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第三十三話  止まらない魔石の増殖2

「あーあ、つまらねえ……」


 一級犯罪者、『殺人鬼』バセルは牢屋の中で退屈していた。

 来る日も来る日も臭い飯。女にありつけない上に、美味いご馳走も味わえない。

 歌を大音量で歌ってみたり、奇声を夜中いっぱい上げてみたり、自分の血で裸婦画アートを描いてみたりもしたのだが、どうにもネタ切れだ。


「なー、おい、監守の兄ちゃん、遊ぼうぜ。人間の臓腑縛りのしりとりでいいからさ」

「黙れ、殺人狂。貴様の遊びには付き合わんぞ」

「じゃあさ、殺した女の悲鳴ベスト十教えてあげるからさー、豚飯、少し豪勢にしてくれよ」

「黙れ。いたいけな少女ばかり狙う殺人鬼めが、戯言も大概にしろ」

「んあー、つまんねー、つまんねー。生きてるって感じがしねー」


 退屈しのぎの自傷で、ボロボロの手足を振り乱しながら、バセルは嘆く。

 かつて、少女ばかりを狙った、連続殺人事件。


 その犯人が彼、バセルだった。

 清楚だろうがキツめだろうがその瑞々しい体をバラバラにして路上に飾るという残忍な手口。

 それは一時期、大陸中の少女たちを震え上がらせた。


 けれど、こんな酔狂な殺人鬼でも、死刑とはならない。

 同じ殺人鬼の手口から犯人を割り出すのに協力したためだ。

 バセルの考察で解決した殺人鬼事件は数多く、多くの別の殺人鬼が捕まった。


 『毒をもって毒を制す』とはこの事だ。その切り札として、バセルは有用だった。


 とはいえ、平時の彼は不満たらたら人間。

 あーでもないこーでもないと言いながら退屈しのぎを考えるのみ。


 血文字で看守全員の似顔絵を描くうちにプロ顔負けの腕前になったり。

 糞で大迷宮の模型を作ったり。

 切った爪を組み合わせ美少女のフィギュアを完成させたり。

 凄いのか馬鹿なのか何なのか、看守たちの間でもっぱら噂が絶えない囚人だった。

 

 しかし、その日彼の日は激変する。

 退屈のあまり寝転んでいた彼の前に、『青い石』が現れたのだ。

 

「んあ? なんだ?」


 綺でる。そして滑らか。どこか妖しい光だった。

 魅惑的な輝きを内包する神秘の石。

 一瞬看守が投げ入れたのかと思うがそんな訳はなく、バセルはしげしげと石を眺め、拾い上げてみた。


「なんだこりゃ、きれーな石だな? ま、何でもいいや」


 バセルの好奇心がたちまち膨れ上がったのは言うまでもない。彼はしきりに角度を変えてはこすったり、明かりに照らしたり、舐めたり、石を堪能していた。

 すると――。


 ――排除セヨ。排除セヨ。排除セヨ。排除セヨ。排除セヨ。

 ――排除セヨ。排除セヨ。排除セヨ。排除セヨ。排除セヨ。


 脳内に、何者かのどす黒い感情と共に声が聴こえてきたではないか。


「ひははっ。なにコレ? なんか、声が聴こえるんですけど?」


 まるで呪いのようにささやかれる。不穏な声。

 不意に。彼が無意識に魔力を込めると、妖しい光が辺りに迸った。


「え? え? なに今の? え?」


 常人には、ただ激しい光が奔っただけに見えただろう。

 けれど、バセルの目にはその『現象』が視えていた。


 血だ。

 血色の刃が、真っ直ぐに天井付近に伸び、明かりのランプを両断してみせたのだ。


「す、すげー!」


 それはまるで液体のように形がなく、けれど名剣のように切れ味が鋭い『刃』だった。

 それなりに頑丈なはずの強化硝子のランプが、まるで紙切れのように両断された。


 ぞくり、とバセルの中に震えが走る。

 素晴らしい。素晴らしい。素晴らしい!

 こんな、凄まじい切れ味の刃、見たことがない!


 バセルは、魔力を注ぎ念じるままに、自由自在に、『血色の刃』を操ってみせた。

 剣状、槍状、扇状、斧状、曲刀、棘状、鉤爪、ノコギリ状、盾状、鎧状……武器と言わず防具と言わず、あらゆる形態に『刃』が形を変え、そして切りつけていくにつれ、興奮する。


「なんだよこれ!? やばい、やばい、楽しいじゃん! 最っ高――っ! ひはは! ひっはははは――っ!」

「うるっせえ! 朝っぱらから何を叫んでやがる、イカれ殺人鬼!」


 騒動に顔を険しくした『看守』が、肩を怒らせ檻の前までやって来た。


「看守の兄ちゃんよ、見てくれ! これ、凄くね?」

「貴様、一体何を……な、なんだそれは……!?」


 看守は震えて、その光景に絶句した。

 血色の液体が、刃となり、剣となり、槍となり、様々な形を取り、バセルの隣でのたうち回っていたのだ。


「それはいったい……っ!?」

「さあ? これが何か俺も知らねー。たださ、これ使えば――俺、脱獄出来るんじゃね?」


 攻撃は一瞬だった。

 血色の刃が、一閃し牢屋の檻を真っ二つに斬り裂いたのだ。


「っ! 馬鹿な!」


 ガラン、ガラン、と、甲高い金属音が立つ。

 やや遅れて、廊下に響いていく。

 看守が青ざめる――がくがくと総身を震わせる。


「し――」


 恐怖に苛まれながらも、看守は声を振り絞った。


「囚人ナンバー1623が脱走! 繰り返す、囚人ナンバー1623が脱走! 至急、応援を――」

「ひひはははッ!」


 斬っ!

