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第百三十二話  諸悪の根源

 周辺に新たな陰影はない。

 ダールドスは倒した。ロッソも、トータも。この場にいた緑魔石使いは打倒し、捕縛した。


 倒れ、崩れ落ちた建物やいくつもの街路樹。

 元は宿屋だった塊、公園や酒場だったもの欠片、瓦礫の中にはいくつもの壊れた資材があったものの、新たな緑魔石使いの驚異は皆無なようだった。


「皆、無事? 怪我はない?」


 リゲルはダールドスたち緑魔石使いが、完全に捕縛されている様を確認しつつ、仲間に声をかけた。


〈私は大丈夫だよ!〉「僕も平気です」

「あたしも。疲れたわ……」

「何とか、皆さんのおかげで無事です」


 メアやマルコ、テレジア、ミーナ――パーティの面々が次々とそう答えてくる。

 すぐ隣では踊り娘のマリナ――華やかな衣装に身を包んだ今回の功労者が、少し気恥ずかしげにリゲルを見る。


「あたしも無事。――あの、改めてごめんなさい、リゲルさん」

「ん、何のこと?」

「――今回の騒動、私たち緑魔石使いが大きな原因だったわ。欲望のままに力を使って、都市を混乱に陥れた。……それに、個人的にもずいぶんと周りを惑わしてしまった。……だからもし何かが違っていたら、今ここで捕まっているのは私も同じだったかもしれないと思うと……」


 リゲルは、まっすぐにマリナの目を見て言った。


「そんなことない。君は素晴らしい活躍だった。それだけで良いと思う」

 

 メアをはじめ、パーティの面々が口々に言う。


〈そうそう、もしも、の話なんて無しだよ!〉

「いま、ここにある姿が大事です」

「気にし過ぎ。平気だから皆」「気にしてないです」

「……ありがとう」


「マリナ。君は確かに危うい立場だった」


 リゲルはやんわりと柔らかな口調で言う。


「確かに君も、一度は緑魔石に魅入られたと思う。けれどそのまま暴走せず、僕たちに強力してくれた。平和を望む心を保ってくれた――それで良いと思う」


 リゲルは優しい笑顔を向ける。


「君は、今回の戦いの功労者なんだ、もっとひどい消耗戦にならなかったのは、君のおかげだよ」

「……リゲルさん……ありがとう」


 マリナは一瞬目を瞬かせ、嬉しそうに微笑した。

 その笑顔は戦闘の疲れを、少なからず減じさせるものだったため、思わずリゲルも笑顔を返す。


「おかげで皆が助かった。本当に感謝してる」


 ふと、マリナの顔が少し赤くなった。それはほんの一瞬であり、他の面々や緑魔石使いの方へ視線を向けたリゲルは気づかなかった。

 が、傍らで見ていたメアだけが気づき、近づく。


〈……ダメだからね?〉

「え!? な、なにが!?」


 メアは小さく頬を膨らませて。


〈リゲルさん、もう恋人がいるから。ラブ臭が漂ってたらダメだよ?〉

「ラブ臭ってなによ!? あとそんな変なこと考えてないから大丈夫だから!」


 ほんとかな、とメアは少し疑わしげに唸った。


〈うーん。でもリゲルさん、最近すごいからなぁ。ファンが増えないといいけど……〉などと、マリナにはよくわからないことを呟く。


 周囲は、ひとまずの静音に満ちている。

 先程までの轟音や粉塵などはない。

 まだ燃えた街路樹や戦いの余波で吹き飛んだ地面、建物。その他、残り火などが散乱しているが、激戦特有の『死』の気配はすでにない。


 当面は、平穏を取り戻したと言っていいだろう。


「――よし、全員の無事は確認したね。ミーナ。他の区画の様子は分かる?」


 ギルドの《二級》騎士である少女は、すぐさま手元の魔術具を使い、他騎士との連絡をとった。


「……はい。現状、ヒルデリースの約六割が沈静化しているとのことです。騒乱の主な原因だったマーベン、ダールドス、ロッソ、トータの撃破をはじめ、各地で《一級》のギルド騎士が参戦。緑魔石の使い手を何人も捕縛したとのことです」


