第二十六話 増える魔石
時系列に関して。
現在、本編は『主人公パート』と『ギルドパート』に分かれています。
話の流れ上、面白くするため時系列をずらして書いていますが、『リゲルパートは』変幻の魔物から数日後の話、『ギルドパート』はその数日間の出来事を描写しています。
ずれた時系列はいずれ元に戻り、二つは交錯していきます。
平穏の主人公パート、異変のギルドパート、合わせてお楽しみください。
「――するとあの『青い魔石』は、八時間ごとに増えるのだな?」
ギルドマスター・グレンの重々しい言葉に、コルとバルトは抑えた感情のまま答えた。
「はっ。……あの後、件の『青魔石』は、きっかり八時間ごとに、一つずつ増えています。『封印』も無意味。すでに二等封印具九つが破壊され、いずれも効果はありません」
「封印具には各属性に特化していたものもあったはずだが?」
「あらゆる種類の封印具が効かないようです。《強化》、《倍加》、《超過》……その他封印具自体を強める魔術もかけましたが、いずれも容易く破壊されました……」
『魔石』には、元となる魔物によりいくつかの属性がある。ゴブリンやオークなど亜人系、スケルトンやグールら死霊系など、その種類は多い。
それらは性質が異なるため、保管にも留意がなされるのが普通だ。
だが、そういった属性に特化した封印具ですら『青魔石』には通じない。
すでに、グランらの集う地下保管室には《ロードオブミミック改》、《ゴブリン改》の他に、《マミー改》、《ウェアウルフ改》、《キラーモス改》と、新たに三つの青い魔石が増えていた。
「……魔術無効の効力でもあるのかもしれんな」
グランは忌々しげに言う。バルトが補足として説明を加える。
「……増える『青魔石』の種類に法則性は今の所ないようです。ランクも《ゴブリン改》と《マミー改》がマイナス一、《ウェアウルフ改》と《キラーモス改》がマイナス三と、ばらつきがあります」
「何者かが細工した魔石の兵器という可能性は?」
「兵器かどうかは何とも……少なくとも細工された改造魔石だとしても、技術が高すぎます」
テロ行為と行うため、魔石を悪用する組織などは存在する。
だがそれらにしても、この『青魔石』は明らかな高度な技術。
そんな未曾有の事態に、ギルドマスター・グランは言う。
「……必要なのは安全性の確保だ。人工物であれ天然であれ、『青魔石』に魔物の怨念や毒性が含まれていたとすれば厄介だ」
「判っています。百三十年前と四十年前の『汚染事変』は記録にも凄惨とありました」
「あれらの事件の再現も含め、現在対処法を検討中ですが……」
滅多にないとはいえ、魔石には『汚染属性』や『怨念属性』が付与されている場合もある。
それらの魔石に触れる、あるいは長時間近くにいるだけで精神の破壊、あるいは錯乱、記憶障害、殺人衝動など、様々な症状を引き起こす。それらは災害とも言われ、ギルド職員には回避すべき事態として恐れられていた。
また、探索者の中には『実験』と称して素材や魔石を改造する者も極僅かだが存在する。
「しかし今の所、危険因子は確認できません。あくまで『八時間』ごとに、あの魔石は増殖するだけです」
「今後、汚染属性などが出ないとも限るまい。何しろ前例のない代物だ。どんな悪性を秘めているか判らん」
「ギルドマスター、愚策かもしれませんが、魔石を破壊してみては? 内部構造を直に精査する事で、より詳しい性質が解る可能性が――」
「それはもっと後の段階だ。現状、『青魔石』については何一つ判っていない。封印を破壊する性質もそうだが破壊して無害なのか? 何かの危険物の発生は? それらが解る者がいない以上、現状維持が妥当だ」
