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第百三十八話  全てを終わらせる聖剣

 ――例えば世界中の猛者たちが集まり、殲滅戦を行ったら誰が勝つだろう?


 立ち回りや地形、その時の運に作用される場合もあるだろう。

 だがおおよそ、有識者たちの見解は、以下のものになることが多い。


 ―― それは、一撃で相手を仕留められる手段を持つ者。

 速力、頭の回転、経験などが同レベルであることを前提として。

 武装も似たレベル、会得した魔術の質も同程度と課程した場合。


 その上で、最後まで生き残るもの。それは――。

 

†   †


「――先手必勝!」

 誰からともなく、発せられたその声。それは、戦場において猛烈なる攻撃を発起させた。


 クルトが『聖人の右手』を振りかぶらせ、真っ向から叩き降ろす。

 エリーゼが、ボルゲイノが、レイザやラーマスが、それぞれ『幻術』と『聖盾』や魔術を展開。

 メアが六宝剣を猛烈な勢いで射出し――ミーナが、マリナが、奥義が魔術で援護する。


 それは。

 家屋の一つは簡単に吹き飛ばすであろう、膨大な威力の攻撃だった。

 並みの強者ならたやすく倒せる猛撃の嵐。


 だが、《錬金王》アーデルは動かない。

 光り輝き煌々とした聖剣を軽く振りかぶり、悠然と大地に佇立する。

 それは愚かな行為だ。幾多の強者を前に棒立ちなど論外。


 決戦で、敵を前に佇立するだけ――それがどれほど蒙昧な行いか誰もが理解している。

 そのはずだった。


「――っ!」


 咄嗟に、怖気を感じたクルト。

 それにエリーゼ、ボルゲイノだけがその場を跳んでいた。


 瞬間。 

 光が――猛烈な黄金が奔り、戦場の隅で奥義を放っていたマリナを――『小石』へと変えた。

 

「……え?」


 それは、一体誰のものだったのだろう。

 踊り子の少女――『緑魔石』で力を手にし、リゲルたちの味方となった彼女が、変貌した。


「――そ、そんなっ」

〈マリナさん……っ〉


 その場の全員が、束の間、硬直した。あるいは、埒外の出来事に、一瞬の意識の空白に呑まれた。

 それは隙だ。明確なる悪手。


「――っ、総員、散開! 狙われてい」


 リゲルが複数の魔石と共に仲間へ警戒を促した。

 だが、遅かった。

 いや、『光が速すぎた』。

 輝きが。

 輝きが。

 猛烈なる――輝きが。

 銀閃が奔りその直後に黄金色の光が、奔ったと認識する遥かに前。

 放たれた黄金光を浴びたギルド騎士――今度はミーナが、『小石』になって転がった。


〈――ミーナさん!〉


 あまりにも乾いた簡単すぎる音を立てて、落ちるその光景に、メアが悲鳴を上げる。

 他の者も動揺だった。

 ミーナだった物が大地へと落ちる。ややウェーブ掛かった蜂蜜色の髪、ほっそりしたしなやかな体躯、握られていた双剣も、何もかもが―― 一瞬で、瞬きすらないうちに『小石』と化した。


