第百三十七話 決戦のヒルデリース
「展開。発動」
ヒルデリース。その地下。迷宮第四層。
駆けつけたギルド《一級》、クルト・エリーゼ・ボルゲイノと、《錬金王》アーデルの戦闘は、その一言で幕を開けた。
――ソレが、現出するまでに一秒もいらなかった。
予兆も、魔力も感知は皆無。
その一秒の間に――とうに『終わっていた』。
盾。
盾。
盾。
盾――見渡る限り、岩の空間を埋める、幾重もの盾。《一級》ボルゲイノの絶技。
「……これは」
錬金王アーデルが呟きをもらした瞬間、クルトが巨腕を振るう。
アーデルはそれを錬成剣二本で防御。反撃に黒き篭手を『蛇腹剣』に変え振るうが弾かれる。
目前には『千』を超える数の盾――それが、クルトを護りきった。
まるで水晶の如く、きらびやかで神秘的。それでいて、硬質な幾重にも巡らされた最高の護り。
咄嗟にアーデルが《岩霊虎ラジャルソー》を差し向ける。轟音。震動。周囲の大気が凄まじい勢いと質量と魔力により激震し、多大な衝撃波が吹き荒れる。
だが、それだけだ。
何十にも張り巡らされた『千の盾』には傷ひとつ付いていない。生み出した巨漢の男が、傲然と佇み至極当然のように睥睨する。
《錬金王》の――技術の粋を集めて放った獣の突撃を見て――彼は一言。
「――失笑。まるで児戯だな」
「……」
アーデルが《岩霊亀シャルガムズ》を生み出し、《崩土烈剣アルスザーカ》を投擲し牽制する。
しかし『千の盾』はわずかに軋むこともなく防御。凄絶な威力の錬成獣と剣を弾き、明後日の方向へ吹き飛ばす。
盾は無傷。
ギルド《一級》騎士――ボルゲイノ。
その二つ名は――『不滅の盾の支配者』
「――《骸魔装》、第十一形態、変化・『溶解斧』、『破城弩弓』、『蛇腹剣』」
アーデルが初めて連続で鎧の形質変化を敢行する。
一秒にも満たない。一瞬で破滅の斧と弩弓と剣。ボルゲイノの全周囲を取り囲み殺到。
猛烈な連撃を叩き込むが雷鳴の如き大音響が弾けるのみ。
千の盾を漂わせるボルゲイノは、前髪一つ揺らすことなく、その岩のごとき巨体を悠然と立たせている。
その頭上に跳躍しアーデルは剣を投擲する。弾かれる。二度、三度、全て防がれた。
「――背中が留守になっているな」
ぞっと、声が背後より聞こえた瞬間、アーデルは瞬時に回避行動に移った。
巨腕が地面を抉りかろうじてかわす。
しかし読まれた。十度かわした後、アーデルが反撃に出ようロ振り返った瞬間、クルトが待ち望んだようにアーデルを打ち、弾き飛ばす。
周囲の地面を抉り、割り、何度も転がって、ようやく立ち上がるアーデル。
「――っ、《骸魔装》、第十一形態! 変化・『溶解斧』」
「それは効かない」
クルトが笑う。ボルゲイノの『千の盾』に守られながら、宙に浮く水晶の如き、鉄壁の盾に覆われて、クルトは真っ向から巨腕を振るう。
『聖人の右手』。
迷宮に在る数多の素材。それらを現材として巨腕を構築出来るその力は、万の能力を持っているも同然。
火炎の石を混ぜれば火炎の力が。
紫電の力があれば紫電の力が。
そして呪いや腐壊など禍々しい力があれば、それらを付与する。
一にして全。万の力を具現する巨腕。
「っ、――《骸魔装》、第十一形態! 変化・『溶解斧』、『呪怨蝶』!」
アーデルの反撃も意に介さず巨腕で一薙ぎ。
多様な金属を混ぜて織りなした巨大な腕が、アーデルの反撃を蟻のように薙ぎ払う。
崩れかけた岩柱に激突し、勢い止まらず折れた街路樹に巨腕が刺さる。何度も何度もアーデルに打ち付けられ、彼は岩の山をいくつもの貫通し弾き飛ばされる。
「OOOOOOAAAAAAAAA――ッ!」
主の窮地に憤ったのだろう。配下である《岩霊亀シャルガムズ》や《岩霊虎ラジャルソー》が、猛然と飛びかかるがクルトは意にも介さない。
無言で『聖人の右手』を轟然と振り回し、霊虎の首をへし折る。
