第百三十三話 裏切りの六皇聖剣
「なぜだ。どうして、ここにいる――《錬金王》、アーデル!」
リゲルは叫びながら、激昂は当然のごとく湧き上がってきたのを感じた。
これまで経てきた全ての戦い、全てのやり取り。全てが目の前の存在が原因で至っている。
ミュリーとの出会い、メアとの遭遇。マルコ、テレジアとの出会いミーナ、マリナとのやり取り――その全ての光景が脳裏に浮かび上がっては消えていく。
「配下の者から報告を受け、亜種魔石の実験が失敗するのか、と危惧してみれば」
漆黒の小さき鎧のアルケミストは、傲岸に、悠然と、歩み寄ってくる。
「まさかの光景。驚いたな、アルリゲル」
アーデルは。
激昂するリゲルの、これまでの数々の苦労をおそらく推察していた。
そして、まるで昨日会ったかのように、淡々と口にする。
「アーデル……」
怒りが湧き過ぎて、行き先を失った激情が逆に冷静さをわずかに呼び覚ます。
リゲルは冷えた口調で言う。
「いったい、なぜ……」
「――なぜ、と言ったか? アルリゲル。戦乱の渦と化した都市ヒルデリース――この崩壊した区画の只中に現れたのだ。理由は限られるだろう?」
アーデルは、そう言った。
当たり前のように、『お前なら分かるはず』だ、と。
リゲルはそれで事態のほとんどを理解する。
「――ああ、そうか、そういうことだったのか」
そもそも、『楽園創造会』とは何なのか。
『青魔石』や『緑魔石』を創り上げたのは誰なのか。
可能性をいくら考慮しても、最後には名前が挙がる候補がいた。
それが。
「アーデル。君が――この『緑魔石』の騒乱の、元凶か」
都市を混乱に巻き込み。
ミーナやマリナを騒乱に巻き込んで。
数多の人々の欲望を掻き立て、暴走させる。
「否。それだけでは不十分だ。我は、お前の考えている通りの存在である。緑魔石、青魔石、それらの統括者にして創造主。我の役割は貴君の頭脳なら容易にわかるだろう」
激情を、多大なる労力で封じ込めながら、リゲルは呼吸を整える。
一秒、一瞬の隙が命取り。事ここにおいて、彼以上に油断をしてはならない相手はいない。
転移短剣バスラを握りしめるリゲルを眺め、アーデルが異質な黒い篭手をはめた両手を広げる。
「――我は、『楽園創造会』の盟主。そして『青魔石』、『緑魔石』、さらに『第三』と『第四』の亜種魔石を統括する、創造主なり」
瞬間。
リゲルの中で、ずっとずっと、ハマらなかったパズルのピースが、がちりと、大きくはまっていくのを感じた。
いくつも想定していた可能性。
最悪に至る道順と理由、現状の理由。最大の裏切り者を前にして――耐え難い、大きな答えが、明示された。
「――結局は君にたどり着くんだね。君が、楽園創造会の頂点か」
アーデルは黒い兜を頷かせる。
「然り。――しかし、それも部分的にしか当たってはいない。――我は統括者であり創造者。指揮はしていない。我は、あくまで助言者であり、楽園創造会は『彼ら』のための組織」
「……どういう意味だ」
淡々と、黒き甲冑に包まれた錬金王は、事実を口にする。
「我は――八百年前に封印された地下組織を復活させたに過ぎぬ。――当時存在した《剣聖》、《聖女》、《賢者》。彼らによって封じられた者たちを、現世に復活させた。――その方針も、目的も、全ては『楽園創造会』の者らが元より持っていたもの」
「この騒乱も、しょせんはその活動の一部分に過ぎないって? そういうこと?」
然り、とアーデルは兜を揺らし肯定する。
リゲルは顔つきを険しくしたまま、問いを重ねる。
「――『楽園創造会』は、何の目的でこんな騒乱を起こしているんだ」
「騒乱を起こしているのではない。逆だ。結果的に、騒乱になっただけのこと。これ自体が目的では断じてない」
「……なんだって?」
リゲルは、手に持つ転移短剣バスラの柄を、強く握りしめる。
吐かれた言葉、その真偽に偽りはない。
大量に散布させた魔石のうち、複数の虚偽判定系の魔石により、『真』との判定が分かった。
「ではその目的とは? マーベンを、ダールドスを、都市ギエルダを、都市ヒルデリースを、皆を巻き込んで、君たちが行おうとしていることとは、一体なんだ?」
「――前にも言った。『貴君らは礎だ』と。そして『恵まれた体、恵まれた環境』であると。貴君らには、理解出来ないであろう」
「どうしても話さないと言うことか?」
錬金王は首を傾げた。
紅く、熾火のようにも見える兜の光点が、戦場で不気味に映える。
「パーツは揃っている。我が語った言葉、これまでの光景、それらを繋ぎ合わせることで、答えはすでに導けるはずだ」
リゲルは眉をひそめた。
すでに――答えは導き出せる? 今の、この状況で?
