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第百三十六話  これまで歩んだ道のり

「総力戦だ!」


 リゲルの発破と共に、パーティの面々と《タイラントワーム》――決戦用の魔石の猛威がアーデルへと襲いかかった。


「ァァァァァアアアッ! 崩れ落とせェェェッ! 《パラセンチピード》ォォッ!」


 半魔物化したマルコの雷撃が舞う。その横ではメアが六宝剣を、さらにその横ではマリナが三の舞・『天狼』を立て続けに炸裂させる。

 空を穿つような雷撃と六宝剣が、音を超え飛来する。

 アーデルが動いた。やや後ろに多数の狼の群れに向かい、左手の《紅蓮牙剣レグレジーラ》で薙ぎ払い、右手の《風烈霊剣ヒュラジオル》で猛烈な風を生み出す。吹き飛ばす。

 嵐にも似た暴風を破り、半魔物化したマルコが突貫する。その口にはすでに牙がある。体中に甲殻と棘。ムカデ型の魔物の力を取り込んだ彼は――もはや異形の化身。


 雷撃が、槍の如き一撃が、嵐のようにアーデルを一度、二度、三度と襲っていく。


「――《骸魔装》、第八形態、『霧散盾』」


 猛烈なる雷撃が消え失せる。

 その背後、メアが六宝剣を射出する。複雑かつ莫大な威力を誇る煌めきの宝剣は、アーデルの認識限界を超え――包囲・殺到。鎧砕けよと瀑布めいた勢いで迫る。


「宝剣も、雷撃も、我には通じない」


 四つの形態変化。立て続けに一秒ごとに。爆風と暴風と鋼柱の乱立。

 颶風の猛威が起こる。

 金属音と金属が甲高く響き、扇状の衝撃波が辺りを吹き飛ばす。

 回転。側転。空中で豹の如く跳躍し――アーデルが空中に流体金属製の足場を形成して、篭手をさらに錐状の武具へと変化させる。


「アアァァァアアアアッ! もっと力ヲ! 《パラセンチピード》ォォォォッ!」


 その一撃に、真っ向からマルコが雷撃を放つ。紫電。紫電。紫電。咆哮を放ちながら、白光を乱舞させる彼は鬼気迫る形相。

 目は血走り、全身は猛気に溢れ、獣性の化身となって暴れまわる。

 しかし、そのどれもがアーデルを仕留めるには至らない。形態変化、《紅蓮牙剣レグレジーラ》、《風烈霊剣ヒュラジオル》。百を超える武具の変化と紅蓮と猛風の剣がその猛攻を全て弾き、そらし、無力化する。


