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第三十四話  精霊少女と、幽霊少女の看護③

「あの、メアさん、ちょっといいですか?」


 マッサージ騒ぎを終え、ひとまずの安息を得た後。

 ミュリーの呼びかけに、メアが振り向いた。


〈うん? 何かな何?〉

「あの、リゲルさん、もうだいぶ調子は戻ってきましたよね? それで、今度は体力を取り戻せたいのですけど……」

〈体力? ああ、確かにそうだね〉


 リゲルの体はかなり良くなった。ミュリーの病人食もそうだし、マッサージの効果も絶大だった。

 今は隣で寝ているが顔色もかなり良くなってきた。


 だが、今のままでは元の体力に戻るのはまだまだ先、最低三日は掛かるだろう。


〈探索者業、早く再開したいだろうし……わかった、あたし、街で滋養剤買ってくるよ! ミュリーはここで待ってて! すぐ戻ってくるから!〉

「お願いします、メアさん。リゲルさん、早く良くなって欲しいですから」


 壁を通り抜け、メアは財布を携えて外に買い物へ向かった。



 

 一時間後。


〈うわー、参ったよ、滋養剤どこも売り切れ! 困った困った!〉


 戻るなりメアがそう残念そうに切り出した。


「え? 売り切れ、だったんですか?」

〈そうそう! なんかね、朝方に第五迷宮で『希少種』が発生したんだって。その退治に探索者が店に殺到して、大量に売れちゃったらしいよ〉


 『希少種』。

 魔物の中でも特に珍しい種類の事だ。

 迷宮では稀に、このような特別種が発見される。強さは様々、共通するのは『レアな魔石』を有するということで、その価値は通常より遥かに高い。


 加えて今回の『希少種』――《ディステンションワーム》と呼ばれるそれは、周囲の人間の『気力』を奪うという強力な特性の持ち主だ。

 それにより、討伐は難航。しかも複数の個体が現れたものだから、探索者達は対策に奔走したらしい。

 ――この時点では、『青魔石』による被害はまだ起きていない。《四級》解析官リットらによる破壊は、もうあと数日以降である。


〈店で聞いたらね、なんか滋養剤とか強壮剤が対策として効くんだって! そのディステンションワームに。もし倒したらランク七相当の魔石が手に入るらしくて、もう街では結構な騒ぎだったよ! 大型店から場末の店まで、滋養剤も強壮剤も売り切れが続出!」

「そんな……」


 さすがに迷宮踏破に命を賭ける探索者だ、『希少種』とはいえ街中の薬が売り切れる程の熱意には恐れ入る。

 けれどこれで困ったものである。リゲルに使う分を確保できない。


「何か、代わりになる物はないのですか?」

〈うーん、あたしも同じ事聞いたけど……リゲルさんには強い薬がいるみたい。普通の風邪とかだったら、まだ効果はあったらしいけど……〉


 リゲル不調は主にミュリーとの契約の負荷と一連の騒動による疲労が原因だ。

 そして彼女らは知らないが、彼自身の『変革』によるもの。

 特にミュリーとの『契約』と『変革』は特別なものであり、市販の弱い物では効果も薄い。弱い滋養剤を使っても結果は推して知るべしだろう。


「お医者様はどうですか?」

〈無理無理! 滋養剤の代わりに体力増強の魔術使いとか漢方とか色々見て回ったけど、どこも便乗商売だよ。通常の五倍から十倍のお金を取る所もあって。それでも売り切れなんだよ〉

