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第二十九話  精霊少女と、幽霊少女の看護

「ふあ……ミュリー、おはよう」

「おはようございますリゲルさん、今日も良い日ですね」


 今日も今日とて探索の日。

 リゲルは今朝早くから《迷宮》に出向くべく、ミュリーの部屋へ向かった。


「今朝はジャガイモのコロッケを作ったんです、自信作ですよ」

「うわあ、美味しそう、昨日ちょうど、街でコロッケの宣伝しててさ、食べたかったんだよ」

「うふふ、それなら良かったです、たくさん食べてくださいね」

「う、うん……」


 可憐な笑顔のミュリーだがリゲルは微妙に引きつった顔。

 例によって今日も彼女はたくさん作りすぎてしまったらしい。

 テーブルには大量の、コロッケの山だ。


 その光景に圧倒されつつ、けれど仕方ないなぁ、と思いつつ、リゲルはテーブルにつき、食器を取り上げようとした。

 その――まさに寸前だった。


「ん……」


 リゲルの体に、唐突なめまいが襲いかかってきた。


「う、あれ……?」


 ――おかしい。体に力が入らない。視界が狭まる。足元がふらつく。


「え、リ、リゲルさん!?」


 テーブルの向かい側、ミュリーが眼を見張るのが見えた。

 体を支える余裕もない。すぐに体の感覚が消失する。焦りと共にリゲルはよろめき、一瞬だけ踏ん張ってこらえたが――そのまま体から一切の力がなくなり――。

 膝から、盛大に床へと倒れた。


「り、リゲルさんっ!」


 ミュリーの悲鳴。

 体が倒れる音。闇に落ちていく意識の中――リゲルは切迫したミュリーの表情を視界の端に捉え、完全に昏倒した。



†   †


 

「――過労、ですか?」


 駆けつけた護衛のギルド騎士、そして医者の説明を受け、ミュリーは不安げにそう聞き返す。


「はい、いくつかの検査をしたところ、過労による昏睡のようです。おそらくは連日の『戦闘』による疲労の蓄積でしょう」


 無理もない。何しろリゲルは数々の激戦をこなしてきた。ミュリーを狙う謎の『仮面の襲撃者』との戦い。

 変幻自在の《ロードオブミミック改》との激闘。そして地下の研究施設の探索や、『精霊王』ユルゼーラの捜索。

 そして《錬金王》アーデルへの疑いと緊張だ。


 ミュリーとの交流、メアとの出会いなど安らぎもあっただろうが、その半面、過労も多かった。


 さらには……ミュリーたちは預かり知らぬ事だが、かつて《六皇聖剣》だった時のスキルが、少なからぬ影響を及ぼしていた。

 そして一度は奪われた《剣聖》としての力。


 ――《神星剣》と呼ばれた、大いなる力。


 それと《合成》のスキルが相互に作用し合い、とある『変革』をリゲルにもたらしている。

 ミュリーや、医者、護衛のギルド騎士らは何も知らない。

 今はまた、変化の兆しに過ぎないもの――『結果』が出るには多大な時間が掛かるものだが、確実に、リゲルに新たな『力』が宿りかけていた。


「まあ、とにかくですな」


 当面の問題はないとして、医者が断言する。

 

「今は昏睡していますが、大丈夫、寝ていればすぐに回復しますよ。おそらく、数時間程度でリゲル殿は目覚めるでしょう」

「本当ですか?」


 ミュリーの心配そうな声に、護衛の騎士が付け加えるように語る。


「たまに探索者の間で見かける症状です。新しいスキル、あるいは魔術などによって、激変したゆえの反動もあるのでしょう。……ひょっとして、彼は、最近何か新しいスキルを習得したのでは?」

「あ、はい、リゲルさんは『付与師エンチャンター』として、少し強力な魔術を手にしたと言ってました。それを利用してこの屋敷を購入して、さらに幽霊少女メアとも出会って、色々あって……その疲れが来たのだと思います」


 自分が精霊である事や、《合成》スキルまで話すのはリゲルと相談して控えている。

 もちろんリゲルの命に関わる事があれば明かすつもりだが、そこまでいかないのであれば、ぼかして伝える事を二人は決めていた。

 無論、この昏睡の『真実』はミュリーにすら判らないのだが、彼女はそれを知る由もない。


「ふむ……納得できる話ですね。私も昔、強力な魔術の会得で痛い目を見ましてね……いや、余談でしたな。ひとまずリゲルさんに関しては安静にしておくように。目覚めたら本人にもそう言っておいてください」