惜しむべくは『一級解析官』が出払っていることだ。
彼らは解析魔術のエキスパート、大陸はおろか世界中を探しても十人といない最高峰の解析官、彼らたいれば解決に一気に近づく。
だが、未だ魔術で連絡しても『帰還は本日深夜ごろ』としか返って来ない。
遠征のためとはいえ、彼らがいない今は、一時間が数日にも感じられる程だった。
「ともあれ、現状はこの地下保管室に置く他はあるまい。《一級》が帰還次第、調査に当たらせる。それまで担当は引き続き、お前たち二人だ」
『了解です』
「私は他の『支部』に連絡を引き続き試みる。似た状況が起きていないとも限らんからな。……正念場だ、頑張れ」
「はい!」
「もちろんです!」
コルとバルト、二人の二級解析官は礼をして励ましに応じる。
『青魔石』はこの時点で五つ――まだまだ増える可能性が高いため、混乱防止のため、ギルド内でも一部の者のみにこの件は伝えられていた。
現状のペースなら、何とかなるだろう。いざとなればギルド内の騎士に破壊を頼むのも悪くない。《一級解析官》が戻れば弱点も判るだろう。
――だが彼らの考えはそれですら甘かった。
『青魔石』は、彼らの思いもよらない手段で混乱を巻き起こす事を。
彼らは、想像すらし得ない。
地獄の門というものは、人の知らぬ間に開いている。
† †
「あーあ、クソつまんねえ」
四級解析官、リットは不満げな様子で本を叩きつけた。
「何で俺がいつまでも本整理しなくちゃならねえんだ。連日連夜、何が悲しくて倉庫の整理なぞしなきゃならねーんだ? 俺は解析官だぞ? 《解析》が仕事だぞ、舐めてんのか!」
辺りに満ちる大量の本を苛立たしげに叩き、リットは不満を露わにする。
「あらら、朝っぱらから不機嫌極まりないじゃん?」
同じく四級解析専門官である女性――カリンが楽しそうに語りかける。
髪を所々カールにした、軽そうな女である。
「だってそうだろ? 何で俺がこんなことを。まったくもって不当だぜ」
「でもあたしら下っ端じゃん? 解析官と言っても《四級》じゃ下っ端も下っ端、見習いに毛が生えたようなもんだし」
「それだ。大体、何で俺が昇進できねえんだよ? 技量、経験、共に申し分なしだろうが。なんだってギルドマスターは俺を蔑ろにするんだ? わかっちゃいねえ、わかっちゃいねえぜグランの旦那は!」
クソギルドマスター、無能ギルドマスター! と叫びながら乱暴に本棚に書物を押し込むリット。
それだからいつまでも四級なんじゃないの? という視線を寄越すカリンを尻目に、彼はなおも不満を並べ立てていく。
――その時だ。
唐突に、彼らの前に青い物体が現れたのは。
「え?」
リットもカリンも、その事態に目を丸くする。
いきなりだった。唐突に彼らに目の前に、妖しい光を放つ物体が出現していた。
輝く石。
それはまるでサファイアの如く、けれどどこか妖しい光を帯びている。
リット達は眉を潜め、無言でその場から下がる。
「――なあ、これ、いま突然現れたよな?」
「だ、だよね……あたしにもそう見えたけど」
「どういう事だ? 何なんだこれは……」
リットは数瞬だけ様子を見てから、青い石をまじまじと見つめてみた。
大きさは手のひらに楽に乗る程度。一見して宝石のようだがそれよりも輝きに濁りがある。というよりも、どこか不吉なものを感じる。外見上は良質な石のようにも見え、淡く光を放っている。
「……まさかこれは、『魔石』?」
リットの呟きにカリンが軽く笑った。
「まさかぁ。だって魔石って、全部赤いんじゃないの?」
「でも見ろよ、この形、この光、ちょっと差異はあるが、魔石そっくりじゃね?」
「まあそうだけど……」