「仕留める! ――奥義・一の舞! 『薄明』!」

「その踊りはもう見飽きた、踊り娘」


 分身と共に味方を補佐しようとしたマリナへ向かい、アーデルが吐き捨てる。

 直後、錬成獣ヘリオース・アクトドレイクが背後から迫る。分身全てと本体を巨腕で薙ぎ払い、彼女を吹き飛ばす。


「きゃああっ!」


 直前にリゲルが、《ハイハーピー》の風でそらし直撃は避けさせる。しかしマリナは彼方へと吹き飛ばされた。

 戦線から離脱。《ヘリオース・アクトドレイク》が勝利の歓喜にも似た叫びを上げ、口腔が光らせる。その内部――圧縮された魔力の塊が宿る。


「皆を守れ! 《タイラントワーム》! 《ヘカトンケイル》!」

「SYAAAGAYAAAAAAAAAAッ!」

「ブルオオオオオオオォォォオオオオオオッ!」


 陽光を遮る巨体の魔物と、百の腕を持つ巨人が真っ向から突撃する。

 《ヘリオース・アクトドレイク》が魔力の光線を吐き出し、巨蟲と巨人が盾となる。

 衝撃波、大音響、周囲一キロに渡って激震が響き渡り、放射状に拡散した魔力が大気を汚染し大地をひび割れさせる。


 あまりの魔力の衝突に、大地が耐えきれない。

 破壊される。

 それまで戦場を支えてきた地面が――ヒルデリースの一角が、攻撃の余波で崩れて崩壊しその場の全ての者を飲み込む。


〈リゲルさん!〉

「大丈夫! ――《ハイハーピー》!」


 まるで世界を滅ぼさんとする大蛇の顎に、一同は吸い込まれる。

 真っ暗な虚に落ちるかのように落下する彼らは、リゲルの手で助けを得て、それぞれ次手を模索し、破片と共に着地する。

 遅れて、アーデルも降り立った。


 そこは――第五迷宮《岩窟》。その第一階層。

 地上の全ての地域の下。そこには無限に思えるほど広い大迷宮がある。子供でも知っているその事実だ。


 地上の戦闘で地上が破壊され、その地下にまで落下する。

 それでも続く激戦があった記録は、公式にはほぼ皆無。

 例外は国を揺るがす大戦。世界を滅ぼしたとされる【終焉の災厄】との決戦。――いま。その伝説の戦に比肩し得る激闘が、続いていることを誰もが理解していた。


 破壊された地面の破片――土塊が幾重にも降り注ぐ中、アーデルは呟く。


「大地が避けてなお戦うか、アルリゲル。その一味」


 《錬金王》は呟く。


「――ならば散れ。――【錬成】! 《岩霊亀シャルガムズ》。《崩土烈剣アルスザーカ》」


 見上げるばかりの禍々しい亀型の魔物。

 鋸状の凶悪な線の剣。

 岩と土と砂で出来たそれらを創造し、アーデルは勝ち誇ったかのように両腕を広げる。


「ここは貴君らの墓場。人生の終着点。我が錬金術の秘奥と絶技の前で、崩れ落ちよ」

「アアアアァァアアアッ! 爆裂せよォォォォオオッ! アーデルァァァアアッッ!」


 半魔物化して、もはや暴走の化身となったマルコが咆哮と共に雷撃を乱射する。

 それをアーデルが《岩霊亀シャルガムズ》の能力、『倍加反射』で全て跳ね返し、凌ぐ。なおマルコは前進を止めない。


「アアァアアッ! ァァアアアッ! ――お前は倒す! 全ての元凶! アアアアァァアアアッ!」

「……厄介な耐久だ。効かないと言っている。お前は――」

「《ヘカトンケイル》!」

〈行って! 烈剣クロノス!〉


 反撃しかけたアーデルの背後に、リゲルの百腕巨人とメアの宝剣が躍りかかる。

 百の腕を持つ巨人。その腕力に人間は敵わない。

 アーデルは巨躯の多腕の巨人にしがみつかれて、さらにメアの宝剣で背中の装甲に裂傷を入れられる。


 ヒビが入る。それは彼のはじめての大きな損害だ。

 だがアーデルはそれでも一切声音を変えることなく、流体金属性の甲冑を脈動させる。

 形態変化・『流砂』で――細かな砂へと変じさせる。甲冑の形が変わる。体積が変わる。その形態変化により、束縛から逃れたアーデルは、跳躍して《崩土烈剣アルスザーカ》を投げつけた。