 それには皆がどよめいた。


「《一級》騎士が参戦? 良かった、何とか間に合ったのか……」


 これまでギルドは、様々な要因によって戦場に参戦することが出来なくなっていた。

 それが、リゲルの戦闘によりマーベンたち主要な緑魔石使いが殺到、そちらに集中した結果、《一級》が参戦出来る形となった。

 マーベンとの戦闘に入る前、レベッカにはそちらの補佐を頼んでいたのだが、それが功を奏した形だ。


 文字通り、都市の混乱にリゲルが風穴を開けた結果、続く強者たちの参戦も果たせたのだ。

 この変化は大きい。


「指揮はレベッカさんが行っているようです。破竹の勢いで暴走を止めている区画もあるとか」


 この都市に潜入する際、別行動を決めていたギルド参謀長。

 彼女の役割は現存するギルド戦力の統括と、活用だ。楽園創造会シャンバラによって妨害工作に遭っていた《一級》をレベッカが助けていた。


 もちろん《一級》の活躍が前提だったもだろうが、リゲルやレベッカの存在が重かったのはいうまでもない。

 ミーナはそれからもいくつかの部隊と通信を交わし、ペンダント型の通信魔術具を握りしめた。


「ですが、油断は出来ません」


 ミーナは緊張した声音で通信魔術具を振る。


「未だ第五、第九、第十五区画の騒乱は収まっていらず、戦闘の継続中。――他にも、第十八区画や第二十一区画は激戦区。《一級》が参戦したことにより、事態は確実に終息に向かってはいますが、追い詰められた『緑魔石使い』がどう出るかは不明です」

「確かに。楽観は出来ないね。急いで次の区画に向かおう」


 リゲルは周囲を眺め、頷きを返した。

 緑魔石使いの六割を沈静化させたといっても、マーベンのように追い詰められ、人外めいた存在に変貌する者はいるだろう。

 そうでなくとも、緑魔石使いが連携し、攻撃を行ったなら、たとえ《一級》騎士が相手でも捕縛は難しい。


 緑魔石使いはあくまで『楽園創造会シャンバラ』が創り出した『緑魔石』によって暴走した被害者だ。

 闇雲に命を奪ってしまっては、後々の処理に障害が出てくる。


「……この近くで最も戦いが激しい区画は? 僕たちはそこの部隊と合流し、沈静化を目指そう」


 リゲルの問いに、ミーナが通信具を耳に当て、相手側のギルド騎士の声を聴く。


「……激戦区は第五か第九か近いです。どちらも二人の緑魔石使いがいて、熾烈な争いになっているとか」


「分かった。では第五区画へ行こう」


 リゲルは付近の仲間に声をかけた。


「皆、聞いて。第五区画へ向かう。――まず、メアは前衛として六宝剣を展開。マルコは僕とマリナを護衛して。ミーナは通信で最新の情報を拾う役割を。テレジアは、全体へ防護魔術。不意打ちにも対応出来るよう、できるだけ守護の魔術を重ねがけを」

「了解」〈わかった!〉

「責任は重大ですね」

「え、っていうか、あたしの役割だけすごい疲れるんじゃない?」


 テレジアを除く全員が好意的に言った。


「テレジアごめん。もうひと踏ん張りだから。君がこのパーティの要と言っていい。もう少しだけ頑張ってほしい」

「……まあ、わかってるわ。でも魔力ポーションの一つや二つ、ほしいところね。このままじゃ倒れそう」


 苦笑を浮かべたテレジアに、リゲルは即座に三つのポーションを手渡した。

 どれもが高級な魔力補充のポーションである。


「これは?」

「エクサ・マナポーションだよ。ちなみに《マナトーテム》の魔石の力も借りて、1・5倍の効能にしてある。それ一つで五時間は戦えると思う」

「え。ねえ、それ絶対、あとで反動で倒れる類のものだと思うけど……」


 リゲルは小さく笑った。


「大丈夫だよ。……僕も似たようなの飲んでるし。一緒に皆に看病されよう」

「ねえ! 絶対あとで、ベッドで倒れたままの未来が見えるんだけど! これ劇薬よね!? ねえマルコ助けて!」


 同郷の盾使いの少年は、白々しく乾いた笑みを浮かべた。


「あはは……がんばろう、テレジア。僕も頑張る」

「うう……なんてこと。せめて、女子に看病されたいわ……たぶん着替えもままならなくなるから」


 半分は冗談混じりに、半分は本音を呟きながら、テレジアはポーションを飲む。

 一気に魔力が回復されていくのを感じる。

 それを確認し、リゲルは一つ頷いた。


「よし、では第五区画へ向かおう。目的は緑魔石使いの捕縛だ。――作戦の道中、他の緑魔石使いの襲撃も予想される。皆、くれぐれも注意して――」


 

「――久々に前線へ赴いてみれば、ずいぶんと懐かしい顔を見た」



 ――瞬間。

 これまでで最大級の魔力が、その場の全員を硬直させた。


「っ!」

〈……っ!〉


 音速を遥かに勢いで飛来物が襲撃する。空を切り辺りを蹂躙するかのような爆撃が迫る。

 テレジアが衝撃に吹き飛ばされた。マルコが前に出て助けようとするが、雨のように注がれる飛来物に打たれ弾き飛ばされる。


 真っ先に動いたのはリゲルとメアだ。

 リゲルは《アイストーテム》、《フリーズドレイク》! 《タイタンアント》、《ラージガーゴイル》、《ヘビーエルダーアーマー》――防御力に秀でた魔石をいくつも散布させ、メアが六宝剣を縦列に空中へ配置させる。