ばかりか、巨大な霊亀の頭部に、壮絶な腕撃を叩き込むと頭蓋ごと粉砕した。
秒殺。ここに至るまで1・7秒。アーデルが吹き飛ばされ、錬成獣が崩れ落ちるまでの時間。
「やー。強いっすね」
《切断》の魔術と持つ《二級》騎士レイザが追い打ちに鞭を叩きつける。
クルトの攻撃は単純だが最も戦闘に適している。
この世は魔石や魔術が根底を成している。その魔術を司るものを材料として巨腕を形成出来るのだから、攻撃・防御は万全。
腕の一撃が、神話の巨人の如き剛撃だ。
それに耐えられる防具は地上になく、かわすか、しのぐか、事故か再生する装備でなければ瞬時に終わっている。
轟っ――と遥か彼方で瓦礫を吹き飛ばし、天を衝くような巨大な竜の首が、幾重にも出現しクルトたちを襲う。
《骸魔装》、第三十七形態。『九頭竜』、加えて第八十四形態・『猛毒妖蟲』。
竜と蟲――相反するアーデルの、質と量を司る猛威が、洞窟の全天を覆うかのように殺到する。
レイザが鞭で迎撃する。ラーマスが、クルトが巨や『鎮静』の魔術で弱体化させる。
しかしそれでも凌ぎきれない。
ボルゲイノの『千の盾』が防御に回る。それですらわずかに揺れる。衝撃波がクルエストの前髪を揺らす。
「手品の数だけは大したものだ」
ボルゲイノが散った岩の欠片を払い除け、淡々と告げる。
「才能がない者は、手札を増やすしかないということだ」
クルトは悠然とそう言い切ってみせる。
現状、五対一でアーデルに対応しているが、個々の能力は秀でている。
例えシャンバラの幹部が四人集おうとも、結果は似通ったものになっただろう。
盾のボルゲイノ。巨腕のクルト。切断のレイザ。鎮静のラーマス。
そして――。
直後、九頭龍の頭四つが、一撃で『聖人の右手』で薙ぎ払われた。
巨大な首ごと、巨腕の力任せによる剛撃で粉砕する。
ボルゲイノが反応する。影。気配。攻撃。いつの間にか漆黒の槍がクルエストとボルゲイノの二人の喉元へと迫っていた。
アーデルの《骸魔装》、第十九形態・変化。『滅槍』。
魔力は薄く、気配も微弱、察知することがほぼ叶わない奇襲。
それもボルゲイノには通じない。
視覚、聴覚、臭覚、あらゆる五感に通じ、『守護』という一点においてのみ道を極めた彼に対し、奇襲など効くはずもない打策に落ちる。
「――奇襲が無駄ならば」
上空に、いつの間にかアーデルが浮遊していた。
両腕を広げ、まるでオーケストラの指揮者のように、悠然と手を振って宣言する。
「質量を持って排除するのみ」
天が、割れた。
空中が、汚濁に犯された。
まるで貝のように閉じた、暗色の塊が空中に現れた直後。
上空から汚泥が雨のように降り注ぎ、眼下のもの全てを『圧潰』させる。
地面は砕かれ粉砕し、瓦礫は押し潰され粉微塵へと変わり、残った周囲の岩柱は、無慈悲な圧力により倒壊していった。
「――《破壊霊貝》シャルトストラ。貝から吐き出す泥は、一ミリで一万トン。全てを押し潰す雨に、貴君らは耐えられるか」
『千の盾』が、初めて軋むを上げる。
貝を破壊しようと伸ばされた『聖人の右手』が、途中で泥の雨に犯されグズグズに壊れる。
四散する巨腕だった欠片。ギシギシギシと不吉な音を立てる『千の盾』を前に、アーデルは兜の紅き光点を爛々と照らす。
「盾は壊れるためにある。腕など脅威にもならない。貴君らの技量、なるほど一流には達しているが、我には届かない」
「――それはどうかしら?」
瞬間。
アーデルは怖気と共にその場を脱し、不可視の『何か』を避けた。
「あら。残念」
きらびやかな装飾をつけた美女が、にこやかに微笑んでいた。
腕には美麗な杖。衣装は華やいだもの。およそ戦場には似つかわしくない乙女は、ほのかに笑って杖を掲げる。
「じゃあこれはどうかしら? 境界変更。――『反転世界』。起動」
「……っ!」
一瞬でアーデルはその言葉の意味を悟る。