「――っ、爆散系の攻撃――全員、対衝撃を!」


 解析系の魔石アナライズデーモンで、一瞬のうちにそれを危険と判断したリゲルが、隣に着地していたテレジアを、そしてとっさに魔石を投げてミーナを《ゴーレム》で守った。

 だが猛撃はそれらを無傷とはしてくれなかった。

 爆轟。猛炎。吹き荒れる岩と土と砂が硬質化した、嵐の悪夢。

 テレジアをかばったリゲルは背中を、《ゴーレム》で守られたミーナは片腕を、それぞれがひどい裂傷で覆われた。


「グア……ッ」


 前進を甲殻で覆われていたマルコは、瀕死こそ免れた。

 だが総身に微細な切り傷を負わされ、立っているのもやっとの状態。


「この爆発に耐えるか。流石だが――」

「《トリックラビット》! マルコ、下がって!」


 テレジア、ミーナ、マルコを下がらせて、手のサインでメアに「彼らの治療を」と、予め渡しておいた霊薬の使用を指示するリゲル。

 彼は《ヒールトーテム》で背中の裂傷を癒やしながらアーデルの方へと、近づいていく。


「僕のパーティに、死者は出させない」

「その甘さが、貴君の敗因となる、アルリゲル」


 アーデルが錬成獣《岩霊亀シャルガムズ》を従えつつ構える。背後から《ヘリオース・アクトドレイク》が四枚の翼を翻し、ゆっくりと護衛騎士のように着陸。

 対するリゲルは、《タイラントワーム》、《ヘカトンケイル》、《ジェノサイドワイバーン》を率い、真っ向から攻撃。巨体、ブレス、百腕での打撃を試みる。

 それを四翼獣による咆哮による震動で足止めし、アーデルは爛々と『魔霊眼』を輝かせる。


「アルリゲル。その我の錬成獣の攻撃を受けて、その程度の傷で済んでいるのは流石だ。だが気づいているか? 貴君と我。――両者には絶対的な差が開いていると」

「戦場に、絶対など存在しない」


 リゲルは切って捨てた。


「個々の能力、相性、地形、味方、時間経過。様々な要因によって状況は刻一刻と変化している。戦場で絶対、という言葉を使うときは、危機に瀕しているか、油断しているときだけだ」

「ハハ、ハハハハッ!」


 アーデルは、兜の真っ赤に輝く『魔霊眼』を煌めかせ、可笑しそうに歓喜する。


「アルリゲル。我は知っているぞ。貴君が余裕を逸したとき、もっともらしい理屈で自分を安心させる癖を。それはすなわち、貴君の劣勢だ」

「――っ、叩き潰せ、《タイラントワーム》、《ヘカトンケイル》!」

「SYAGYAAAAAAAAAAAAッ!」

「ボルアアアアアアアァァアアアアアアッ!」


 巨蟲と巨人が特攻する。それを《シャルガムズ》と《ヘリオース・アクトドレイク》が真っ向から受け止める。

 巨大亀と四翼獣の咆哮が、それだけで周囲の岩に亀裂を生じさせる。亀裂、亀裂、破砕。どこまでも不吉な破砕音と共に、第一階層――その地面すらもが崩れ、戦士たちはさらなる下階層へと落ちていく。

 第二階層。さらに第三階層。さらに第四階層へ。乱舞する破片。岩と土と砂の柱。


「補佐しろ、《ハイハーピー》!」

「【錬成】。《岩霊虎ラジャルソー》」


 風を操る魔石と、物質を瞬時に更地に変えられる錬成。『魔石使い』と『錬金王』の存在によって、両陣営の味方が軟着陸する。

 アーデルが錬成剣を携えつつ呟く。


「アルリゲル。貴君の【合成】は、確かに素晴らしいものだ。汎用性、応用性、即応性。どれもが一級の魔術すら超える。――だが」


 リゲルの《ヘカトンケイル》の百腕が、アーデルの《岩霊亀シャルガムズ》の体を殴打する。激震と打突音による衝撃。周囲の岩柱ごと粉砕していく。千を超える岩破片を乱舞させる暴力の光景。

