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第二十五話  幽霊少女とギャンブル

〈ふんふんふん~♪〉


 ゴースト少女のメアは、街中をはずんだ様子で『浮遊』していた。

 二年半ぶりに見る街はなかなか洒落ていて、じつに活気に溢れている。

 火炎属性の剣をしきりに宣伝する武器屋、牙も爪も通さないと豪語する防具屋、迷宮探索の安寧を祈願する占い師など、じつに様々だ。

 広場で大道芸人たちが披露するパフォーマンスも、華麗で華々しい。

 まさに人爽快な光景。生ある者たちが人生を謳歌している姿が、目の前に広がっている。


〈うわー、綺麗、素敵、華やかだよ〉


 心底から楽しげにメアが叫ぶ。

 死してなお幽霊ゴーストとなった彼女に悲壮感はない。

 命など、別になんてなくても人生は楽しめる(厳密には人生とは言えないかもしれないが)、世の中は楽しんだ者勝ち、とばかりに彼女は活気ある街を散策する。


「前にお父様と出かけた時より活気あるね」

「凄い、わ、あのお菓子美味しそう!」

「甘―い香り、いいなあいいなあ」


 などと、色とりどりの菓子店の前に行き、羨ましげにショーケースの中を覗いていく。


 さすがに物は食えないので見るだけだが、それでもなかなか楽しい。

 チョコやスポンジをふんだんに使ったケーキ。アーモンドやナッツを贅沢に盛り付けたメレンゲ、エクレールやカスタードクリームの綺麗な見た目、店先から立ち上る、出来たての匂いったらもう!

 味は判らないが匂いはわかるメアは、幸せそうに目を瞑り、通りががる全ての菓子屋を楽しむ。


〈帰ったらリゲルさんにいくつか買ってもらおうかな。部屋にあるだけでも楽しそう〉


 うきうきとしたまま、自分の契約者の少年リゲルを思い浮かべ、くすくす笑う。

 あれもこれもとねだる自分。仕方ないなぁという彼の顔。それを思い浮かべると心が沸き立つ。


〈うふふ、楽しいな〉


 これもどれも、全てリゲルのおかげだ。

 封じられていた『レストール家』を解放し、自分を解き放ってくれ、良くしてくれる彼には感謝してもしきれない。

 廃墟となった屋敷から解放してくれて嬉しい。

 また華やかなこの街を堪能できるとは思っていなかった。

 メアは恩人であるリゲルに感謝しつつ、何かあれば彼へのお礼も兼ね、街の店を巡り、お見上げ用の品を見繕うつもりだった。


「うわ、なんだ?」

「あら、どうしたの?」

「いや、ちょっと体に寒気が……」


 途中、メアとすれ違った人々が怪訝な顔をする。メアの体は他人には視えない。声も聞こえない。いや、認識させる事も出来るが、普段は『不認識化』している。

 幽霊ゴーストの能力の一つだ。

 リゲルやミュリーなど、身近な人には普通に姿を現すが、無用な混乱を避けるための配慮である。

 けれど、近くを通ると人によっては寒気を覚える事もあるらしく、その反応を見てはメアは楽しんでいた。



 ふと、大通りからやや外れた一角に入り込んだところ、一際輝かしい建物を見つけた。

 賭博場カジノである。

 色鮮やかな看板に呼び子の娘たち。外から聞こえる雑多な歓声や悲嘆の声が響き渡り。賑々しい音楽や照明が真っ昼間の街中、煌びやかに躍る。


〈あれがカジノ? 楽しそう〉


 以前、父と来た時は「淑女には相応しくない」と言われ連れていってもらえなかった。

 けれど幽霊ゴーストとなった今は関係ない。


〈うわあ、すご~い、こんな風になってるんだ〉


 生前、屋敷の書物などで知識はあるが、見るのとでは大違い。

 清潔な燕尾服や、豪奢なドレスなどをまとった男女。

 恰幅良い紳士や華麗な婦人達。粗暴な人相の男や派手な化粧の女まで、そこかしこを闊歩し、歓声を上げている。

 頭上で煌びやかに映えるシャンデリアや、縦横無尽に走る照明の光が美麗だった。間断なく、アップテンポな曲が鳴り響く。どれも刺激的でメアの心を掻き立てる。


〈すご~い、なんて綺麗、うわ~〉


 高所へと浮遊し見下ろせば、ポーカー、ブラックジャック、ルーレット、ダーツ、その他名前も判らぬ賭博まで、じつに多様に行われている。それぞれに勝者の歓喜と敗者の悲鳴など、声がはびこり、絶える事がない。