「――っ、これ以上は! 『聖人の右手』!」

「『ディバインウォール』! 『エクサキュア』!」「『タイダルウェイブ・シールド』ォォォッ!」


 自失からいち早く立ち直った《一級》ギルド騎士、クルトたちが疾走する。

 クルト、エリーゼ、ボルゲイノは刹那に攻撃。それに防御と、回復――その三手を試みる。


 だが。

 『聖人の右手』は聖剣の光を浴びて『小石』と化し、ボルゲイノが出現させた大波のような盾の猛威は錬成獣でせき止められた。


 そして、聖女エリーゼの放った回復魔術は――全く効果がなかった。魔力が虚しそうに霧散する。


「え、そんな……っ」

「駄目だ、動けエリーゼ!」


 一瞬の、空白だった。

 それは時間にして一秒の半分にも満たない。

 だがそれが命取りだった。


 ――『聖女』。

 それは回復や補助系において最高の技量を持つ者。全世界でその才覚の最上位に到津とされる者のみが到れる、クラスのハイエンド。

 その一角である聖女エリーゼが。

 一秒の半分にも満たない刹那の間で。


「――しまっ」


 聖剣の光を受け――『小石』と化した。


 美しい相貌も、見事な衣装も。華やかな武具も。一切の防御が無視され。

 あまりにもあっけなく。当然のように。

 まるで、神の摂理のように極々自然な光景として、人以外の物質に――変換させられた。


「――――――っ」

「え、エリーゼぇぇぇぇ!」


 声にならないクルトの驚愕と、甲高い悲鳴を上げるボルゲイノ。

 メアをはじめとする仲間たちも、リゲルも硬直する。l

 まさか、まさか、そんな――そのような思いが空白を、さらなる間隙に繋げてしまった。


 それは隙どうしようもない硬直だった。

 だからボルゲイノは驚愕と憤り、そして一瞬の空白に気がつき、アーデルが冷徹にささやく。


「さて、四人目だ」

「――させない! 《トリックラビット》!」


 咄嗟にリゲルの投げた位置転換の魔石が発動する。

 聖剣の光の到達が、ほぼ同時に行われる。変哲のない瓦礫と入れ替わり難を逃れる。


「……ボルゲイノ! 多重防壁を! あの光は危険だ! ――《アクトスパイダー》、《ガーゴイル》、特攻せよ!」


 一瞬硬直しかける巨漢に、リゲルは叱咤する。

 ボルゲイノの周囲に守りを展開。同時、ボルゲイノが我に返り周囲に十の盾を出現させた。


 リゲルの呼んだ蜘蛛と、石悪魔の軍団が、アーデルへと殺到する。

 アーデルは錬成獣を使って迎撃する。《岩霊朱雀ツァラルラッハ》が、《岩霊蝶メラモカール》が、濁流のごとく押し寄せる魔物の群れを一掃する。


「――はあああ! 『聖人の右手』!」


 クルトが、周囲の岩や砂を素材に新たに巨腕を形成していく。

 固く、何よりも固く、凝固された巨人の如き腕は、まるで神の鉄槌でも行うかのように大きく振りかぶられた。


「よくも――エリーゼをォォォォ――っ!」


 断罪の剣の如き剛腕が、空気を破裂させて振り下ろされる。

 轟音。轟音。爆裂する大地。迷宮の地面がひしゃげ、第五階層へと皆が落下する。


 その最中、無数に閃く岩の破片と砂と土の乱舞の中――アーデルは冷静。

 錬成獣への指示の片手間に『聖剣』をかざすと、発光――閃光。

 一瞬で目前に迫ったクルトの巨腕が、ただの『小石』へと成り果てる。


「これは……」


 第五階層に着地する。破片を弾き飛ばし、咄嗟に追撃をのがれるため煙幕系の魔術具を投げるクルト。


 それに合わせるように、リゲルが《ゴブリン》の魔石――237個を発動――「GYAAA!」「MOAAAA!」禍々しく叫ぶ大軍が、突貫。

 アーデルへ飽和攻撃を試みる。

 

 だが――一閃。一閃。さらに、一閃。

 猛烈なる光を讃えた聖剣は、ゴブリンの体ごと切断させ、さらには護衛たる錬成獣が、《岩霊亀シャルガムズ》が叩き伏せていく。


「――っ、やはり聖剣の威力が、高すぎる……」

「――アアアアァァァァ! 仲間ヲ! よくも、よくも、よくもォォォォォ!」


 激昂したマルコが、《パラセンチピード改》による雷撃を乱射。

 その全てがアーデルの錬成獣を打ち据える。痺れる魔獣。破砕される周囲の岩柱。

 雷撃の鬼を化したマルコが、アーデルの周囲を壊し、砕き、咆哮が怒りとともに震動を撒き散らす。

 リゲルが指示を矢継ぎ早に飛ばす。


「総員! 一度後退する! メア、援護! テレジアは速度上昇の魔術! クルト、遊撃を! ――顕現せよ、《ダークミスト》、《ブラックソーサー》、《ダースウーズ》――」


 だが、次の瞬間。

 光が、光が、聖剣の光が、猛射された。

 いくつかはリゲルの放った魔石の魔物によって防がれるが、その最中、かすってしまう。

 彼女――テレジアの――左腕に。

 聖剣の光が、ほんの――数センチに満たない、小さな――光の接触。

 直後。

 

 かたん、と。

 

 テレジアの美しい顔立ちも。

 つややかな髪も、数々の効力を帯びた衣装も、その装備していたメイスごと。

 丸ごと。

 全て――変換された。『小石』となり、迷宮内に転がった。


〈あ……〉

「ああ……」

「テレジア――――ァァァアアアアアアアッ!」


 マルコが、怒れる暴威となって、全身を紫電を帯びながら突撃する。

 雷撃。雷撃。爆裂する周囲。紫電の匂い。もはや怒れる雷神の如き猛烈な雷の化身と変貌する彼。


「アアアアアアアアア――ッ! アーデルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ! 貴ッ様アアアアアアアァァアアァァァァァ! ふざけるなァァァァアアアアアッ!」