「そんな……」


 となれば後は地道に弱い滋養剤を使えばいいのだろうが、それはそれで数が必要だ。

 改めて、ミュリーは眠るリゲルに申し訳ない気持ちを抱く。


「リゲルさん、すみません、わたしのせいで……」

〈ミュリー、ミュリー、違うって。こういうときは笑顔!〉

「あ……」


 気落ちしかけるミュリーにメアは笑いかける。

 いけない。また暗い顔になりかけている。


「そ、そうですね、わたしが落ち込んではいけませんよね」

〈そうそう。ミュリーは笑顔が一番! じゃないとリゲルさんが心配するもの〉


 にこにこと、メアがそう言い切る。


〈それでで、他の方法だけど……一応、あるにはあるんだけど……〉

「どんな方法ですか?」

〈ん……でもこれ、あんまりおすすめしないかも……〉


 珍しく、歯切れ悪い口調で浮かない顔のメア。


「何でも言ってください、わたしの手伝いが必要なら、何でもやりますからっ」

〈ん、でもね、これはちょっと……〉

「わたし、リゲルさんのためなら何でもしますからっ、大丈夫です」


 力こぶを作る真似をするミュリーに、メアは仕方ないかなと頷く。


〈わかった。そこまで言うなら……残る方法は、『自力で作る』しかないと思う〉

「滋養剤を――ですか?」


 メアが頷く。

 そして買ってきた本を《浮遊術》で差し出す。


〈『滋養剤』は一応、自力でも作れるみたい。材料さえ揃えれば。調べたけど採ろうと思えば近場の森とかでも採れるらしいし、実例もある。ただ、……そこはどれも危険で、『獣』とか『盗賊団』がいるみたいなんだよね〉

「そんな……」


 それではやはり一般の滋養剤で治すしかないのだろうか。

 けれど、そんなミュリーにメアは別の新たな本を差し出す。


〈そこで考えたんだけど、この《分裂本》とかいう魔術具を使えば解決出来そうなの〉

「それは、どういう物なんですか?」


 メアは《浮遊術》で浮かせた買い物籠から一冊の装飾本を出す。


「これ。『肉体を一時的に分裂させる』――およそ三時間くらい、同じ顔、同じ姿を持った存在――つまり、自分の『分身アバター』を創る事ができるんだって。つまりミュリーかあたしが自分の『分身』を増やせば、それで材料を取りにいけると思うんだ」


 ミュリーは病弱で、採取には向いていない。

 けれど、その分身ならあくまで姿形そっくりに再現するだけで、採取にはもってこいだと言う。


「凄い……それなら危険はなさそうですね」

〈加えて、『意識共有』って機能もあるみたいだよ。早い話が、本体である『自分』と、『分身』が、同じ景色とか音を感じる事が出来るんだって〉


 それなら実質、遠隔操作で採取に行けると言うことだ。

 ミュリーは俄然、希望が出てきた。人間の創る魔術具は素直に凄い。


「それなら今すぐやりましょう! 二人ならリゲルさんを早く元気にしてあげられます」

〈だけど、それでも危険は伴うよ? 獣も出るし、盗賊団も出る。生半可な採取業にはならないと思う。それでも?〉

「やります。リゲルさんに必要なことですから」


 メアは頷いた。気持ちは同じ。彼を救いたいという心は共通だ。


〈うん! わかった、やろう!〉


 にこやかにはにかんで、メアは装飾本をミュリーと自分との間に浮かせた。

 中のページを開き、所定の箇所をミュリーに見せるようにする。


〈まずミュリーからね。このページに手を添えてみて。古代の呪文で、『アル、鏡なる(・エルト)自分を望む(エルーシャ)』と唱えると、分身を創り出す事が出来るらしいよ〉

「はい! ――アル、鏡なる(・エルト)自分を望む(エルーシャ)!」


 ミュリーはメアと共に、手を所定のページに添えた。

 魔力をてのひらの込め、言われた文言を唱える。

 瞬間――光が、部屋の中を広がり、迸る。

 蛍火を何十倍にも増幅した明かりが宙を舞い拡散し――やがて凝縮。

 数瞬後、現れたのは、『分身体』のミュリーだ。


 ただし、一切の衣装をまとわぬ――『全裸』だったが。


「ええー!? ど、どうして裸なんですか!? ふ、服は……っ!?」

〈ごめんミュリー、どうやら分身は裸で出てくるみたい〉

「え、ええーっ!?」

〈あと今読んだら、幽霊ゴーストは分裂出来ないみたい。だからミュリーだけが『分身』で採取だね〉

「そんな!? メアさーん!?」


 恥ずかしそうにミュリー『分身』の全裸ミュリーの体を隠そうとしていると、リゲルが起きた。


「ん……? ミュリー、メア? 何をしているんだい? そろそろご飯かな――」

「駄目ですリゲルさん見ないでっ」


 枕のカバーをとっさに振り上げ、リゲルの顔に被せるミュリー。

 ふもっふ!? とリゲルが変な声を上げる。


「メアさん、とにかくまず服を! 早く用意してくださいっ」

〈あ、はは……でもともかく、これで一緒に採取には行けるね。頑張ろうね、ミュリー〉

「いいから早く服を!」


 全裸の自分の『分身』に顔が真っ赤になるミュリー。

 一騒動の後、予備の服を着せたミュリーの『分身』と、メアが、街外の森に向かうのだった。



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