「メア、迎撃! マルコ、マリナ、防御を!」


 メアが六宝剣を飛ばす。音を斬り裂き空を穿つような射出。

 六宝剣が見事な軌道をとり散開し、飛来物を弾いていく。金属音、衝撃音。辺りに破砕した飛来物の欠片がダイヤモンドダストのように散逸する。

 リゲルが魔石を大量の投げ放った。


「――薙ぎ払え! 《フレイムガルム》! 《フロストドレイク》! 《ベノムトレント》!」


 火炎、氷結、猛毒の猛威を振りまく魔石が、続く飛来物と衝突する。

 燃え上がる紅蓮が、凍える氷風が、濃毒が飛来物を焼き、凍りつかせ、溶かすが――次々と迫る飛来物の勢いは止まらない。


「マリナ!」


 大声で呼ばれた天上の舞姫が奥義を発動させる。華やかなる衣装を翻し、至上の演舞が味方を援護。


「――天上の舞姫。一の舞。――『薄明』!」


 周囲の味方が分裂し身代わりとなった写し身に、飛来物が殺到する。

 爆音。爆裂。散華。幻は陽炎のごときゆらめき、周囲の地面ごと消失する。


 その頃には、リゲルがと《トリックラビット》の魔石を使用し、負傷したテレジア、マルコに《ヒールスライム》で治療を施し、パーティ全員を安全域まで移動させていた。


 それまでいた区画から離れる。

 建物と建物の間にある、やや開けた公園跡に瞬間転移する。


「い、今のはいったい……っ」

「テレジア! 大丈夫!?」

「ええ、傷は大したことないわ……ヒールオール!」

〈リゲルさんマズい! いまの、これまでの緑魔石使いの比じゃなかった!〉


 メアが血相を変えて叫ぶ。


〈あの攻撃、あの練度……たぶん楽園創造会シャンバラの幹部に、匹敵――〉


 

「――やれやれ。実験に大きな支障をきたす事態に来てみれば、やはり危険だな、貴君は」

 


 ゾッと。

 リゲルを含む、全員が石化にでも遭ったかのように硬直する。

 その声。

 その魔力。

 内包された言葉の裏にある意志。


 どれもがこれまで出会ってきたどんな強敵よりも異質で。凶悪で。おぞましいものを持った、最悪の存在。


「まさか……」


 リゲルだけが、かろうじて体を動かすことが出来た。

 メアも、マルコも、テレジアも、ミーナも、マリナも微動だに出来なかった。


 リゲルだけが――数多の魔石を発動させ、周囲に防護の結界を張りながら、皆の盾になるよう前に出られた。


「なぜ、君がここにいる……っ」


 その『元凶』たるモノは、ゆったりした足取りで、接近してきた。

 その外観は闇のように黒く小柄な鎧。


 兜、篭手、脚甲、全ての部分が漆黒で覆われた異様な光景。

 人間であれば目に該当する兜の一部分には二つの紅き光点があり、そこだけが外界を見定める器官となっている。

 小さい。あまりにも小柄。一見すると子供のように見える体躯は、およそ戦場には似つかわしくなかった。

 鎧を着て戦う戦士としては小さすぎる――140センチにしか満たない『小さな甲冑』の相手。


 だが、その黒き鎧より放たれる猛烈な魔力は、過去に遭遇した、いかなる魔物をも凌駕していた。

 カツンと、金属質の踵の音が戦場に鳴り響く。

 そばにいるだけで、呼吸が苦しくなり、動悸は激しくなり、戦う、という意志すら捻じ曲げられる魔力。


 世界の中で、自分は矮小な存在だと思い知らされるような――圧倒感。

 恐怖が。

 激戦を経て忘れかけていた感情が。無理矢理に引き出される。ソレは人にして怪異なるモノ。

 それは。

 それは。


「なぜだ。どうして、ここにいる――《錬金王》、アーデル!」


 リゲルが激昂した。


 それは――リゲルが『現在』に至った元凶。

 かつて名声をほしいままにし、神星剣とまで言われたリゲルを、地の底まで叩き落とした諸悪の根源。

 遥かな帝国の地にて――《六皇聖剣》と謳われ、数多の聖具を作り、貢献してきた、最強のアルケミスト。


 そして――リゲルと、その仲間だった《六皇聖剣》の四人の仲間を、裏切った大罪人。


 《錬金王》、アーデル。

 『最強の研究者』、『黒き博学者』、『大発明王』――数々の異名を持つ者。

 《六皇聖剣》としての力すら奪った、リゲルにとって最悪の存在が向かってきていた。

 


お読み頂き、ありがとうございます。


さて、錬金王アーデルが登場し、物語は一つの大きな佳境を迎えます。

連載初期から読んでくださった方々、お待たせしてしまって申し訳ありません。

ここから本作は戦闘は激しくなり、ストーリーも大きな謎を明かすパートへと移っていきます。


また、ここからしばらくの間、投稿ペースを早めます。

現状の私の体調で可能な、二週間ごとの投稿となります。

力を抜けないシーンが多いため、可能な限り推敲を行いました。

楽しんでいただけたら幸いです。


次の更新は二週間後、8月19日、20時頃になります。

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