 

 階層が崩れる五階層が見るも無惨に壊れていく。

 破片が散る。膨大に爆ぜる。砕ける破片と共に六階層へ皆が落ちていく。

 粉塵の中、マルコが絶叫した。幾条もの雷撃がアーデルを襲う。「ァァアアアアッ!」喉が張り裂けんばかりの咆哮。雷撃の嵐。殺意と敵意が、破壊の化身の如くアーデルを襲っていく。

 

「くっ、かはっ。――素晴らしい、猛撃だ」


 だが――と。

 アーデルは、不敵な声音を宿していた。


「駄目だマルコ、一旦退け――」

「聖剣デウス・エクス・マキナよ」


 

 刹那。マルコが光に撃たれ――『小石』となった。



〈あああ……っ!〉


 メアの悲鳴。

 雷撃も、激昂も、溢れる殺意も何もかも消え去る。

 次の瞬間、現れるのは小さな手のひらに乗るような小石のみ。

 小さな、ともすれば哀れなほど、かすかな音だった。かつてマルコだった物の、反響音。


 何度目かの光景が、皆を恐慌させた。

 リゲルは全員が自失になる直前、何度も《トリックラビット》を使った。

 《ダークミスト》、《ブラックソーサー》、《ダースウーズ》――闇系の、アーデルに聖剣の、『対抗策』と思われる魔石も使用する。

 それでも。

 連射された聖剣の――アーデルの切り札には、及ばなかった。


〈あ……あ……〉


 メアが放心する。ずっと戦った仲間だった。青魔石事変で戦友となり、日常では言葉をかわし、何度も、何度も時を同じくした。


 大切な友人。親しい人。

 それが。

 それが。

 失われていく。


 それは裁きだと、神へ反逆したがゆえの罰であるかのように。

 メアは、放心して、涙を流し、〈あああ……〉と後悔や無念の心情に耐えきれない。


〈テレジア……マルコ……ぁ……ぁ……〉

「危ない! メア!」


 仲間が消え、いや、全て『人以外のもの』に変換させられ、メアが空中で怯えと共に硬直する最中。

 アーデルが冷徹なる次の標的として彼女を見定め――。


「もう誰も! 失わさせない!」

「おおおお! 『テンペスト・シールド』ォォォ!」


 咄嗟に放ったリゲルの《ダークミスト》――そしてボルゲイノの防護魔術が、かろうじてメアを守る。

 しかしすぐさま次の閃光が、逃れられない聖剣の『光』が迫り――。


 ラーマスが、メアをかばって『光』に飲み込まれた。


〈っ、ラーマスさ――〉

「下がれお嬢ちゃん! ――っ、うおおおお!」


 さらに、幾条もの『光』が乱射され、レイザが盾となって庇う。


「あ、あああああああ! 俺の魔術なら――――っ!」


 『切断』の魔術だけは、一瞬だけ――『光』と拮抗しかけた。

 だが、それも『光』の乱射によって押し切られる。

 乾いた音。喪失の音。形あるものなら万物を斬り裂くレイザの魔術ですら無力、。彼は『小石』と化して終わる。


「っ――これ以上――誰も!」


 《トリックラビット》をリゲルが使う。

 何度も。何度も。自分や仲間、残った戦力全てを守るために。

 続いて爆炎系の魔石を数多使う。朦々と、粉塵と、爆風が、周囲へ荒れ狂っていく。猛烈な、多数の魔石による波状攻撃。


「さすがに」


 アーデルが、その光景にふっと小さく嗤った。


「――アルリゲルは凌ぐか。だが、そろそろ邪魔な盾役には退場してもらおう」


 全員が総毛立つ。

 マルコ無き今、その役割が出来るのは限られる。

 リゲルとボルゲイノ。それのみが防御の卓越者。


 直後――ボルゲイノの背後に、錬成獣が現れる。

 見たことのない形だ。大型のワームのような錬成獣。素材は岩。

 ボルゲイノが大柄な体を動かす。ワームが弾かれる。見事なボルゲイノの正拳突き。


 だが、その、間隙。

 一秒の――そのまた、半分の、半分の、半分にしか満たない空隙に。

 聖剣は――デウス・エクス・マキナは、光を放射し――。


「クルト、すまん、あとは――」


 咄嗟に、左手の篭手で防御したボルゲイノ。

 だが『防御したボルゲイノの体ごと』――光によって飲み込まれた。


 『小石』へと変換させられる。

 ぞわり、と、残る全員の中で、恐怖とも絶望ともつかない、戦慄と共にリゲルたちが震える。