〈どれかやってみたいな……でも、お金ないし〉


 幽霊ゴーストとして《浮遊術》を使い資金をちょろまかす事も出来る。

 だが、挟持が許さないし、騒ぎになるのでやめた。


 それに、リゲルにも迷惑が掛かる。

 うずうずしつつも、メアはいくつかの賭博台を眺め征き、プレイヤー達の慟哭やら黄色い声の中を回っていた。

 だが、ふと響いた甲高い声に、振り向いた。


「ぶああああああああああ! また負けたあああああああああ!」


 デブではちきれんばかりに膨れ上がった燕尾服の少年が、猛獣のような悲鳴を上げていた。

 周りの端正な男女たちが嘲笑を向ける。


「ははっ、またデブネがボロ負けしてらぁ」

「負けた時吠えるのもお約束だわ」

「見ろよあの汗、あの鼻水、みっともないな、あれで伯爵家次男か」

「ぐうううううううう! ちくしょう、うるせー! 誰がデブネだ! 俺はデネブだ! デブじゃねえ!」


 太った少年が憤慨に身を震わせるが、周りは嘲りをぶつけるのみだ。

 

「豚が何か吠えてるよー」

「ブヒブヒ言ってみろよほらぁ!」

「豚さん鳴いて♪ 可愛く鳴いて♪」

「ブキ――ッ! 許さん! 許さんぞ、貴様ら!」


 興奮してもはや豚化している貴族らしい少年が地団駄を踏んだ。

 とてもではないが穏やかではない様子である。少し気になったのでメアは近寄り、しばらく彼らの様子を見ることにした。どうやら、ポーカーをしているらしい。


「くそ、くそ、くそ! 今度は負けねえ、うら行くぜ、勝負! キングのワンペア!」

「残念、こっちはツーペアでした!」

「くそおおおおおおお!」


 相手プレイヤーに敗北し、チップを払う少年。


「今度こそ! 出ろ、出ろ、出ろ! おっし、クイーンのツーペア出たぁああああ!」

「残念こっちはフルハウスだよ豚くん!」

「なんでだよくっそおおおおおおおおおおっ!」


 チップを大量に持っていかれても、なお勝負を試みる少年。しかし無駄だ。


「俺の勝利の女神よ……来い! 来い! うは、来た! フルハウスぅ!」

「ざーんねんでした~! こちらはストレートフラッシュで~す!」

「ありえねえだろちくしょおおおおおおおお!」


 その後、少年は果敢にも挑み続け、時折勝つこともあったが、トータルでは明らかに負け越していた。

 さすがに負けが込むため、いきり立ち、相手プレイヤーに掴みかかる。


「てめえイカサマやってるんないだろうな!」

「何を根拠に。豚くん、他のプレイヤーとやってもほとんど負けだろう? 実力だよ、実力」

「だよなぁ、デブネ、さっきから表情で丸わかり。誰でも勝てるわ」

「お情けでたまーに勝ちを譲ってもらうこともあるけど、所詮豚よね」

「デブでも豚でもねえっつってんだろ! 見てろよちくしょー! おらあ! キングのツーペア!」

「はいストレート! また負けですね~。チップがた~くさん減りましたね~」

「くそおおお! なんでだあああああ!」


 先程から少年は悲嘆の声や、大きな体を捻ったりばかり。ボロ負けにも程がある。

 次第に熱が入ったのか、勝負の行方に更に周りが囃し立てる。


「ほらほら豚ぁ、頑張んねえと、チップ無くなるよ?」

「いいの? いいの? 君の家、そんな余裕あるの?」

「早くやめないと君の家に影響するかもよ?」

「うるせー黙れ! 今に見てろ、今度こそ勝つ!」


 メアは、その様子をじっと見ていた。

 『ポーカー』。役柄を揃え、その強さを競うゲーム。

 それ自体はやった経験はないが、屋敷の書物でおおよそのルールなどは把握していた。


 その知識で見る限り、明らかに少年はプレイヤーとして『平凡』だった。

 表情や汗でどんな状況か解りすぎるし、興奮して冷静さも失っている。相手を入れ替えても勝利はあまりない。まったくの素人で、メアでも数回やれば勝てるのでは? と思えるほどの実力だった。


