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第三十一話  精霊少女と、幽霊少女の看護②

 シャリシャリシャリ……と、リンゴの皮を剥く音に導かれ、リゲルは覚醒した。


「う、ミュリー……?」

「あ、おはようございます。リゲルさん。大丈夫ですか?」

「……僕はいったい……? ここは、僕のベッド……?」


 身を起こしかけて、思い出す。そうだ、言えば疲労や緊張などから、倒れていたのだ。

 夢の中で、なんだかとても心地よい思いをした気がする。

 天使というか、とても綺麗な女の子が、優しく自分の手を握っていたような。

 というかミュリーだったような気が。

 手のひらが不思議と温かったのが、気のせいだろうか。


「どうしたんですか? リゲルさん。どこか不調でも?」

「いや、そんな事はないよ。ただ、いい夢を見てさ。天使みたいな可憐な女の子が、ずっと僕につきっきりで手握っていたんだ……嬉しかったな」


 ミュリーがリンゴを剥く手を滑らせた。


「きゃあ! ナイフが滑ってわたしの手の指に……っ」

「大丈夫? ミュリー」


 危うくかすりかけたが、大事ないようなのでリゲルは一安心した。


「ふう、良かった……それで、回復魔術いる?」

「だ、大丈夫です。あ、あの……夢の話の続きを」

「夢の話? そうだね……とても優しい天使の娘だったかな。こう、心配そうな顔で、ずっと僕に付きっきりでいてくれたんだ。夢って自分の潜在意識が浮上する説があるでしょ? だから僕は天使の女の子と仲良くなりたいのかなぁ」

「天使? あう、わたしが、天使……」

「ん? どうしたのさミュリー」

「あ、いいえ、何でもないです……」

「それでさ、その天使の娘が、とても可愛くてさ。僕と一緒に寝ようとしてくれて……でも恥ずかしくて出来ないみたいで。散々迷ってる様子が、凄く可愛かったなぁ」

「可愛!? げほっ、げほっ」

「どうした、大丈夫かいミュリー」


 咳き込んで片手で平気と示して、ミュリーは必死に誤魔化す。

 言えない……ベッド脇でずっと見守っていて、しかも時々頬を唇を付けていたなんて言えない。


「……もしかしてミュリー、君がずっと看護してくれたの?」

「え、あの……その」


 リゲルは柔和に微笑んだ。


「だとしたらありがとう。僕にとってミュリーは天使というか女神だけれど、夢にまで出てくれるのは嬉しい。……その、色々してくれたんだよね? だからきっと、意識はなくても体が覚えていたんだよ」

