第二十一話 屋敷の模様替えをしよう②
続。レストール家の改革の話である。
「わあ、広いお部屋ですね」
騒動の一幕の後。
皆で屋敷を清掃して、リゲルはミュリーと共に、彼女に充てがった部屋で歓談していた。
「これからはここを君の部屋として使っていいよ。僕は隣の部屋で寝るから」
見事なシャンデリア、柔らかなカーペット、上品なテーブルや棚、カーテン……全てレストール家のものを磨いた、見事な物である。
「綺麗なお部屋です。これで皆さんとお話も出来ますし、楽しくなりますね!」
「うん、そうだね。簡単なパーティも出来そうな広さだ。ミュリーの好きな本もたくさん仕舞えるよ」
「本当に素敵です。……でも、リゲルさんと一緒の部屋でなくなるのは少し寂しいです。起きたらリゲルさんの寝顔見るのが楽しみでしたので」
「ちょっと待って、君、そんな事してたの?」
「ほんの……、ほんの三十分くらいです! それにいつも見ていたわけではないですよ?」
「やめてくれ。今更ながら恥ずかしい恥ずかしい!」
冗談なのかよく判らないミュリーの言葉にリゲルは悶える。
「ま、まあ、喜んでもらえて嬉しい。僕も掃除した甲斐があるよ」
ここもメアも絵画だらけだったので《ハーピー》の魔石で風の力でふっ飛ばして掃除していたりする。
戦闘以外で魔石を十個以上使ったのは初めてだ。
それもともかく。
銀髪の美しい娘であるミュリーは、高級家具の並ぶ所にいると、非常に映える。
リゲルにとっては大仕事の後のオアシスにいる気分である。
「今までは襲撃や衛生の問題もあったけど、ここなら大丈夫。ここで一緒に新たな生活を送ろう」
「はい! これからの毎日が楽しみです。……でもあの、一つだけお願いが」
ミュリーは顔を俯かせ、少しだけ恥ずかしそうに言う。
「あの、時々でいいので、一緒の部屋で寝てもいいですか? ……その、誰かがいないと寂しいです……」
「ん……他人の目も増えたから、たまにならいいよ。たまにならね」
「……はい! でしたらさっそく、今日と明日と明後日、一緒に寝ましょうね!」
「そういうのは、たまにとは言わない……」
少しばかり顔が引きつるリゲル。
ともあれミュリーにも好評で、眩しい笑顔が素敵だった。
「さて、それでは装備の強化といこう」
翌日。一通り新生活の準備を終えたリゲルは、『護衛』のギルド騎士を中庭に集めていた。
「護衛の騎士の関して、僕は全幅の信頼を寄せています。けれど万が一の事態もある。そこで、僕なりに強化装備を用意してみました」
リゲルは中庭に集まった面々を眺める。
それぞれがギルドから派遣された『騎士』たちだ。整然と並ぶ騎士の姿はじつに壮麗。
その中、隊長である壮年、ラッセルが前に出る。
「しかしリゲル殿、装備は現状で十分ではないですかな? 我々には『ミスリルシリーズ』という、ギルド配給の装備があります。それで十全なのでは?」
「いや、僕が言っているのは『予備』の武具です。戦いでは何が起こるか判らない。そこで不足の事態に備えるため、『保険』として持ってもらいたいのです」
「なるほど……しかし『ランク青銅』のリゲル殿からあまり高価な物をいただくわけには――」
ラッセルの言うことも最もである。
リゲルはランク青銅――つまり下から二番目の探索者だ。
そんな彼に、大きな負担はかけられないと暗に示したのだが――。
ドサドサドサ、と。
リゲルが『グラトニーの魔胃』から取り出したのは、多数の『武具』である。
「な……っ」
黒一色の金属甲冑、彗星の如く輝く霊槍、美麗かつ巨大な戦斧、天馬のように美しい鎧、黄金の如き輝きの脚甲、冷気放つ兜、炎に包まれた金属鎧、
金剛石のように煌びやかな甲冑まである。
「こ、これは『ノワールメタルシリーズ』!? それも《ネオノワールナイト》と呼ばれる高位死霊の鎧の……っ」
「あっちは霊槍『リーベルサー』だ! 名工ベスガが作ったと言われる名品だぞ……」
「ぺ、『ペガサスアーマー』まで! 『自動浮遊能力』があるという一級の鎧だ!」
「ど、どれもランク黒銀か、ランク黄金の探索者が持つような強力武装だぞ!? い、一体どういう……」
護衛騎士たちがざわ……ざわ……ざわ……とささやき合う。
もちろんリゲルが《合成》した魔石で買った物である。
しかし予備の武装やソロ活動のために用意して、余っていた物だ。
しかし予備にしても、あまりに高価で強力な装備に騎士たちが瞠目する。
「り、リゲル殿、これは一体? いつ、このような物を用意したのです!?」
「今朝です」
「今朝!?」
「……というのは冗談で、僕の予備です。換金用に残していたのですが、余っていた物があったので」
「『余っていた』……え、こ、これを余ったと言ったのですかあなたは!?」
「そうですよ?」
再びざわ……ざわ……とささやく騎士たち。