 しかし――それとは別に何か『不自然さ』も垣間見えた。

 一見するとただ興奮した少年がボロ負けしているように見える、この賭博。

 けれど時折、作為的なものを感じるのだ。


 もちろん、少年の手が良い場面もある。ツーペアくらい出るのは当たり前。

 けれど、何故かその時に限って相手は常に上の役柄を揃えている。

 相手側は連戦連勝――ちょっとおかしいくらいに、少年に勝ち続けている。


 しかし、、メアが見ても特におかしなところは見当たらない。

 相手側はじつにまっとうにプレイしているし、少年の方も、相変わらず勢いと表情丸わかりだし、誰がどうみても少年が自滅し、負けをかさんでいるゲーム。


 けれど。

 何がか。

 どこかが、確実におかしい――。


 そう思っていた矢先、メアは気づいた。


「あ」


 プレイヤーの方に、ではない。

 『ディーラー』の方に、違和感の正体を見つけたのだ。

 彼が少年と相手にカードを配る人間は当然いる。その彼が、時々だが足先に転がる鈴を軽く蹴っている。

 賭博場は様々な音や光の渦巻く坩堝だ。

 たとえ鈴とはいえ軽く蹴った程度では周りに音は響かない。


 けれど、それを蹴ったディーラー、そしてそれに傾聴して鈴の音へ意識を向けている相手プレイヤーには、かろうじて届いている。


 ――チリンッ、と。


 試しにメアがこっそり彼らのそばによると、かすかだか澄んだ音色が聴こえた。


「(――イカサマ!?)」


 『鈴』は床と保護色の関係にあり、一見しただけでは気づきにくい。しかも太った少年の方からはテーブルの配置上まず視えない。

 彼はただでさえ不利な状況に、イカサマをかけられボロ負けしているのだ。


「くっそおおおおおっ! また負けたー!」


 念のため、その後も数回、メアはゲームを鑑賞してみた。するとやはり、ディーラーが鈴を鳴らした時だけ、少年が負けている。


 明らかな不正行為。

 でも、とメアは思う。

 鈴だけで互いの優劣を把握できるのか?

 少なくとも少年と、その相手、両方の役を把握する必要があるはず。

 ディーラーの背後にメアが忍び寄っても、不自然なところは見当たらない。


「(ではどこに?)」


 何がイカサマの核を担っている?

 ディーラーに不自然にある? あるとしたらそれは? 手? 腕? 指か? それとも顔?


「――あ」


 瞬間だった。

 ひょっとしてと思い、メアは《浮遊術》で、ディーラーの顔にカードをぶつけてみた。


「ん」

「なんだ、風か?」

「外から突風か? いやだわ」


 ディーラーや周りの貴族たちが不快そうに顔を歪める。

 その弾みで、ディーラーが右目に付けていたモノクルが外れる。


 メアがそのモノクルの内部を、すかさず近づき覗いてみた。


「(――あった)」


 イカサマの道具だ。

 モノクルの内側――少年の『手札』が、映像として映し出されている。


 《把握》の系統の魔術具である。

 覗くと近場の情報を拾い上げ、モノクルに投射できるという代物。

 範囲はおそらく数メートル以内。任意の情報……つまり視覚や聴覚、臭覚などから得られるタイプ。この場合、太った少年の手札を覗くために使われているのだろう。


 似たようなものを、父が生前使っていたのをメアは思い出した。

 その場にいながら別の場所の情報を得るため、重宝する道具。


「(これだ、これで少年は手札を把握されていたんだ!)」


 モノクルに表示される映像は、周りには視えない。完全に少年の手札は筒抜けだ。ディーラーが少年の手札を把握し、彼の方が弱ければ鈴を鳴らす。強ければそのままにしていたのだろう。そうして彼の連敗を構築させていた。


「(ディーラーとのグルによるイカサマだなんて! )」


 なんてずるい! ひどい!