「そ、そんな、でも少しでも良くなったのなら良かったです。看護した甲斐があります」

「やっぱり。はは、ミュリー、君のおかげで少し元気になったよ。本当にありがとう」


 いつになく朗らかな笑顔で言うと、たちまちミュリーは顔をそむけて頬を赤らめた。

 きっと今は、リンゴより遥かに紅くなっているので直視なんてされたくない。

 でも嬉しい。

 ドキドキドキと高鳴る胸の鼓動に幸せを感じながら、ミュリーはそわそわとリンゴの皮を剥く。


〈ただいま~、わ、リゲルさん起きてる!〉

「メア。今ちょうど起きたところだよ」


 壁を通り抜けて現れた幽霊ゴースト少女に、リゲルが朗らかに笑いかける。


「メアも心配かけてごめんね。色々を苦労かけたかな」

〈ううん、平気。それより見て見て! 梨とレモンに西方産の砂糖! それと南国の薬草をいくつか。これでリゲルさんに暖かいスープ出せるよ!〉

「ありがとう、助かるよメア」


 病み上がりには嬉しい食べ物だ。

 メアは、どうやら病人食の材料を確保しに行っていたらしい。

 彼女の脇で《浮遊術》で浮いた買い物籠がふわふわと漂っていた。


〈さっそくあたしが料理するね!〉

「え!?」

「え……?」


 途端に、リゲルもミュリーも怪訝そうな顔をする。


「え、メア、料理できるの?」

〈当然だよ! あたし、生前はたまにお父様やお母様に料理振る舞ってたんだよ。肉料理、野菜料理、海鮮料理、なんでも平気!〉

「……そ、それは初耳だった。楽しみだな」


 じつに頼りがいある話だ。リゲルはもちろん、ミュリーも本来は安静の身なので、彼女が調理してくれるならばありがたい。


「もっと先に言ってくれても良かったのに」

〈うーん、でもミュリーが料理したそうにしていたから〉


 ミュリーが小首をかしげる。


「え……わたし、顔に出ていましたか?」

〈うん。リゲルさんに食べさせてあげたいな、次は何を作ろうかな。って顔してた〉

「あう……」


 ミュリーが火がついたように顔を紅くし、また顔をそむけた。

 リゲルが微笑ましげに笑う。


「うん、そういう事なら今朝はメアにお願いしようかな。君の料理も食べてみたい」

〈任せて! 疲労なんて一発で治るような料理作ってあげる!〉

「あはは、期待してる」


 その後、しばらくメアは台所に向かい、料理をし始めた。

 タンタンタンと小気味良い包丁の音、具材を鍋に入れる音、香ばしい香りがリゲルたちの方まで漂ってくる。

 時に《浮遊術》を使い、いくつもの道具を操る彼女の手際は、じつに鮮やかだ。


〈出来たよ! さあ食べて食べて!〉


 やがて出されたのは果物を煮たスープだ。リンゴと梨とレモンに、砂糖水を加え、さらに南国で取れる薬草を煮込んだ栄養満点のスープ。

 甘く香ばしい香りが漂い、リゲルとミュリーの食欲が刺激されていく。


「うわ、美味しそうだね」

〈おかわりあるよ。たくさん食べてね、ミュリーも〉

「わあ、すごいです。メアさん、ありがとうございます」


 リゲルとミュリーは、嬉々として、揃ってメアの作ったスープを口にした。

 

 ――直後、あまりの甘さに悶え苦しんだ。


「ぐはっ、げほげほげほっ!」

「あ、う……これは、うう……」


 リゲルもミュリーも一口含んで絶句。その甘さに顔を引きつらせ、思わず咳き込んだ。

 甘い。甘すぎる。

 フルーツの食感などはともかく、砂糖入れすぎ、使い過ぎ、口の中でむわあ、と甘味が暴風のごとく爆発してたまらない。


 おまけに匂いも凄まじいため、鼻から入った猛烈な甘みが臭覚まで刺激する。

 とてもではないが続けて食べられるものではない。

 思わず吐きそうになるほど濃厚で濃密な甘さにリゲルが呻く。


「ちょ、メア! なにコレ!? 食料兵器!?」

〈え? 何って……スープだよ?〉

「どこがだよ!? 甘すぎるよ! いったいどれだけ砂糖入れればこんなになるのさ!?」

〈え? ……あ〉


 瞬間、きょとんとしていたメアだが、リゲルが顔をしかめ、ミュリーも口を押さえてかがみ込んだのを見て、気づく。


幽霊ゴーストだから味見できなかったのかも。てへ☆〉

「てへじゃないよ! うわ、口の中まだ甘味残ってるし……え、何? メア、味見出来ないの?」

〈うん、そうみたい。何しろ実体ないからね……。見たり、聴いたり、嗅いだりは出来るけど、触るのだけは無理みたい。だから目分量と勘だけでやりました〉

「おいおいおいおいおい」


 そんな。可愛らしくウインクされてもごまかされない。

 つぶらな瞳でキラ☆ とウインクするメアは可愛いがそれとこれとは別。

 その心が伝わったのだろう、

 

〈あ、あの、ごめんなさい……悪気はなかったの……〉

「それはわかってるけど。まあでも、仕方ないか」


 二年半もの間、幽霊として屋敷を徘徊していたのだ。料理をした事があっても、勘が鈍るだろう。


「それは仕方ないとして……言ってくれれば気をつけたのに……」

「わたしも、メアさんの料理手伝いたかったです」

〈あ、あの……ごめんね。ミュリー、リゲルさん」


 メアは申し訳無さと悔しさ半分だった。

 きっと二人を元気づけたい、という気持ちがはやり、料理欲を掻き立てたのだろう。

 困らせる思惑がないのは普段のメアの様子から明白だ。


〈やってる途中で気づいたんだけど、リゲルさんは病み上がりだし、ミュリーだって本当は安静の身だから……〉

「それは……判るけど。気にしすぎだよ。多少の疲労は魔術で何とかなるし。そこまで気遣いする間柄でもないよね?」

〈うん……ごめんなさい〉


 すっかりしょげるメア。

 けれど、リゲルは笑った空気を明るく変える。 


「ま、いいよ。ただまあ、これどうしようか? 勿体無いよね」

「あ、わたしが作り直します。リゲルさんに、美味しい物食べてもらいたいです」

 

