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第三十二話  止まらない魔石の増殖

「はあ……」


 売れないホストの青年、ローグは嘆息をして帰路についていた。


 故郷を出てから六年、まったく目の出ないまま今日に至る。

 初めての都市散策でスカウト――それ以来、有名なホスト店に入れたまでは良かったものの、そこは激しい首位争いの場。


 表向き、華やかなホストだが、幾多の乙女を虜にするべく、あの手この手で魅了できなければならない。

 笑顔や会話術、酒の知識、仕草や声のメリハリ、そして褒め言葉の活用、特技の披露……数え上げれば切りがない技能の数々は、純朴な田舎少年だったローグには荷が重過ぎた。


 始めの頃こそ美声とお客の女性陣に褒められたが、いつの間にか他のホスト達に水を開けられていた。

 今では成績は店内で最下位、客の心も射止められず、あえなく『解雇』となった。


 再度、別のホスト店に挑戦するも、鳴かず飛ばずの日々。

 気がつけばあれよあれよという間に成績はまた最下位となり、指名もなければ昇給もない。

 反面教師的な例として、周りに扱われる事もしばしばだった。


『ローグの二の舞いにだけはなりたくねえなぁ』

『あいつ、華も実績もない、無い無い尽くしだからな』

『知ってるか? あいつ、先月の成績また落ちたってよ。どこまで落ちるか賭けようぜ』


「――くそ! ちくしょうっ、何でうまくいかないんだ、皆、上手すぎる……っ」


 今日も今日とて賑やかな歓楽街を歩き、やがてローグは家路につく。


 探索者の拠点として名高いこの街は、多数の《探索者》で溢れている。

 当然、その中には『探索』で裕福となり、豪遊する女性も存在する。

 彼女らを狙って貢がせれば、大金も夢ではない。


 けれど、これがなかなか厳しい。

 命がけで探索する《探索者》は、ホストに要求するレベルもシビアだ。

 些細なミスどころか、『物足りない』と判断しただけで、ホスト替えを要求する。


 求める基準が、恐ろしく厳し過ぎるのだ。

 今日もローグは必死に会話術を駆使したのだが、お姉さま方は途中で飽きて別のホストを呼び、あえなくローグはお役目御免となった。


 その後も指名も一人もなかったため、早々と帰路についた。


「くそ! 今さら故郷に戻るなんて冗談じゃないぞ! 家出同然で出てきたんだ、帰れるわけあるかよ」


 とはいえ、現状は袋小路。これではまた別店行きか、どうしよう、やばいと思っていた――その矢先だった。



 ――突如、道端に、青い石が現れたのだ。


 

「ん? なんだ?」


 妖しくも美麗な光を帯びた石。

 その美麗な外観はまるでクリスタルのように、宝石のように、人の意識を捉えてやまない。

 手のひらに収まり、ゆっくりと明滅する光がとにかく印象的だった。

 仕事柄宝石を見慣れたローグですら、思わずほうっとしてしまう程。


 ローグは思わず手に取り、頭上高く掲げてみた。


「何だこれ、誰か落としたのか? いや、それよりいきなり現れたような?」


 探索者ではないローグには、これがどんな危険を帯びているか判らない。

 どんな効力があるのか、『魔石』なのか、それすら不明。


 ただ一つ判る事は、宝石の素人でも引き込まれるほど魅力的な光を発し、自信の意識を捉えてやまない事のみ。


「ま、いいや、ネックレスにでもして身につけておこう」


 これも何かの思し召しだ。彼は専門店で青い石をネックレスに加工してもらい、心機一転、明日からまた頑張ろうと帰宅するのだった。


 

†   †



 明けて翌日。


 ローグはホスト店で唖然としていた。


「きゃあ、お兄さん、素敵ねぇ」

「ねーえ、もっとお酒頂戴? お兄さんと飲みたくなったわ」

「きゃはは、お兄さんに見つめられるとドキドキするー。抱きしめて!」


 不思議なことに、接した女性客皆がローグに魅了、ほとんどしなだれかかるように甘えてくるではないか。

 貴族風の麗人の女性も、まだあどけない様子の少女も、凛とした氷のようなクールビューティーも、女帝と呼ぶのが相応しい熟女も。

 こぞってローグを褒め称え、熱い目で見つめ、我先にと言い寄ってくる。


「(な、なんだこりゃ? 今日に限って、いったいどうなってんだ!?)」


 狐につままれた気持ちとはまさに事だ。

 事態の理由も何も判然としないまま、あれよあれよと言う間にローグ目当ての客が増えていく。

 その日の売上げはうなぎ登り、高級な酒もバンバン注文され、店のトップホストも真っ青な成績を上げて、ローグはその日の仕事を終えた。


「(うははははは! マジかよすげー、こんなの初めてだ!)」


 帰り際、一緒に帰りましょうよ、何なら宿屋行きましょう? などと甘える女性客が絶えない。

 そのうち客同士で喧嘩になりかけたため、慌てて辞退してローグは帰った。


「すげえな、こんな日もあるんだな。人生の運を使い果たしてなきゃいいけど」



 そして、異変はそれで終わらなかった。

 翌日、ローグはさらに大勢の客を射止めていったのだ。

 