 乾いた音と共に、かたんと小さな音が落ちる。――ボルゲイノの、成れの果て。


「あり得ない」


 クルトが再び『聖人の右手』を形成させ、巨人の如き腕を振りかぶる。

 だがその顔は緊迫している。いつもの余裕が逸失している。


「その聖剣は、何だ」


 クルトが巨腕を大地へと叩きつけた。衝撃波と共に、リゲルが魔石を投擲。――《ミストドレイク》の魔石を放った。

 無数の霧を発する地竜の魔石。


 さらに重ねて、リゲルは《ダークミスト》、《ブラックソーサー》、《ダースウーズ》の魔石を十個ずつばら撒く。

 さらには《タキオンワイズドレイク》と呼ばれる魔物の魔石を使用。


 これは思考を数倍化させ、付近の仲間に思念での会話を可能とする魔石だ。

 リゲル、メア、クルト、残った三人の思考を共有する。


『――あれは、『光』による物質変換の聖剣だ』


 共有された思考の中、切迫したリゲルの声。

 驚愕する気配が、メアとクルトの間に生じ、少なからぬ動揺を伝える。


『っ、やはり……か』

〈り、リゲルさん、それって〉

『アーデルの切り札である聖剣――デウス・エクス・マキナは、万物を他の物質に変化させる剣だ』


 リゲルは、数倍化された思考の世界の中で、返答する。

 

『っ!』

『剣刃から特殊な『光』が放出され、それに当たったものは無条件で『変換』させられる』


 それは、絶望的な事実。優勢など軽くねじ伏せる凶悪な光。


『その射程に制限はない。何かを変換するまで、真っ直ぐに突き進む。あれは最悪の聖剣だ』

〈そ、そんな!〉


 痛烈な悲鳴が、メアから発せられた。

 それは当然の反応だ。

 光。

 光だ。

 自然界で最も速く、たったの一秒で世界を数週可能な――『回避不能』の攻撃。

 絶対命中たる超常的な聖剣。


『《六皇聖剣》時代――僕がまだ、アーデルと行動していたとき。その効力を半分は聞いていた。あの聖剣から放たれる『光』は、当たったものと、『その装備を含めて』変換させる』

〈そんな……ことが……〉

『初期設定は小石。これは、対象が生物だろうが、無生物だろうが、あらゆる物質を変換させる。――防護系の魔術は全て無意味。貫通される』


 メアと、クルトの間に、重々しい空気が流れていく。

 アーデルが最強の戦士の一角たる要因。地上最強の国家と謳われるヴォルギア帝国の《六皇聖剣》の切り札。


 全てを覆す超絶的な、その効力。

 クルトが真っ先に追従した。


『確認するが、それは大気中の埃や塵などは無視されているのか?』


 リゲルは「ああ」と短く肯定した。


『僕は、あの聖剣の全てを知ってはいなかった。けれど、ボルゲイノが細かな粒子や盾を乱発させえているのを見て、確信した。――あれは、聖剣デウス・エクス・マキナは、一定以下の質量を持たないものには効果はない』


 そしてリゲルは補足する。


『厳しいのは盾や鎧で防ぐことは出来ないことだ。あの『光』は、アーデルが敵とみなしたものを、丸ごと変換させてしまう』

〈そんな……〉


 ボルゲイノが盾ごと変換された光景がよぎる。


 メアの中で、すでに思考すらほとんど出来ないほど、恐怖が蔓延していた。

 クルトは、かろうじて冷静を保っているが、余裕など欠片も残されていない。


『確認するぞ、リゲル。あれは――あの、聖剣によって、変換された皆たちは――『もとに戻る』のか?』

『……それは』

〈リゲルさん……っ〉


 それは何より気がかりで、そして無視出来ない内容だった。

 けれど。

 リゲルが、悲痛にも思えるメアの切迫した顔を見つめながら。


『……無理だと思う。《六皇聖剣》時代、僕はいくつかの質問や分析を行った』


 首を横に振らす。


『その結論として、聖剣デウス・エクス・マキナは、どんな魔術でも無力化できない。あの『変換』効力は、魔術では治せないんだ』


 メアとクルトが、加速された思考世界の中で、悲痛な思念を送る。


〈そんな……〉

『《六皇聖剣》の使う聖剣とは、遠い昔――【終焉の災厄】に対抗した英雄たちが遺した、『神々の力』を元に製作されたものなんだ。つまり、あの聖剣デウス・エクス・マキナは、地上においてどんな武器よりも――強い』