 だが、《岩霊亀シャルガムズ》は――無傷だった。

 その甲羅にも、顔面にも、何一つ裂傷はない。


「ボオオオオオア!?」


 《ヘカトンケイル》が、驚愕の超えと共に背後を見やる。

 そこには、《岩霊虎ラジャルソー》が、鋭利な爪で背中を貫いている姿があった。


「ボ……アア……」


 それが《ヘカトンケイル》の最後だった。無念のこもった、鳴き声を残して百腕の巨人が消え去る。

 ランク八の魔石の怪物――それが、王侯貴族の家宝にすら成る魔石から生じた巨人が。

 一撃で。

 消滅させられた。


 アーデルは魔力を高ぶらせ愉悦に震える。


「――わかっただろう。ランク八の魔物でも我には通じない。人間社会の上流層どもが、宝と称する希少な魔石。それすらも、我の力には及ばないのだ、アルリゲル」

「――具現せよ! 《バーンズゴーレム》! 《スノーホワイト》!」


 猛火を撒き散らす巨人と、氷風を撒き散らす妖精、それらが暴威となってアーデルを襲う。


「【錬成】。《岩霊朱雀ツァラルラッハ》、《岩霊蝶メラモカール》、《岩霊獅子ウルガルヴァ》」


 だが大翼広げる怪鳥と、一瞬で四十に分裂出来る蝶と、壮麗な逞しい獅子の錬成獣が迎え撃つ。

 一体一体が都市を容易く破壊出来る怪物を超えた怪物が――猛火の巨人を、氷風の妖精を食らい、引き裂き、屈服させる。

 後には、塵のように虚空へ消える魔力の粒子。リゲルの魔石の敗北だった。


「――」

「アルリゲル。【合成】を使い、幾多の魔石を生み出してきた貴君なら、分かるだろう」


 アーデルは【錬成】、【錬成】――引き連れている五体の錬成獣をさらに倍加させ、合計で十体の錬成獣を従える。


「万能性、応用性、即応性。それらは、『我も持っている力』だ。戦場において有利不利を把握し、的確な駒を配置し勝利に導く」


 その黒き篭手を天に掲げる。


「劣勢を優勢に。危機を逆転にする力。だが、それを《六皇聖剣》時代に誰が使いこなしていた? 誰が、かの剣聖たちを勝利に導いた? ――そうだ、アルリゲル。我だ。ゆえに貴君は我に、絶対に敵わない」

「なにを……」


 そしてアーデルは、ある意味、リゲルにとっての死刑判決を言い渡す。


 

「――分かっているはず。【合成】は、【錬成】の劣化版である。――及ばない。下位互換でしかない」


 

「……っ」


 リゲルが眉をひそめた。


「武器の創造。魔石の利用。魔物の使役。――その程度なら、我も行える。貴君が【合成】を使いこなす遥かな前からな。ずっと……ずっとだった。我は、《六皇聖剣》となってからも、自らが非力だからこそ『錬金術』を磨いた。そうして血の滲むような思いと屈辱の果て、必死に、足掻き、研鑽し続けた」


 ――積み重ねた技能。

 ――譲れない想い。

 ――洗練させた技量。

 そのどれもが違う。前提が違う。だから【合成】では【錬成】に勝てない。


「アルリゲル。貴君は素晴らしい戦士だ。だが、我に及ばない。貴君の【合成】は、はじめから我に及ぶものではないのだ」


 リゲルの、《ジェノサイドワイバーン》が、口内からブレスを吐き出した。それを錬成獣ヘリオース・アクトドレイクが咆哮で相殺する。

 吹き荒れる周囲。飛び散る岩柱とその破片。破片の一つが、リゲルの頬に浅い傷を作った。彼は無言のまま、アーデルの方を見やる。


「……じゃあ、僕では勝てないと言うつもりかい?」

「然り。【合成】では我には敵わない。たとえ『武器合成』を行おうと、結果は同じことだ。貴君の技は全て我が上回る。いかなる武具を創造しようとも、戦術を用いようと、貴君は、我に敗北し――」

「……は。はは。ははは」


 突如として、笑いを上げたリゲルに、アーデルは訝しんだ。


「――何を笑っている? アルリゲル」

「昔から、そうだよね、アーデル。夢中になると、途端に周囲への注意が疎かになる」


 アーデルは警戒する。周囲を探知する。しかし問題はない。何もない――ないはず。

 アーデルは、一瞬だけ怪訝そうに沈黙し、


「――っ、アルリゲル。貴君は」


 

「はいざんねーん。『切断』の魔術ですよっと」


 