 難攻不落とやううされる気難しい淑女。

 ビッチゆえ男の目が肥えた少女。

 生まれつき美形に囲まれ育った令嬢。

 幾多の貴族の間で浮き名を流し、『魔女』と揶揄された美女等……。

 

 皆、ローグに即座に落とされた。

 彼自身が空恐ろしい程に、女性客が熱い目を向けてくる。

 もはや恋人かそれ以上に真剣な目――柔らかい肢体が、熱い吐息が、大きな胸が、全てローグに押し付けられるのだ。


「うはは、最高! まるで天国みたいだ!」


 当然、嫉妬の声が周りのホストから聴こえてくる。


「く、くそ! ローグの奴、急にモテやがって! どうなってるんだ!?」

「わからん、俺のお得意様もあいつに取られた」

「嘘だろ!? 二日間の売上げ、店の四割だぞ!?」

「悪魔にでも取り憑かれたとしか思えない、何だよあの躍進は!?」


 悔しがり、嫉妬し、あるいは羨望の目で見つめる仲間のホスト達。


 彼らを尻目に、ローグはほとんどの客を独り占め、まさにハーレム状態だった。

 周りには美女、美少女、美魔女、美老女、美幼女、様々な女探索者によって囲まれていく。

 そのうちローグも気を大きくして笑いが止まらない。

 胸の内に生来の純朴さが消え、黒く激しい感情が渦巻いていく。


「(この女たちを俺のものにしたい。こんなものでは飽き足らない。皆、俺にもっと貢げ! 俺を、最高の気分にしろ!)」


 会話も弾み、気分は互いに高揚する。

 そのうちローグはさり気なく女性客たちの胸や尻に触れ、けれど嫌がれるどころか、「私も!」「あたしも」「ねえこっちも」と請われてはもう止まれない。

 ローグは仲間のホストが顔をしかめるほど女性客たちの体を揉みしだいた。スカートの中に手を差し入れ、そのうち「おい、その辺でしておけ」と店長から注意を受けるまで、止まらなかった。


「ここは宿屋ではないぞローグ。風紀を乱すようなら、帰ってからやれ」


 当然である。

 他のホストの面子もあったのだろう、ローグは夜中間際になると、女性客と共に帰り、抱く事にした。


「うはははは! 美女、美少女、美魔女がいっぱいだぜ!」


 当然、もはや及び腰になることもない。

 目の前には目がハートのようになった美女や美少女たちでいっぱいなのだ。

 彼女たちをこのまま帰す事はローグの中にはなかった。

 一回戦、二回戦、三回戦、その勢いは留まることを知らず、一度に六人もの女性を相手にした。

 幸せすぎて、笑いが止まらない程の幸福。

 ――けれど、その一方でかろうじて残っていたローグの理性は、疑問に思っていた。


「(おかしい。何がどうおかしいかは判らないが、何かがおかしい)」

「(――急に、技能も何も変わらない俺が、躍進するなんてあり得ない)」


 あるとすれば、それは以前とは違う要因。それは何なのか?

 もしも、この時解析専門官がいれば、驚愕していただろう。

 ローグが身につけたネックレス――一昨日拾った『青い石』の効果を見れば、信じがたい効力が判る。


 

【『インキュバス改』 『効果:魅了』 『ランク:マイナス四』】


 

 女性を魅了する事に長けた『魔石』――それが、ローグが手に入れた石――『青魔石』の能力だった。

 その力に一端取り込まれれば、どんな女性も抗えない。


 魔力を発動しなくとも自動で発動するその力。

 淫魔の力を得て、夜の王とも言うべき存在になったローグは、闇の街中に消えていく。

 多くの美女、美少女たちを引き連れて。

 胸の内に、黒い感情を湧き上がらせて。


 ――魅了セヨ! 魅了セヨ! 魅了セヨ! 魅了セヨ!

 ――魅了セヨ! 魅了セヨ! 魅了セヨ! 魅了セヨ!

 彼の脳裏には、強大な、正体も判らぬ何者かの声が響いていく。

 ローグは、すっかり虜になった女性たちを従えて、歓楽街から宿屋に移った。

 道中、さらに多くの女性を虜にしながら。



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