 音速に匹敵する血色の刃が、看守の悲鳴ごと一刀両断した。

 遅れて、どさりと乾いた音が床に落ちる音。


「ははは、はははははっ!」


 血色の刃が辺りを斬り刻む。

 バセルの意思のもと、血色の刃が縦横無尽に、他の牢屋と、中の囚人たちに躍りかかっていく。


「な、なんだ!? 看守が!」

「おいやべえ、バセルが乱心して――うあああっ!」

「よせ! 何を考えている馬鹿が! やめろ! やめろぉ!」


 悲鳴。怒号。断末魔。血の臭い。破壊の音。崩れる牢屋の檻と監獄の秩序。


「どうした!?」

「なにがあった!?」

「これはいったい、何事だ!?」


 悲鳴や破壊音を聞きつけ看守たちが、次々となだれ込んで来た。


 しかし、バセルの『血色の刃』は誰にも止められない。

 並の探索者程度なら容易く制圧出来るはずの看守の装備は、変幻自在の『刃』によって寸断され、貫かれ、バラバラの鉄屑と化した。


「ひはははははっ! 俺、脱獄ーう!」


 大仰な動作で天井へと手を振り上げながら、バセルは返り血にまみれたまま笑った。


「ぐ……ま、街の……衛兵に、要請する……」


 廊下の端。

 かろうじて腹部を斬られただけで済んだ看守の一人が、《遠話えんわ》の魔術具――ブレスレットへ語りかける。


「殺人犯バセルが……何らかの魔術手段を、行使し……脱獄。看守はほぼ全滅……応援を求む……繰り返す……応援を求む……」


 それを最後に、彼は力尽きた。

 無念と、後悔の念をこの世に残して。


「ひはははははははははは――っ!」


 間もなく、全ての看守たちを血に沈めたバセルが監獄の外へ向かった。


 善良な人々が辺りを闊歩する只中へ。

 街中へ。

 異変など微塵も感じていない集団へ、躍り込む。


「きゃあああああ!?」

「なんだ!? うあ、これは――ぐぶっ」


 たちまち、悲鳴と動揺が広がった。

 血しぶきと、恐怖と、怒号が走り渡る。

 高笑いをしながら、『血色の刃』を振りかざしながら、殺人鬼バセルは存分に『青い石』の力を行使していったのだった。


 

【《ブラッドレイク改》 『効果:斬撃』 『ランク:マイナス五』】


 

 後に、彼と対峙した時、衛兵が《解析》の魔術を使い、驚愕する。

 彼の目には、聞いたことない、未知の『魔石』の情報が浮かび上がっていた。

 

 ――それは血の湖。

 《ブラッドプール》と呼ばれる不定形魔物の、さらに『その上位種』。

 その『刃』はいかなる形にも変容し、相手を斬り刻み、辺りを『血の湖』に染め上げる。

 まさしく脅威の殺戮兵器。

 殺人鬼バセルは、その凶刃を使いこなし、人々を恐怖のどん底に陥れていく。

 


†   †



 ――『青魔石』の猛威は止まらない。

 様々な立場の様々な人の手に渡り、その意思を、欲望を、増幅して暴走させる。

 

 四級解析専門官『リット』――《ケルピー改》の衝撃波にて暴走。

 ボルコス伯爵家の使用人『マルコ』『《パラセンチピード改》の麻痺槍にて暴走。

 三流ホスト、『ローグ』の《インキュバス改》の魅了、及び彼に付き従う『女探索者』による破壊。

 そして殺人鬼『バセル』――《ブラッドレイク改》の、血色の刃。

 

 その身に貸し与える力は千差万別。

 けれどそのどれもが、常人には御し難い、危険な力を帯びていた。

 そして、さらに『青魔石』は増える。


 街の人々の欲望を叶えるように。不幸を嗅ぎつけるように。

 『青魔石』は、どこにでも現れ、誰にでも力を貸し、その強大な力を与える。

 そして狂乱を引き起こす。

 《ケルビー改》の衝撃波が家屋を砕き、《パラセンチピード改》の麻痺槍が民衆を痺れさせ、《インキュバス改》の魅了にやられた女探索者たちが人々へ襲いかかり、《ブラッドレイク改》の変幻自在の刃が、人も家屋も八つ裂きにした。

 

 悲哀、怒気、憎しみ、諦念、絶望、恐怖――。

 狂騒は狂騒を呼び、絶える事がない。

 街は、はじめは静かに、そして徐々に、『青魔石』と、その使用者によって、破壊されていった。



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