リットはしばらくその青い石を見つめると、いきなり屈み込み、拾い上げた。
「あ、ちょっと! やばいって!」
「……手触りはやっぱ、魔石に似てるなぁ。けれど変な光だな。色も青いし」
彼の手のひらの中、青い石は静かに光る。
《四級》とはいえ、リットにも魔石を解析した経験は多数ある。数多の魔石と同じく、その石も滑らかさを備えた見事な代物だった。
「魔石なら『解析』すれば正体が解るんじゃないの?」
カリンが言う。
「そうだな。早速見てみるか。なに、俺がやればこんな石の一つや二つ――え!?」
解析に必要な腕輪を取り出し、はめてみたリットは、驚愕に狼狽えた。
「な、なに? どうしたの?」
「カリン……見てみろ、この魔石もどき。やばいって!」
何がヤバイのかさっぱり判らないカリンは、自分も解析に使うピアスを取り出し、取り付けてみた。
そして、彼と同じように《解析》の魔術を発動し――。
驚愕した。
【《ケルピー改》 『効果:衝撃』 『ランク:マイナス一』】
おぞましき結果に二人は震える。
「――な、な、何これ!?」
「わ、判らねえ! でもヤバイって! この魔石もどき!」
「近寄らない方がいいって! 早く放って!」
リットは叫ぶカリンの声に思わず『青魔石』を床へ投げつける。
「ま、マイナス一……ランク? 何だこれ? ヤバイな……」
「新種の魔石かな? 《ケルピー改》? 聞いたことも見たこともない」
初めは確かに驚愕と畏怖――だが未知の魔石(?)なるものに、次第に好奇心が湧いてくる。
「そ、それよりよ……これを発見した俺達は大手柄じゃね? なあ?」
「わ、わかんないけど……何か怪しくない? ギルドマスターに報告した方がいいんじゃ」
「……はあ? 何言っちゃんのお前? せっかく手に入れたお宝を明け渡すなんて馬鹿なの?」
「だって、いきなり現れた代物だよ? そんなの、あたしら四級の手に負えるわけないじゃん。大人しく《二級》や《三級》に渡したほうが懸命じゃ……」
「馬鹿言ってんじゃねえよ! これは俺が徹底的に解析する! 上になんぞ渡さねえ!」
そのとき、興奮のあまりリットは魔力をわずかに放出していた。
祝詞も何もない。ただ単純に魔力の切れ端のようなものを注いだだけだったが、それは『青魔石』に吸収され――。
次の瞬間、轟音が、辺りへ響き渡った。
傍らにあった本棚がいきなり衝撃波で崩壊。中心に巨大な穴が空き、ばかりか、後ろの本棚や椅子をいくつも破壊し、破片を吹き飛ばす。
「うおおっ!? な、なんだ、これ!?」
「あぶ、危ないって! 下がってリット!」
砕けた本棚や椅子の彼らが宙に散乱する。半ばから砕けた大きな本棚が行けに激突し盛大な音を奏でた。咄嗟に頭を抑えてカリンとリットが後退し叫ぶ。
「何やったの、あんた! こんな……爆発を!」
「何もしてねえよ! ただちょっと……魔力を注いじまったのか?」
信じがたい話だが、意識しないで放出した魔力で、凄まじい破壊が起きた。
未だ体が震えるような光景に、興奮していた熱が一気に冷めてしまう。
「これ……絶対にやばいヤツだって。早くギルドマスターに知らせた方が」
「……そう、だな。マズイよな」
この青い魔石が、稀に見る危険物であることは明らかだ。
ギルドの職員として、看過することは出来ない。
だが、萎縮するカリンとは裏腹に、リットは脳裏で密かに興奮していた。
「(――無意識の魔力であれだけの火力が出せたんだ。……なら、全力で放てばどんな威力になるんだ?)」
ギルド職員・四級解析官としての責務よりも、好奇心が彼の脳裏を支配した。
それはまるで、甘くささやく悪魔のように。
彼を、新たな『事件』を引き起こす火種へと変貌させていく。





