第十八話 ギルドマスター、調査の依頼
「ようこそお越しくださいました。本日はどのようなご用向きでしょうか」
リゲルはメアの屋敷の地下迷宮で得た『青い魔石』を手に、ギルドへと赴いていた。
――《ギルド》。
正式には『探索者ギルド』と呼ばれる組織である。
主な役割は探索者へのクエストの依頼、斡旋、紹介など。
新人《探索者》の教育や魔石の売買・鑑定、武具の買い取りなども行っており、その内容は多岐にわたる。
国の防衛である『王国騎士団』や街の治安の『衛兵』とは別の武力、『ギルド騎士団』も抱えており、探索者内の諍いも仲裁する。
まさに、探索者にとってなくてはならない組織――それが《ギルド》である。
そのギルド、都市ギエルダ中央支部に、リゲルは足を踏み入れていた。
「これです、この『魔石』を鑑定してください」
受付のカウンターの上に、『青い魔石』を置くと、女性職員は怪訝な顔を浮かべた。
「……これは?」
「迷宮の魔物を倒して得た魔石です。色が異質なため、調査を依頼したく」
「まさか……これが魔石、ですか?」
女性職員が眉をひそめるのも無理もない。魔石とは『紅い』もの、それが世界の常識だ。古今東西、魔石がそれ以外の色が発見された例はなく、日々何十もの取引で魔石を見てきた職員ですら、こんな物はあり得ないとばかりに疑念の目を向ける。
やはり『青い魔石』というのは異常なのだろう。
「……失礼ですが、どの迷宮にて取得されました? また偽物という可能性は? あるいは、何か魔術を施しましたか?」
「第八迷宮《砂楼閣》の一階層で得たものです。魔術で簡易鑑定はしました。改ざんなどの魔術は行っていません」
答えられた女性職員は一瞬思案し、追加の質問を行った。
「『希少種』や『特進種』などを倒して手に入れたのですか? それならあるいは――」
「いえ、どちらも倒していません。……正確には、通常種とは違う魔物を倒しましたが」
「その魔物の特徴をお知らせ願いできますか?」
リゲルは言われた通り、《変幻》の魔物の特徴を語っていった。
討伐した最後の瞬間の色は『白』、『甲虫型』の魔物で触覚は銀色。最大の特徴は人間に『変幻』できることで、確認した中でも『八人』の探索者に変身し、襲ってきた……など。
それを聞き、徐々に職員の顔が蒼白色になった。
「まさか……!? その八人の探索者たちは、『行方不明』となっていた『上位探索者』の名です! まさか魔物に……利用された!?」
「僕が見た限り、理性はないようでした。ただひたすら僕へ襲いかかり、探索者の姿を借りて戦ってきました。武技も超一流……あやうく殺されかけましたよ。何とか仲間の力で討伐を」
「そ、それが本当ならば一大事です。分かりました、『魔石』を鑑定させて頂きます」
震える声音でそう言い、職員は飴色の眼鏡を取り出し、『青い魔石』を凝視した。
『鑑定』の魔術具である。ギルド職員は『鑑定』やそれに類するものを強化するスキルを身につけており、偽装された品物ですらその真贋を見抜くことが出来る。
彼らにとって品を定めることは日常であり、正確な結果が期待できた。
しかし――。
「な、なんですか、これは!? 知らない名です。《ロードオブミミック改》? 魔石効果は……模倣!? ……ランクも、『マイナス八』!? このような物、見たことがありません!」
「ギルドでも、詳細は判らないのですか?」
「わ、私の知る限りでは……魔物に『改』などという呼称がついた例はありません。現状、最も深く探索された迷宮は、第五迷宮《岩窟》、三千二十四階層ですが……そこに至るまで、また他の十の《迷宮》においても、『改』と名のつく魔物は確認できておりません」
「三千二十四階層……そんな深層でも、ですか」
最高ランク、『白銀』である最上級の探索者たちが、『悪魔の領域』である八十階層――その遥か下層まで到達している事は知っている。
だが、そんな気の遠くなるような深層でも、未だ『改』と名のつく魔物は発見されていない。
背筋に震えが走るのをリゲルは自覚する。
「この『魔石』は、どの階層で手に入れた物ですか? も、もう一度確認を」
職員が尋ねる。
「第八迷宮、《砂楼閣》の第一階層です」
「い、一階層!? そんな馬鹿な……そんな低階層に、そんな報告、どこからも受けておりません」
当然だろう。どんな迷宮も、第一階層は『安全地帯』と呼ばれ、初心探索者の修行の場でもある。
そんな場所で凶悪な魔物が発見されたとなれば、ギルドも動かずにはいられない。
ましてや、『マイナスランク八』なという魔石は、前代未聞なのだ。