《骸魔装》、第三十七形態の発動。
『九頭竜』と、さらに第八形態・『霧散盾』を発動させる。
大質量と防御の護りを固めたが――。
――泥の雨が、上下逆さまに反転し、九つの頭の竜と、無数の盾を圧潰させ、破壊した。
「……っ」
アーデルは息を呑む。なおも雨が進撃する。
その寸前、アーデルは霊貝を消失させた。
泥の雨が消え、重力を無視して『上へ落下』する雨が、幻のように霧散する。
「――あら。一瞬で効力を理解したなんて。素晴らしい分析力だわ」
「女狐だな」
たおやかな笑みの、異常を成した美女に向かい、アーデルはやや毒づく。
《一級》のギルド騎士エリーゼ。
異名は『聖女』だ。その由来は――『あらゆる戦場に勝利をもたらす者』。
「雨は下に落ちる。その雨は超重で危険。だから、『重力を反転』させたのに。つまらないわ」
「……領域の、支配者か」
アーデルは瞬時に理解し牽制に錬成剣を投擲する。
《風烈霊剣ヒュラジオル》に《紅蓮牙剣レグレジーラ》。
音速を超えて飛来したそれは、しかしクルトの『聖人の右手』によって無造作に払われ破砕される。
アーデルは【錬成】する。
壊れた錬成物を材料に、《岩霊亀シャルガムズ》、《岩霊虎ラジャルソー》を創り上げて、さらに立て続けに《岩霊獅子ウルガルヴァ》、《岩霊蝶メラモカール》、《岩霊朱雀ツァラルラッハ》を三体ずつ創造し、《骸霊装》の形態変化、『猛毒妖蟲』と共に質量攻撃を敢行する。
エリーゼは、その破滅が具現化した光景を前に、笑顔のまま杖を振るう。
「あらすごい。――境界変更・『暴走世界』。起動」
直後。
猛然と迫っていた錬成獣たちが、雄叫びを上げて体を掻きむした。
眼球がぎょろつき、紅き瞳となった獣たちは、背後のアーデルを凝視。
殺意を振りまき、『創造主であるアーデルへと殺到』する。
「――これは」
アーデルは咄嗟に錬成剣――《風烈霊剣ヒュラジオル》と《紅蓮牙剣レグレジーラ》で迎撃。
さらに《骸魔装》、第八形態・『霧散盾』も交え激しく迫る獣たちを切り払い、薙ぎ払い、ときには弾き飛ばし、対応する。
しかし。
「境界変更。――『複製世界』。起動」
続いて放たれたエリーゼの声に、束の間――硬直する。
打ち払われた《岩霊虎ラジャルソー》や《岩霊獅子ウルガルヴァ》たちが、それぞれ二つに『分裂』した。
総数で二十二体となった強大なる錬成獣たちは、咆哮し――突撃。アーデルへと狂ったように猛撃を続ける。
「――っ、《骸魔装》、形態変化・『霧散盾』、『蛇腹剣』」
それらを弾き、あるいは霧散させつつアーデルは魔術具を使って転移。一旦崩れた建物の中に潜むが――。
「(――今のは、暴走と複製か)」
周囲にいる生物を暴走させ、飼い主のもとへ襲いかからせる『暴走世界』。
辺りにあるものを複製させ、鏡のように瓜二つな存在として作る『複製世界』。
エリーゼは一定範囲にあるものを変異させ、敵への脅威とする最高位の術者だ。
その効力、練度、いずれも一流に相応しい。
「(――完全な阻害タイプか。相性が悪いか)」
――知ってはいた。
彼女の能力、だがその威力までは熟知していなかった。
先程は、『重力を反転させ、泥の雨を上に登らせた』。つまりエリーゼはあらゆるものに対し干渉できる。
ここの、迷宮内の、あらゆる物質・生物の性質を書き換え、支配する能力に長けている。
それはつまり――。
錬金術という、何かを創り、操るするアーデルにとって、天敵とも言える存在だった。
「失念。言い忘れていたが」
背後。気配。轟音。
アーデルは瞬時に死角に回っていたボルゲイノから、回し蹴りを受けた。
激しく吹き飛ばされる。朽ちた岩柱を突き破る。何度も転がされる。
周囲からいくつもの盾、『千の盾』が取り囲んでくる。アーデルへと滂沱の如く殺到する。
骨折の音。鎧が軋む音。兜にひびが入る音。
