第二十話 屋敷の模様替えをしよう
メアの実家、『レストール家』とは名家の一つだ。
古くは大陸がまだ発展期にあった頃から力を発揮し、王国へ貢献してきた伯爵家。
主な事業は『迷宮の研究』と『武具』の開発。
収入源としては近場の農園の作物も多く、《探索者》に役立つ装備や、情報を提供する事でも知られる。
特に、先代の当主、『ミッセル』は迷宮関連に熱心で、多くの迷宮を研究しては効果的な装備を創り出してきた。
中でもメアの持つ『九宝剣』はその完成品だろう。王国でも、随一の功労者。
ただ、《錬金王》アーデルの襲撃によって当主ミッセルは死亡。
娘のメアも、幽霊となったため、実質的には解体したとも言える。
――リゲルはその屋敷を引き継ぎ、改革をする事に着手した。
『でも、いいの? 買ったのは僕とは言え、元は君の実家でしょ?』
『いいのいいの。お父様も亡くなっちゃったし。あたしも、幽霊だからまともとは言えないし。それに、リゲルさんには恩があるから。ここを、拠点として使ってもらえたら方があたしは嬉しいよ』
着手の直前、リゲルの問いかけにメアはそう切り返す。
『一度は絶えた屋敷の輝きが、もう一度戻るんだもの。それは嬉しいことだもん、あたしは気にしないよ』
『……そうか。ありがとう――メア』
もちろん、メアとしては思うところがあるだろう。
父との思い出や、使用人と過ごした優しい日々の屋敷を手放す寂しさはある。
けれど、それを表に出さず、あくまで屋敷を『未来』に繋げようとする。そんな彼女に、リゲルは深く感謝した。
「まずは警備だよね。また襲撃されたら意味がない」
レストール家を継いだリゲルは、まずは人員を確保した。
『地下施設』の研究を行う『探査員』が八名。
屋敷の『護衛』となる『護衛騎士』が十二名。
それに非常勤の『傭兵』が八名と、臨時の護衛騎士が四名。
全て、ギルドで手配してもらった。
全員、リゲルが予め《インプ》などの把握の魔石で調べた。素性は把握済みである。
アーデルの間者や犯罪者がいては目も当てられない。そのための処置だったが、幸いにも、皆シロだった。
屋敷の管理として、管理人にギルドの『事務職員』を一人、さらに屋敷の食事を用意する『料理人』が三名に、『庭師』が二名。
それに、ミュリーの専属『医師』も一名充てがった。
今までは留守中にミュリーを見る者がいなかったが、これで人員は完璧だ。
さらに、リゲルは屋敷の『防備』にも気を使っていく。
屋敷の周りに『結界』を配置。――《ゴーレム》、《ガーゴイル》、《シールドウィッチ》、《ガーディアンドレイク》……防衛に適した魔物の『魔石』を使い、結界を創生。侵入者を迎撃するよう整えた。
目には視えないが、屋敷とその周囲は巨大なドーム状に包まれている。
もし仮に『悪意』を持った者が来た場合、侵入者は酷い目に遭うことになるだろう。
もちろん、肝心の護衛の騎士との挨拶も完了した。
「――始めまして、わたくし、護衛隊長を務めさせて頂きます、ギルド《二等》騎士、ラッセルと申します。以後、あなたやミュリー殿の護衛に務めさせて頂きます」
「ご苦労さまです。僕の方こそお世話になります。ミュリーやメアの平穏のため、期待しています」
十二名の護衛騎士は皆、精強な武技の使い手だった。
探索者に換算すれば『ランク銀』や『黒銀』に匹敵する。
武技も多彩で、剣技、槍術、斧術から各種補助、回復、防衛術まで使いこなす。
もし侵入者が『結界』を超えてやって来ても、彼らの戦技が迎え撃つ事になるだろう。
ここまでは、極めて順当だ。理想的な布陣と言っていい。
ただ……
「――メアの絵画多すぎるよ! どれだけあるの!?」」
メアの父が残した、『愛娘の絵画』の処置である。