青ざめた顔の女性職員は、自分の手に負えないと思ったのだろう。一瞬迷った後に、リゲルへ「少々お待ち下さい」と行って、奥の間へ向かっていった。
上司を呼びに言ったのだ。
やがて、十数分の時間を経て。
「……お待たせしました。二階の特別室までお越しください。詳細な情報を願います」
重大な案件と判断されたリゲルは、ギルド建物、二階の特別室に案内された。
「初めまして。当都市のギルドマスターを勤めさせて頂いております、『グラン』と申します」
黒き髭と強靭な肉体の中年男性が、丁寧な挨拶と共に現れた。
強い。すぐさまにリゲルはそれを感じ取る。
口調こそ穏やかで物腰も柔らかいが、凄まじいまでの実力をリゲルは察する。
獅子のたてがみのような髪。ギルドの制服を押し上げる筋肉。
おそらくは世界最高位の実力者……リゲルは緊張と共に椅子から立ち上がって礼を返した。
「ランク青銅の探索者、リゲルと言います。『青の魔石』を手に入れた者です」
「この度は当ギルドへご報告いただき、ありがとうございます。……さて、早速ですがお話を」
リゲルはテーブルに置かれた青い魔石を指し示し、事の初めから説明した。
森の屋敷、地下の施設、第八迷宮《砂楼閣》の戦闘――メアと『九本の宝剣』に至るまで。
もちろん、『合成』スキルに関してはぼかして言ったが。
「……『レストール家』ですか。存じております。かの当主『ミッセル』殿とは、個人的な付き合いをさせて頂きました」
旧知の仲の者が話に関わるからだろう、ギルドマスター・グランは厳かな口調で言った。
「屋敷の『研究施設』のことも、ご存知だったんですか?」
「はい。何しろ《迷宮》に関わる事柄でしたのでね。ギルドでも多少の協力をさせて頂きました。人材や素材の提供のほか、細々とした手助けを提供をさせていただきました。――友人の頼みとはいえ、あの頃はいささか公私混同でしたな」
その程度のことは過去にも例があったのか、悪びれる様子もなく言うグラン。
「メアの父が何をしていたかまでは判りますか?」
「いえ、残念ながら。ミッセル殿は秘密主義な部分があったため、研究の全貌は知らされておりません。『迷宮の探索を捗らせる』――それが目的の一つ、とまでは聞かされましたが、それ以上は何も。――失礼ですが、ゴーストとなったメア嬢は、こちらに?」
〈いるよ~〉
華やかな声と共に、メアがドレスを翻しながら姿を表した。
グランが椅子の上で大仰に目を見開く。
「なんと! これはまさしく霊魂! よもやこの目で見ることはできるとは!」
〈お久しぶりです。生前は父がお世話になりました〉
父との繋がりでメアとも面識があったのだろう、随分と気さくな声音だ。グランはメアと握手を交わそうとして、霊体である彼女の手をすり抜けてしまう。
「ああ、失礼。ゴーストとなっても、相変わらず美しいお嬢さんだ」
〈グランさんは白髪増えたね。ギルドマスター大変なの?〉
「ははは。白髪がない統率者など、怠け者ですよ。それはそうと、メア嬢。じつに元気そうですな」
〈リゲルさんのおかげだよ。今は幸せ〉
ごほんとリゲルは空咳をした。少し恥ずかしい。
「さて。話が逸れましたな。それで、リゲル殿」
「はい」
「青い魔石の鑑定をお願いしたいとの事で宜しいですかな?」
「はい。僕としてもメアに関わることなので、できれば屋敷の地下と第八迷宮《砂楼閣》の調査もお願いしたいです」
「当然ですな。むしろギルドの使命です。かの屋敷の地下施設は、私も調査を望んでおりました。しかし《結界》と噂の『呪い』もあり、調査は断念していたのです」
呪いはメアの仕業だったわけだが(後で聞くと、幽霊化して暴走していたらしい)――いずれにせよ朗報だろう。ギルドの協力が得られるなら百人力だ。
「青い魔石の詳しい鑑定はいつ頃終わりますか?」
「おおよそ十日後までには。現在、一級の専門家は他大陸におりますので。また屋敷の地下調査においても同様。近々、遠征に出向いている一級調査員を呼び戻し、本格的な調査を開始します」
「頼みます」
それで話はまとまる。
ギルドの擁する人材の中でも、最上位の人員。『一級解析専門官』。彼らに任せれば、きっと青の魔石や地下施設の解明は進むだろう。
そうなればメアの父親の研究はもちろん、アーデルの真意、《変幻》の魔物の正体にも直結し得る。
まだ全ての黒幕がアーデルと決まったわけではないが、大きな前進をリゲルは感じていた。
「では、青の魔石はしばらく預からせて頂きます。朗報をお待ち下さい」
「はい、お願いします」
そうして、リゲルはギルド長に託し、『青い魔石』と研究の解明を待つことになった。