 メアは憤る。一体どういう経緯があってこうなっているのか、彼女は知らない。

 けれどこれではあまりに少年が可愛そうだ。先程から少年は勢いも削がれ、ほとんど涙目。こうしてる間にも、大量にあった『チップ』は見る見る減っていく。


「くっそぉ、なんで負けばっかし……。ううう、くそぉ……」

「ほらほらどうした豚ちゃん、威勢がなくなってるぞ?」

「うるせえ、くそ、くそぉ……」


 声に力がなくなる。悔しげに唇を噛む。

 メアは、彼の味方をしてあげようと思った。

 次のゲーム。少年がツーカードの役を揃える。相手はただのハイガード。弱い。少年の勝ちだ。

 本来なら鈴は鳴らさず、ディーラーは素知らぬ顔で、相手プレイヤーも勝負には出ないはずの場面。

 そこにメアは《浮遊術》を発動させる。


 ――チリン、と。

 賭博場の一角に、鳴らないはずの鈴が鳴った。



†   †


 

「(まったく、ボロ儲けもいいところだな!)」


 相手プレイヤーである貴族青年はほくそ笑んでいた。


 太った少年――デネブが見る見るうちにチップを減らす様を見て、楽しくて楽しくて仕方がない。

 凝りもせずバカ正直にギャンブルするデブ、お前のようなグズがいていい場所ではないんだ。高貴な生まれと高貴な容姿の、栄えある紳士淑女のみが通える場所に混じった愚か者!

 お前なんて精々俺達の財布。馬鹿みたいに負けてチップを渡す哀れな豚!


「(ほら、ほら、どうした? もうチップが半分切ったぜ? 残りも減っていくぜ? いいのかそれで? ん? ん? ん?)」


 気持ちよくて楽しくて仕方ない。

 ディーラーに予め賄賂を渡し、イカサマで華麗に勝つ行為がたまらない。

 もっとだ、もっと貴様の金を寄越せ! ムキになり、さらなるかけを乗せ俺たちに献上しろ!

 お前はただの豚だ。豚の顔をした財布だ。俺達に大金を、湯水のごとく明け渡せ! ははは、気持ちいいっ! ほらほらもっと寄越せ豚ぁ! 俺達の悦楽は足りねえぞ!


「(……ん? 鈴がまた鳴らねえ。ちっ、連続でいい役作ったのか?)」


 青年は内心で舌打ちする。

 

「(運がいい奴め! だがディーラーとグルになっている限りお前に負けはねえ!)」


 不自然さを軽減するため、あえて適当にプレイする時もあったが、全体では圧勝。デネブの負けだ。


 ――チリン、と。

 そのとき鈴の音が青年の耳に飛び込んできた。


「(……おっと、調子づいてる間に進んで鈴が鳴ったぜ。俺の方が強い役なんだな? よし、来た、ワンペア! セブンのペアなんて微妙だが、鈴が鳴ったということは俺の勝ちだ!)」


 青年は余裕綽々にカードを動かす。


「(さあ、デブめ、俺にまたチップを寄越すがいい! さらなる敗北を味あわせてやろう! ――はははははは! ははっ!)」


 そしてカードの開示。


「――俺は七のワンペア! さあデブ、お前はどうだ!?」

「あ、あっぶねー、八のワンペアだ! やった、久々に俺の勝ち!」

「は?」


 青年の負けである。

 馬鹿な、あり得ない――。

 


†   †



 ディーラーは焦っていた。

 違う、俺は鈴を鳴らしていない。

 何故か勝手に鳴ったんだ。

 ここは降りるべきだった。なのに何故勝負した!? いやその前に何故鈴が!?


 いったいどうなってる――焦りに身を蝕まれながら、ディーラーは無表情を取り繕った。



†   †



「(おいおい、俺の勝ちじゃなかったのかよ?)」


 イカサマプレイヤーの青年は鼻白んでいた。

 しかし、すぐさま平静さを取り戻す。

 

「(まあいい、ディーラーもミスる事あるだろ、長くプレイしすぎて集中切れたか?)」


 賭けたのは所詮はした金、まだまだチップはあるさ、大丈夫。


 ――チリン。

 おっと、また鈴が。俺の勝ちなんだな。それ、今度こそ俺の勝ちだ!


