第十四話 精霊少女の祈り
リゲルとメアが《変幻》の魔物に蹴撃される直前。
ミュリーは、衛兵の駐在所の一室で祈っていた。
目を瞑り、両手を胸の前で組み、ぎゅっと抱き締めるようにしてそのままうつむく、美しき少女。
ベッドの上、正座にしていた足元の近くへ、木の葉が散っていた。
それはミュリーの祈りの『結果』である。
精霊とは己の魔力を糧に、葉や花など様々な植物に変えられる種族である。
その分離した物を『触媒』にし、祈ることで、相手に『加護』を与えることが可能なのだ。
その効力は『腕力の三倍化』、『脚力の四倍化』、『思考の三倍化』、『物理攻撃の限定無力化』、『魔石の威力1・5倍』、『幻影の構築』
数々の、『料理』の恩恵をも上回る『加護』。
――どうか、リゲルさんが傷つきませんように。
――どうか、無事に、わたしの所に帰ってきますように。
先程から胸騒ぎがして、仕方がない。
寝ても覚めても、ずっと胸の中では不安の動悸ばかり。背筋が、肌が、寒気に覆われて仕方がなかった。
何か、悪いことが起きようとしている。かつてないほど、リゲルを苦しめる災厄が。
それが何かは判らない。武器や魔術で回避できるものかも不明。ただ一つ言えることは、このままではリゲルは体を傷つけられ、戦意を砕かれボロボロになるだろう。
いや、生きて帰ってこられるならまだマシ。
屍になって、生還することすら叶わないかもしれない。
そんなことは嫌だ。ミュリーにとって彼は大切な、敬愛すべき少年だ。
契約したからというだけではない。あの日、ゴブリンの仮面の巨漢に襲われたとき、ミュリーは身を挺し、守ってくれた。
その彼に、心惹かれたのだ。
あのとき、彼は必死に戦ってくれた。
だからあのとき、ミュリーの中の深い場所で、とても暖かいものが広がった。
それは湧き上がる泉のように。けれどとても暖かな気持ち。
この感情が何なのかミュリーは知っているし、それを失う『怖さ』も分かっている。
精霊とは、万象に敏感であり、契約者と心の底で繋がれる種族。
今のミュリーはリゲルの怒り、悲しみ、恐怖、喜び、期待、嬉しさといったものを感じ取れ、そればかりか、おぼろげな『未来』すら視るすることができる。
その能力がささやいている。――彼の運命に、災厄がつきまとっていると。
契約と封印の疲れで動けないこの体が恨めしい。
できるなら飛んでいって彼と共に戦いたい。
共に声をかけ、励まし、その力を奮いたい。
けれど現実には出歩くことすら難しく、だからミュリーは己の想いを糧に、『祈る』ことを選ぶ。
「ぜったいに、リゲルさんに傷つけさせない」
強く胸の前の手を握り、自分の気持ちを込める。
「あのひとの、邪魔をさせはしない」
魔力の欠片である木の葉が淡く光る。魔力を削られて、体は熱く悲鳴を上げる。
けれど構わない。長寿かつ生命力に長ける精霊は、多少の無理なら平気。
いま必要なのは彼へ加護を届けること。生還のためのを力を授けること。
「敵がどれほど強大であっても――」
深く、深く、大切な彼のことだけを思い浮かべ、祈り続ける。
どうか。
どうか。
無事でいて。必ず帰ってきて。リゲルさん、リゲルさん。
「――リゲルさんは――わたしが守る!」
美しくも健気な精霊少女の声が、少年に『加護』を届け、確かな力となっていった。