「説明。俺の『千の盾』は、防御の他に、『察知』と『自律』機能も、備えている」
アーデルを囲う、千に至る鉄壁の盾。
その一つ一つが、音・熱・光・振動・匂い――あらゆる人間の要素を察知し、位置を割り出す能力を備えている。
隠れ潜むのは意味がない。
見つけられるから。
持久戦も意味がない。盾自体が攻撃してくるから。
――ボルゲイノに一度敵と認識されたが最後、相手はどこまでも追跡され、反撃も叶わず、『千の盾』に全て弾き返されるしかない。
そして。
「――《骸魔装》! 第三十九形態・変化。『螺旋竜』!」
「それも通じない」
螺旋状の大いなる竜が、千の盾に阻まれる。
エリーゼが、軽やかに支配領域の魔術を奏でていく。
「境界変更。――『暴走世界』。起動」
「境界変更。――『複製世界』。起動」
そしてクルトが、『一撃で骨折を付与する金属』を巨腕に混じらせ、薙ぎ払う。
「『聖人の右手』。――乱流疾風万牙! 思い知れ、我らの怒りを、鉄槌を!」
「ぐ、ぬううう!?」
続けざまに放たれたエリーゼの『暴走』と『複製』。
アーデルの反撃の螺旋竜が暴走し複製され、その隙を縫うようにクルエストの巨腕がアーデルを打ち払い、吹き飛ばす。
岩柱に激突する。何度も、幾度も。激突し、衝突し、路傍の石ころのように転がされる。
「ぐっ……がっ……ぐっ……」
さらにクルト、エリーゼ、ボルゲイノによる三重の連携が続く。
ボルゲイノが盾を飛来させ、エリーゼが支援し、クルトガ巨腕で殴りつける。
一撃。
二撃。
三撃。
四撃。
五撃。
六撃。
七撃。
さらに八、九、十、十一、十二、十三、十四、十五、十六、十七、十八、十九、二十――。
加えて百二十三撃、百二十四撃、百二十五撃、百二十六撃、百二十七撃、百二十八撃――。
総数六百七十撃まで続いたところで、アーデルの『骸魔装』が完全にひしゃげる。
修復が困難なほどに砕かれる。
即座に、自己修復を発動。
しかし黒き鎧の至るところに火花が散り、魔力は乱れ、溢れるクルトの衝撃波の余波は、それだけでアーデルの内蔵にまで達する。
口からおびだたしい血をこぼれていく。
「かふっ……こはっ……」
血の池が目の前に形成される。
だが、それに油断を覚える《一級》ではない。
アーデルの眼の前に、三つの影。
『千の盾』を展開し、あらゆる察知・防御を行うボルゲイノ。
『領域支配』を持ち、戦場の生物・物質を操るエリーゼ。
『聖人の右手』を持ち、無限の攻撃と無類の巨腕を振るうクルエスト。
轟然と、あるいは悠然と、その武具を掲げている。
――そこに、隙はなかった。
彼らは強者の中の強者で、慢心など抱かない。
視線は観察を徹している、猛者を打ち倒してきた――生粋の化け物。
地上において、彼らが倒した者は数知れず。
犯罪者となった探索者を幾度も打ち倒してきた――対人戦闘において無敵の存在。
ギルド、《一級》騎士。
それが、この地上を守る最強の猛者の称号である。
「なるほど。これが騎士の極地か」
瞬間。アーデルが《ヘリオース・アクトドレイク》を五体創るもボルゲイノの盾に凌がれる。
衝撃も魔力も完璧に防がれる。
「認識を阻害しましょう。――『幻影世界』。起動」
聖女エリーゼが、手に持つ聖杖を掲げ周囲の景色を塗り替える。
滝の水流が流れ落ちる巨崖。竜と蛇と蟲が闊歩する森林。
あり得ざる光景が、アーデルの視界に入ってくる。
アーデルが、『魔霊眼』の機能ですら無効化する幻術の後。
衝撃が、アーデルの横っ面に襲いかかった。
『聖人の右手』。
巨腕の一撃を受け、アーデルが周囲の岩柱を破砕し、何度も弾き飛ばされる。
地面にぶつかり、さらに十二の岩柱に激突。
ひしゃげた《骸霊装》で幾度も地面に打ち付けられた後、ようやく静止する。
「なるほど。これは――敵わないな」
大きく陥没し、ひしゃげる漆黒の兜。
全身を軋ませて、砕けた甲冑の一部が剥離する中、アーデルは甲冑を動かし呟く。