「ほらよ、デブちゃん。五のワンペア。お前は何揃ったのかな?」

「ストレートだ! いやー、連続で俺の勝ちだ、やったああああ!」

「な……に?」



†   †



 ディーラーはさらに焦っていた。

 何故だ、私は鳴らしていないぞ、今度もデブの方が強かった!

 だから私は静観して次に回すようしたんだ! 断じて私は鳴らしていない! 

 なのに何故!? 何故!? サインを変えたと勘違いしているのか!? 何故だ、何故なんだ!?

 愚かなるディーラーは焦りに焦りを重ねる。 



†   †



「(ちょ、何やってんだ! 連続でミスるとか勘弁しろよ、また減ったじゃねーか!)」


 イカサマプレイヤーは憤っていた。

 正確なディーラーだから使ってやってるのに何をやっている。

 ここに来て凡ミスなど冗談ではない。


「(く、くそ、謝罪しろボケが。俺の大切なチップが意味ねー勝負で減っただろうが! どうしてくれる!)」


 ――チリン。


「(……。まさかまたミスる事はあるまい。ディーラーも馬鹿じゃねえ、今度こそ正確なはず、俺の勝ちなはずだ)」


 そうだ、俺の方が強い。何故ならディーラーを抱き込んでるんだからな!

 青年はさらにカードを開示する。


「ほらよぉ、豚ちゃん八のワンペア! 今度は俺の勝――」

「おっしゃああ、十のワンペア! また勝った!」

「はああああああああああああ!?」


 何で? 何で? 何でおま、ディーラーミスってんの? 馬鹿なの? 死ぬの?

 鈴を鳴らしたら俺の勝ちって合図だったろうが!

 途中でボケて記憶すっ飛んでんじゃねえぞ! 八と十だったら豚の方が強いだろがぁ何やってんだボケがっ!


 ――チリン。


「(またかよ! 今度も凡ミスか? いや、さすがに四度目はねえだろ!)」


 今度こそ俺の勝ちだ。

 はは、そうだよ、こんな何度も連続でミスなんてあり得ない!


 絶対に、次こそ俺の方が強い! 強い! ははははは! さあいくぞ豚ぁ!

 イカサマプレイヤーは、自信満々でカードを開示した。


「俺の役は! キングのワンペアっっっ!」

「おっしゃー、また勝ちっ! 俺はジャックのスリーペアだ! ひゃっほーっ!」

「なんで何だよおおおおおおおおおおおっ!」


 がたん、と、椅子を蹴飛ばす勢いで青年は立ち上がった。


「貴様、ふざけるんじゃないぞっ!」

「お、お客様!?」


 

†   †



 ディーラーは青年プレイヤーに胸ぐらを掴まれ喘いだ。


「(違う、違う、違う! 私じゃない! 私は何もしていないぞ!? 鈴など鳴らしてもいないし鳴らそうとしてもいない! 風か? いやでもこんな場内の奥でそれはあり得ない!)」


 何故だ、何故こんな!?

 と、とにかく彼を落ち着かせないと! 周りに怪しまれる! と平静さを取り繕う。


「お、お客様……っ、どうかお静かに! 乱暴も控えるようにお願い致します……ここは紳士淑女のゲームの場にて……っ」

「紳士も淑女もあるかぁ! 貴様ちゃんと鈴を! ……っ! ……っ! ……っ!」


 迂闊な事は、何も言うことは出来ない。


 なぜならイカサマは自らの信用を無くし、『家名』にも響くから。

 ゆえに、彼はそれ以上何も言えず、そのまま脱力し、椅子を直し無言で座り込んだ。



†   †



 太った少年――デネブは心が沸き立っていた。


〈――イカサマ、されてるよ?〉


 そう耳元にこっそり、ささやかれたのだ。


 初め、デネブの心境は、信じられないものである。

 一体誰が? 何のために? どうやって見破った?