『……』


 クルトがかろうじて、理解に至り、歯噛みする。

 メアが悲痛な叫びを上げた。


〈ねえ! うそでしょう!? うそだよね!? もう、皆と会えないなんて……っ!〉


 リゲルもクルトも、何も、慰めも、言えなかった。


〈――マルコも、テレジアも、ミーナも、マリナも! ラーマスさんやレイザさんとも、もう会えないなんて……っ! 嫌だよ……それは、嫌だよぉ……〉


 その悲痛な絶叫とも言える戦慄きに、リゲルは唇を噛みしめるような思いで応じるしかない。


『あの聖剣に対抗出来るのは、同じ《六皇聖剣》でしか対抗出来ない。僕たちが持っていた、残りの五つの聖剣。それのみが、アーデルの聖剣に対抗できる』


 

「――然り。ゆえに貴君らでは、我の聖剣を止めることなど叶わない」


 

『っ!』


 突如として、加速された世界にヒビが入る。

 不可視化した思念と思念で結ばれたリゲルたちの思いが、魔力が、膨大な魔力に晒されぼろぼろと剥離していく。

 砕け散る。

 《タキオンワイズドレイク》で形成されていた空間が、粉々になって千々に散乱する。


「アーデル……っ」

「――戦況の理解は済んだか? では、そろそろ終わりにしてやろう。


 あえて情報整理の時間を与えていた。

 アーデルには体の負荷を抑える意味もあったのだろう。

 それと共に、リゲルたちに現状の不利の、残酷なまでの現実を自覚させる時間を授けた。


「結論は出ただろう? 貴君らは、我の聖剣には、決して勝てない」

「だから……どうした」


 リゲルが《ダークミスト》、《ブラックソーサー》、《ダースウーズ》の魔石を何十にも投擲し、『光』に対する防護とする。

 それを、アーデルは煌々と紅く輝く、『魔霊眼』の光点で見つめていく。


「アルリゲル。確かにそれは有用だ。闇系に属する魔石。それならば『光』を媒介とする我が聖剣に対抗することは出来るだろう。――だが」


 アーデルは、煌々と、右手に握る聖剣デウス・エクス・マキナを掲げてみせる。


「あくまでも、敗北までの猶予を得られるだけに過ぎない。光を九割の速度に減じさせる、光の収束率を何割か減じさせる。そして数瞬の間、身代わりとなる。それだけの効果しかない」


 聖剣から次々と光が放射される。クルトの『聖人の右手』が、仲間を守るが代わりに巨腕が小さな石と成り果て、地面に転がっていく。


「……っ」

「我に対抗するためには、アルリゲル――お前が思念の世界で言ったように、【六皇聖剣】の残る五つの聖剣、そのいずれかを用いなければならない。――だが」


 アーデルは、両腕を広げ、神に祝福されたかのように、勝利の声音を迸らせる。


「残る五つの聖剣は――我がデウス・エクス・マキナによって、『小石』に変換させてもらった」

「――なん、だって?」


 リゲルは全身を細かに、覆わせた。


「――気づかなかったのか? 『青魔石』や『緑魔石』――それらをはじめとする『亜種魔石』は、元々は《六皇聖剣》の使う聖剣をベースに開発したものだ」

「そ……んな……」


 愕然とするリゲル。

 アーデルは、悠然と、己の武勇伝であるかのように告げる。


「試作である『白魔石』の分は、研究のためすでに崩壊してしまったが、残る四つ――『青魔石』、『緑魔石』、『桃魔石』、『灰魔石』――それら亜種魔石は、我の【錬成】の素材として役に立ってもらった」

 

 悠然と、アーデルは告げる。


「アルリゲル、貴君が愛用していた聖剣、【エクセリアス】も、もはやこの地上に無い。『亜種魔石』の素材として消えている」

「アーデルっ! 君は、どこまで……っ」

 