 ミュリーがはにかみながら応じた。


「ごめん、頼むよミュリー」

「任せてください、腕によりをかけてみせますから!」


 しばらくして。


 リゲルはミュリーの作り直したスープで口直しをした。

 さすがはミュリー、失敗作の料理でもきちんと味を整え、一流に仕立てる腕は神業。見た目こそ変わらないのにまるで天上の料理のごとく美味だった。


 とても病人食とは思えない出来栄えである。

 今回は量が過多というオチもない。リゲルも自然と笑みがこぼれる。


「さすがミュリー、これなら何百杯でも食べられる」

「ふふ、そんなに言ってくれると嬉しいです」

〈むー、ちょっと悔しいなぁ〉


 顔をしかめ、むむむとするのはメアだ。仕方ないとは言え、リゲルに迷惑をかけ、ミュリーに水を開けられたのは悔しい。


 ――何か、彼女だってリゲルにしてあげたい。

 ――でも、添い寝などは出来ない。だから料理してあげようと思ったのに……

 悔しさやもどかしさを覚える少女は、


〈そうだ! ならリゲルさんにマッサージしてあげるよ!〉

「え、マッサージ? メアが?」


 名案だとばかりに、メアが胸を張る。


〈うん。あたし、幽霊ゴーストだから料理は駄目っぽいけど、それなら出来るよ。前に、屋敷の書物で勉強したの〉


 メアはレストール家の令嬢。

 書物を元に勉強するのも日常の一つだっただろう。

 物覚えも決して悪くない娘である。自信有りげだっ

 《浮遊術》で、体のツボや肌を刺激すればいいだけなのだ。


「そうなら安心かな。じゃあ頼める? メア」

〈任せて! 背中とかお腹とか、股間の近くとか、早く良くなるツボ押してあげる!〉

「うん、頼むね、え?」


 一瞬、頷きかけたリゲルだったが――。


「ちょっと待ってくれメア。今ちょっと、不穏な単語言わなかった?」

〈言ってないよ〉

「嘘つけ!?」

〈場所が正確に判らないと出来ないから――あのね? リゲルさんにはね、ちょっと服脱いでほしいんだけど……問題ないよね?〉

「いやいやいや! 君は何を言ってるんだ!? 問題あり過ぎでしょ!? 頑張ろうって気が急いてない? ちょ、待て、待つんだメア!」

〈大丈夫。じつはリゲルさんが眠ってた時寝汗を拭くため、何度か拭く脱がしたの……あたしだから〉

「どうりで衣服が時々乱れていると思ったら君の仕業かーい!」

〈以外に筋肉質なリゲルさん、あたしちょっと照れたり……興奮したり……〉

「いや待て! そこで紅くなるな! よせ、近づくな、メアぁぁ!」

「……」


 その時、二人は隣で黙り込んでいる精霊少女に気づいた。


「……あ、あの、ミュリー? そんな羨ましそうな顔しないでくれる? 罪悪感が出てくるから」

「いえ、わたしは大丈夫です。羨ましくなんてありませんから」

「嘘だよね、それ多分嘘だよね?」

〈じゃあいくね! まずリゲルさんを《浮遊術》で押さえつけて――〉

「待って! ちょ、メア、よせ! 一人で出来るから、僕はマッサージ大丈夫だから!」

〈だ~め、リゲルさんに早く元気になってもらいたいもの。あたし、頑張ります!〉


 メアが《浮遊術》でリゲルを押さえつけた。

 病み上がりの彼は為す術なくベッドの上で上着を剥ぎ取られる。


「うあああ! 待って! 頑張らなくていいから! 僕はほんと、大丈夫だから……っ、く! か、体が金縛りになったみたいに動けない……!? ミュリー! 助けて!」

「ドキドキ……(リゲルさんの体、わくわく)」

「ミュリーぃぃぃぃぃ! メア、うあ、ちょっ……待っ、アッ――――――っ!」」


 その後、メアに衣服をひん剥かれて、リゲルはしばし下着姿になった。

 そしてメアの渾身のマッサージ。

 おかげで体調はずいぶん良くなったが、女の子二人の前で恥ずかしい格好にさせられ、リゲルはしばらく二人の顔を見られなくなった。



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