 だが、それなら今までの不自然さも納得でき、連敗の原因も腑に落ちる。


〈――私があなたを勝たせてあげる。勝負って言ったらやって。もう絶対に負けないから〉


 誰とも知れない声――『救世主』は、そう言って、デネブに笑い声をかけた。

 感謝する。胸の内で少年は呟いた。



†   †



 デネブが挑発めいた笑みを浮かべてくる。


「おいおいどうした? さっきの勢いはどうした? 冷静になれよ」

「うっせえ豚ぁ! 調子こいてんじゃねーぞ! 次こそ俺の勝ちだ!」


 すっかりイカサマプレイヤーはいきり立っていた。

 もはや冷静など一欠片もない。あるのはただ、少年への屈辱のみ。


「くそが! こうなったら次だ! 次で勝負を決めてやる! ディーラーっ!」

「は、はいっ」

「俺は残るチップ全部賭ける! ちまちましたゲームはやめだやめ! 貴族たるもの、でかい勝負に限るだろう! ゼロか百! デブめ、貴様はこれで終わりだ!」

「はっ! いいとも。俺も貴族の端くれだ。残り全部を賭けよう。――さあ最後の大勝負。勝利の女神が微笑むのは、どっちかな?」

「調子こいてこの豚がぁ! 俺に決まってんだろ豚ぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ――チリン。

 運命を分ける鈴の音が鳴る。


「死ね豚ぁぁぁぁっ! 俺は! フルハウスだぁぁぁっ!」

「残念、こっちはストレートフラッシュだよ!」

「嘘だあああああああああ! 何故俺の負けなんだああああああああああ――!?」


 奇声を上げ、全チップを失い、イカサマプレイヤーは愕然と震える。

 もはや勝敗は決した。最後の決戦に破れた彼は、崩れ落ちた。


 

†   †



 全てのゲームが終わり、相手プレイヤーとディーラーがイカサマ容疑で捕まった。

 『何故か』勝手にディーラーの使っていた鈴が動き出し、床に撒かれたのだ。


 その結果、イカサマ疑惑を受けた青年とディーラーは弁明をしたが無駄。

 イカサマを審議する『審議官』が呼ばれ、彼らはイカサマを断定された。


 その後、街の治安兵に連行され、賭博場を後にする彼らを見つめながら、デブの少年――デネブは、耳元の『救世主』へ話しかけた。


「ありがとう、君のおかげで勝負に勝てた。でも、よくイカサマってわかったな?」

〈ふふふ~。勝てて良かったね。あの人達の焦り顔、面白かった〉

「君は何者だ? どうして姿が視えないんだ?」

〈そこは勝てたから小さなこと気にしたら駄目だよ〉

 

 少年は少しばかり困ったような顔をした。


「……まいったねこりゃ。世の中には不思議なこともあるもんだ」


 疑問は尽きないのだろうが、そう言って流した。

 イカサマを看破し、協力し、あまつさえ暴露してくれた恩人に、とやかく言っても仕方がない。

 まさに救いの救世主である。


「それにしても、いや、見ものだったな。あいつとディーラーの慌てるさま。空中に鈴が転がり、全てが暴露されたとき、場が凍りついてたな。ほんと、君には感謝してる」

〈うふふ。デブネさんも、無事に勝てて良かったよ〉

「俺の名は『デネブ』だよ! まあいいや。君にお礼として、取ったチップの半分あげる。景品と交換してあげるよ」

〈いいの?〉

 

 デネブは笑って応じた。


「いいのいいの。久々に楽しかったからさ。ほんと、君は勝利の女神だ」


 メアは不可視の状態で嬉しそうに微笑んだ。

 善人が馬鹿を見る世の中は好ましくない。

 悪人がせせら笑う世なんてもってのほかである。


 少なからず小さな勝利を呼び寄せたことに、メアは満足げだった。


〈ありがとう。でも次からはほどほどにね。デブネさん〉

「デネブだよ。……まあもういいや呼び名は。本当に感謝してる、視えない誰かさん」


 一瞬だけ、メアは不可視状態を解除した。

 桃色の、緩やかにウェーブした美しい髪。華麗かつ上品なドレスの、可憐な少女が垣間見える。

 驚いたデブの少年は――けれどすぐに、人好きのする笑顔を浮かべたのだった。



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