表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/167

第二十三話  精霊少女との団らん

 『青魔石』の事をギルドに報告して三日。

 リゲルの元には、ギルドの『調査員』や『護衛騎士』、そして『使用人』達が到着し、大所帯となっていた。

 メアの実家、『レストール家』を解放したとはいえ地下の調査は未だ不完全。《変幻》の化物の調査、屋敷の補修など、やることは山積み。


 特に『地下調査』と《変幻》の魔物に関しては多くの人員が必要で、ギルドの調査員たちは屋敷の部屋を借り寝食し、リゲル達は護衛専門の『騎士』の保護下で生活する事となった。

 新しい住まいで、広々とした部屋をあてがわれ、ミュリーは喜んでいた。


「あの、リゲルさん」


 ギルド調査員たちとの細々とした打ち合わせを終え、自室に入ると、ミュリーが話しかけて来る。


「時間があれば、少し本を読みませんか? 新しい物を取り寄せたんです。一緒にどうですか」

「いいね。ちょっとお茶を用意してくるよ」


 これが最近のリゲルの楽しみだ。

 調査員や護衛の騎士たちのやり取りの合間に、ミュリーと一緒に読書する。

 彼女はベッドの上での毎日が長かったせいか、自然と読書をしている。偉人の伝記から冒険譚、英雄譚……淡い恋の物語から、ミステリー小説まで。

 彼女の読書欲はなかなかに旺盛で、いつの間にかリゲルも一緒に読むようになっていた。以来、夜が更けてから寝るまでの一時間、二人での読書は何よりの楽しみとなっている。


「今日は何を読むの?」

「ホラー小説です。前にリゲルさんが人気作って言ったものです」

「え。あれを? ……確かに大人気らしいけど、かなり怖いらしいよ?」

「大丈夫です。わたし、怖いのへっちゃらですから!」


 そう言ってミュリーが、可愛らしく腕に力こぶを作る真似をする。

 これ大丈夫かな何か嫌な予感するけど……と思いながら読む事にしたリゲルだったが――。




「きゃあ~~~~、ど、どうしてニッキー、そこで一人で出歩くんですか!? あ、危ないです、あっ、あっ、後ろから殺人鬼が! 逃げてください!」


 だの。


「あう……こ、こ、怖いです、殺人鬼がどこまでも追ってきます。あ、駄目ですジェイク、そっちは罠がっ、きゃあ~~~っ」


 だの。


「ど、どうしましょう……悪人だと思っていたヘルズさんがこんなに皆のために戦うなんて。負けないでヘルズさん! 殺人鬼なんか倒し……ああ! ヘルズさ~ん!」


 だの。大変賑やかな様子だった。

 そして極めつけは。


「……あの。この作家さんのベッドシーン、結構長くて、濃いですね……」


 緻密で臨場感溢れるシーンに、ミュリーはドキドキしたり応援したり、恥ずかしがったり……とても賑やかだった。


 当然、隣で読むリゲルは読書どころではないのだが、ミュリーのリアクションに笑ったり微笑ましくなったり、じつに楽しい時間を過ごせた。

 じつは何度も怖いシーンでミュリーがすがりついてきたが、そのとき胸も当たってちょっと幸せだった。

 特に終盤の追劇シーンは苛烈で、ミュリーの胸と悲鳴はリゲルに様々な感情を抱かせた。


「はあ……凄く面白かったです。また読みたいですね、リゲルさん」

「そうだね。でもミュリー、大きな胸凄かったね」

「……? どういう意味ですか? ヒロインの胸の描写はなかったはず」

「あ、いや、登場人物ではなくて」


 言われて小首をかしげるミュリー。

 そんな、初々しいの様子は可愛いのだが、そろそろリゲルとしては我慢がきつい。

 やんわりとした口調で、ミュリーに告げてみる。


「あの、そろそろ手、離してもらっていい? ずっとさっきから、握りっぱなしだよ?」

「え? ……あっ」


 言われて、ミュリーは自分がリゲルの腕を握っていたことに気づいて赤面した。

 そして胸も当たっている。

 これまでの事を思い出して、恥ずかしそうに目を伏せる。


「あ……あ……」

「全然まったく、気づかなかったの?」

「す、すみません、わたし……迷惑でしたよね?」

「いいや? そんなことないよ。ミュリーにすがられて、僕も嬉しい。途中、とっても賑やかで楽しかったし」

「あれは忘れてください……っ」


 ミュリーにしては大声だ。

 散々すがったことに徐々に恥ずかしさを覚えたのだろう。次第にミュリーの頬は赤くなり、萎縮しっぱなしだった。


「リゲルさんのこと抱きまくらみたいに思って観てました」

「何で抱きまくらなのかは置いておくとして……でも嬉しいのは本当だよ? ミュリーのぬくもりも、歓声も、間近で感じられて、僕は幸せだった」

「そんな……恥ずかしいです……」

「読書とかそっちのけで僕はミュリーにメロメロさ……いやごめん、今の無し。言ってる僕が恥ずかしくなった」

「リゲルさん……ふふ、もう」


 嬉しそうな瞳でミュリーが見つめてくる。リゲルも気恥ずかしい気持ちになりながらも微笑む。

 しばらくして自然と頬が緩み、二人して笑い合ったのだった。



†   †


 