「は、はい……ありがとうございました」


 ミュリーは頭を下げ、医者は「何かあればまた呼んでください」とひとまずその場を後にした。

 護衛の責任者として付き添っていた騎士の隊長も、「良かった、何事もなくて」と安堵に表情を和らげ、元の持ち場に戻っていく。


 人気の絶えた部屋の中、リゲルの寝息とミュリーの呼吸の音だけが聞こえる。


「……過労、ですか」


 静かに降りる雪のような儚げな独り言をミュリーはつぶやく。


「仮面の人との戦いに、《ロードオブミミック改》との戦いに、ユルゼーラ様の情報収集……すみません、わたしのせいもありますよね」


 全てではないが、責任をミュリーは感じてしまう。

 護衛の騎士と医者には言わなかったが、間違いなく彼はミュリーとの『契約』による疲れも出ているはずだ。

 人間と精霊は理を違える者。

 ミュリーに反動が襲ってきたように、彼にも少なからぬ負担が伸し掛かっていたのは否定できない。


 それが表面化しなかったのは、ひとえに彼が探索者として鍛えた体か、気力の強さか。

 自覚があったかどうかは判らないが、いずれにせよ《ロードオブミミック改》との激戦が最後のきっかけになり、平和な時間が来て、張り詰めていたものが切れたのだろう。

 彼が倒れた責任の一端を感じ、ミュリーは済まなそうにきゅっと唇を結んだ。


「リゲルさん、すみません、わたしのせいで。――あなたにばかり、迷惑をかけて」


〈ちょっとミュリー大丈夫? あんまり思いつめちゃだめだよ~〉


 突然、頭上に声が聞こえた。メアが心配そうに顔を覗き込む。

 この『レストール家』のお嬢様であり、リゲルの仲間たる幽霊ゴースト少女は、


〈ミュリーが思いつめる必要なんてないよ。疲労なんて探索者にはよくある事だよ。お父様も、探索者じゃないけどしょっちゅう倒れてたよ?〉

「そうでしょうけど……でもリゲルさんは」

〈それに、そんな深刻な顔していたらリゲルさんが起きた時、どう思う? 凄く気にすると思うよ。やっぱりミュリーには笑顔でいてほしいな〉

「それは……そうかもしれませんけど……」


 メアも心配でないわけではないだろう。

 彼女だって、リゲルによって救われている。

 それをあえて押し込み、ミュリーを安堵させるために笑う彼女に、ミュリーは嬉しくなる。


「そう、ですね」

〈それにほら、ここぞとばかりに日頃の恩返しをするチャンスだと思うといいよ。疲れているリゲルさんに甲斐甲斐しく看護したら、きっとすぐ完治するよ〉


 ミュリーは自信なさそうに呟く。


「そう、だといいですけど……」

〈自信を持って。ミュリーは、リゲルさんにとって大切な人だよ。大丈夫、病は気からって言うし、逆もまた然り。ミュリーはどんと構えてればいいんだよ。お嫁さんなんだから〉

「おおおお嫁奥さんだなんてそんなっ」

「あ、間違えた。まあ何でも同じだよね。あたし、疲労に効く薬草を買って来るから、後でね」

「あ、メアさん――」


 引き止める暇もない。すぐにメアは壁を通り抜けて外へ出てしまった。


「もう、メアさんったら……」


 再び静寂が戻る。リゲルの静かな寝息が聞こえてくる。

 ああは言ったが、メアの言葉に慰められたのも事実だ。ミュリーだけならば、きっと自責の念に押し潰されて、悲観していただろう。彼女がいてくれて本当に良かった。


「ありがとう、メアさん……」



†   †



 屋敷の外へ出たメアは、人知れず弱音を吐いていた。


〈リゲルさん、大丈夫かな……〉


 ミュリーの前では気丈に振る舞ったが、心配であることに変わりはない。

 もしや、父のように帰らぬ人になったらどうしよう、このまま昏睡が長引いたらどうしよう、その程度の心配はメアにもある。


 彼の笑顔が失われる可能性。

 彼との日常が終わる可能性。

 それらは、かつて家族を失った『アーデルの襲撃』の再来のように、脳裏に映る。

 

 けれど――。


〈ミュリーを支えられるのはあたししかいない。なら、あたしがしっかりしていないと駄目だよね〉


 リゲルには、ミュリーという支えが必要だ。

 なら、そのミュリーを支えられるのは自分しかいない。

 『死』という離別の悲しさを知っているメアは、ミュリーのまとう不安にも敏感だ。


 リゲルだけは失いたくない。

 けれど、ミュリーにも笑顔でいてほしい。

 メアは数分の間だけ、木陰に潜み涙を堪える。不安による涙。「もっとこうしていたら」という後悔の涙。無力感による涙。

 そういったものを、庭の樹の陰で抑える。


〈うん、だいじょうぶ。あたしは平気。さあ、笑顔、笑顔!〉


 屋敷には、リゲルの護衛として来たギルド騎士の面々もいる。

 彼らに向かい、「リゲルさんならきっと大丈夫だよ!」と言って、メアは元気づけていく。

 

 ――全ては、リゲルのために。





「こんな時でもないと、ゆっくりあなたに恩返しできなくて、ごめんなさい」

 

 ミュリーは、少年の横たわるベッドの横で。


〈早く元気になってね。リゲルさん、皆があなたを待ってるよ!〉


 メアは、笑顔で皆の前に姿を現していく。


 ――彼の安寧と、復活のために。

 眠れるリゲルの手を、ミュリーは優しく握り、メアは笑顔で気丈に回り――彼の回復を願ったのだった。



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