第百五十四話 新しい探索者パーティと、未来へ
《錬金王》アーデルの投降と、リゲルが楽園創造会への盟主となることが決まった。
――そしてそれから二週間後。
ヒルデリースの出口付近にて。リゲル、アーデル、レベッカの三人は会合を果たしていた。
「では私は、しばらくこの都市で指揮を取りますねー」
ギルド参謀長、レベッカが壮麗な杖を片手に、軽やかに言う。
桃色で一つに束ねた年齢不詳の彼女は、朗らかに告げた。
「この都市は未だ不安定です。私やギルドの力はいるでしょう。リゲルさんは、自分の大切な仲間……メアさんやテレジアさん、マルコさんの『石化』を解くことに集中してください」
「はい。……僕の立場としては、ここに残った方方がいいかもしれません。でも、放ってはおけないので」
「理解しています。まあギルドにも面子がありますからね。あんまりリゲルさんにおんぶに抱っこというのもアレなので。……そちらの元盟主さんは、大丈夫で?」
問われた錬金王――アーデルは、修復した漆黒の甲冑のまま、頷いた。
「無論。まだ我に、異常は見当たらない。もうしばらくは、持ってくれるはず」
「――過酷な体、同情します。けれどギルドとして、慰めは致しません。どうぞ、罪の償いを。細かいことは、私の方で調整しておきますので」
「……すまない。あなたにも。ギルドにも」
レベッカは華やかに笑った。
「まあ、敵対して全面戦争、とかならないで良かったですよ。なったらこの辺り、更地になってますからね。これで良かったのです」
冗談のように言うが、そうなってもおかしくなかった状況だった。
今のこの環境は、いくつもの偶然、そして各人の努力による、ぎりぎりの薄氷の上で成立していた。
「さて、では私も時間がないのでこの辺で」
レベッカの視線がリゲルと、その向こうの拠点へと向く。
「リゲルさん、シャンバラを率いて、《迷宮》に潜るんですよね?」
「はい。構成員のうち、5000人を駆使して、探索の補助とします。残りは残党の捜索など。アーデルはしばらくギルドに預けます。僕の方で成果が出ればレベッカさんにも連絡しますね」
「了解です。……それでは、行きましょうか、アーデルさん。ギルドの査問会、そろそろ始まりますので」
「わかっている」
アーデルは深く頷く。
その心境は、どれほどのものだろう。家族に捨てられ、人道を捨て、得たこの選択。遠回りだったが、良い方向へと進みかけている。
そう信じようとしている声音だった。
リゲルは、背後を振り返った。
一般人を萎縮しないよう、『透明化』させているシャンバラの構成員が待っていた。
総数五〇〇〇人――仮面を付けた戦士が、リゲルの配下として命令を待っている。
「では僕たちも行こうか。ミュリーには遠隔魔術で説明しておいたけど……心配されるだろうな。しばらくは屋敷で質問攻めに合うね」
「ご苦労さまです」
レベッカが微苦笑する。
「……では、そろそろ」
そういうと、レベッカは都市部に向かって歩き出した。
次いでアーデルが、一度だけ悩んだ後、漆黒の甲冑を揺らし、リゲルの眼の前にまで寄ってくる。
「アルリゲル。いや――新盟主リゲル。皆のことは任せた。我はこの地で、償いの道を模索する」
「うん。……君から受け継いだ組織、過去は血塗られていても、戦力としては頼りになるはずだ。――彼らには、シャンバラには、『探索者』として、進んでもらうよ」
「……頼んだ。色々と、すまない。リゲル」
「いいよ。――過去は終わった。後は未来の話だ。明日のために戦おう、アーデル。いつか君の仲間が、望んでいた、良い未来に近づけるように」
「うん……うん」
アーデルは、いや、そのときだけは、アルテリーナとして頷いていた。
すぐに、気を取り直して、彼女はレベッカの方に向かう。
リゲルは、5000人の配下を引き連れ、帰路へと向かっていく。
それぞれに――違う道のりで、同じ平和のために進んでいく。
「ああ……きれいな空だ」
リゲルは呟く。天は高く、また陽光は眩しく、温かい。風の匂いがする。澄み渡った、優しい風。
「帰ろう。ミュリーのもとへ。彼女たちが待っている」
心配しているだろうか。しているだろうな。ずいぶん長く待たせてしまったから。