「人員も良い! 護衛も完備。でもこれはさすがに! ……大体何? 一階に五六枚、二階に七八枚……三階に至っては百二十六枚の絵画とか! 君のお父さん、愛娘家過ぎる! 極端だ!」
〈あはは……まあお父様は一人っ子のあたしを大事にしてたから〉
これが最大の問題。
そもそもメアの絵画が多すぎる。
一階はおそか上階も多数、地下にもあちこちに点在する。
一応、形見の品なので、大切に仕舞うよう把握しようとしたが、多すぎる。
リゲルは四百五十六枚までは数えたのだが、その時点で把握を諦めた。
レストール家は五階建ての屋敷――総数がいったいどれだけあるのか想像もつかない。
〈お父様は何かにつけてあたしを描いてくれたからね。仕方ないね〉
「そんな事言ってる場合か! あのさ、最初に探索した時も思ったけど、君のお父さんはやばいよ。……メアはどれだけ愛されてるの」
〈絵画は千二百枚までは数えたよ〉
「数を聞いてるんじゃないんだよ! どこを掃除しても『メアの絵画』が出て来て、ちょっとしたホラーなんだよ!」
埃が積もった屋敷を掃除しようとしてもちっとも捗らない。
仕方ないので護衛の騎士と料理人と庭師と事務員と医師を総動員して対処した。
「はい仕事仕事! 皆さん、今すぐメアの絵画部屋に集めてください。見つけたら一階の応接間か宝物庫に場所を移動!」
マジですか? という顔がいくつかも見えたが、リゲルは見なかった事にする。
リゲルだってメアの絵画見すぎて夢に出そう。
――ともあれ、六時間後。
「リゲル殿、絵画の把握と運搬、終わりましたぞ」
「――ご苦労さまです、これ、ミュリーが入れてくれた紅茶です。ほんとに、お疲れ様です」
「ああそうですな。護衛の初仕事が、『女の子の絵画集め』になるとは思いませんでした……」
「ごめんなさいごめんなさい」
護衛隊長のラッセルは、遠い目をして呟いた。
まだ働き盛りの三十五歳の騎士の顔には哀愁が漂っている。
これからも、彼らにはもっと役に立ってもらう日が来るかもしれない。
とりあえず、感謝と労いの紅茶である。
例によってミュリーが作りすぎたので騎士たちは『ゲップ』ばかりしていたが。
そして集めた絵画の保管へ。
「くそおおお! 今度は部屋に入り切らない! 部屋いっぱいに押し込んでもまだ余る――!?」
リゲルは頭を抱えた。
片手で抱えられる絵画もあったが、中には『一片四メートル』を超える物もある。普通に数人で運ばねばならない物もあった。
おかけで三部屋分使ってもまだ埋まらない。
部屋いっぱいに溢れるメア、メア、メアの絵画。
幽霊屋敷は終わったのに、まるでホラー屋敷とはこれいかに。
「念の為聞いておこう。メア、この絵画――少しだけ売っちゃってもいい?」
〈いいよ! ――あ、でもお父様、この絵画たちに『魔術』掛けておいたから、売るか破こうかとすると『たたり』が起こるかも〉
「……具体的にはどんな?」
〈一週間の間、便秘に苛まれたり、激しい悪夢に襲われたり、あとは……『性転換』して男は女の子になったり女は筋肉マッチョな男になって――〉
「はいはい! 護衛の皆さん! これは最強の盾になります! もし侵入者がいたらこれかざして突撃してくださいね!」
「「え、それはちょっと……」」
ある意味最強の盾になるのだが、色々と問題があり過ぎた。
なので結局、リゲルは『グラトニーの魔胃』に絵画を仕舞う事で対処した。
そして数十分後。
〈リゲルさん、大変! お父様が買ってくれたあたしの下着、たくさんあるよ!〉
「ねえ、僕はどうすればいいんだ!? せっせと袋に女の子のパンツとかブラジャー入れるのもう嫌だよ!」
それも護衛の皆さんとの人海戦術で何とかした。