……不可能だ、とリゲルは思った。全て要素は揃っていると言う。青魔石。緑魔石。アーデルが語った言葉。しかし、リゲルにはどうしても彼の真意が読み解けない。
「言葉で教えてもらえないというのなら、手段は一つしかないね」
「――同感だ。我も、計画の半分に干渉されて黙っているほど、腑抜けではない」
錬金王が、身にまとう鎧――《骸魔装》を駆動させた。
膨大な、相対するだけで気絶しかねないほど濃密な魔力の渦が辺りに充満する。
渦を巻き、可視化されるほどの膨大な魔力の量と質は、かつて会った最高位の強者――全力のユリューナ、決勝戦のクルト、激戦を行った幹部フルゴール――それらを軽く凌駕している。
居るだけで、竜が数体もいるかのような威圧感。
大気が悲鳴を上げ、周囲の地面が亀裂と共に、鳴動する。
「――皆、全力でいこう」
リゲルが転移短剣バスラの柄を握りしめる。
メア、マルコ、テレジア、ミーナ、マリナ――パーティの面々に、精神回復・腕力増強・速度増強……数々の魔石を使っていく。
アーデルは、それらを淡々と長めながら、大した脅威にも映ってないかのように、静観する。
黒く染まった、小さき金属の腕を揺らす。
「――アルリゲル。貴君は、思い知るだろう」
轟っ、と彼が篭手を振り上げるだけで周囲の魔力が毒のように変じた。
「我の、《錬金王》としての能力を。――楽園創造会の目的に、貴君は邪魔だ。亜種魔石の実験は、我らにとって不可欠。計画に支障を及ぼす者は――地獄よりも凄惨な光景を見ることとなる」
「出来ると思うのか?」
リゲルは、決然とバスラを構えた。
魔石、散布ランク一からランク八まで総数673。風系の魔石や重力系の魔石を用い、各所に配置。攻防の準備とする。
「ゴーゼルス、フィリナ、ベルゼガルド、ファティマ。――《六皇聖剣》の大切な仲間を裏切り、僕の力を、第二の故郷ギエルダにも害を成した。そして世界に害を成す君を、逃がすとでも?」
「――やはり、そうなるか。我と貴君では、定められた未来は見えている」
錬金王は、わずかだけ、心の揺らぎを見せた。
――マルコが、メアが、武器を構え、突貫する。
続いてミーナが、テレジアが、マリナが、それぞれの魔術や奥義を発動させていく。
「――薙ぎ払え! 《フレイムガスト》! 《ポイズンガレオス》! 突き抜けろ、《バイコーン》! 《フロストガーゴイル》!」
リゲルは数多の魔石を発動。さらに《グリムリーパー》、《アストロレイス》、《アクトスパイダー》、《ヘルバイター》、《アンフィスバエナ》、《ヘルマタンゴ》、《バーンズゴーレム》……数多の魔石を発言しつつ、付与魔術を練っていく。
「ここで君を倒して終わらせる。決着をつけよう、アーデルっ!」
「終わるのは貴君の方だ、アルリゲル。貴君の成り上がりは今日――我との戦闘でもって――終わりを迎える」
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