第百五十話 天才の壁
「――全生徒1632人のうち、900番代か。半年経っても、お前は中の下なのだな」
「……」
アーデルは、消沈していた。半年もの間、学徒として学びをしたのに、成績は中堅の地位だった。
意欲がないわけではない。
知識がないわけではない。
だが実践となると生来の虚弱体質が邪魔をした。
筆記試験、実技試験、共に序盤はそれなりに良い成績を残せるが、試験日が後半になるにつれ体力が切れてしまうのだ。
思うような成果が出なくなる。
それでも勉強好きな性格によって落第にはならないが、このままでは上位層は難しいだろう。
もっとも、中途で入った生徒としては、驚異的な成績だ。
短時間でここまでの成績を出せる者はなかなかいない。
しかし、アーデルは中途半端、三ヶ月もした頃から成績はずっと八〇〇番代に留まっていた。
これは、伸びしろがないと言われているに等しい。
「お前は、どうやら早熟のようだな」
ある日、ベルゼンは学園長室でアーデルをそう評した。
「大抵のことはすぐに人並み程度にはなる。しかしそれ以上には行けない。同年齢では優れているが、一定以上に達すると、どれも並かそれ以下で止まる。……おそらく、体質的なものだろう」
羊皮紙に書かれた、数々の『中』という判定を眺め、そうベルゲンは評する。
「そもそもが私の気まぐれだ。お前は奴隷であり秘書。生徒としてここにいるわけではない。今後は私の下僕に専念して業務を全うしろ」
その秘書業も、じつはあまり芳しくなかった。
『十三歳としては』優秀だが、それ以上に行けない。
何をしても平均か、やや下に落ち着いてしまう。
それは虚弱体質であるアーデルの限界であり、何をしてもそれ以上の地位には行けないという――限界を示していた。
「お前は私の目の保養にさえなればそれでいい」
「……はい」
レクセイドのときのように鞭を振るわれるわけではない。
姉のエカテリーナのように捨てられるわけではない。けれどそれは、アーデルにとって何より悔しい事実だった。
――自分は、決して一流になれない。
三流か、四流のまま。この虚弱の体が、それ以上を許さない。
アーデルは、その日から三日間、秘書業のとき以外は、部屋にこもって一人で泣いた。
† †
春が過ぎ、夏が訪れる。草木が枯れ秋となり、雪のちらつく冬が訪れる。
そうして季節は巡り、新たな年が訪れる。
アーデル十四歳。奴隷秘書として過ごしてから、すでに一年半が経っていた。
「またアーデルが来てる」
「もう授業には出ないのかな」「無理だろ、試験はどれも平凡だぜ」
「見る分には、華があっていいけどな」
生徒たちの声がそこかしこから聞こえてくる。
十四歳のアーデル。彼女は学園で最も有名な人物となっていた。
容姿端麗。勉学には貪欲。そして立ち振舞も気品があり、話をしても柔らかい。
誰にとっても無害な淑女だ。敵対する者はいない。慕い、焦がれる者は密かにいる。
けれど皆が、枯れそうな花を扱うような、哀れさと好奇を含んだ目で見ていた。
それは、アーデルとしては不満のある生活だった。
命を狙う敵はいない。しかし自分の能力が開花しない。いつまでも凡人の域にいる。
秀才になれるはずの努力をしても平凡な能力。
天才や鬼才には到底及ばない能力は、苦痛だった。
最近では錬金術も打ち止めで、まるで進歩は見られない。
『図書館の主』とすら言われるほどに、学園中の書物は読破していた。
それでも、彼女自身の望みは叶わず、時間だけが、いたずらに過ぎていった。
そんなときだった。
「――アーデル。『禁書』と呼ばれる書物について、興味はあるかね?」
ある日、ベルゼンが学園長室に彼女を呼び出すと、おもむろにそう切り出したのだ。
「禁書……ですか? それはどういう……」
「我が学園には、大陸や他の国家から集めた、あるいは複製した書物がいくつもある。それに興味ないか?」
アーデルは複雑な顔つきで頷いた。
「……存じております。わたしでも閲覧出来るのですか?」
「ああ。じつは我が学園の地下には今では禁じられた書物があってな。私や教師のごく一部にしか閲覧出来ないが、私の権限でお前も閲覧可能に出来る」
「そんな……ものが? それは……」
アーデルは大きく目を見開いた。
もしそれが叶うなら願ってもない朗報である。普段は閲覧出来ない書物が見られるなら、それは大きな収穫となるだろう。
ベルゼンは太った腹をわずかに触れながら、
「そこでだ、アーデル。お前にはそこの整理を命じる。近年、《迷宮》では成果が目覚ましい。様々な宝が地上にもたらされている。……が、その中には禁忌とされる魔術や、血塗られた歴史書も多く、禁書として認定されるものが多い」
「そうなのですか……」
ベルゲンは机の上の羊皮紙をいくつか手に取り、掲げる。
「先日、新しい禁書が百冊ほど届いた。――お前には、その整理を任せよう」
「よろしいのですか? そのように簡単に」
アーデルは恐る恐るといったように応じた。
禁書。言うまでもなく一般人は閲覧禁止だ。触ることもご法度だろう。それに自分が関わるなど。
「良い。私はお前を気に入っている。お前が多くの知識を欲していることもな。……ここだけの話、私は禁書という制度について懐疑的だ。どこの王侯貴族どもが制定した本。それにどんな価値がある? ――私はな、アーデル、そういった禁書にこそ、人類が使うべき知識が眠っているのだと思っている」
「禁書にですか……?」
「そうだ。しかし立場上、私はその閲覧を行わない。活かせないからな。……だが錬金術師であるお前には、応用出来るかもしれない」
「……それは」
アーデルは彼の言わんとすることを察した。
奴隷は『財産』だから、普通の人としては扱われない。
逆に言えば、見てはならないものも見ても構わない。こういった形で見て咎められても、反論出来る。
禁書の閲覧は、場合によっては重罰に繋がるものもある。それを防ぐ処置だ。
完全に詭弁だが、ベルゲンとしてはそんなもの遠慮とは無縁の考えだった。
「……承知致しました」
危険な命令だが、アーデルは現状に憂いを覚えていた。このまま実りのない生活が続くより、ずっといい。
「わたしに出来ることでしたら、何でも」
綺麗な礼でそれに応じる。ベルゲンが笑みを浮かべた。
「くく。そうだな。私は禁書の整理を命じただけ。『物』であるお前には、何の咎もない。……そもそも、つまらん人間どもが定めた禁書だ。従う価値などない。――存分に整理しろ。そして『気が向けば』その内容を確認しても構わん。後は任せたぞ」
「……はい。ベルゲン様」
アーデルは優雅な礼をし、その命令を受ける。
――その日、アーデルは何度目かの人生の転換期を迎えることとなる。
禁書。それは忌み嫌われた――禁忌との出会い。
さらには『楽園創造会』という、彼女にとって人生を変える――長い縁が結ばれる、きっかけとなった。
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次回の更新は、6月15日の予定になります。