 白色の軌跡が翻った。

 アーデルの傍ら、《岩霊獅子ウルガルヴァ》の一体へ首元へ巻き付くと、瞬く間に切断した。


 岩を圧縮してヒヒイロカネなど上位の金属に比肩する防御が、一瞬で破られ崩壊する。

 それは鞭による攻撃だ。

 より正しくはそれは光の鞭。長く、細くあつらえられた武具が、岩の陰から悠然と伸ばされている。


「――貴君は」

「主役は遅れて登場するものだぜ? ――なんてな。《二級》ギルド騎士、レイザ、参上した」


 《マッドカメリオン》で透明化されていたギルド騎士が姿を表す。

 予め、レベッカ経由で持たせていたものだ。


 ――間に合った。

 リゲルがそう思うと同時、さらなる異変がアーデル陣を襲う。


 《岩霊蝶メラモカール》が、急に動きを鈍らせた。まるで糸を切られた人形のように、次々と、地面へと落下していく。

 いくつも立ち並ぶ岩柱の陰。位置的にレイザの反対側の柱からすっと現れたのは、温厚そうな風貌の青年だ。

 その手には、輝く杖。


「同じく《二級》ギルド騎士、ラーマス。『鎮静』の魔術にて加勢させていただきます」


 アーデルが束の間、硬直する。


「ギルドの、近接最高位の騎士。それに、補佐系最上位の騎士か」


 警戒しつつその手に《風烈霊剣ヒュラジオル》を構える。

 猛烈なる風が、刀身に宿り風の渦を撒き散らす。

 レイザとラーマス。接触したあらゆる物を斬り裂く『切断』の魔術。

 周囲のものを無力化し『鎮静』させる魔術。


 それが錬成物を押し留めた。

 かつてヒルデリースで緑魔石使いロッソと交戦、一度は追い詰めたレイザ。

 緑魔石増殖の折、多くを行動不能にしたラーマス。

 その後、辛くも戦場から逃げ延びていた騎士たちが、遅ればせながら参戦する光景に、アーデルは小さく震える。


「――援軍を、隠していたな?」

「合流地点は、あらかじめ聞かされていたけどな」


 レイザが軽い調子で応じる。


「レベッカ参謀長から、事態の急変をお知らせいただき、駆けつけました」


 ラーマスが同意して杖を軽く振るう。


「――潰せ。《岩霊朱雀ツァラルラッハ》」


 アーデルの放った、天空の猛威たる錬成獣の一体が、突撃する。

 しかし直後、ラーマスの『鎮静』魔術で硬直させられる。

 さらにレイザの鞭――『切断』の魔術の付与による一撃で、胴体ごと両断された。


「言っておくが、俺の『切断』は触れたものに一撃必殺の効力を付与する魔術でね。消費魔力が激しいからあんま使いたくはないが――まあ《六皇聖剣》が相手だ。出し惜しみはしないぜ」

「同じく。私も加減などそんなものを《錬金王》に考える気はありません」


 バラバラと、塵のように地面へ落ちる破片の雨。

 それを受け、アーデルの声音が、徐々に――低く、冷たくなる。


「貴君たちは、勝てると思っているのか? 我に、《錬金王》に。――傲慢なる騎士たちよ。半端者の騎士たちよ。その迂闊さが、仇となるのを知れ」


 アーデルが、残る錬成獣、《ヘリオース・アクトドレイク》と《岩霊亀シャルガムズ》に防御陣形を取らせる。

 破壊の能力を持つ翼での防風と、『倍加反射』の膜の形成。

 それは、何者をも拒絶する最高の盾。万物を弾く鉄壁の守りだが――。


 

「――この俺を前にして、岩ばかりを使役するのはどうなんだ? そら、『聖人の右手』」


 