 リゲルが、束の間激昂する。メアが、その言葉に絶望していた。

 意味を、その話の意味を、理解してしまったから。

 わずかにあったはずの、小さな勝利への糸すら、潰えてしまっていた。そのことに、呆然とするしかない。


 アーデルが、全身を覆う黒き甲冑を期しませながら告げていく。


「――ゆえに、我が持つこの聖剣デウス・エクス・マキナこそが、地上における唯一の【六皇聖剣】。全てを超越し、全てを終焉に導く、唯一無二の剣なのだ。――そして」


 もはや会話は必要なかった。起死回生できるとしたらその瞬間だった。

 クルトが動く。

 『聖人の右手』を振り上げて、残像を翻し不規則な軌道で突貫する。

 アーデルへと雷光の如く殺到。巨腕を大きく振りかぶる。


「御託は良い! 貴様は! エリーゼと、ボルゲイノの仇を――――――ッ!」


 殴打、殴打、猛連打。

 こと接近戦において、戦力はクルトが上だ。

 いかに聖剣を携えようとも関係ない。

 錬成より巨腕が早い。全力で打ち込むクルトの速度、威力、苛烈さに勝るものはない。


 アーデルの《骸魔装》の至る所が砕ける。装甲が弾け飛んだ。周囲の岩柱を砕きながら吹き飛ばされるアーデルに、跳躍で追いついて鬼気迫る打撃の嵐を敢行するクルト。

 その、意地。怒り。矜持。猛烈なる勢いで殴打する。


 だが。

 それでも。


「言っただろう。我が聖剣は、全てを終わらせるものだ。――聖剣、デウス・エクス・マキナ」


 リゲルは叫ぶ。《トリックラビット》を幾度も使い、援護をした。数え切れないほど、魔石を使い、発動させて。使用して。


 しかし。それでも。

 ――かたん、と。

 クルトは。


 『小石』となり、地面へ転がった。


 粘った。

 粘りに粘った。

 致命傷に及ぶ幾多の『光』を、紙一重でかわし、察知し、回避して、十八秒もの間、しのいだ。


 聖剣デウス・エクス・マキナが当たる前に仕留める。

 それだけの力があるのだと、覚悟があるのだと。

 そう信じ――我武者羅に攻めて――避けて、攻めて――。

 けれど、倒しきれなかった。


「……さすがは《一級》。だが」


 アーデルが、全身がひしゃげた《骸魔装》のまま、小さな笑いをこぼす。

 あちこちがひび割れ、もはや立っているのもやっと。

 息も絶え絶えだ。

 しかしそれでも、聖剣デウス・エクス・マキナだけは、いかなる敗北へのルートをも押しのけた。

 持ち主に、『勝利』という二文字だけをもたらす。


〈――リゲルさん〉


 その凄絶なる、クルトの最後に。

 怯えていたメアの。顔が、声が。少女から戦士のものへと変じていった。


〈もし、この戦いで、生き残れなかったら、ミュリーになんて言おう?〉


 リゲルは即座に言った。


「必要ない。僕たちは帰る、必ず、ミュリーのもとへ。いつだってそうしてきた。『青魔石事変』のときも。どんな強敵のときも。だから――」


 魔石を、投擲する。

 《タイラントワーム》、《ヘカトンケイル、》《バーンズゴーレム》、《スノーホワイト》、《ジェノサイドワイバーン》、《ハイハーピー》×55、《ホブウルフ》×84、《ダークミスト》×237、《ヘルプラント》×86の魔石の放出させる。