 屋敷に住まうようになったため寝床も立派となる。

 粗末なベッドではなく、羽毛などを使った豪勢な代物だ。

 当然ながら、夜も深ければ眠気も強まり、柔らかいベッドは眠気を助長する。


「……ううん……」

「あ、リゲルさん、寝てしまいましたか? リゲルさん。リゲルさん」


 あの後、しばらく本談義を交わしていたリゲル達だが、眠気に負け、リゲルはうっかり船を漕いでいた。こっくりこっくりと、ゆっくり漕いでいた彼の頭が、ぼふり、とベッドに落ちる。


「ううん……すう……」

「リゲルさん、疲れているんですね……わたしのベッドで寝てしまって……ふふ」


 ミュリーは嬉しそうにそう呟いた。

 『レストール家』の屋敷を買ってから、しばらくリゲルとミュリーは別々の部屋で寝ていた。


 が、それは寂しかった。精霊であり、長く封印されていた彼女は、男女同じ部屋で寝る事に抵抗も薄く、彼と同じ部屋で寝る事に安らぎを得ていた。

 もちろん、そんなことを言えばリゲルを困惑させてしまう。だから黙っていたが。

 やはり彼と同じ部屋でくつろげることはミュリーにとって嬉しかった。


「リゲルさん、リゲルさん……起きないと凄いことしてしまいますよ」


 康拉家かに寝息を立てるリゲルに向け、くすくす笑って語りかけるミュリー。


「リゲルさ~ん。……早く起きないと、悪戯してしまいます」


 それでも彼は起きない。日頃の疲れと緊張から解放され、完全に夢の中である。


「すう……ぐう……」

「本当のほんとうに、悪戯しちゃうんですから」

「ぐう……すう……ん……」

「リゲルさん……」


 ミュリーの柔らかな唇が、リゲルの頬に軽く触れた。

 ミュリーは少し恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに微笑む。


「リゲルさん、リゲルさん……」


 彼女にとって、彼は英雄たる存在だった。

 自分の封印を解いてくれ、契約を受諾し、あまつさえ精霊王ユルゼーラ捜索のために尽力してくれる人。


 それに、命がけで自分を守ってくれた人でもある。

 だからこれは好意というものは自然は湧き出る。彼といると楽しい、彼といると嬉しい……彼がいない時、胸にぽっかりと穴が空いたようになる。

 ゆえに、これは感謝と親愛を込めた当然の行為だった。


「ん……」


 ミュリーは、それからリゲルの睫毛、額、また頬など、何度も彼の一部分に唇を触れさせていく。

 彼女の中に、恥ずかしさと、嬉しさがたちまち広がっていく。多幸感に浸りながら、ミュリーは英雄たる少年の頭を、優しく撫でる。


「あなたに出会って、わたしは幸せになれました」


 穏やかに、優しく語りかける。


「何だか、夢のようです。……わたしは、ずっと暗闇にいました。ユルゼーラ様とはぐれ、狭い空間に押し込められ、ずっと、ずっと……悠久の時の中を過ごしていました。でも……」


 寝息を奏でるリゲルの頬を、柔らかく撫でる。目を細め、強まる胸の鼓動に心地よさを感じながら、ミュリーは語り続ける。


「リゲルさんが、わたしの闇を祓ってくれました。あなたにたくさんの物を頂きました。どれほどお礼をしても、足りません。わたしは、あなたへの感謝でいっぱいです」


 戦いと苦難の中で力をつけ、着々と迷宮の覇者に近づく彼を、優しく撫でる。


「だから、リゲルさんに多くの物を返すためにも、もっと色んな事をしていきたいです。一緒にお料理したり、一緒にお掃除したり、一緒に……で、デートしたり。リゲルさんの笑顔が、声が、たくさん見たいです。もっと聞きたいです。わたしは、もっとリゲルさんとの幸せが欲しい」


 少女の手がリゲルの手に重ねられる。それを嬉しそうに握りながら、彼女は静かにささやく。


「リゲルさんは、わたしにとって騎士様です。それならわたしは、あなたを癒やす存在になりたい。もっと、あなたとの幸せな時間を築きたい。それが――わたしの願いです」


 いつか、このぬくもりが今より近くに感じられるように。今はまだ、ほんの一時しか近くにいられないけれど。

 体が瘉え、外に出て、一緒にリゲルと歩める日が来たならば。

 ミュリーは――彼の隣で、優しく支えてあげたい。

 それがきっと、最高の恩返しに繋がるから。


「リゲルさん……」


 その日が来ることを、切望し、けれど今はできない事をもどかしく思いながら。

 ミュリーは少年の寝顔を、いつまでも、いつまでも、眺めていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