「あー、言っておくと、別に悪い事して集めたものではないですよ。以前、《ロンリーメタルスライム》っていう希少種が迷宮に出た事、あったでしょう? その時の報酬金からです」
もちろん嘘である。《合成》スキルはまだ公にしていない。
彼らを信用していないわけではないが、念の為の処置である。
「だ、だとしてもこんな簡単に……」
「いや、でも買ったはいいですけど、僕が扱えるものではなかったので。良ければ皆さんに使っていただけると嬉しいです」
「そ、それは嬉しいのですが……」
騎士たちが唖然とし、ささやき合う。
けれど、こればかりはリゲルの本音だ。護衛として強めてもらう以上、危険な時もある。少しでも彼らの生存率を上げるための処置だ。必要な事だとリゲルは思っていた。
「あと、良ければ『エルタ輝石』もどうぞ。緊急時にはこれで僕を呼んでください」
《テレポート》系の魔石で駆けつけますから、と付け加えるリゲル。
これも、以前ミュリーにも渡した、通信用の魔術具である。
使えば空間を隔ててリゲルに危機を知らせる事が出来る。
数々の装備に高価な輝石……騎士たちのリゲルを見る目が、明らかに変わっていく。
「……かたじけないリゲル殿、これで私の戦闘も盤石です」
「娘に自慢することが出来ます、俺は最高の雇い主に出会ったって!」
「もう一生ついていきますよ! 断ってもついていきますぞ!」
「あはは……そんな、大げさです」
騎士たちの喜び声は終わらない。
「私、リゲル殿ためなら炎の中にでも飛び込みますぞ!」
「いや、靴すら舐めてみせる!」
「俺、いつかリゲル殿と裸でアッーな関係になりたいですな」
「ちょっと待って今誰か変なこと言いませんでした!?」
ともあれ、喜んでもらえたようで何より。
正直、ここまで歓迎されるとは思っていなかった。
「……数々のご厚意、有り難く長大致します。我ら一堂、全力でリゲル殿の守護をさせていただきます」
隊長のラッセルが代表して礼を言う。
「いえ、一緒に住むからには護衛の方々も僕の家族のようなものです。僕は孤児でしたから、独りの弱さは知っています。……だから僕は、少しでも護身の力を惜しまない」
「……感謝致します」
「これから頑張りましょう! 屋敷を守るために。そして平穏な毎日を守るために」
「はっ、了解です! ――我ら一同、改めて貴方やミュリー殿を守る剣となり、盾となります」
騎士達が剣を掲げ応和する。
「「我が主、リゲル殿のために!」」
「「その恋人、ミュリー殿のために!」」
「待ってください、誰がミュリーを恋人って言いました!?」
「「リゲル殿のために!」」
「待ってくださいって! どさくさ紛れに何を言ってるんですか! ちょっと!?」
騎士たちの目には、尊敬や好感の色で満ちていた。
――少し好感が高すぎるような気がしたが。
リゲルは、良い護衛の騎士たちを持ったと思うことにしたのだった。
――その上空。レストール家の屋敷の上空にて。
メアが、光景を風たなびく空の中で見下ろしながら呟いていた。
〈お父様。レストール家は変わったよ。リゲルさんのおかげで。――血塗られた歴史で終わったわけじゃなく、彼が、新しい未来を持ってきてくれたの。だから見てて。あたしも、リゲルさんと共に頑張るから〉
かつてあった、父との暖かな日々はもうない。
全て、あの日《錬金王》アーデルの襲撃によって奪われた。
父は死に使用人は惨殺され、身寄りの一人もなく。
一時は絶望とも言えたあの状況。
けれど、今は違う。血で染まった絶望はもうない。――あるのは、明るい未来への光景だ。輝かしい明日だ。
〈もうあの頃には戻れないけれど。たくさんの人が来て、たくさんの新しい笑顔がある――それだけで、あたしは幸せだから〉
メアは、泣かない。
二年半もの月日で、悲しむことはやめたから。
絶望に侵食されるより、希望を抱いて歩みたい。
だから、いつも笑顔でいよう。新しい生活を満喫しよう。
幸せに彩られた、新しい日々へ。
希望を胸に、リゲルへの感謝を胸に、メアは最後に一度だけ――亡き父へ語りかけた。
〈失ったものはあるけれど、あたしは前に進むよ。――だから、安心して、お父様〉
メアは決別する。破滅に侵された過去と。
そして信じる。リゲルによってもたらされた、『終わり』の後の続きを。
空に向かい、微笑んだメアは、目元から涙の雫をこぼすと――呟いた。
〈リゲルさんとなら、どこまでも行ける! 待ってて、お父様、あたし、まだもう少し、『こっち』にいるから〉
少女は進む。輝かしい未来へ向かって。
少年のもたらした、新たな風によって。レストール家と共に、輝きを取り戻した。
『九宝剣』と、新しい目的を胸に。少女は――。
〈――さてリゲルさん、どこかな? ……いた。ねえ聞いて! あたし、思いついた事があるの!〉
そしてメアは笑顔で、リゲルの所に、飛び込んだ。
感謝と――嬉しさの心を込めて。