〈うん。そうだね。――『六宝剣』、展開〉


 烈剣クロノス。

 魔剣ネメシス。

 酒剣バッカス。

 愛剣ビーナス。

 災剣ケイオス。

 世剣コスモス。その――全ての宝剣で持って、アーデルを檻状に取り囲む。


「いくよ、メアっ!」

〈わかってる! 必ず帰るから! ミュリーのもとへ!〉


 魔石と魔物の発光や咆哮が迷宮内に木霊する。爆速で迫る六宝剣の軌跡。

 空を穿つその軌道。

 アーデルは怯まない。不敵に片手をかざし、もはや半壊している《骸魔装》を稼働させる。

 高く――高く、聖剣デウス・エクス・マキナを掲げてみせる。


「――聖剣よ! 我が至高の切り札よ! 我に勝利を!」


 眩い神々しいまでの銀閃が、視界に踊っていく。

 次の瞬間、リゲルの《ヘカトンケイル》が『小石』になる。


 滂沱の如く《ハイハーピー》が、《ホブウルフ》が、殺到する。だが錬成獣に阻まれては消えていく。

 荒々しく接近した《バーンズゴーレム》が『小石』化され、予備の《トリックラビット》を使ったリゲルのダガーが『小石』となる。

 メアの宝剣――魔剣ネメシスが、酒剣バッカスが、アーデルの右肩の装甲を破砕した直後に『小石』となり、愛剣ビーナスが兜の側面を穿つも、『小石』化される。

 その、犠牲に犠牲を重ねた隙に。


「GYAOOOOOOOOOッ!」


 リゲルの《タイラントワーム》の巨体が、アーデルの小柄な体を押し潰す。

 骨と甲冑を砕く音がかすかに聞こえる。

 甲冑が軋み、弾ける。そう思った刹那、巨大なワームの体が、『光』の呑まれる。

 『小石』化される。眩く光る聖剣の猛威が――烈剣クロノスをも『小石』化させていく。


「――あああああああ!」


 リゲルは残る全ての魔石――いま、この場で使える魔石を全て使い――《アクトスパイダー》を、《オーガ》を、《ストーンゴーレム》を、《ヘルバイト》を、《フロストブレイド》を、《エルダーラミア》を、無数の、魔物たちを、魔石から出現させ、あるいはその効力のみが現出させ、第六階層を砕き、第七、第八、第九階層を砕き、第十、第十一、第十二階層――その下の、その下の、さらにその下の、そのまた下の――第十七階層にまでぶち抜き、破壊し、倒壊させ、それでもなお――《ブレイスサーペント》を、《パラセンチピード》を、《サンドスコーピオン》を、《ジェネラルオクト》を、アーデルへと圧潰せんと迫らせる。

 だが、その大半が、聖剣の『光』によって『小石』と化した。


 幾多の地盤を壊し、降りた第十七階層の中。

 無数にそびえ立つ岩柱の中。

 メアが災剣ケイオスと、世剣コスモスを、アーデルの胴体に激突させる。


 アーデルの腹を、串刺しにする。

 

〈やった――〉


 だが。次の瞬間。

 災剣ケイオスと世剣コスモスが――最後の六宝剣までもが聖剣の光によって『小石』にされ、地面に落ちた。

 それは、今できる彼女の、残り少ない決死の攻撃だった。

 メアは、全ての力を出し尽くし、そして――。


〈……リゲルさん。あのね――わたし、あなたのことが――〉


 リゲルは叫ぼうとした。

 しかし、間に合わなかった。魔石を使用――《トリックラビット》を――しかし乱用した魔石は、もう底をついていた。


 静かな、けれどどこか慈しみを感じさせるメアの寂しい笑顔。

 聖剣デウス・エクス・マキナの光が、彼女を飲み込む瞬間。

 かすかに。


 

〈リゲルさん――わたし、あなたのことが、好きだよ〉


 

 その直後。

 メアは、聖剣による光で、『小石』になった。


 実体・被実体に関係なく。この世にあるあらゆるものを変換させる。

 それが――聖剣デウス・エクス・マキナ。

 終わりをもたらす聖剣。

 例外は――無い。


 ――最後に。メアは。



〈あなただけは、生き残って〉


 

 そう――言い残して。

 振り絞った魔力の余波を、山彦のようにして。

 この世から、消え去った。


 

「――――――――あああああァァああああああああ!」


 