 猛烈な、勢いによる殴打が、《岩霊亀シャルガムズ》を吹き飛ばした。

 直下より襲いかかったその一撃は、巨大な亀型錬成獣を一瞬で、粉砕する。

 柔らかい甲羅の裏――腹の真ん中を打ち抜かれ、内部組織ごと破壊される。


「――まさか」


 苦悶の声を残しながら、シャルガムズが崩れ落ちる。

 その残骸。四散した錬成獣の破片を――『右手に吸い込ませながら』、なおも巨大に、猛烈な勢いで膨れ上がらせ、歩く災厄めいた人物。


「参謀長レベッカから聞いた通りだ。――間に合って良かった。最後の決戦くらいは、俺も参戦したい」


 それは――ギルドにおいて最強の一角。

 それは――地上において達人や俊才すら凌ぐもの。


 単独にて国家の軍隊に相当し、大いなる魔物の軍勢すら屠る存在。


「――遅れてすまない。《一級》ギルド騎士。クルエスト。……いや、今はクルトで良いか? しばらくぶりだな、リゲル」

「……君のほうこそ」


 リゲルは頬を緩めた。

 かつて、『ギルド・トーナメント』において決勝選を競い合った熟達の騎士。

 およそギルドにおいて、最強と名乗れる猛者の中の猛者が、戦場に舞い降りた瞬間だった。


「《一級》……」


 クルトは笑う。優男の風貌に狂戦士めいた戦意を漲らせて。


「今日は吉日だ。敵は《六皇聖剣》。かの有名な《錬金王》だとはな。本当、一度は手合わせしてみたかった」


 聖人の右手が、残る一体の《岩霊亀シャルガムズ》を粉砕する。

 要塞並みの防御力を誇る防護の怪物が、一瞬にして圧潰し崩れ落ちる光景。


 無数の岩により形成された腕を掲げ、クルトは笑う。


「俺の『聖人の右手』は、何物をも取り込む。例外はない」


 その巨腕に、次々と錬成獣だった破片が引き込まれ、合体しては、肥大化していく。

 《岩霊朱雀ツァラルラッハ》が、《岩霊蝶メラモカール》が、《岩霊獅子ウルガルヴァ》が、《岩霊亀シャルガムズ》だったものが、際限なく、取り込まれていく。


「相手が強ければ強いほど俺を強くさせる。――お前の負けだ、《錬金王》」


 強大な武器や魔力を吸収し《巨腕》を進化させる者。

 世界を救いし、英雄の力。その具現。

 英霊と讃えられ、強者として君臨した者の恩恵。


 すなわち『聖人の右手』。――万物を取り込み、力とする覇者が、傲然と言い切る。


「もうお前に退路はない。錬成獣もろとも、伏して倒れるんだな」

「《一級》。なるほど、なるほど」


 アーデルが、錬成剣《風烈霊剣ヒュラジオル》と《紅蓮牙剣レグレジーラ》を構えて投擲する。

 それを難なく弾き返すクルト。


 アーデルは新たに《風烈霊剣ヒュラジオル》と《紅蓮牙剣レグレジーラ》を錬成する。


「――滑稽なり。我に対し、数の利というものは存在しない。それが――たとえ《二級》騎士だろうと、《一級》騎士だろうと、軍勢の強さに拘わらず、我の錬金術には及ばない」


 再び、《岩霊朱雀ツァラルラッハ》、《岩霊蝶メラモカール》、《岩霊獅子ウルガルヴァ》の三体が創造される。周囲の岩柱を素材として錬成される暴威の化身。たとえ『聖人の右手』が相手だとしても優位は崩せない。それを、誇示するかのように。


「そうか。数の利は通じない、か」


 クルトは顔色を変えもしない。


「本当に? ――本当に、これを見てもそうだと言い切れるか?」


 その瞬間、クルトはパチンッ、と巨大な右手で指を打ち鳴らした。

 直後。

 アーデルの斜め後ろに、きらびやかな金髪の美女と、塗り壁のような巨漢が降り立つ。


 アーデルの左斜め後ろ――きらびやかな金髪。唇は薄い紅色。衣装は華麗さと上品さを兼ね備えている。

 アーデルの右斜め後ろ――腕は丸太の如く。体は大岩の如し。傷だらけの無骨な顔。


 まとう魔力だけで桁外れな実力と誰もが知れる――猛烈なる使い手が三人、アーデルを取り囲む。


「はじめまして、と言うべきかしら? 《一級》ギルド騎士、エリーゼ・ランプルートよ」

「同上。《一級》ギルド騎士。ボルゲイノ・グラムゼタ」


 漲る筋肉の塊と、凛麗とした美貌の麗人。

 クルトと同格たる最強の一角が、アーデルを三点で囲うように布陣を取っている。


「都市ギエルダの《一級》。『聖人』のクルトに『聖女』のエリーゼ。それに、『聖盾』のボルゲイノか。我も、相当な人気者ということか」


 アーデルは、煌々と紅く輝く『魔霊眼』を動かし、睥睨する。

 クルトが悠然とした顔つきで、前に出る。


「その通り。我ら《一級》が、お前の相手をしよう。――なに、すぐには終わらないさ。せっかくのパーティーだ。早々に終わってしまったら、つまらないだろう?」

「遊んであげる。シャンバラの盟主さん。私たち《一級》に、どれほどの力か、見せてみて?」

「粉砕。邪魔する者は排除する。それすなわち、ギルドの理念である」


 クルトが、エリーゼが、ボルゲイノが、それぞれの武具を掲げてみせる。

 アーデルは、《骸魔装》の形質を喧嘩させ、二刀流の構えを見せる。


「何者も、我の歩みを止めることは出来ない。我は《錬金王》。万物を操り、支配する者なり」


 地上最強と言われるギルド《一級》。

 帝国にかくあれと謳われた《六皇聖剣》の、一角にして《錬金王》。

 ヒルデリース。その地下の迷宮にて、大陸を隔てた『最強』を冠する者たちが、激突する。




お読み頂き、ありがとうございます。

次の更新は10月14日、20時頃になります。

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