帰ったら、すごく心配されるに違いない。
リゲルは、わずかに苦笑を浮かべた後、背後の配下へ振り返った。
「では、盟主として命じる。君たちは、探索者だ。パーティ、『楽園開拓者』。――これより、僕の手となり、足となる運命だ」
「了解です」
「全ては、アーデルさんとあなたのために」
「リゲル様。いつか、腕試しでもしてみたいです」
「《迷宮》の前に、メア嬢たちの石化を解かんといけませんな」
「まずは探索ですかね?」
現在、小石となったメアたちはリゲルが荷物袋に入れている。厳重に、防護の魔石を用いて。
「そうだね。それが叶ったら、後は――」
元の、平穏な日々に戻る。リゲルは、頷いた。新たなる日常に加わる面々を眺めていく。
彼らは、過去に傷を負った者たちだ。けれど今は違う未来を目指す者たち。苦楽を共にするであろう彼らを眺めて。
リゲルは一歩――新たな足を踏み出した。
「ミュリー、終わったよ。犠牲となった人たちもいたけれど。それでも、変わったんだ。宿敵だった彼女は、異なる道を選びだした。――僕も、前に進む」
幹部の何人かが頷いた。柔らかな風が、一陣吹き、そして彼らは進んだ。
――道は、違えることもある。しかし交わることも時にはある。何かがきっかけで、誰かの覚悟を発端として。
リゲルは歩く。新たな未来へ向かって。
希望を胸に、明日に進むために。
帰りを待ち望むミュリーのもとへ、リゲルは足を踏み出していった。
第四部 完
お読みいただき、ありがとうございます。
これにて第四部は終わりとなります。
非常に長く、リアルタイムで追っていた読者の方々、大変申し訳ありません。
また、拝読していただき、ありがとうございました。
第四部、当初はもっと短く、単純に終わる予定だったのですが、キャラたちが想定を超えて動いていきました。
いわゆる、『キャラが動く』という現象です。
この立場の人物ならこう行動する。そうしたらこのひとは、さらにこのひとは――
そう考えていったら、膨大なボリュームとなってしまい、誠に申し訳ありません。
本作を書き始めた当初、アーデルの過去はもう少し後に書く予定でした。
しかし掲載期間が長くなり、読者の方々にはアーデルの『動機』が納得できない方も多いはず。そろそろ書かないとまずいと考え、掲載しました。
アーデルの過去パートも、初期案ではもっと短くする予定でした。
ただ、序盤での凶行から逆算すると、このくらいの出来事はなければおかしい。そう考えた結果、あのような過去を辿った人物となりました。
『悪』となった人間にも歴史はあるはずなので、どうしても短くは出来なかったのです。
ここを省略すると、動機が不鮮明になってしまう。なので、アーデル過去編は長くなりました。
今後について。
ひとまず、アーデルを発端とした本作は、一応の一区切りを迎えました。
この後の展開を書くか、どの程度のスケジュールで掲載するかは、今の段階では確定しておりません。
現実での様々な出来事(コロナ禍など)の影響で、私の心身が不調だったため、本作を打ち切りにすべきか、何度も悩みました。
ただ、アーデルとの決着、そして過去何があって行動したのかは、記さなければなりません。
限られたリソースの中で、ここまでは書き上げました。
なので、ひとまずリゲルの物語はこの第四部で、終わりになります。
あとは『短編』ですね。
ミュリ―とのやり取りは書きます。それは書かないとリゲルもミュリーも可哀想ですし。
その上で、私の中で余裕があれば、『第五部』の執筆に取り掛かろうと思っております。
内容はテレジアとマルコが中心の話です。迷宮探索が主になります。
長くなりましたが、ここまで読んでくださった方々、ブックマークを登録してくださった方、誤字脱字を指摘してくださった方々、ありがとうございました。
また、評価ポイントには精神的に助けられたことも何度もありました。
やはり誰かが良い悪いと反応してくださると、自分の中で励みになるので。
それでは、今回は以上になります。
お読みいただき、本当にありがとうございました。
次回、短編エピソードは、『ミュリーとの再会』になります。