 転移短剣バスラを抜刀。

 リゲルは跳躍しながら、使い終えた魔石を【合成】して突貫する。


 火炎系の魔石とバスラと合成。猛火の剣としてアーデルに叩きつける。雷系の魔石と合成。アーデルの背後より斬りつけた。

 斬撃、打撃、蹴撃、乱打、猛打、合成、刺突、殴打、掌底、投擲、乱打、乱打、猛打、斬撃、考えうる手段で合成と斬撃を繰り返し、無数の猛攻を繰り返す。


 その果てに、アーデルに衝撃が蓄積する。

 はじめて、アーデルが兜の奥から、血を吐く。


 《骸魔装》の守りが追いつかない。再生がもう出来ない。

 錬成獣はここに至るまでに全滅していた。

 マルコが、テレジアが、ミーナが、ラーマスが、レイザが、クルトが、エリーゼが、ボルゲイノが、メアが、ここまで追い詰めさせてくれた。


 その恩に報いる――その戦いに感謝を捧げる。

 もう戻らない日々と分かっている。帰らない言葉と知っている。

 けれど――この戦いだけは。アーデルにだけは、絶対に勝たないといけないから。


 リゲルは、雄叫びを上げながら――バスラを、何百度目かわからない斬撃を、幾度も放った。


「ふ、ははは、無意味! 無益! ――聖剣、デウス・エクス・マキナァァッ!」


 転移短剣バスラが――『小石』と化した。

 もはやリゲルには武器がない。

 いや、まだだ、まだやれる。彼は掌底、回し蹴り、膝蹴り、そして新たに魔石を合成してアーデルへ猛攻をかけた。


 さらなる一撃を見舞いかけて――

 刺突が。

 聖剣の、鋭い切っ先が、リゲルの鎧を貫通し――彼の腹を、背中ごと――貫いた。


「ぁ……かはっ……」


 地上で最強の聖剣に貫かれ、血飛沫を吐きながら、リゲルは呻いた。


 聖剣が、引き抜かれる。

 アーデルの甲冑は至る所が損傷して、ひしゃげ、見る影もない。だがその足は、たしかにまだ、地面へと立っていた。


 けれど、リゲルは――。

 胴体を貫通され、おびただしい血と共に鎧と体を濡らしていた。ボロ布のように崩れ落ちたリゲルは。

 瞳から、生命の光を、失いかけていた。


「ぅ……ぁ……」


 アーデルが、酩酊にも似たふらつきを覚えながらも、不敵に笑う。


「さすがは、アルリゲル……」


 口から吐血し、なおも荒い息のまま、呟きを漏らす。


「だが……我は、ようやく……貴君に、勝った……っ」


 もはや何者も抗えない。ここに宿敵殺しは成った。

 もう邪魔立て出来るものはどこにもいない。

 『緑魔石』は、楽園創造会シャンバラの悲願は、もう間もなく、達成される。

 もはやいかなる障害も存在しない。

 そう、リゲルの物語は、ここで終わりを迎えるのだ――。


 そのように、薄れる意識のリゲルと、優越に浸るアーデルの前で。


 

『――いいえ、リゲルさんは、絶対に死なせません』


 

 そのとき。遥か彼方から。

 空間を超え、場所を超え、遠い地平線の向こうから。

 猛烈な魔力を帯、決意に満ちた少女の声が、迷宮内に木霊した。


「――何、だ?」


 アーデルは、聖剣の柄を握りしめながら、振り向く。

 そして、あまりの光景に、戦慄した。


 ――銀髪の、神秘なる少女が、厳然と出現していた。


 白光を背にし、膨大なる魔力とそれ以外の猛烈な何かを備えながら。悠然として。『彼女』は。

 銀髪の人ならざる少女は。


『――わたしは、リゲルさんを愛する者。リゲルさんを、勝たせる者』


 突風が吹き荒れる。

 白く、真っ白く、世界の光すらも塗り潰すような――圧倒的な、暴力的な、けれど、慈愛と優しさに溢れた、純白の光。

 それは、神話にうたわれる天使のように。

 背中に大いなる翼を生やした精霊の少女が――ミュリーが、迷宮の内部へと現出した。


『わたしの前で――リゲルさんは、死なせない』


 理が翻った。

 敗北は復活に。終焉は遠ざかる。

 死ぬ寸前だったリゲルの体から、おびただしい魔力が吹き上がった。


 少年は起き上がる。猛烈な、精霊少女の力をその総身に身につけて。

 天へと至る、白色の魔力と共に、冷然と、《錬金王》へと相対する。


「馬鹿、な……」

「――アーデル。君は、戦う相手を間違えた」

「あ……ああ……あぁぁ……」


 怯えている。恐れている。

 あのアーデルが。いつ、いかなるときも戦意は漲らせてていた《錬金王》が。


 いま、このときだけは。

 目前の、傷が修復されて。無傷となって立ち上がった少年と。

 その頭上――輝かしい六枚の翼を生やした、『精霊少女』を前に。


「……嘘、だ……」


 明らかに――全身に汗と恐怖によって、震えを生じさせていた。


「あり得……ない……そんな、馬鹿な」


 白く、真っ白く、周囲を純白に塗り替える光と共に。リゲルは虚空に浮かぶ、ミュリーを見上げ、宣言する。


「――終わりにしよう。アーデル。この日、このときこそが、君との最後の戦いだ」

「聖剣――デウス・エクス・マキナァァァァッ!」


 裂帛の気合で叫ぶアーデルと、悠然と佇むリゲルとミュリー。

 光と光が交錯する。猛烈なる力が吹き荒れる。


 その日。そのとき。

 ――正真正銘、《錬金王》との最後の戦いが、終わりを迎えようとしていた。

 


お読みいただき、ありがとうございます。

クライマックスまであと1話です。応援よろしくお願いいたします。


次回の更新は11月11日、20時になります。

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