第十七話 新たなる災いの種
〈リゲルさん、見て見て、勝利の絵画!〉
「突然どうしたの……うわ、これ僕!?」
体も回復して動けるようになったリゲルは、メアが描いた砂絵を見て驚いた。
何かやたらとイケメンなリゲルが《変幻》と対峙しているし、しかも無駄に上手い。
ドヤ顔のメアが胸を反らして言う。
〈他に描いてほしいものがあれば言ってね! エッチなイラストも描けるよ!〉
「いったい全体どうして君は僕にそんな事を言うのかな?」
〈え? リゲルさんの好きなことはなるべくしてあげたいからだよ?〉
そんな「当たり前だよね?」みたいな顔をされても困る。
というよりメアの両親は、特に父親は、いったいどんな教育をメアに施したのだ。この娘の行く末が少々心配である。
〈そう言えばリゲルさんは巨乳好き? それとも貧乳好き?〉
「あのね、会話の脈絡というものを知ろう」
〈はっ!? まさかおばあちゃんの垂れた乳が好きとかそういう――〉
「ないから! 何だよ、そういう……いやそれよりメア、整理しなければならな事がたくさんあるよね。そちらを優先しよう」
〈ちょっとしたジョークだよ許して〉
体も心もすっかり本調子に戻ってきたリゲルは、苦笑しつつ話の整理に掛かる。
「まあ、ともかくだ。今後の方針を決めよう。……まず気になるのはあの《変幻の魔物》が、どこから来たのか、だね」
〈迷宮の魔物じゃないの? 奥から来たよね?〉
「いや、いくら《砂楼閣》が特殊な迷宮でも、第一階層からあんな魔物が出るとは思えない。『希少種』とも違うだろうし、おそらくは――アーデルの仕業かな」
現状、そのくらいしか考えられない。あのような怪物を生み出せるのはアーデル以外には知らないし、超絶的な強さだ。
メアも頷いてみせる。
〈あたしもそうだと思う! 二年半前もアーデルは地下からやって来たの。この下に、彼の拠点があるのかもしれないね〉
「いや、それはどうだろう。すでに二年半もの歳月が経っている。彼がいるとは思えないし、魔力も違う」
アーデルほどの強者がいるのなら、魔力の欠片くらい感じてもいいはずだ。
それがないということは、アーデル自身は、この《迷宮》にはいないのだろう。
あるいは、彼の拠点なり何なりはあるが、それが二年半の中で暴走……それに近い状況に陥り、あの怪物が襲撃した可能性。
「そもそもアーデルが二年半前、何のために、君や父君を襲撃したのかが不明だ」
メアの父親の研究は尋常ではない。おそらく『宝剣』以外にも『何か』あるのだろう。
それが欲しくてアーデルが襲撃した可能性はもちろんある。しかしその場合、地下施設が残っているのは不自然だ。隠蔽のために地下施設ごと破壊すべきだし、二年以上も放置することも不自然。
そもそも、なぜ《結界》で封印していた?
何かやむを得ぬ事情があったか、『この状況』自体が彼の思惑の内なのか……何にせよ情報が少なすぎる。
〈いっそのこと、あたしが下に行って見てこようか? 《通り抜け》や『宝剣』があればどんな相手でも負ける気がしないよ〉
「……それはちょっと控えて。何が待っているかわからないし、彼が黒幕にせよ戦力が《変幻》だけとは限らない。不用意に探索するのは危険すぎる」
〈平気、平気。いざとなれば《通り抜け》能力で地上に戻るから!〉
リゲルはゆっくりと首を横に振った。
「それでも駄目だ。破邪系の攻撃があったら終わりだし、メア一人では危険過ぎる」
〈破邪ってなに?〉
「死霊系の存在に対して浄化……要するに、昇天させる攻撃。僕が君との戦闘で使った『退魔の札』みたいな」
〈あああ、あれはもう嫌だよ! わかった……行かないよ。あたし、まだ死にたくなし。いや、もう死んでるけど……リゲルさんから離れるのは嫌だよ!〉
「判ってくれればいいけど」
怯えているメアも可愛いが、それはさておき。
ともあれ彼女一人で行くのは危険だろう、いくつか確認を述べた後、リゲルは地上へ戻ることにした。
魔物は、《迷宮》の外には出られない特性を持つ。その理由は識者たちが議論を重ねているが、未だ結論は出ない。
とりあえずはこの《砂楼閣》から脱出すれば、当面の危険性は薄まる。
「……おっと、忘れてた。一応、回収しないと」
先程倒した《変幻》の魔物である。
体は白い砂のようになってしまっているが、『核』である《魔石》は残っているはずだ。
「この魔物の魔石は餅買って分析する必要があるな。アーデルや襲撃の手がかりになるかもしれない――っ!? 何だ、これは?」
しかし、砂の中をさぐっていたリゲルは、おぞましい物を見たかのように硬直した。
〈どうしたのリゲルさん〉
怪訝な表情を浮かべるメア。
それにも答えられず、手にした『ソレ』を凝視するリゲル。
当然だ。――魔石の色が、『青』だったのだ。
通常、魔石はいかなる魔物のものでも『紅』と決まっている。
例外はない。魔物には『通常種』、『階層主』、『特進種』、『希少種』と多用に分かれているが、その色は全て『紅色』だ。
それが、これだけが違う。
〈……魔物の血で青くなった、とか?〉
「いいや、これは魔石自体が青いみたいだよ」
不気味なものを見るかのように、手のひらのそれを見つめるリゲル。
その『魔石(?)』はサファイアの如く美麗で、ともすれば宝石のよう。しかし内部には濁った光があり、不吉さを醸し出している。
「……仕方ない、戦闘で使っていなかった魔石で調べてみよう。――その性質を暴け、《ハイインプ》!」
『鑑定』の能力を持った、魔石を使用し、詳細を把握してみるリゲル。
しかし――。
鑑定結果
【《ロードオブミミック改》 『効果:模倣』 『ランク:マイナス八』】
「なん……だ、これは」
心臓が、高く鳴った。
名前、ランク、全てが異常。
ランク、『マイナス八』。そんなもの、見たことも聞いたこともない。
言い知れぬ悪寒が、畏怖と共にリゲルの中に湧き上がる。
「こんなランク、聞いたこともない。アーデルの研究にもなかった。それに名前も……『改』?」
通常、『魔石』はランク一が最低であり、ランク十が最高だ。
それ以外の魔石は存在しない。そのはずだ。
そして魔物の名称に、『改』がつくなど聞いたこともない。
〈み、見間違いじゃないの? それとも、偽装か何か?〉
「違う。魔力の具合で分かる。これはこれで正体が判明している」
つまりは。
あり得ないはずの『ランクマイナス』という位階。
そして『改』なる不可解な属性のついた異常なる魔石。
メアが、背後に回り空間に表示された文字を凝視して、固まる。
〈……ギルドに報告すべきだね〉
「それがいいと思う。明らかにこれは、普通じゃない」
メアが怖いものでも見るかのように自分の体を抱きすくめる。
リゲルの手のひらの上で、淡く輝く『青き魔石』。
その輝きが、新たな災いを呼ぶことを予期させ、リゲルは急ぎ、地上に戻ることにしたのだった。