「確かに、素晴らしい力だ。貴君らは我に勝ち得るのだろう。それほどの力と知識。我を倒すのに相応しい」
彼は虫の息のまま呟いた。
「――だが、忘れていないか? 我のもう一つの異名が、《六皇聖剣》であることを」
リゲルが、ハッとして皆に叫んだ。
「クルト! 全力で止めろ、今すぐ!」
空白だった。それは、一瞬の意識の空白だった。
時間にして一秒にも満たない――しかし決定的な、心の隙だった。
「無駄だ。――すでに準備は終わっている」
メアが、マルコが、クルトが、エリーゼが、ボルゲイノが、それぞれ攻撃手段を講じようとした。
だが、その一瞬。ほんの一瞬の間に――。
「【錬成】! 合成獣たちよ!」
アーデルは事を終えていた。
錬成獣など十四体の獣が、地面より創造される。
クルトたちは瞬く間に錬成獣を破壊する。メアが六宝剣を放ち、マルコが雷撃を撃ち掛け、さらに粉砕を続けようとしたところで。
「――《六皇聖剣》とは」
しかしそれら――どの攻撃が、アーデルに届く、ほんのわずかな前にアーデルは断じる。
「遥かなヴォルキア帝国の皇帝より賜った、地上最強の『剣』である」
猛烈な、光がアーデルの右手より放たれた。
爆光にも勝る鮮烈なそれは、質量を持つ光。
猛烈なる光輝の発現であり、その場にいた者を――猛者たちの動きを一瞬だけ、減じさせた。
たかが一秒。されど一秒。それが盤上を狂わせる致命的な一手となる。
「――知るがいい。これが、世界を変える力だ」
そしてアーデルは、宣言する。
「――『聖剣』、開放――」
猛烈な光が。
太陽が、降臨したかのような――圧倒的な輝きが、辺りに満ち溢れる。
周囲の岩柱が吹き飛び、圧潰した。弾け飛ぶ破片。視界が眩む。恒星が飛来したと思わせるような、圧倒的で暴力的な輝きが周囲を蹂躙する。
「謳え、我が敵全てを薙ぎ払う光よ。我が命、我が悲願――想いを吸い、顕現せよ!」
リゲルが――魔石を投じつつ、歯噛みする。もう駄目だ、止められない。
虚を突かれた。一瞬の、意識の空白。それが、それが――。
迷宮内に。
光が。
光が。
光が。
光が――。
ソレは、全てを終わらせる、逸話の神の名を持つ聖剣。いかなる劣勢をも覆す、禁じ手にして終焉を司る剣。
立ちはだかる脅威を一掃し、持つ者に絶対なる勝利を。
この世で考えられる、最高にして最凶の武具である。
「――『聖剣デウス・エクス・マキナ』、開放――」
眩い。神々しいまでの燐光を放つ剣を携えられる。猛烈な、人の視界も意識も塗り替えるかのような激烈な閃光は。
兜の、紅き光点を爛々と輝かせるアーデルは告げる。
「これこそが――我が《六皇聖剣》たる所以。貴君らを滅ぼす、終末の具現である」
クルトが『聖人の右手』を振りかぶらせ、真っ向から叩き降ろす。
エリーゼが、ボルゲイノが、それぞれ『幻術』と『千の盾』を再展開させ、メアが《六宝剣》を射出する。
半魔物化のマルコが、テレジアが全員に防護魔術を、遅れて復帰したマリナが『薄明』を、ミーナが『共鳴』魔術で援護に斬りかかり――。
そしてリゲルが、魔石を――《タイラントワーム》、《ヘカトンケイル、》《バーンズゴーレム》、《スノーホワイト》、《ジェノサイドワイバーン》、《アクトスパイダー》×125、《ガーゴイル》×124、《ゴブリン》×237の魔石で以って、迎撃する。
ここに、最終決戦の火蓋は落とされた。
《錬金王》と《合成使い》。
《楽園創造会》の盟主と《英雄》たる少年。
遥か遠方の、《六皇聖剣》の象徴である聖剣を開放したアーデル。
彼と、リゲルたちとの、正真正銘――最後の決戦が、終幕へと近づいていく。
お読みいただき、ありがとうございます。
いよいよ第4部も最大の佳境に入っていきます。
楽しんでいただければ幸いです。
次回の更新は10月28日、20時になります。





