍らの壁に拳を叩きつける。コルとバルトが身をすくめる。
何者かが妨害しているのか? それとも単なる偶然か? あるいは……。
判らない。『青魔石』の増殖に重ねて起きたこの遅滞は、『偶然』と思いたいが……。
仮に、偶然でないのならば、首謀者の狙いは? 『青魔石』の正体は? 何も、何も判らない!
一級解析専門官がいれば事態は好転するはずなのに。《一級》がいれば!
グランは濁流のように荒ぶる激情を無理やり抑え、決断する。
「……人員を増やそう。三級解析専門官の上位十名までを増援させる。――コルは私と来い。雑務をいくつか兼任させる」
「了解!」
「バルトは引き続き、単独で『青魔石』の見張りを行え。油断はするな、何かあれば緊急用の警告魔術具を使え」
「了解です」
それぞれが疲労の色濃く残る顔つきで行動を再開する。
未だ、『青魔石』の全貌はまるで見えない。
これがテロ兵器なのか、偶然の産物なのか、それとも迷宮に異変が起きた余波なのか。
各人の不安や焦燥をあざ笑うかのように、時間だけが過ぎていく。
そして――更なる異変が彼らを打ちのめす。





